◇ 満月夜
満月のある日、私は月に還った。それはもう大層な悲劇だったようで、後世まで『竹取物語』として伝えられたと、大統領と名乗る男に伝えられた。
数千年というのは相当に長い年月であって、あの頃を思い出すのには十分であった。
竹から生まれた自分が過ごしたほんの刹那の日々。天の衣を着て忘れてしまった日々は、なんにもない月に比べてとてもとても楽しくて…… 満月のように明るかった日々。
戻れるならと、何度思ったことか―――――
「月石は月面でないと効果は無かったが…… 古典を見てね、もしやと思ったが、ビンゴだ」
月の住人は、例外なく月光を消費しながら生きていく。だが、私は違った。
私は、私自身で月光を生成出来るのだ。吐いた息が、そのまま月光となる。
月のお姫様に出来ることは二つ。月光の生成と、不死薬の作成。
「月光は電気から変換できることが分かった。後は、不死の薬の生成だけだ」
地球からの侵略。以外な形で地球に戻ってしまった。
人に近い形をしている私は飯を必要としていて、大統領は私に不死の薬を作らせるために何も与えていない。
飯を食べたければ、薬を作れ。ということだろう。餓死してよみがえってを繰り返す。
月の住人達は、地球には来れない。かといって、私は動けない。助けを求めるには余りにも絶望的な状況。すがるのは、たった一本の細い細い月光。
「―――…帝」
掠れた声で、呟いた。
◆
――――さあ、行こう。
一歩踏み込んで、残り二発。月光幻想という必殺は、正しく使用しなければならない。だからこそ、後一発はもう決めてある。
多勢に無勢。なんて言葉の通り、この場で大統領が人を収集したら自分に勝ち目は無くなる。
「――――月閉」
世界の崩壊、それと同時の再構築。自分と大統領の周りがガラスの様に砕けて、白く真っ白な空間に補填される。
空間の隔離。乖離、或いは断絶。ホワイトハウスの地下から、どこか遠い場所へと飛ばす。
此処は何処かと聞かれれば、それは分からない。
たった一つの戦う為の場所、決戦場だ。
「強制的な一対一。そしてこの規模の現象は明らかな月光幻想だ。恐らく生きて戻ってきたこともソレによるもの……… 後何回だ。何回行使できる?」
一発。心の中で響くその音は、危機感と覚悟を示す。
絶体絶命の状態から帰還するのに一回。考える限り世界一の警備を潜り抜け、この状況まで持っていくのに三回。時間が無い中だ、これが最善だと心に言い聞かせる。
――――後一発だ。思考を逆転させろ。一回でも月光幻想を行使できるなら、勝機はある。
「私から行かせて貰おう。―――月砲ッ!」
浮かび上がる青色の球体。それを拳で打ち抜き、発射されるのは青のレーザービーム。
通常、その速さはスポーツ選手でないと捉えられないソレだ。自分はスポーツ選手でも何でもないただの人間だ。だが――――
「遅いな」
軽くをステップ、完全に避けきる。
なぜここまでの反射神経、動体視力を有しているのか。その疑問の答えは簡単だ。
肉体の最盛期。一般的な人間なら、どれだけ鍛えても老いという上限が付きまとう。それは悲しき人間の絶対的なルールであり、どんな超人だろうと年老いれば劣化する。
だが、自分には老いが無い。故に上限値は無く、鍛えれば鍛えるほどその身体はより良くなる。
加えて時間。一般的なある程度運動が出来る人間が十年、多くて二十年程を鍛錬に打ち込むのに対し、自分は数千年。
当然、そこには人類を乖離した圧倒的な超生物が誕生する。
「前は宇宙服を着ていたが故に回避行動を取れなかったが、今は違う」
一つ踏み込めば、数メートルは優に跳ぶ。
ギラリと輝くのは『黄金』。華美な装飾などは無く、ただ斬る為に在る物。
線を結ぶ。始点から終点にかけて、スッと振る。そこが切断線になり、斬られる。……そのはずだった。
「月障」
半透明の壁が刀を防ぐ。終点に向かうはずの刃は途中点で停止する。
「月歩、月化」
後ろから音。反射で振り向けば、そこには青い光を帯びた大統領。その拳が強烈な一撃を叩きこもうとしていた。
それを刀で防御したが、拳が斬れることは無くただ衝撃で後方へ飛んでいく。
「月浮」
落ちていくとこで、浮いた。自分が地球に戻ったのと同じ能力。しかし、あれは月界技術。月光幻想には遠く及ばないようで、数秒しない内に落下した。
月界技術において月光は電気から生成する。
「バッテリーを、破壊する」
ならば、そのスーツの下……あるいはズボン。身体の何処かにバッテリーがあるはずだ。
それを破壊すれば、能力を使用不可に出来る。
「この月界技術…… それを月光幻想と同等まで押し上げるのに、貴様は最も邪魔な存在だ」
敵が一歩、踏み出した。
「――――ここで始末させてもらう!」
走り出すと同時に放たれたれる月界技術。
「月砲、月砲、月化」
二本の閃光、それと同時に月化によって身体を強化した大統領が走ってくる。
迎撃の構えと同時に回避。
「―――ッ」
絡み合うように屈折して飛ぶ光を避ける頃には、宙にいた。
そこに飛んで拳を放つのは大統領。
「月衝」
衝撃が打ち込まれんとする。
―――空中制御は不可能。故に待つ結末は………
「ガ……ァ――」
ほんの少し、瞬間的に身体をそらしたことで致命傷は回避するが……
片腕が持ってかれた。
「クソ…… ハァ、ハァ……」
着地して、白い空間に赤の染みを作る腕を見る。
「まずは腕ッ! 次に足ッ! 頭ッ! そしていずれ命だ!」
高く笑う大統領。
だが、こんなものピンチでも何でも無い。―――今宵は満月夜、身体の不死が騒ぐ。
腕が飛翔して、くっついた。
――――さあ、第二ラウンドだ。




