◇ 月の都
明滅する視界。少し明るくなれば、また暗くなる。覚えのある感覚。蘇生の、感覚。
不死の薬には、二つの効果がある。
一つは不老、肉体の老化を停止する効力。飲んだ時点から一切の歳を取らなくなる。
もう一つは蘇生。生命活動が停止したと同時に、欠損した部位を再生していき肉体が完全な状態になると同時に命を吹き返す。
肉体の再生はとうに完了。問題は生命活動の維持。宇宙空間において、生身での肉体の維持は不可能に等しい。
酸素が無いと、人は死ぬのだ。
◆
――――時は、少し前に遡る。
「ス―――ゥ……」
呼吸をする。呼吸を、する……?
「ハッ、ガ―――」
勢いよく飛び起きると、周りには膨大な宇宙空間。一瞬頭が痛くなるが、状況を整理する。落ち着け、ピンチな状況には今まで何度か陥ってきた……
船が沈没して知らない島に漂流したり、マシンガンで蜂の巣にされたり……
「嫌な思いでしかねぇ…… って、あれ?」
強烈な違和感、不可能が可能になっている。まるで、人が生身で空を飛ぶような……
「なんで、息が……?」
肺が機能して、酸素と二酸化炭素が出入りする。気体の感覚がはっきりと分かる。
呼吸――― 呼吸が出来る……?
「あ、―――が」
再生された完全な肉体を動かして、立ち上がる。生存が出来る以上、宇宙服は邪魔でしかないので脱ぎ捨てる。中の服もボロボロになっていて、邪魔なので脱ぎ捨てた。
全裸だが問題は無い。何故か寒さ暑さも感じない。もしかして死んでるのではないかと一瞬勘ぐったが、自分に限ってそんなことはないと考えを切り捨てる。
「取りあえず、周りを見てみよ………」
そう言って、一歩進むと
「―――目覚めましたか」
「!?」
後ろから声が聞こえた。
振り向くと、そこには女がいた。スラっと長い長身に、黒髪。白い衣に身を包んだ、かなり美しい女性が立っていた。
警戒心は高く。大統領の前例があるので、数千年の間に身に着けた格闘技の構えを以て接する。
「――――名を名乗れ」
「私は名乗る程の者ではございません、星也……いえ、帝様」
目を開けず、女はそう言うとついてこいと言わんばかりにどこかに歩き出した。
行くか…… 行かない選択肢はないだろう。
少し迷うと女はかなり先にいた。その足を止める様子は無い。
小走りで距離を詰めて、近くになって速度を同じくする。
「………アメリカは、月の都を滅ぼしました」
少しすると、女が口を開く。
「人の力もこの数千年で各段に上がったようで…… 槍と盾の時代はもう終わったのですね」
表情は、一つも変わっていない。
「月光幻想を行使する為の月光…… それを生成する月石は全てアメリカに奪われました」
月光幻想は、月の都の住人が行使する不思議な技。アメリカはそれを行使する為の月光という力を生成する為の月石を全て奪った……ということか。
「そして、我々は月光から生まれ、月光を必要とする生命体」
何かが、見えてきた。
「この数十年、私たちは月面上に残った月光を最低限消費して永らえてきましたが、それもそろそろ尽きてしまいます」
破壊された跡。そこにあった建物はボロボロに、月の人々はエネルギーを使わないようにと、見える限り全員が死んだように倒れていた。生きてはいるのだろうが、見ていて気分の良い物では無い。
「我々は月でしか生きれない身、地球には行けないのです。だから、帝様には……」
「代わりに行って、月石を取り返してほしいということか」
おおよそ、考えが読めてきた。
「はい。その為に、帝様には我々の数少ない月光を使用して、月面での生存を可能にしました」
女は、こちらを振り向くと両手を重ねて胸に置く。
「そして、我らの姫君……そちらでいうかぐや様を、助けて頂きたい」
「………」
嗚呼、なんて…… 都合が良いというか、助け船というか……
「分かった。ああ、元より地球に戻る方法なんて無かったんだ。――――乗ってやるぜ」
どうやら運命という風は、まだ追い風らしい―――――
◆
成層圏を突破して、地球に入る。上昇から下降に切り替わるのが気持ち悪い。
雲を突破して見えるのは都会のビル群。その一つの屋上に着陸して、中に入る。
「では、オキナグループ次期会長はこの私、黒田 海に――――――」
おっと、あともう少しであぶない所だったな。
「待った―――」
そうして、今に至るのであった。