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◇ 乱入者

 世界中にあるニュースが流れた。―――月上 星也の死亡。正確に表現するなら宇宙空間での行方不明。

 宇宙渡航数時間後、連絡が途絶えた。それは、機器から何も聞こえないのではく、繋がらない。

 最後の通信内容は……


「―――星条旗が見えた」


 それから、突然大きな衝突音が聞こえて連絡が途絶えた。

 一週間。宇宙で消失した人物が死亡したと処理するのには重要な時間だった。

 世間では「宇宙人に襲われた」などと話題になっているが、そんなことは些細なことである。どうでもいい。

 そういった感想を、抱いたのは月上ツキガミ 六弥ムツヤという男であった。


 ◆


「星也さん………」


 高校の昼休みにスマートフォンから出発の生配信を見てから約一週間。人生最大の悲しみに、僕は陥っていた。

 月上 星也は、僕の義父だった。数年前の大震災で孤児となった、まだ幼かった僕のことを何故か引き取ってくれた。

 それ以来、彼は自分が一番尊敬する人物となった。それと同時に、何故助けたのか。何故僕だけに素顔を見せたのか。人に顔を見せないことを徹底している彼が、何故僕にだけ………

 だが、その疑問は解消されることなく、ついぞ彼は宙の星となってしまった。


「ふ………」


 一つ、誰かの笑い声が場に漏れる。それは、黒い喪服を身に包んだ大男だ。年齢は四十から五十程。

正確な数字は覚えていないが、まあそのくらいだろう。

 その感情は、死者をあざ笑う冒涜的な物ではない。これからの輝かしい未来を想像してのことだろう。

 彼の名は黒田クロダ カイ。オキナグループ次期会長筆頭とうたわれる男だ。

 この表面的な鎮痛な雰囲気の中、彼だけがその顔を隠せていない。否、隠す必要が無いのだ。

 数時間後、或いは数日後には自身が圧倒的な権力を持つという圧倒的な自信。

 嗚呼、嫌になる。


「はぁ………」


 聞こえないぐらい小さくつくため息。遺影すらないのは、流石にどうかと思う。最も、出したくても写真の一枚も無かったらしい。


「自分の顔を良く覚えろ」


 それが、星也さんの口癖だった。何故、僕にだけその顔を見せたのか。物凄く不思議だ。

 十数年を彼の元で過ごしたが、特に自分を後継者にするような感じでもなかった。ただ拾って、育てただけ。

 ―――――ただ、顔を覚えさせる為に拾ったような……


 ◆


 大層なビルの最上階。会議室にはスーツを来た十数名の男が、円卓に連なっている。


「本日、皆様に集まって頂いたのは他でもありません」


 実に低く嬉々に溢れた声で、海は一枚の紙を出す。そこに書かれているのは―――


「この星也前会長の残した遺言書を読み上げる為です」


 今か今かと待ちわびるような歓喜。彼の後ろには取り巻きが数名。その他に座っているのは役人共。

 泥にまみれた権力闘争。その成れの果て。

 ―――代々、オキナの会長の人物は謎に包まれていた。一切の顔を見せず、指示の言葉も全て誰かへの言伝。特にメールが発達した時代からはそれが主となった。

 共通点は名前が『月上 星也』であるということ。もっとも、戦後直ぐに設立され高度経済成長期の勢いで成長したこの会社の会長が同一人物である筈はない。だから、死亡も外部に報じられず、いつのまにか会長の交代が裏で行われている。そんな会社だった。

 ―――今回は例外だ。 


「さて、六弥くん。君は一応、星也前会長の養子だ。それ故に、この遺言書は君が読み上げるべきだろう」


 海は遺書を取り巻きに渡すと、速足で取り巻きは僕の元まで紙を運んできた。

 

「早く読み上げてくれ。私は会長引継ぎの業務があるんだ、早くしてくれ」


 今か今かと、彼は確信を持った声。嫌々と、それを取って読み上げる。


「この書が私の養子に読まれているということは、私が行方不明になったのでしょう」


 恐ろしい程の先見の明と表現しようか、そんな書き出しの遺言書の状況は現在と完全に一致していた。


「面倒くさいので本題に入る。……原文まんまです」


 若干の読みづらさを感じながら、更に進めていく。


「私にとって、こんな会社はどうでもいい。ましては、いなくなった今ならなおさらだ。だが、もし君たちがこの会社を存続させたいなら私に代わる会長が必要だろう」


 海の顔がますますニヤニヤとしている。


「――――月上星也のもとに、次代会長はこの会社に最も多大な貢献をした者とする。なお、その人物は会議で決めるとよい」


 なんと、全てを丸投げした。それを聞いた一瞬、海の表情が崩れたが、直ぐに戻った。

 どっちにしろ、こうなった以上次代会長は海で決まりのようなものだ。

 まあ、僕の生活は遺産でどうにかなると思うから大丈夫だと思うが………人が死んでおいて、この感じはどうも嫌だ。


「……以上です」


「そうか、ご苦労であった。では今から前会長の意志にのっとり、次期会長の選定を行う。何か異議のある者は?」


 静寂。


「ないようなので、移行する。何か、意見のある者は」


 その瞬間、一人の男が立って発言をする。


「私は今までの功績を鑑みて、海様が次期会長に相応しいと思われます」


 恐らく、海の手の内の者だろう。


「そうか。ふむ、他に意見のある者は?」


 二度目の静寂。


「―――では、次期会長はこの黒田 海が務めるということに異論がある者は?」


 学級委員を決めるんじゃないんだぞ。そう思ってしまうほどトントン拍子に進む会議。だが、やはり場を支配するのは静寂――――


「ふふ……」


 それに添えるような海の笑い声。

 まあ、海が会長になったからといって特別悪いワケでもないが……どうも、心が納得しないのだ。

 だがここで僕が何か言っても大した意味は無いだろうと、黙る。

 沈黙は肯定の証だ。


「では、オキナグループ次期会長はこの私、黒田 海に――――――」


 その時だった、聞き覚えのある声が聞こえたのは。


「―――待った!」


 扉が勢いよく開かれて、声の主が正体を表す。

 そこにいるのは、裸一貫の男だった。


「誰だ貴様は!」


 立ち上がり、両手を机に叩きつけて叫ぶのは海。


「自分が誰だか、教えてやれ。六弥」


 全裸なのに感じるその貫禄は、感嘆にも値する。何故、こんなにも堂々としていられるのだろう。


「この人は、オキナグループ会長、月上 星也です――!」


「何ィィィィィィ!!?」


 なんてベタな台詞を吐いたのも海。それ以外は唖然として、口が開いている。


「馬鹿な、何故ここに……宇宙空間で行方不明に……。いや、さては貴様偽物だな…!」


「偽物なら、何故六弥が星也だと言うのだ?」


「グルなんだ!そうに違いない!」


「今から自分の家に行くか…?私の指紋と音声でしか開かないんだ」


「いや、でも。確かに死んだはずでは……」


「行方不明、だ。別に生きてても不思議ではないだろう?」


 不敵に笑みを浮かべて、一言。


「ま、自分は……簡単には死なん―――」


 そう、呟いだ。


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