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◇ 月と星


 少し前の話だ。アメリカがアポロ十一号で有人月面着陸したのを知った時、自分の目的に対するアプローチを大きく変えたのは。

 月に行こう。そう決起した時の記憶は曖昧だ。もっとも、そんなことはどうでもいいのだが。

 重要なのは、動機だ。まあ、一言で表すなら『恋』だろう。

 遥か昔に月に行ってしまったお姫様を連れ戻す為に。月に行くことを決めたのだ。

 

 ◆


 科学というのは凄い物で、自分がかつて見た幻想のような現象に少しづつではあるが確かに近づいている。

 その最たる物がロケットだ。かつて月の使者が天に上がったように、人類も宙へと上がることが出来るのだ。

 それを以て、冷戦当時の世界は月面着陸という偉業を成し遂げた。

 だが、そこに一つの疑問が生じる。

 ―――――月の都はどこにあるんだ。彼女は確かに連れられて、月の都に帰った。

 白黒のテレビに映しされたのは彼女の住む都ではなく、一面に広がる不毛な大地。そしてそこに刺さる一本の星条旗。

 かつて彼女が帰った場所は、本当にそこなのか。真実をこの目で見たい。

 その一心で自分は今、月を目指す。


 ◆


 オキナ。世界最大のグループ企業であり、その資本力は一つの国に匹敵するとまで言われている。

 そして今日。オキナグループの会長である月上星也ツキガミ ホシヤがグループの科学力を集結させて開発した有人ロケットで月旅行に行くと全世界で話題になっている。

 ユーチューブなどで配信されている映像には、今か今かと新時代を感じる若者達の熱気を感じるコメントが津波の如く流れていた。

 ―――そんな有人ロケット『富士』に登場するたった一人の人物である星也は、そんなインターネットの様子を見ながら思いにふけっていた。

 昔はこの日本という国の頂上に立っていた男が、今は企業の頂点にいる。オキナは彼女を育てた者が後世に呼ばれる名から取った。


「儂らはもう長くもなければ、身体も満足に動かせないじゃろう。こんな身体で生き残っても仕方ないじゃろう。ですので、この不死の薬は帝様。あなた様に預けます」


 彼女がいない世界にいても仕方無いと考えた。そう考えたからこそ、発想を逆転させた。


 ―――――いないなら、連れ戻せばいい。


 受け取って、飲んだからこそ自分は今此処にいる。後世には富士山にて燃やしたと語られているが、あれは単に余ったのを処分しただけだ。

 不死者は二人も要らない。自分が不死者であることが世に流れてしまうからだ。そしてその後、彼女を失った悲しみ故に自殺した―――と見せかけて、別人となり現代まで生きてきた。

 月上星也は、竹取物語の帝である。そしてその追い求める彼女こそ、かのかぐや姫である。

 千年を裕に越えた苦労。あの月へと昇るかぐやを見て、自分は呪いにかかってしまった。

 妄執という名のソレは、自分を大いに苦しめた。当然だ。なんせ、数千年は進歩が無いに等しかったのだから。

 最初は月の使者のような術が無いかと世界を周り。世界を一周した直後、世界が戦争を繰り返す波乱の時代に突入した。

 希望は、アポロ十一号の知らせ。しかしそれは同時に謎をも運んだ。

 それを見た直後、ロボットで月に行こうと計画。しかし、自分にはそんな技術は無い。なら、金を用意すればいい。それで技術者を雇って、作ればいい。

 そこからは、自分にとって今までない多忙の日々となった。そして今日、ついに決行となる。


「待ってろ、かぐや。―――今度こそ、お前を地球に戻してやる」


 正直、自分のことなんて忘れているだろう。………それでも、構わない。もう一度会えるなら、それでいい。

 記憶が無いなら、もう一度やり直せばいい。


 なんて思っていたら、ライブ映像から大声のカウントダウンが始まる。

 新時代の幕開けは、ロケットの発射と共に歓喜される。


「3!」


 いつかの満月を思い出して。


「2!!」


 彼女のことを思い出して。


「1!!!」


 覚悟を決めて。


「0!!」


 ――――地球の使者は、月に向って飛び出した。



 ◆



 成層圏を突破して、宇宙に突入した。本当に地球は青いと少し感動するが、数瞬後に見た月に意識が奪われてしまった。

 何処までも暗い闇世界。一つの恒星の光を反射するその衛星は、黄金色に輝いて見えた。実際は灰色なのに、だ。


「ああ、ぁ―――」


 思わず声が漏れてしまう。千年の妄執のゴールがあるかもしれないのだ。

 だから、目を閉じて気持ちを落ち着かせる。

 急速に、重力が軽くなる。着陸の時間だ、身構える。

 ガタンという音と共に、はやる気持ちを抑えながら、一つ一つ丁寧に外に降りる作業を始める。


「―――――あ」


 月に着地する。辺りを見渡しても、月の都らしきものは無い。

 少し歩いてみても無い。周りに何もなさ過ぎて、迷いそうだ。


「ちっ…… 嫌な物だな」


 目に入るのは、星条旗。アメリカが着陸した事実がそこにあった。

 やはり、月の都はもう無いのか。別の惑星に移動したのか、あるいはとうの昔に滅んだのか。または月の別の場所にあるのか。

 探してみない―――――


「待ってたよ、ミスター月上」


 ふと、声がした。

 それはどこからか。星条旗からだ。振り返ると、そこには黒スーツで金髪の男が立っていた。

 驚くことが二つある。一つはその男に見覚えがあること。もう一つは……

 ――――その男が宇宙服を着ていないことだ。


大統領プレジデント……」


 世界一の国であるアメリカ合衆国の頂点。ジョーイ・ハイデンがそこに立っていた。

 何故、この宇宙空間において生身で立っていられる。そもそもどうやって来たのか。


「月上 星也。オキナグループの現会長にして、創設以来会長が顔を見せないことで有名な君はそんな顔をしていたのか」


 大統領はベラベラと語りだし、それを警戒しながら聞く。


「おかげで理解した。君のその顔、薄くはあるが天皇に似たソレをしている。そうか、君はやはりあの『竹取物語』の帝だな」


「――、――――」


 驚いた。この男は知っているのか。


「そうだ、俺がその帝だ」


 少し言葉を選んで、次の言葉を口にする。


「何故、月にいる」


「君が来ると、知ったからね」


 軽薄な笑みを浮かべて大統領は答える。

 沈黙。数秒のことであったが、この静止した宇宙空間においては無限に感じることができた。

 

「ところで帝君。君は、戦争行為に勝ったらまずすることは何だと思うかい?」


 数秒考えた。漠然とした回答は幾つか出てきたが、それはどうにも的を得ていない気がする。


「ふ、分からないか。ならば教えてやろう」


 大きく笑って、高らかに……


「――――旗を立てるんだよ、自国のものをね。そして、それは勝利、占領を表すんだっ!」


 手を広げて、ハハハと。目に映るのは、星条旗。確かにそこに刺さっていた。

 脳内に繰り広げられるのは最悪のシナリオ。つまるところ、月の都はアメリカに―――


「いやぁ、中々手ごわかったが…… 所詮、アメリカの敵では無かったというこどだッ!」


 脳がサラッと真っ白になる。

 そして、純白思考の海にぽつんと浮かぶたった一つの確かな疑問。


「彼女は……、かぐやは、どこにいった―――!」


「んー? ああ、月のお姫様かい? それなら安心してくれ、殺してはいないさ。――もっとも」


 それは、決して大統領がして良い顔ではなかった。狂喜に溺れる顔。悪辣に笑うそれは、膨大な力に溺れているように見えた。


「ホワイトハウスの地下に監禁しているがね。彼女にはまだ、利用価値がある」


「――――利用価値…?」


 その瞬間、彼の身体に青色の燐光が張り付く。


「月には、幻想のような技が沢山あったさ。それを我々は利用することにした。その一つなら、君も知っているだろう。『不死の薬』――素晴らしい。これで人は死から解放される。そしてあと複数。更なる技がある」


 彼は右腕の裾を上げると、そこに付けられる機器を見せつけた。


「空を飛ぶ、防御壁と張る―――そういった不思議な現象。奴らは月光幻想ルナファンタズムと呼ばれたそれを、アメリカは科学で再現することに成功したッ!」


 右腕に、光が集まっている。


「見ろ、この月界技術ルナテクノロジーをッ! これにより、私は月面での活動、空中浮遊、様々な技を使用することが出来るのだ!」


 何だか、嫌な予感がする。


「そんなに話して、何がある」


「フフフ…… 今のは日本で言う『冥途の土産』というヤツだ。月の真実を知るのは、アメリカだけで良い!」


 光が収束して、辺りが揺れるのが分かる。―――逃亡だ。今は逃げろ、それしかないと脳が訴え始めた瞬間……


「―――月衝ルナインパクトッ!」


 瞬間的に移動してきた大統領が、腹に一発拳を打ち込む。盛大に光が炸裂し、腹部を貫いて倒れる。

 

「君が死なないのは知っている。だから、この月に閉じ込めておこう。ロケットは、破壊させてもらう。まあ、最も酸素不足で無限に死に続けるだろうけど」


 身体が潰れる。酸素が漏れて、呼吸が出来ない。ロケットが壊れる轟音。笑い声、数秒後には青い光が辺りを包んで、大統領の姿が消える。

 薄れゆく意識の末、彼は悔しさで地面を握る。


 ―――――視界の星条旗が、遠い世界になった。


筆者の古典知識は義務教育レベルなのであしからず。

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