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九本目 アクマの契約

 運動の後のアイスは美味かった。

 ルーシーはすでに五本目のアイスに手を伸ばしていた。


「あんまり食うと腹を壊すぞ」


「腹など壊さん。私を誰だと思っている」


 ルーシーは口の周りをベトベトにしながら、威張ってそう言った。

 おそらく、あとすこしもすれば腹が痛いと泣き出すだろう。


 オレは空を見上げた。

 真っ赤な空にたなびく黒い雲。このギルドホールで賑わう街に、昼夜は存在しない。

 ただずっと、真っ赤な晴れ空と黒い雲が浮かんでいるだけだ。

 少し離れたところに行けば、大きな恒星が昇ったり沈んだりしているところもあるが、オレはどうも好きになれなかった。


 しばらく空を見上げてから目を閉じると、瞼の裏に青い空と白い雲が浮かび上がる。

 ルーシーと出会ったあの高原だ。

 あそこは魔界ではなく天界だったんだな。

 魔界生まれ魔界育ちのオレは、見たこともなかったはずのあの光景に懐かしさを覚えた。


「グレン……」


 ルーシーが深刻そうにオレを呼ぶので、一気に現実に引き戻された。


「は、腹が痛い……」 


 思ったよりも早かったな。

 先程までの威勢の良さはどこへやら、ルーシーは腹を抑えて真っ青な顔でうずくまっていた。


「言わんこっちゃない」


 ルーシーはなにか反論しようと口をぱくぱくと動かしたが、あまりの痛さに言葉がまとまらなかったらしい。

 辛そうに顔をゆがめてうつむいた。

 本当に手のかかるヤツだ。


「イビィ、そろそろ帰るぞ」


「ハ、ハイです。御主人!」


 十本ほどのアイスキャンディーを急いで頬張るイビィ。

 ドイツもコイツも食い意地が張ってやがる……。

 会計はぎょっとするような金額だったが、あの指名手配犯の賞金で十分まかなえた。

 店主の雪男はほくほく顔で「また来てください」などと言っていた。


 イビィが工房へ空間を繋ぎ、痛む腹をおさえるルーシーをオレが抱えて工房へ帰る。

 今さらながら、ルーシーが歩いて工房に入ったのって最初の一回だけじゃないか?


 ルーシーを適当にベッドに転がし、オレはお気に入りの革張りの椅子に腰掛ける。


「楽しそうですね、御主人」


「はぁ?」


 イビィが急にそんなふうに話しかけてきた。

 思わずすっとんきょうな声が出る。


「ルーシーが来てから、御主人は楽しそうです」


 イビィはわざわざそう言い直した。

 楽しそう……イビィの目にはそう見えているのか。なんだか心外だった。


「ま、まぁな! 入手も怪しいと思っていた神素材がこんな簡単に、大量に手に入ったんだからな!」


 だから、こんな言い方になってしまう。

 イビィには見抜かれているらしく、大きな口の左右を吊り上げてにんまりと笑っている。


「御主人がこんなに嬉しそうな顔をするのは、自分と契約としたとき以来ですねぇ」


 イビィは過去を懐かしむように、丸い目を細めた。


 ――イビィとの契約は、五十年前にさかのぼる。

 たしかきっかけはオレが自作の武器を手に、素材狩りを敢行していたことだ。

 いくらかの素材と食料を手に入れ、それらを担いで自分の寝ぐらに帰る途中、オレはイビィに出会った。

 もっとも、この時はちょっと変わった黒猫が落ちてるなと思った程度で、まさかアクマだとは思わなかったわけだが。


 オレは開発したばかりの《摘出(リムーバル)》が使いたくてうずうずしていた。

 この程度の小動物なら、大した素材も期待できない。練習にはちょうどよかった。

 オレは落ちている黒い毛玉に近づいて、魔法をかけた。

 魔力の流れに抵抗を感じ、オレは咄嗟にイビィとは反対方向に向かって転がった。爆発が起きる。


「なんなんだ! 人が腹をすかして行き倒れているっていうのに!」


 爆煙の向こうから人語が聞こえてきて肝を冷やした。

 ――死んでなかったのか? 《摘出(リムーバル)》は死体に対してしか使えない。あの爆発は生体に対して無理に魔力を流したために発生したんだろう。


 徐々に爆煙が晴れていくと、声の正体が小さな羽で空中に浮いていた。

 たいそう不機嫌そうなその毛玉が、身を隠すことに思い至らなかったオレを見逃すはずがなかった。


「オマエかぁ!」


 言うや否や、こちらに体当たりを仕掛けてくる毛玉。

 戦うのか!? オレは即座に迎撃体勢を取り、一直線に突っ込んでくる黒い影に向かって、ナイフを突き出した。


「いだああああっ! とんでもないことしやがる! このガキ!!」


 迷いなく突き立てられたナイフは、毛玉の額に深々と刺さっていた。

 ……急所だぞ? なんでそんなに元気なんだ!

 ダメージの見受けられない毛玉に、恐怖を覚える。


「テメェこの! よくも俺様に、殺してやるッ!」


 ダメかもしれない。オレはこの強い言葉を使う黒い毛玉は相当な実力者なのだと思い、死を覚悟した。


「あれ? あれれ?」


 こちらは死を覚悟したというのに、次に聞こえてきたのは何とも間抜けな声だった。


「なんだこの体は! オレ様のどれだけ食べても完ッ璧に均整のとれたスペシャルボディは!?」


 なんだなんだ? 急に取り乱したぞ?

 毛玉はゆっくりと辺りを見回した。それから手を打った。無論、額にはナイフが刺さったままだ。


「なるほど、ここは魔界か。それにこの体……アクマか」


 毛玉はブツブツとつぶやくと、オレの方を見て、先程までの鬼の形相が嘘のように人懐っこい猫の顔になった。


「御主人!」


「は!?」


「お見受けしたところ、このナイフは御主人の自作ですよね! いやぁ感動しちゃうなぁ! 自分、御主人のために尽力したいッス!」


 あまりの変わり身の速さにオレが引いていると、毛玉はあろうことかそれを肯定と受け取ったらしい。


「契約しましょ! ケイヤク! 御主人は私めに武器をお作りください! それまでは、自分のことを貴方様の付き人、忠実なしもべとでも思ってください! よいですね、では契約成立でーす!」


 黒い毛玉はまくしたてるように早口でそう言うと、何もない空間から一枚の契約書を取り出し、額から流れる自分の血で血判を押した。

 そのままオレの手を取り、爆発の衝撃で切ったらしい口の端から血を採取して無理やり血判を押させた!


「は? オレは自分のためにしか武器は作らない!」


「えっ!?」


 契約書がメラメラと燃え上がって消滅した。

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