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七本目 魔王のお仕事

 ギルドホールでさっさと換金を済ませ、オレは待たせているルーシーを探す。

 最初こそ人集りに怯えてオレのそばを離れなかったルーシーだが、二回目の外出である今、ヤツは早々にどこかへ行ってしまった。

 オレが抱いていた予感は見事的中したと言うわけだ。


「くそ……。イビィ!」


「ハイです。御主人」


「オマエの魔法でルーシーがいるところに繋げるか?」


 いつもは場所を指定して空間を繋げさせているので、一応聞いた。

 果たして特定の人物を指定してもできるものなのか?


「できますよー。御主人に呼ばれた時は、御主人のいるところに空間を繋いでいるわけですからね」


 それもそうか。

 イビィは空中を一回転して空間にゆがみを生み出す。

 歪みの向こう側にルーシーの金髪が見えた。


「おい、ルーシー……。勝手にうろちょろするな」


 ため息混じりにルーシーに近付く。


「なぁグレン。これはなんだ?」


 ルーシーは掲示板を見ていた。

 指差しているのは『魔王決定戦』というチラシだった。


「ああ、それはしょうもない催しだよ。参加者を募って競い合わせて魔王を決めるんだ」


「魔王とは、魔界の王ではないのか? しょうもない催しとは思えないのだが」


 ルーシーは考え込んだ。

 オレはため息を吐く。


「魔王が魔王らしく君臨していたのは昔の話だ。今は完全にお飾りで、なんだったらドラゴニュート一族の用心棒みたいなもんだな」


「あの爬虫類ヅラの男のか?」


「シッ! オマエは口が悪い上に声がデカいんだよ!」


 エルドラドの……いや、ドラゴニュート一族の息のかかった連中しかいないようなところで、コイツはなんてことを口にするんだ。


「……まぁそういうわけで、魔王なんていうのは今の時代、憧れるようなもんじゃないんだ」


「ふーん、そういうものか」


 口ではそう言いながら、ルーシーはまだチラシを眺めていた。


「なんだ、興味があるのか?」


「この催し自体ではない。魔界では魔王を()()()ことができるのが意外だっただけだ」


「どういうことだ?」


「……天界の王、神は生まれながらにして神だ。そもそも生まれるという概念がない。魔界の王は違うのだな」


 哀しそうな表情に見えた。

 ルーシーのこんな顔は初めて見る。

 決して付き合いが長いわけではないが、傲慢なルーシーに限って、こんな顔をするはずがないとどこかで決めつけていた。

 オレはルーシーに声をかけるべきか迷った。

 こういうとき、表情の意味を聞いてもいいのだろうか?


「ルーシー、オマエ天界でなにかあったのか……?」


「……いや?」


 ルーシーはピクリと眉を動かして、短く答えた。

 直感的に嘘だとわかった。

 まぁ、触れないでほしいことなんだろう。

 オレはそう解釈して、それ以上聞くことはしなかった。


「うむ、そうだな。グレン、これに出てみてはどうだ」


「は!? だから、オレは誰かの下に付くなんてまっぴらごめん……」


「違う。魔王は本来誰の下に付くものでもない。貴様はドラゴニュート一族に不満があるのだろう? だったら打ち倒せばいい」


 ルーシーは好戦的な笑顔を浮かべた。

 胸がざわつく。天使がしていい顔じゃない……だが、血液が沸き立つような興奮を覚える。


「『魔界では殴り合って最後に生き残ったヤツが正義』……」


 オレが苦しいほどに感じてきた、目に見えない魔界の絶対的なルール。


「いい言葉じゃないか」


 オレの呟きを聞き、ルーシーは目を細めた。ひどく悪魔的な微笑み方だった。


「そうと決まれば参加の申込みだな! ここに書いてある、受付窓口とやらに行けばいいのだろう?」


 ルーシーははしゃぎながら廊下を駆け出した。

 ああっ! またアイツは勝手にどこかへ!

 オレはルーシーを捕まえるべく、後を追いかけた。


 しばらく道なりに進むと、いかにも急ごしらえといった風体の受付カウンターが見えてきた。

 魔王がドラゴニュートに懐柔されてから、こういった魔王関係のイベントは嫌厭していたが、なかなかどうして盛況らしい。


「すごい人だな、グレン」


 一足先に着いていたルーシーが嬉しそうな声で言った。


「あぁ、まさかこんなに人がいるとはな」


 正直意外だったオレはルーシーの言葉に素直に同意する。

 当然と言えば当然だが、集まった人々の図体はデカい。それがより一層圧迫感を生み出していた。

 この暑苦しい空間で長い間待たなければならないと思うとげんなりしたが、受付が優秀なのか存外早く順番が回ってきた。


「えっ!? ……えーっと、こちらは魔王決定戦の受付ですが、お間違えはありませんか?」


 受付嬢はオレを見るなりそんな不躾なことを言ってきた。


「間違いじゃない。早く手続きしてくれ」


「はぁ……」


 受付嬢はやれやれといった具合で、書類を出してきた。

 オレは受付に備え付けてあるペンとインク壺に手を伸ばす。


「本当に参加します?」


 受付嬢は面倒臭そうに聞いてきた。

 この受付嬢、やたら話しかけてくるな。


「ああ」


 オレが書類を書きながら答えると、受付嬢はため息を吐いた。

 書類には当然、生死に関する項目がある。要は殺し殺されを容認しろという内容だ。オレは特に躊躇いなく書類にサインした。

 ひと通り書いたものを見直し、受付嬢に手渡す。


「はぁー。では、受理しますね」


 受付嬢は気重そうに受け取る。


 ――さて、第一波の始まりか。

 オレは背後から迫り来るデカい図体の刺客たちに向き直った。

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