三本目 伝説級の武器
最初に作ったのもナイフだった。
思い出すのはいつもあの時の光景だ。
その時オレはまだ幼かった。力がすべての魔界において、力はおろか武器すら持たないオレは無力だった。
「やめて! かあさんをいじめないで!」
原因がなんだったのか、当時幼かったオレにはわからなかった。
ただ、デカい身体の悪いヤツが、母さんを殴っている……それだけだった。
オレは必死にすがりついて、殴るのをやめさせようとした。だが、ちょっと腕で払われただけで、身体の小さなオレは吹き飛んだ。
壁にしたたかに打ち付けられ、それからしばらく記憶がない。
「かあさんッ!」
飛び起きた瞬間の心臓の鼓動は、今でも鮮明に思い出せる。
手足の先まで跳ねるほど、心臓は強く、早く、脈打っていた。血液と共に不安が身体中を駆け巡る。
そこには、もう母の姿はなかった。
連れ去られたのか、はたまた殺されたのか、それすらわからない。
ただ、オレは強く願ったんだ。
――力が欲しい、と。
それからだ。試行錯誤を繰り返し、初めて武器と呼べるものを作り上げた。
非力な自分でも取り扱えるよう、形状はナイフを選んだ。
初めて作ったナイフは、刃もいびつでとても切れ味の悪いものだったが、低級魔獣くらいは倒すことができた。
あれから何年、何十年経ったのだろう。
多種多様な魔族の血を受け継ぐ混血児であるオレは、小さく非力な身体と引き換えに、さまざまな能力を得ていた。
長い寿命もそのひとつだ。
百才を超えたあたりから、年を数えるのはやめた。
この長い寿命の中で、いつかは伝説級と呼ばれる武器を作れたら、と考えなかったわけではない。
ただ、これほど早くその機会に恵まれるとは思っていなかった。
「どうだ? 順調か?」
神素材はオレ専用の革張りの椅子に優雅に腰掛けて聞いてきた。
「うるさい、気が散る。あとそれはオレ専用の椅子だ。地べたにでも座ってろ」
「なんだその態度は。仮にも神属性の素材の提供者だぞ?」
神素材はぶつくさと文句を言いながらも、椅子から動く気配はなかった。
今は神素材から羽根を一枚もらい、ナイフを作っている。
「できた!」
「ほほぅ、できたか。どれどれ……」
手のひらに収まるほどの、小さな白いナイフ。
それは驚くほど軽く、触れずとも切り裂く凄まじい切れ味を持っていた。
試しにひと抱えほどの岩の上で刃先を滑らせると、なんの抵抗もなく岩は真っ二つに切断された。
切り口も非常に滑らかだ。
驚くべきことに、ナイフにも刃こぼれの一つもない。
これはとんでもないものを作り出してしまったかもしれない。
「なかなかのものではないか」
神素材はまるで自分が作り上げたかのように、うんうんとうなずいた。
「なぁ、そんなものは後からいくらでも作れるだろう? 魔界を案内させてやる。出かけよう」
「どれだけ上から目線なんだよ……。神素材はイビィにでも遊んでもらえ」
「なんだその神素材……というのは。もしかして私のことか?」
「ああ、他に呼び名もない、問題ないだろ?」
「大ありだ! 馬鹿者ッ!」
神素材は目を吊り上げて怒鳴った。
「私には『ルーシー』というれっきとした名前がある! 特別に我が名を呼ぶことを許可する。『ルーシー』と呼べ!」
神素材――改めルーシーは相変わらずの上から目線で言った。
「貴様の名は? 目下の者から名乗るのが常識だぞ?」
「誰が目下の者だ! まったく……オレはグレンだ。グレン=グレアルシード」
「ふむ、グレン……グレアルシード? なんだ、長い名前だな」
「あぁ、だから『グレン』でいい」
ルーシーは納得のいかないような顔をしてオレを見ていたが、考えるのが面倒になったらしい。
「贅沢な名だな」
「うるせぇ」
一言多い天使だ。ファミリーネームなんて贅沢なもの、似合わないなんてことは自分が一番わかっている。
だが、名乗らずにはいられなかった。
『グレアルシード』は母の名だ。
もしも自分の名が広がれば、母の耳に届くかもしれない……その一心でそう名乗っている。
「で、グレン。いつまで武器なんぞ作り続けるつもりだ? 早く私に魔界を案内せんか」
ルーシーは自分勝手ことを言いながら、あくびをした。
「退屈で眠ってしまう」
「寝てろ。一生寝てろ」
「いーやーだーねーむーくーなーいー!」
ルーシーはバタバタと手足を振り回して暴れた。
うるさい。たまったものじゃない。
「イビィ!!」
「ハイです。御主人」
オレはたまりかねてイビィを呼びつけた。
「コイツに魔界を案内してやってくれ!!」
「えぇー御主人、それは契約外、お受けできません」
くっ、そうだった。アクマは契約通りのことしか快く引き受けない。契約以外のことをさせようとすれば、こうやって断られる。
オレとイビィの契約はあくまでもオレの付き人だ。ルーシーの世話係ではない。
「……っしかたない。どうせこんなに騒がれちゃ武器なんて作れない」
背に腹は変えられない。オレは立ち上がると護身用の武器をいくつか取った。
実践で使うのは若干不安だが、いちおうさっき出来上がった『天使の羽根のナイフ』も持っていくか……。
「ほほぅ。やっと出かける気になったか」
ルーシーは嬉しそうに椅子から立ち上がる。満を持して、と言いたげな物腰に苛立つ。
「あぁ、おでかけだ。この死体の換金に行く!」
作業台の上で凍らせた竜人族の死体を指差し、オレは高らかに宣言した。