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二本目 最高の素材

 減衰していく光の中には予想通りのものがあった。


「くっっっっっさ!!!!!」


 思いつく限りの汚物を煮詰めてギュッと凝縮したような、濃厚な悪臭。

 あまりの臭いに呼吸器系は愚か目玉も皮膚も痛い。


「イビィ! 竜涎香(リュウゼンコウ)をはやくしまってくれ!」


「じょ、冗談! こんな臭いの、お、オェ〜ッ!」


 イビィは竜涎香を呑み込むことを想像してしまったのか、盛大にえずいた。


「まだコイツ若いな!? 熟成が全然足りてない……!」


 オレはむせかえりながらもなんとか《(ウォーター)》を唱え、竜涎香を水で包み込む。


「イビィ! どこか空気がいいところに繋げろ! 換気だっ!」


「合点承知です。御主人!」


 工房内の空間に亀裂が走り、どこかの高原が出現する。

 空気が、空気が澄んでいく……。


「っはぁ……。死ぬかと思った……」


 オレとイビィは肩で息をした。

 新鮮な空気が肺を満たし、生き返った心地だ。


「それにしても綺麗なところだな。魔界にこんなところがあるのか」


 オレは感心しながらまじまじと空間の裂け目を眺めた。

 この澄んだ空気もそうだが、突き抜けるように高い青い空、たなびく白い雲。地面は柔らかそうな芝生に覆われ、かなたには積雪が美しい切り立った山々が軒を連ねている。


「さぁ? あまりの臭さに、適当につなげたもので……」


 イビィはやはり悪びれた様子もなく言った。


「出てみても大丈夫か?」


「えぇまぁ。御主人がどうにかなる場所なんて、そうそうないでしょ」


 無責任なヤツだな……。

 ただ、この高原は降り立ってみたくなる魅力があった。


「よっと」


 裂け目を乗り越えて、芝生に降り立つ。

 くしゃりと草が潰れる感覚が、靴の裏から伝わる。

 荒地がデフォルト、酷いところは溶岩や毒沼という魔界において、地面が草に覆われていると言うだけでも珍しいのに、それがイキイキとした緑色だなんて。


「おい、イビィ。ここにもう一個オレの工房を作ろうぜ」


「ああ、いいですねぇ」


 イビィはノリ気なんだかそうじゃないんだか、適当な相槌を打った。

 それにしても、ここはどこなんだろう? こんないい土地がガラ空きなんてことあるだろうか?


「おい、そこのおまえ」


 背後から突然声をかけられた。


「黒髪のおまえだ。どこから入った? こちらを見ずに地面に伏せて答えろ」


 すごい威圧感だ。

 蛇に睨まれた蛙っていうのは、こういう気持ちなんだろう。

 だがオレは蛙じゃない。地面に伏せるなんて屈辱的なこと、やってやるものか!

 オレは即座に振り返り、まだ手入れを終えていない竜滅石(リュウメツセキ)のナイフを、声の主に突きつけた。


「オイ、聞いているのか……キャッ!?」


 ん? 『キャッ』?

 オレは一度冷静になって、ナイフを突きつけた相手を見た。

 白いワンピースに淡い金髪、頭の上には金の輪っか。極め付けに、背後には大きな白い翼があった。

 そしてなにより……声の主は可愛い女の子だったのだ!


「は? なんだ、女の子じゃねぇか……」


 オレは拍子抜けしてナイフを納めた。


「ぶっ、無礼者! 天使にそのような愚行、許されんぞ!」


 女の子はぷりぷりと怒り出した。

 口調こそ物々しいが怒っていても怖くもなんともない。小鳥のさえずりのようだ。


「貴様、貴様貴様貴様ッ! この私を舐めているな! 神罰が降るぞ!! それになにが"女の子"だ! 天使は雌雄同体、性別を超越した存在だぞ!」


「ヘェ〜そうですか。ハイハイ」


「ぐ、ぐぬぅ〜!!」


 天使を自称する女の子は、大層悔しそうに地団駄を踏んだ。


「おい、イビィ。おまえアクマだろ? 天使って、もちろん知ってるよな。コイツ、天使か?」


 オレはまだ裂け目の向こうでまごまごしているイビィに向かって聞いた。


「あー言われてみればそうかもしれません」


 相変わらずの適当な返事。

 まぁ、イビィの返事が適当なのは今に始まったことじゃない。ここは天使ということにして話を進めよう。


「それでその天使(笑)さんがオレになんの文句があるわけ?」


「(笑)をつけるな! 大ありだ馬鹿者! ここは天使の箱庭、魔族風情がなんの用だ!」


「なんにも用はないけど? ただ換気のために空間を開けたらここに繋がっただけ」


「嘘だ!」


「嘘じゃねーよ」


 さすがに頭ごなしに否定されるとカチンとくる。

 天使とやらはずいぶん独善的で断定が過ぎるな。


「ああ〜っ! せっかくいいところに繋がったと思ったのに興醒めだ! もう出てくから話しかけるな!」


 オレはガリガリと頭を掻いて工房に戻ろうと足を踏み出した。


「待て!」


「なんだよ出てくっつってんだろ」


「私も連れて行け!」


「は?」


 どういう心境なんだ。

 一方的に怒鳴ってきたと思ったら、今度は連れて行けだと?


「ここは外部とは繋がらないはずの『天界』。なのに貴様のような魔族がやってきて、あまつさえ『ハイハイ帰ります』だと? そんなホイホイ出て行ける場所じゃないぞ!」


「はぁ……」


「だから私を連れて行け!」


「はぁ?」


 『だから』が接続詞として機能していない。

 それになぜ、頼む立場でありながら、ここまで高圧的な態度が取れるのだろうか?


「わかるだろ! 話の流れで! 私はここから出られないんだ! だから私を連れてここを出ろ!」


「嫌だよそんなわけのわからん……」


「そのナイフ、貴様の手作りだろう? 私の髪でも羽根でも、なんでも提供しよう。神属性の素材だ。悪くない話だと思うが……」


「ノッた!」


 神属性の素材――それは一生に一度でも出会うかどうかという代物。

 その素材を使った武器は、例外なく伝説級となる。

 それをこの天使は、『なんでも』提供すると宣った。

 オレは期せずして"最高の素材"を手に入れた!

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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イビィ (男(?)/年齢不詳/15cm/1.5kg)


グレンとの契約に基づき、便利に扱われているアクマ。グレンを御主人と呼ぶものの、わりと対等な立場として振る舞う。

黒い球体に小さな黒い翼と短い手足を生やし、猫の顔を貼り付けたような外見。

可愛らしい外見とは裏腹に、体の約九十パーセントを胃袋が占める大食漢。

受け答えが適当で掴みどころのない性格だが、アクマらしく抜け目はない。


◾️改稿履歴

2022/04/15 後書きと登場人物簡易プロフィールを追加しました。

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