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変わらぬもの

変わらぬ誓いをあなたに

作者: 黒雲 優

☪︎*。⋆

「はぁあああ」

 静かな執務室に、大きなため息がこだます。私の目の前には、多くの見合い相手の書類が山のように積み上がっている。


 私は一国の女王。

 統率の取れなくなった領土を5つに分け、兄弟でそれぞれ王となり国を治めることになったのはもう何十年も昔の話。私は海に隣接する国を治めることになった。


 ずっと兄が結婚していないのを理由に結婚を断り続けていたが、この度とうとう兄が結婚してしまい、結婚を臣下に迫られていた。


 正直に言うと、好きな相手はいる。だが、彼は私をそういう対象では見ていない。


 私は見た目こそ若いが、膨大な魔力のお陰で他人よりずっと永く生きている。自分の母親の何倍も年上の私が、恋愛対象になるわけが……ない。


 告白も出来ないからか、彼に女の影も見えないからか、諦めることすら出来ず、ずっとこの恋を拗らせ続けていた。

「はぁあああ」




───コンコンコン

「入って」

「失礼します。追加の書類です。……兄君も妹君も、もう結婚したのに」


 彼は入ってくるや否や、山のように積もった見合いの書類を見て嫌味を口にする。


 腕のいい側近だが、いつも一言余計なんだから。まぁ、女王である私にはそういう存在は珍しくて、そこが気に入っているのだけど。


 ただ、彼が嫌味を言うのは私にだけなのが気にいらない。他の者たちには、誰にでも人当たりのいい好青年の顔しかしない。


 昔は彼の本性を知らないのだと、恋する乙女たちを憐れに思ったが、今ではこの感情も随分変わった。


 私も優しい彼が見たいと思う反面、嫌味を言う姿は私にだけ見せて欲しいとも思う。


 そう、私は彼に恋をしている。まぁ、どうせ叶わない恋だが。


「はぁあああ」

「幸せが逃げていきますよ?」

 私の大きなため息に、生意気に彼はそんなことを言ってくる。余計なお世話だ。……全く、誰のせいで。






❂.*˚•

 その頃の俺はスラム街で生まれ、スリで稼いで生きていた。だが、この日、俺は手を出す相手を完全に見誤った。


 目の前の男からは、尋常じゃない殺気が漏れ出ている。異国の見慣れぬ民族衣装をまとう若い男は、正に化け物だった。


「お兄様」


 この状況に動けなくなっている俺を背に、優しげな声がした。露出の高い、どこの娼婦だという風貌の綺麗な女がそこにいた。


 特別派手なわけではないが、俺でも高貴な人だと分かるくらいの気品を放っていた。


「うちのお兄様がごめんなさいねぇ。怪我はしていないわね」

 女は汚れた俺の顔を、羽織っていたショールで拭う。


 優しく微笑む姿は、女神と錯覚しりほど。その笑顔に、俺は一瞬で恋に落ちた。


「すっ、好きです!結婚して下さい!」

 思わず口に出したその言葉に、だんだん恥ずかしくなる。


 女神様も俺も、顔を真っ赤にして固まってしまった。だがすぐに、その雰囲気をぶち壊す笑い声が聞こえた。


「はっはははは……そりゃいいなぁ!お前がうちの妹を貰いに来るのを待ってるよ!……ふっ、くくくっ」


 俺たちの様子を見ていた男は突如陽気になったかと思うと、背を向け歩いていく。その後ろ姿からも、笑っているのが見て取れた。


「えっ!?お兄様?えっと、また会えるといいわね」

 女神様は俺に小さく手を振ると、兄らしき男を追って去ってしまった。似てない兄妹だったのをよく覚えている。




 その時出会った女神様がこの国の女王陛下だと知ったのは、そのすぐあとの事だった。


 あの女神様は、この国を(あきな)いで繁栄させてきた商売上手な女王陛下。ついでに言うと、例の兄は戦闘狂と噂される、皇帝だとも知った。


 身分が違うからというだけでは、俺はどうしてもこの恋を諦められなかった。彼女にまた会おうと、沢山の努力をした。そして、彼女の側近にまで成り上がった。


 だが、俺もあれから何年も経ち、成長したからか、俺の女神様は俺を覚えていなかった。気づいてもらおうともしたが、無意味だった。


 それからは、縁がなかったと思い、諦めようとしたが、やはり諦められない。また、好かれようとも思ったが、照れ隠しか口から出るのは嫌味な言葉だけだった。




「陛下、起きてください」

「あ゛?」


 陛下は朝に弱い。二日酔いもあわさって、大変機嫌が悪そうだ。もう慣れたけど。侍女たちは寝起きの陛下が怖いからと、いつからか俺の仕事だと押し付けられて今に至る。


 陛下は暑がりらしく、ただでさえ露出が多いのに……見ていられない……。


「いつまで寝てるんですか!?また、寝しようとしない!」

 そう言いながら、カーテンを開け、太陽に光を陛下に浴びせる。


 これがいつもの朝である。陛下は俺を男と思ってすらいないのか……。




「陛下、お話があります。お茶のときにでも時間を頂けませんか?」

 ある日、俺は陛下にそう告げた。


「え?えぇ、分かったわ」






☪︎*。⋆

 彼は話があると言った。彼が改まってそんなことを言うなんて珍しい。それに、彼の様子はいつもと違っていて、不安になった。


 あんな顔、初めて見た。いつもの強気な感じと打って変わって、彼はどこか……弱々しかった。


 いつもほぼ一緒にいるのに、今日はあの後から避けられているのか出会わなかった。


「というわけなの。……暴れようかしら」

「やめてください」


 私はたまに軍部に来ては、軍将に相談に乗ってもらっている。なんだか弟に似ていて、つい相談してしまう。


 書類整理の手を止めることなく、乾いた相槌をくれるだけだったが。ただ、いつも物言いたげな表情なのが、不思議だが。言いたくないなら、無理に聞くことはしないのだけど。


 少し話をしてスッキリした私は仕事に戻ることにした。その自室への帰り道、メイドたちの話し声が聞こえた。


「今回は結構持ったわね」

「そうね、でも……次の陛下の側近、どうなるのかしら」


 城のメイドたちが、客室の掃除をしながら話している声がする。それは良いのだが、問題は内容だった。




─────嫌な予感がし、人事を任せている臣下を問いただすと、彼が退職届を出し、本日付けで辞めると言う。


 ただでさえ、デスクワーク嫌いなのに。あぁ、私の唯一の癒しが。


 辞めたいと思われる要因は、いくらでも思いつく。私の仕事嫌いな性格と酒の悪さで、今までどれだけの者に辞められたか。


「話ってそういうこと……?あぁ、どうしましょう」

 しばらく考えたが、彼なしでまともに働ける気がしない。






❂.*˚•

『いいわよ』


 いつもの優しい穏やかな笑みを浮かべる陛下を好きだなぁと心から思う反面、断って欲しかったと思う自分がいた。


「陛下、結婚してくれないかなぁ。無理か……俺なんかじゃ……」

「ハイハイ、そうですかー」

 棒読みでそう言うのは、俺の同期で、唯一俺の陛下への思いを知っている軍将殿。


「何だよ、そのどうでもいいって感じの言い方……」


「もう、焦れったいを通り越して、腹立たしい。つか、なんでどいつもこいつも俺に相談すんだよ。どうしろってんだよ!」


「よく分からんが、頼りにしてるぜ」


「嬉しくねぇ」


 いつもの不機嫌なこいつの声を聞くのも、もう最後かもしれない。寂しくなるな。……ところで、俺のおかげで軍将になれたみたいなもんなのに、どうしてこいつはこう()が高いのか。


 まぁ、何かとストレスも溜まっているようだから、今度酒でも送って、機嫌を取っておこう。


「俺、退職届出てきた。ここを出てくよ」


 これが俺の決めた〝ケジメ〟だ。


「へ?……嘘だよな?」

「こんな事で嘘つくわけないだろ?」


 唖然とした顔の軍将殿は珍しく仕事の手を止め、俺の顔を見る。


「待て!じゃあこれから、誰があのデスクワーク嫌いな陛下に仕事をさせるんだ?誰があの大臣共を、陛下が怒らないうちに黙らせんだ!?」


 こいつのこんな慌てた姿、久々に見る。


「陛下が結婚を迫られてるのは知ってるだろ?俺、あの方には幸せになって欲しいけど、よく知らねぇ男とよろしくやってるとこなんざ見たくねぇんだ。許せ。……玉砕して、ここを出ていくよ」


「はぁ、分かったよ」


 長年一緒にいるだけのことはある。俺の心中をやっとだが、察してくれたらしい。


「つーわけだ、引き継ぎは以上。後は任せたぜ」


 自分勝手な話だが、これ以上一緒にはいられない。俺は部屋を出て行こうと、扉に向かう。


「心から応援してるぞ!」

 背後から真剣な、力強い声が聞こえる。。さて、それは俺のためか、己のためか。


 俺は振り返らず手を掲げて応え、部屋を出た。




 もうすぐ、約束の時間だ。

 陛下の執務室の戸の前に立つ。


───コンコンコン

「失礼します」

「ええ、座って」


 陛下はいつもの笑顔で俺を迎えた。そして、互いに向かい合って座る。こうして向かい合って座るのは初めてだ。


 しばらく沈黙が続いたが、一呼吸おいて、俯いていた顔を上げ、俺は重たい口を開いた。


「陛下っ!俺…」

「分かっているわ。分かってるから言わないで……」


 陛下は俺の言葉を最後まで聞かず、そう言った。その瞳からは、静かに、涙がこぼれる。


「っ!?どうしたんですかっ!?」

 俺はどうしていいか分からず、ただ陛下の足元にかけより涙を拭うしか出来なかった。


 いつも強く、凛々しい陛下の涙を見たのは初めてだ。


「私、自分で思っているより、ずっとあなたが好きだったみたい」

 涙目に、陛下はそう言った。


「は、い?……今、なん、て……?」

 陛下が俺を好き?全く予想もしていなかった言葉に、一瞬思考が停止する。


 意味を理解しても、まったく実感が湧かない。……夢見てんのかな。


「あなたの嫌がることはしないわ。仕事もちゃんと頑張る。……居てくれるだけでいいの」

 陛下は子供のように、縋るように俺を見つめていた。


「陛下……」

 そう呼ぶと、陛下は涙を拭って真っ直ぐに俺の顔を見た。いつも隣で陛下の手伝いをしていたから、こうして正面で陛下と顔を合わすのは緊張する。


 病気かと不安になるほど、心臓がうるさい。それでも、覚悟を決めよう。


「ま、待ってください!」

 一旦、呼吸を落ち着かせ、陛下の前にひざまづいた。


「ちゃ、ちゃんと言わせてください。…え、えっと、初めて会った日からずっとお慕い申し上げていました。今日は、それを言いたくて。俺、陛下が他に男と一緒になるなんて見たくありません。陛下、結婚相手、俺じゃダメですか?」


「……っ、ダメじゃない。いいえ、あなたがいいわ」


 俺の恋した、あの優しい女神様がそこにいた。






☪︎*。⋆

 それから少しして、彼との結婚式を挙げた。結婚式は3日間かけられ、隣国の王である兄弟たちは日替わりで顔を出してくれた。


「おめでとう、姉様」

 弟たちや妹は、笑顔でそう言ってくれた。


 彼は、下の子たち相手には緊張しているようだったが、兄に対しては怖がっているようだった。


「お兄様、彼に何かしたの?」

「さぁ?……ふっ、にしても、本当に嫁に貰っていくとはな」


 兄は静かに笑いながらボソッと呟いた。兄は顔を見せただけのようで、身ごもった奥さんが気になるのか、すぐに帰って行った。


「どういう意味かしら?」

「さぁ?」


 兄が帰ったあと、彼はイタズラな笑みでそう言った。


「何それ、ふふっ」


 秘密があってもいいわ。私はあなたが死ぬまで、あなたを愛すだけだもの。いつまでも、いつまでも、愛してる。


 いつか、死が二人をわかつまで…。

読んでいただき、ありがとうございました。

名前は読者の皆さんにお任せしようと思います。


女王陛下は長女で、5人兄弟の二番目です。交渉上手で、商人気質の人です。大人っぽい見た目ですが、気心の知れた仲の人には子供っぽい子です。

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[一言] 身分違いの恋っていいですよね。王道だと思います。 三点リーダー(……)は二つ続けて打った方が読みやすいと思いますよ。
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