土器職人の君の縄
「大変だよ、クルミ! 大事件だ!」
「そんなに慌ててどうしたの、シシマル?」
汗だくになり駆けこんできた男の言葉に動じる様子もなく、竪穴の中でのんびり土器づくりを続けるクルミ。手際よく粘土をひも状にして輪っかにしたものを積み上げていきます。
「隣村の職人が、君の作った土器にそっくりなものを売り出したそうなんだ! しかも、よりによって自分が元祖だと言い張っているらしい!!」
「ふうん……」
「ふうんって……悔しくないのかい!?」
噂を聞きつけ憤慨して、大急ぎで報告しに帰ってきたのに、当の本人が涼しい顔をしているもので、肩透かしにあったような気分のシシマル。
「そうねえ……その職人の土器には、何か模様がついているの?」
「模様……いや、そんな話は聞いてないけれど」
彼女は壺状に形を整えたものに、紐を撚ったものを使い、複雑な縄目の模様をつけていきます。
「もうしばらくしたら、この見た目だって真似されてしまうのかもしれないけど、少なくとも今この手元に持っている撚り紐を用いて模様を付けた土器は、世界に一つだけしかないでしょう? 私にとってはそれで十分なの」
作業の合間にとび跳ねて、顔についてしまったであろう粘土の汚れも気にせず、にっこりと笑みを浮かべる彼女に見惚れて、シシマルは口を噤んでしまいました。
「それに正直このデザインにも飽きてきたのよね……これ、試作品なんだけど、どう?」
クルミが差し出した壺には、揺らめく炎のような華美な装飾がふんだんに盛り込まれていました。
「うーん……俺は、あんまり芸術的なことは分からないけど……随分派手だな。俺は不器用だから、使っているうちにぶつけて欠けてしまわないか心配だ」
「日常生活で使うものだとシンプルで実用的かつ丈夫なものが一番だけど、これは祭祀用なの。神官達って結構目立ちたがりでしょう? こういう少し過剰なくらいに装飾されているもののほうが好きそうだし、これから流行ると思うのよね。あっ、それから……これは何に使うでしょうか?」
今度は見たこともない二つの小さな壺が並んでいる不思議な形状の土器を差し出すクルミ。
「ん? これは……ぴったりくっついてるのか……片方に貝を入れて、もう片方に食べた後の貝殻を捨てるとか?」
「ハズレ~。それなら二つの壺で十分じゃない。これは、葦のストローをそれぞれに差して、ヤマブドウのワインを注いで、恋人同士が飲んで楽しむことができるロマンチックな容器なんだよ」
「なっ……なんて破廉恥な!」
「好きな二人が仲睦まじいのは悪いことじゃないと思うけどな。ほら、シシマルも走ってきたから疲れてるんじゃない? 私のこと心配してくれたんでしょ? はい、どうぞ!」
「いや……しかし……」
「文句を言う前に、実際に使い心地を試してみないとね」
悪戯っぽく微笑みながら、クルミはたっぷりとワインを注ぎます。土器から伸びるストローに口をつけながら、おそらく一生この恋人に敵わないことを確信して、シシマルは心の中でこっそりと溜息をつきました。
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Wikipedia『縄文土器』より深鉢形土器(火焔型土器) 縄文中期 新潟県十日町市笹山遺跡出土 十日町市博物館蔵 国宝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E5%9C%9F%E5%99%A8
縄文時代ってどんな時代? - 茅野市ホームページより縄文中期後半双口土器
https://www.city.chino.lg.jp/site/jomon/1866.html
Wikipedia『有孔鍔付土器』より縄文時代中期の有孔鍔付土器(山梨県北杜市出土、東京国立博物館所蔵)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E5%AD%94%E9%8D%94%E4%BB%98%E5%9C%9F%E5%99%A8
口縁部に開いている直径5mm程度の小孔は、一部の学説によるとワインの醗酵過程で生じたガスの排出口の可能性があるそうです。その説を裏付けるように、内部にヤマブドウの種子と思われる炭化物が発見された土器も出土しているとか。