武器屋とサモルの店
お店を出た私たちは布通りからさらに奥まった方へ歩いていく。武器屋が並ぶ鍛治通りは北西街の奥の方にあるらしい。
「武器屋って商売の主要なジャンルだから、もっと表通りに近いところにあると思ってたんですけど」
「アルタカシークの交易の中で一番取引が多いのは布や食料だ。だからそれに関する店が大通り沿いに集まるんだ。武器も取引されているがそこまで主要なものじゃないんだよ」
「そうなんですか」
王都へやってきた時に大通り沿いに屋台が並んでいたけど、ただの人集めということだけじゃなくて食料の売買が盛んだから、という理由もあるんだね。
しばらく歩くと煙突のようなものが出ている建物が増え、独特な臭いが漂う通りに入った。ここが鍛治通りらしい。
この通りにはクィルガーの馴染みの武器屋があるということで、彼の案内で進んでいく。
この辺の建物ってなんか薄汚れてるよね。煤とかなのかな?
そこかしこから金属を叩くような音も聞こえてくる。
「こっちだ」
クィルガーはある建物の角を曲がり、裏路地のような狭い道に入っていく。彼は少し進んだところにある建物の扉をノックしてガチャリと開けた。扉の横には剣と弓をかたどった看板がかかっている。
「親父、いるか?」
「お? おお?」
クィルガーが中に入って声をかけると、部屋の奥からツルツルの頭に小さな帽子をちょんと乗せた褐色肌の厳ついおじさんが出てきた。武器屋の主人のイメージ通りのマッチョなおじさんだった。
「こりゃ珍しいお客がきたもんだ……ん?」
おじさんがクィルガーの後ろにいる私たちを見て目を瞬かせた。
「今日はこいつの武器を探しにきたんだ。娘のディアナだ」
「初めまして、ディアナです」
「む、娘ぇ⁉ 若旦那いつの間に⁉」
「あー、こいつは……」
「は! まさか隠し子で……?」
「ブハッ!」
おじさんの一言にサモルとコモラが吹き出す。
「ちげぇよ。わけあって去年養子にしたんだ。この前結婚もしたから、またよろしくな」
「け、結婚⁉ 待ってくださいよ若旦那。話についていけませんっ」
おじさんは目を白黒させて頭を抱えている。クィルガーのことを貴族とわかった上でこんな親しげな態度を取れるということは、かなり昔からの知り合いのようだ。
「お父様はこのお店によく来てるんですか?」
「他の貴族は館に武器屋を呼んで買うんだが、こっちに来た方がいろんな武器が見れるし、修理もその場でしてくれるからな。この店は父上のころからの馴染みなんだ」
「……え、じゃあおじい様もここに来るんですか?」
カラバッリが平民の格好をしてここに来る姿が想像できない。
「カラバッリの旦那も昔はよく来られてましたよ。十年ほど前からは若旦那の方がよく来られてますけどね」
「ムルチはこっちの要望を聞いて特別仕様にしてくれるから、旅をする時に便利な武器とかも作ってもらったんだよ」
「特別仕様ですか?」
「お前が学院で普段持つ武器にもそういう仕様が必要だと思ったんだ。普段から持っていても邪魔にならず、かつ使いやすいものとかな」
確かに毎日大きな弓を背負って授業に出るのは難しいね。
「学院に持っていく武器ですかい?」
「ああ。できれば弓と棒どちらも欲しいんだが」
クィルガーがそう言うと、ムルチは「ちょいとお待ちください」とカウンターの奥の扉を開けて行ってしまった。私はぐるりとお店を見回す。
こじんまりとした店にたくさんの武器が並んでいる。壁には大型の斧や槍がかかっていて、各棚に剣や弓や棒が飾られている。カウンターのガラスケースの中には小型のナイフも並んでいた。
「本当にいろんな武器があるんですね」
「この店にあるのは変わった武器が多いけどな」
「変わった武器?」
「ムルチは腕はいいが変な武器を作るのが好きなんだ。だから通り沿いじゃなくこんな奥まったところにお店があるんだよ」
「変な武器ではなく、工夫された武器と言ってくださいよ、若旦那」
ムルチがそう文句を言いながらいくつかの弓と棒を持ってきた。
「お嬢さんの身長ならこれくらいのサイズですね」
「ディアナ、これ持ってみろ」
クィルガーに渡された弓を持って弦を引っ張ってみる。
「うちの弓より使いやすいですね。大きさが合ってるからでしょうか?」
「それもあるが、ここは子ども用の武器も作ってるからな」
「大人用より軽い金属を使ってるんですよ。でも強度は変わりませんよ」
へぇ、子ども用武器なんて作ってるんだ。確かにこだわりがありそう。
「こっちはなんだ?」
「折り畳み式の弓と棒です。普段はこうして畳んで腰から下げておいて、使う時に広げるんです」
「攻撃の動作が遅れないか?」
「使い始めは遅くなると思いますが、慣れればそんなにロスはないですよ」
ムルチはそう言って折り畳み式の弓を腰に下げて、それから勢いよく取り出した。ブンッという音が鳴って弓が広がり、あっという間に構えの姿勢になっている。
わぁ! これかっこいい!
棒も同じように一振りするだけでシャキンと伸びた。
「一つの動作だけで構えられるのか。ディアナやってみろ」
「はい」
折り畳まれた弓をもらい、それを腰の位置から上へブンッと振ってみる。
「……弓が広がりません」
「もっと手首の力を効かせてみてください」
ムルチのアドバイス通りに手首のスナップを効かせて振ると、ビュンッと弓が広がった。
「なるほど、棒を回転させて放り投げる時の感じでやればいいんですね」
それから弓を畳んで広げるという動きを何度か試してみる。慣れれば肩に担いだ弓を構えるより速くできそうだ。棒の方も同じような要領で取り出せた。それを見たクィルガーがふむ、と頷く。
「これいいんじゃないか?」
「そうですね。普通の武器より私は好きです」
「俺も欲しくなってきたな……」
一発で取り出せる動きが気に入ったのか、クィルガーがまじまじと折り畳み武器を手に持って見ている。
「大人用のもあるのか?」
「ありますよ。ただ子ども用に比べて重いですが」
「問題ない。弓の方を一つくれ」
「はいよ。毎度あり」
ムルチはニヤリと笑って奥へ引っ込んだ。あの顔はクィルガーがそう言うのを予想していたような感じだ。「子どもが産まれたら、ヴァレーリア用の弓も作ってもらうか」とクィルガーがぶつぶつ言っているが、ムルチにとってはおいしいお客さんに違いない。
それから弓の弦の調整をしてもらったり矢筒やその他の装備も揃えてもらった。会計を済ませているクィルガーを眺めながら私はちょっと考える。
やっぱり早く自分で稼げるようになりたいな。魔石装具を開発できるのはまだ先だろうし、その前になにかお金稼ぐ方法考えなきゃ。
「ありがとうございます。お父様」
「これくらいどうってことない」
クィルガーは口の端をあげて私の頭をぽんぽんと叩いた。
その後サモルも折りたたみ式のナイフを買っていたし、コモラも「こういう包丁が欲しいんですけど」と相談していた。「包丁は流石に専門のところで頼んでくれよ」とムルチは笑っていたが、みんなこのお店が気に入ったらしい。
ムルチのお店は私たちにとっても馴染みの店になりそうだね。
買い物が終わると通りに出て乗合馬車に乗り、私たちは大通りへ戻った。今度はサモルの店だ。サモルの店は布関連の大店と食料品の大店の間にあるエリアの少し入ったところにあった。
「この辺はいろんなお店があるんですね」
「そうだね。壺とか食器とか家具とか日用品を売ってる店が多い地域なんだよ。あ、本屋もあるよ」
「本屋もいつか行ってみたいですねぇ」
サモルのお店はちょっとお洒落な美容院のような雰囲気の建物だった。シンプルな白の外壁の前にオリーブのような鉢植えが置いてある。お店の前に立って窓から中を見ると、服がかけられているのが見えた。
「こうして見ると服屋さんみたいですね」
「まだ商品が少ないからね。今日は従業員は休みにしたから遠慮なくどうぞ」
「えっ従業員もいるんですか?」
「そりゃいるよ」
はははと笑いながらサモルがお店の扉を開ける。中へ入ると天井が高いからか思ったより広く感じる。店の中には服の他にもいろんな雑貨が置いてあった。
「荷物を持ってくるので適当にくつろいでてください」
サモルはそう言ってカウンターの後ろにある扉を開けて階段を上っていく。私は壁際の棚に生地がたくさん並べられているのを見つけてそっちに歩いていった。
「わぁ、結構面白い生地がある。これとか衣装に使えそう」
光沢のある生地や派手な刺繍がしてある布が結構あった。他にもレースのついたリボンや、変わった形のボタンなんかもある。
「ここにあるのはそんなに高くない生地だな」
私の横で同じように生地を見ていたクィルガーがそう呟く。
「そうなんですか?」
「平民の日常用のものなんだろう」
「店内に置いてるのは主に平民向けの商品ですからね」
サモルがそう言って階段を降りてきた。
「貴族用の高いものは別室に置いてるんですよ。店に出しておくのも危ないですから」
「なるほど、そうなんですね」
「これがディアナちゃんがさっき言ってた贈り物にできそうな上質の生地で、こっちはクィルガーさんに頼まれてた魔石です」
カウンターの上に上等そうな布と箱が置かれる。箱の中には大きい透明の魔石と緑の魔石が入っていた。
「この魔石って?」
「ヴァレーリアのお腹に当てる用の魔石だ。最初はこっちの緑の魔石だけ頼んでたんだが、おまえの透明の魔石を見てこっちも使ってみてもいいんじゃないかと思ったんだ」
「普通は透明の魔石は使わないんですか?」
「ハズレ魔石と呼ばれてたくらいだから、効果があるとは思われてなくて普通は使わない」
「……実は使えるんですけどね」
「それはみんな知らないからな」
「この透明の魔石、大きいですね」
私の透明の魔石より小さいが、一級の魔石より少し大きい。
「なんせハズレ魔石だからな。この大きさでも安いんだよ」
緑の魔石は一級の魔石と同じような大きさなので、こちらはかなり高いんだろう。
「緑の魔石にする理由はあるんですか?」
「四つの魔石の中で一番丈夫な体になりそうだからだよ。根拠はないがな」
なるほど、確かに癒しと強化の力がある緑の魔石が一番赤ちゃんを育てるには良さそうな気はする。
クィルガーが魔石の支払いをしている間に、私はサモルがもってきてくれた布を見る。どれも肌触りのいい柔らかい生地だ。
赤ちゃんのおくるみにはぴったりだね。
私はこの布に包まれている赤ちゃんを想像する。とっても可愛いけれど無地の布だけだとシンプルすぎる気がする。もう少しお祝いっぽい雰囲気にならないだろうか。
うーんと左手を顎に当てて考えていると、手首にかかっているヴァレーリアのお守りブレスレットが目に入った。今日の平民用の服から覗くそれは、とても華やかで存在感がある。
そうだ、布でくるんだあとに上から刺繍の飾り布を掛けたらお祝いっぽいんじゃない?
「サモル、こういう感じの刺繍の布ってありませんか?」
私は帯のような形の布がないか問いかける。
「ちょっと待ってて」
サモルはそう言うとまた二階へ上がっていき、いくつか刺繍の布を持ってきた。
「そうそう、こういうのです」
「これをどうするんだい?」
「こっちの柔らかい無地の布で赤ちゃんをくるんで、その上にこの刺繍の布をかけるんです。派手になるし、お守りに護られてる感じがしていいと思うんですけど」
「へえ! なるほど。いいね、これ。刺繍の絵柄で意味合いも変えることができるし、お祝いって感じがするよ」
私の提案にサモルの目がキラリと光る。
「お父様、どうですか?」
「今までそういう習慣がなかったから驚くが、いいんじゃないか? 贈られた方も喜びそうだ」
「いや、本当にいいアイデアですよこれ。生地の質を落とせば平民も買うことができますし、新しい慣習として流行るかもしれません。すごいよディアナちゃん!」
サモルが興奮してこれからどう流行らそうかと考え始めた。私としてはちょっとした思いつきだったのだけれど、まぁサモルが楽しそうだからいいか。
「ディアナちゃん、このアイデア俺が買ってもいい?」
「え? お金になるんですか? これ」
「なるよ! これも新しい商品なんだから! 『赤ん坊のお披露目会用の布セット』として商品化すれば、その『発明料』としてお金がもらえるんだよ」
「これも発明料になるんですか」
「発明料はその商品が売れる度に少しずつお金が入るやり方と、誰かに高値で売ってしまってその権利を手放すというやり方があるんだけど、どうする?」
「高値で売ると、その販売権は買った人が持つってことになるんですか?」
「そうだよ」
私がサモルにその権利を売れば、サモルはその商品を独占して売ることができるということか。
「じゃあサモルに高値で売ります。私もまとまったお金が欲しかったので助かります」
「やった! 商談成立だね。これを商品化して市場に出す前に契約書を作って持っていくから」
「わかりました」
「おい、保護者が確認する前に話を進めるな」
クィルガーがそう注意するが、サモルはあまり聞いていない。商売のこととなるとテンションが上がってしまうらしい。
「……演劇を前にしたおまえといい勝負だな」
「気持ちはよくわかりますよ」
「僕も食材を前にしたらよくなるよぉ」
「……今から食の市場に行くんだが?」
クィルガーがコモラの方を見てため息を吐いた。
武器屋とサモルの店に行きました。
ディアナのアイデアはお金になりました。
次は コモラと栄養食づくり、です。




