武の才能
注文していたネックレスが出来上がったという知らせが届いて、指定された日に私はヴァレーリアと商談部屋へ向かった。部屋にはすでにサモルとガシュが揃っていて、二人から挨拶を受ける。
「こちらが出来上がったネックレスでございます」
サモルが差し出した箱をイシュラルが受け取り、私とヴァレーリアの前にそっと置く。ヴァレーリアが頷くのを見て、私は箱の蓋を開けた。
「わぁ! 綺麗!」
実際に出来上がったネックレスは想像以上の出来だった。繊細で美しい細工は見事で文句のつけようもない。キラキラと白銀に輝く三日月のネックレスを見て、ヴァレーリアも「美しいわね」と顔を綻ばせる。
「ディアナ、魔石をはめて見せてちょうだい」
「はい」
私は腰袋から魔石を取り出して、ネックレスにはめていく。魔石をはめるところにはすでに接着剤であるマギアコードがつけられていた。これはネックレスができたあと、サモルがマギアコードを扱っている施設まで行ってつけてもらったんだそうだ。
私は右手側から青、緑、黄、赤の順番ではめていった。
魔石を全てはめると、ヴァレーリアがネックレスの留め具部分を持って私の首の後ろでネックレスを留めてくれる。胸元に光るネックレスを触りながら、私は「どうですか?」と周りの人たちに聞いてみた。
「いいわね。とても素敵よ、ディアナ」
「はい、ディアナ様にぴったりです」
「繊細なモチーフがとてもお似合いですよ」
とヴァレーリアとイシュラルとティンカに褒められて、エヘヘと口元が緩む。
「ガシュ、ありがとうございます」
「……!」
私がにこりと笑ってお礼を言うと、ガシュは目を見開いたあと、慌てて「滅相もございません!」と恭順の礼をとった。貴族に素直にお礼を言われたことなんてないのだろう。いい仕事をしてくれた人にお礼を言うのは当たり前だと思うのだが。
「サモルもありがとう」
「ディアナ様のご要望にお応えできて大変嬉しく存じます」
ネックレスの支払いを済ませたあと、ガシュは先に帰っていった。サモルは個別に私たちに話があるということで一人残ったのだ。護衛たちには外で待機してもらい、中にはイシュラルとティンカと私たちだけになる。最低限の人数だけになってヴァレーリアが少し姿勢を崩して口を開いた。
「で、話ってなんなの? サモル」
「この前ディアナ様から聞いた縫製機のことなんですが、それを取り扱っている工房に話を聞きに行きました」
「縫製機?」
私はこの前いなかったヴァレーリアに縫製機のことを説明する。
「縫製機はまだ量産できる段階ではないため、すぐにこちらに持ってきて商談するというのは難しいということでした」
「そうなんですか……」
「そこで、ディアナ様を工房の方へご案内できないかと、先日クィルガー様にご相談しました」
「え!」
「見に行くって……ディアナが商業区域に行くっていうこと?」
「はい。クィルガー様から、ディアナ様が学院でアルタカシーク王より許可を得て演劇クラブを作られると聞きました。そのクラブで使うのならばきちんとした商品であるのか、その目でお確かめになった方がいいのではと思ったのです」
「クィルガーはなんて言ったの?」
「最初は難色を示しておられましたが、クィルガー様と我々が一緒に行くことを条件に『仕方ないな』という返事をいただきました」
「え! じゃあ私お店に見に行けるんですか⁉」
「はい。もちろん平民の格好に変装していただかないといけませんが」
おおお! なんか殿のお忍び視察みたいだ!
それを聞いてヴァレーリアが複雑そうな顔をする。
「ねぇそれって私は……」
「残念ながらクィルガー様がヴァレーリア様の体のことを考えると連れて行けないと……」
「私は大丈夫よ。それよりディアナのことが心配だわ」
明らかに自分も一緒についていく気満々のヴァレーリアに私は慌てる。
「ヴァレーリアはダメですよ! おうちで安静にしててください!」
まだ安定期に入ってないし、妊婦さんを衛生状態がどうなってるかわからない区域に連れて行きたくない。
「でも、もしディアナになにかあったら……」
「クィルガー様から『工房へ連れていく前にディアナに護身術を教えるからそれまで待て』と言われています」
「え、そうなんですか?」
「はい。縫製機のためならすぐに覚えるだろうということで」
う……まるでニンジンをぶら下げられた馬のようではないか。合ってるけど。演劇のためならめちゃくちゃ頑張るけど。
クィルガーの手のひらで踊らされている感は否めないが、私に工房へ行かないという選択肢はなかった。実は縫製機の他にも見に行きたいものがあったのだ。サモルに頼むしかないと思ってたけれど、街へ出られるならそっちの方がいい。
「詳しい日取りはまた改めてお知らせいたします」
「わかりました」
私とサモルは目を合わせてニヤリと笑った。
「サモルから聞いたんなら話は早いな」
クィルガーが休みの日、私は運動用の服に着替えて館の訓練場に来ていた。武器や防具が置いてある建物の横に広い運動場のような広場がついている。広場の端にはジャスルや他の馬が留められていた。
私は籠手や革の胸当て、革のブーツをつけて、髪はポニーテールにしてスカーフを被っている。
クィルガーも私と同じような革の装備をつけて、武器をいくつか選んでいた。ちなみにヴァレーリアも一緒だ。「ずっと家の中にいても退屈だし、見るだけならいいでしょう?」と楽しそうに付いてきたのだ。
元々武闘派のヴァレーリアにとっては、こういう場所の方が精神的にいいのかもしれない。
「準備体操は終わったか?」
「はい。一通り終わりましたよ」
軽くランニングして、腹筋背筋ストレッチを済ませた。ちなみに筋トレは演劇クラブの練習の時からずっと続けている。
「やる気は十分のようだな」
「縫製機の視察がかかってますし、私、優しくて強いお姉様になると決めたので」
生まれてくる妹弟を守らねばと思うと自然と訓練にも前向きになれたのだ。
「まぁ、理由はなんであれ、やる気があるのはいいことだ」
「はい。今日はよろしくお願いします。お父様」
「は……⁉」
久しぶりにその呼び方をされてクィルガーがギョッと目を見開く。私はそんなクィルガーを真剣な目で見つめながら腰に手を当てた。
「お父様、私聞いたことがあるんです。赤ん坊というのは、周りにいる人の言葉遣いをそのまま覚えてしまうと。ですから私もこれからはきちんとした呼び方をしなければならないと思ったんです」
「……」
「なのでこれからクィルガーとヴァレーリアのことはお父様、お母様と呼びます。反対意見は受け付けません」
とピシャリと言い放つと、クィルガーは口を引きつらせて固まってしまった。すると彼の横にヴァレーリアがスススっと近付いてきて、私に声をかける。
「ディアナ」
「なんですか? お母様」
「もう一度呼んでちょうだい」
「はい、お母様」
「……っ」
私がそう答えるとヴァレーリアは胸を押さえて「いい……」と震えている。彼女には好評のようだ。クィルガーはまだ照れくさいのか眉を寄せて口を引き結んでいるが、そんなことはもう構ってられない。
「では始めましょう、お父様」
「う……わ、わかった」
私はパンムーをヴァレーリアに任せてクィルガーと広場の方へ向かう。私たちと距離を空けて広場の端の方に護衛兵士たちが控えているが、警護の仕事をしているというよりクィルガーの訓練がどういうものなのか興味津々で見ているという感じだ。
ヴァレーリアやトカルたちは安全な建物の中からこちらを見ている。
「まずは簡単な護身術からだ。正面や後ろから素手やナイフで襲い掛かられた時に使える技だ」
「……テルヴァ相手にも使えそうですね」
「怖くないか?」
「大丈夫です。もうあの手で捕らえられるのは嫌ですから」
初めて攫われた時は正面から、二度目は背後から襲われて気を失った。ああいう不意打ちに対応できる体にならないと、この先やっていけない。
私はテルヴァの動きをクィルガーに伝えて、それに対応する動きを教えてもらう。前世の時に見た護身術と傾向は同じだ。
向かってきた相手の攻撃を避けたり、体を掴まれた時にそこから逃れて反撃する技を教えてもらう。
「こうして、こう……」
「そうだ、そこで体を捻って肘で思いっきり敵の腹を打……ぐっ」
「こうですか?」
「……結構筋がいいなおまえ」
護身術を身につけるにはとにかく反復練習が必須だ。私は華奢で背が低いので力による反撃は有効ではない。体の反動やテコの原理などを利用して、素早く確実に相手の急所に反撃が決まるように何度も同じ動きを繰り返す。
しばらく練習したあと、クィルガーがなにも言わずにいろんな方向から襲いかかってきた。私はそれに即座に対応して反撃して距離を取る。
離れてみていた護衛たちが「おお」とか「うまい」とか言ってるのが聞こえた。
ちゃんと仕事してるのかなあの人たち……。
「……ふむ。やはりディアナは回転を取り入れた方が良さそうだな」
「回転ですか?」
「剣舞、だったか? あの動きを見た時にそう思ったんだ。ディアナはかなりの速さで回転することができるだろ? 軸も安定しているし」
「そうですね。回転の動きは比較的得意かもしれません」
「得意な動きなら咄嗟の時も反応できるはずだ」
クィルガーはそう言って今まで教えた護身術に回転の動きを加えた。
「この動きができれば、例え足を縛られたとしても逃れられるはずだ」
「やってみます」
それから回転しながら腕の中から抜けたり、回転しながら蹴りを繰り出す訓練をする。
なんか身を守るというより完全に反撃ありきの動きになってる気がするけど……。
「よし、護身術はここまでにしよう。体力は大丈夫か?」
「はい。まだいけますよ」
この体は本当にスタミナがある。汗はかいているがまだ全然余裕だ。
「次はおまえに合った武器を探す」
「武器ですか?」
「細いから大剣は無理だろうが、得意な武器があった方がいいからな」
クィルガーはそう言ってたくさんの武器を持ってきた。普通の剣、細身の剣、槍に弓矢にメイスっぽいものもある。どれも昔やったゲームで見たことがあるものばかりだ。
うわぁ、ファンタジーっぽいね。
私は一通り構え方を教えてもらって武器を振ってみる。
「うわっととと……」
「おおお重い……!」
金属部分が多い剣や槍はその重さに体が引っ張られてよろけてしまう。
「お、これは、なかなか」
「あ、これいいですね」
逆に重さに偏りがない棒や弓は扱いやすかった。
「やはりそっちのタイプか。というかその棒の動きはなんだ?」
「向こうの世界でこうして棒を振り回すバトントワリングというパフォーマンスがあったんですよ。多分こっちの旅芸人でやる人もいると思いますよ」
私は棒をブンブンと振り回しながら答える。そのままビュッと棒を回転させながら上へ放り投げて体をその場で二回転させ、落ちてきた棒を受け取ってポーズを決める。
するとなぜか「おおおー」と護衛から拍手がわき起こった。
クィルガーはそれを見て呆れながら口を開く。
「……まぁ、相手が不意をつかれる動きではあるな……戦闘で使えるかはわからんが。次は弓矢を使ってみよう」
クィルガーに教わりながら弓に矢をつがえて、先の方にある的に向かって構える。弦は思ったより硬いが、腕ではなく肩で引っ張るように意識するとグンっといい感じに引っ張れた。「一回射ってみろ」と言われたので狙いを定めて矢を放つ。
ダン!
という音がして、矢が的の中心部分に刺さった。
「やった!」
「へぇ、やるじゃないか。だが二回連続ではどうかな」
最初はビギナーズラックということもあるからね。
私はもう一度矢をつがえて弓を引く。その時右側からわずかに風の吹いてくる音がした。
あっちから風が来てるから……狙いをさっきより右に振って……えい!
放った矢はさっきと同じように的の中心部分に突き刺さる。
「お」
「……当たりましたね」
ちょっと自分でもびっくりだ。
「ヴァレーリアを呼ぼう」
クィルガーはそう言うと建物の方へ向かい、エスコートしながらヴァレーリアを連れてきた。
「弓ならヴァレーリアの方が詳しいからな」
「ディアナ、あなた弓の才能があるみたいね」
「そうなんでしょうか?」
それからヴァレーリアに改めて基本的な弓の使い方を教わって、何度も矢を放ってみる。
驚いたことに矢はほとんど中心部分にヒットした。
「耳がいいのはわかっていたけど、どうやら目もいいみたいね。それに集中力もある」
「もっと上手くなれますか?」
「上手くなるには何回も練習して、無駄のない動きを習得するのが大事よ。ちゃんと練習を重ねれば複射や連射もできるようになるわ」
「ディアナはこれと棒術を中心に鍛えた方がよさそうだな」
クィルガーとヴァレーリアはそれから私の訓練プランについて意見を交わし合う。よくわからない私はポカンと二人を見上げたまま違うことを考えた。
とりあえず血がドバッと出る剣や斧とかじゃなくて、棒や弓を使うことになりそうでよかった。
物語でエルフが弓を使うシーンをよく見たけど、やっぱり得意なものなんだね。エルフの才能ってやつなのかな。
私は持っている弓を握り直してぐいぐいっと弦を引っ張った。それを見たクィルガーがふとなにかを思いついたような顔になる。
「それなら学院に持っていけるような弓と棒を買った方がいいな。今度街へ行くときに武器屋も寄るか」
そう言うクィルガーをヴァレーリアが睨む。
「酷い。私も行きたいのに……」
「ヴァレーリアはまた違う機会にな」
「ちゃんとお土産も買ってくるので家で待っててくださいね、お母様」
私がそう言うと、ヴァレーリアは「お母様って言われると聞くしかないじゃない……」とため息を吐いて首を振った。
その日から護身術や武器の練習の時間が取られるようになった。クィルガーがいない時はヴァレーリアに見守られながら護衛たちを相手に訓練する。
基本的な動きができるようになったら、魔石術と合わせた技も教えてもらう。
その後、ある程度護身術が身についたところで、街へ行く許可が出た。
ディアナの思わぬ武の才能が判明しました。
エルフといえばやはり弓。
次は お忍び散策、です。




