満開のアティル
注文したネックレスの修正後のデザインをチェックしたり、詳細を詰めている間に、庭で育てているアティルが満開になったという知らせが入った。
しばらく休んで調子が戻ってきたヴァレーリアと、アティルを見ながらお茶会をすることになって、私はウキウキしながら庭に向かう。
冬にファリシュタと一緒に行った温室から出されたアティルの鉢が、庭の日当たりのいい場所に並べられ、アティルに囲まれるようにお茶を飲むための小上がりが置かれている。
私はヴァレーリアと並んで歩きながら、小上がりの周りに咲く満開のアティルを眺めた。
「綺麗ですねぇ。アティルはピンク色だけじゃないんですね」
「そうね。原種に近いものはピンク色だけど、品種改良が進んでその他の色も増えてきたらしいわ」
「栽培が盛んな南の方では冬以外は咲いてるんですよね?」
私がそう質問すると、後ろに控えていた庭師さんが頷いた。
「はい。本来アティルは春から秋にかけて花をつける品種でございます。ただアルタカシークでは寒暖の差が激しく、冬と夏は表に出せないため春と秋だけ咲くように品種改良されました」
アルタカシークの夏は日差しが強すぎて、いくら風通しの良い涼しい室内に入れていても、花を咲かせると株が弱ってしまうのだそうだ。そのため夏と冬は花も葉も摘んでしまい、室内にいれて株を休ませるらしい。
「ヴァレーリア様、ディアナ様、ぜひこちらのアティルの匂いを確かめてくださいませ」
庭師がお勧めしてくれた丸っこい花弁の、うすピンク色のアティルに顔を近付けて匂いを嗅ぐと、なんともいえない爽やかな香りが鼻の奥に広がった。
「わぁ! 良い香り!」
「本当ね。甘すぎない香りで好きだわ」
「私もこれ好きです!」
私たちの反応を見て庭師がにこりと笑う。
「お気に召していただけましたか。これは後々香油に加工しようかと考えております」
「いいわね。どれくらい作れそう?」
「お一人分ですと、三年使えるほどは作れます」
「じゃあ三人分作っても一年持つのね。私とディアナとお義母様の分を作ってちょうだい」
「かしこまりました」
私たちはそれからぐるりと一周してアティルを鑑賞したあと、小上がりに座ってお茶にする。
「じゃあ、学院でのお茶の入れ方を教えてちょうだい、ディアナ」
「ふっふっふん、いいですよ」
私はイシュラルが持ってきたワゴンからお茶のポットとカップを受け取って、小上がりのテーブルの上に乗せる。
普通貴族のお茶は使用人が入れて出すのだが、貴族しかいない学院では、談話室などでお茶をする時は自分たちで入れなければならない。学院が設立された当初、今まで自分でお茶を入れたことがなかった学生たちは困ったそうだ。
そこで貴族同士でお茶を入れる時の作法が生み出された。それを作って広めた学生が社交クラブを作ったらしい。
「私もお茶の入れ方は知らなかったんですけど、ファリシュタに教えてもらったんですよ」
「そういうことを学ぶ時間もディアナは取れなかったものね」
「……まぁ前の世界では自分でお茶を入れるのが当たり前だったので、私はすんなり覚えられましたけど」
と、トカルたちが離れているのを確かめてからヴァレーリアにだけ聞こえるように言う。
「そういえば向こうでは貴族という身分はなかったって言ってたわね」
「私が生きていた時代では、ですけどね」
私はそう言ってポットからカップにお茶を注ぎ、カップに入っていたお茶をまたポットに戻す。それを三回繰り返すのだ。そしてお茶の葉が開いていくのを待っている間にワゴンに乗っていたお茶菓子を出す。
「お茶菓子はお茶をする人たち全員で同時に手をつけるんです」
「同時に? 普通は招いた人がまずとって勧めるわよね?」
「学生は平等であるという学院の決まりを表すために、高位貴族でも下位貴族でも同時にとるってことにしたらしいですよ」
「なるほどね。私みたいな下位貴族出身の人はびっくりするでしょうね」
「ファリシュタは貴族教育で習ってたけど、いざその場になると緊張するって言ってました」
「ふふ、その気持ちはわかるわ」
お茶菓子を一口食べたあと、私はポットからお茶を注ぎ、そのカップをヴァレーリアの前に置いた。ヴァレーリアはそのお茶を飲んで「美味しいわ。ディアナ、ありがとう」と言ってふわりと笑う。
「お茶を入れる人はどうやって決めるの?」
「基本的に立候補制です。お茶を入れるのが好きな人がやったり、でも今のところ男性より女性の方が多いですね」
「そうでしょうね。男性がお茶を入れる姿なんて想像できないわ」
「ああ、でもイバン王子のお付きのアードルフはマメに入れてくれてましたね。劇の練習している時とか」
私がそう言うと、ヴァレーリアが目を丸くして驚いた。
「ザガルディの男性がお茶を入れるなんて……!」
「普段から王子のお世話をしているので、ちょっと特殊なパターンかもしれませんけど」
「……学院に入学できた世代と私たちの世代では、今後価値観が大きく変わっていくのかもしれないわね」
「そういえばヴァレーリアは学院に入らなかったんですよね」
「学院ができて次の年くらいに家出しちゃったからね。それに当時は入学金も高くて、うちみたいな下位貴族がホイホイと入学を決められるものではなかったし。私にそんなお金は使わなかったでしょうから、あのまま家にいても通わせてもらえなかったと思うわ」
ヴァレーリアはそう言って肩を竦める。本当に、ヴァレーリアはどれだけ実家で辛い思いをしてきたのだろうか、それを思うと胸がキュッとなる。
「ふふ、そんな心配そうな顔しなくて大丈夫よディアナ。結婚した今、私の居場所はここにあるし、私の大事なものはこの国に全部あるんだから」
「……はい」
「それに、大事なものがさらに増えるしね」
「はい?」
私が意味がわからなくて首を傾げると、ヴァレーリアがお茶の入ったカップを置いて、悪戯っぽく笑った。
「ディアナ、実はね……私のお腹の中に赤ちゃんがいるの」
「……………………へ?」
え? 今なんて? あ、赤ちゃん?
「冬の間に生まれる予定よ」
そう言ってヴァレーリアは自分のお腹をさする。
え? え? ちょっと待って。
ようやくヴァレーリアの言ってることが脳に伝わって、私の体温は一気に急上昇した。
「赤ちゃんてあの赤ちゃんですか⁉」
「他にどの赤ちゃんがあるの」
「ヴァレーリア妊娠したんですか⁉」
「そうよ」
「えええええ——————————‼」
ウソでしょ⁉ この前結婚したばっかでもう妊娠⁉ ちょっと待って! ついていけない!
「わぁぁぁぁ! なんっええ? ほほほ本当に⁉」
「ディアナ、落ち着いて」
「おおおお落ち着いていられませんよ! い、いつわかったんですか?」
「……ええと、その、わかったのは先月なんだけど」
「それは……!」
確実に、結婚前に、しでかしてますね⁉
そこはあまり突っ込まれたくなかったのか、ヴァレーリアが目元を赤くして気まずそうにしている。
全くもう、クィルガーってばもう少し我慢できなかったの⁉
生まれた時に周りからなんか言われないのかな?
ていうか展開早すぎない?
と色々思ったが、恥ずかしそうにしているヴァレーリアが可愛いのであえてなにも口にしなかった。私はスーハースーハーと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
いや、全然落ち着かないけれど。
「……赤ちゃん、ということは私の弟か妹が生まれるってことですよね」
血は繋がっていないけど、自分の妹弟ができるのだ。
私の……妹弟かぁ。
大事な家族がまた増えるんだ。
「どうしよう。赤ちゃんって多分めちゃくちゃ可愛ですよね?」
「そうね。可愛いでしょうね」
「私、ちゃんとお姉ちゃんできるでしょうか」
「大丈夫よ。ディアナは優しくて楽しくて可愛いお姉様になれるわ」
「お姉様‼」
頭の中で可愛い顔をした弟と妹が「お姉様」と言っている姿が浮かんで、私は思わず机に突っ伏した。
なにそれ可愛いいぃぃぃぃぃぃぃ‼
「ディアナ? 大丈夫?」
「ダメですヴァレーリア、弟も妹も可愛すぎて瀕死です」
「まだ生まれてないわよ」
ヴァレーリアはクスクスと笑うと確かめるように聞いてきた。
「ディアナ、その……嬉しい?」
そう改めて問われると、なぜかわからないけれど鼻の奥がツンとして、視界が歪み、大粒の涙が一気にダ——っとこぼれた。ヴァレーリアやトカルたちが驚いて私を見る。
「う……嬉しいです……ものすごく……ヒック、うう……嬉しい……っ」
自分でも信じられないほど、胸の中が温かくなって、ただただ嬉しいという感情だけが溢れてくる。
近い将来二人に子どもができるのかなとは思っていたけど、実際にそうなるとこんなに嬉しいものなんだ。
私は涙を拭いながらテーブルを回ってヴァレーリアに抱きついた。彼女は私を受け止めて背中をさすってくれる。
「おめでとうヴァレーリア……私、本当に嬉しいです……」
「ありがとう。ディアナが喜んでくれて私も嬉しいわ」
ヴァレーリアの声も少し震えている。もしかしたら、私が血の繋がらない妹弟が生まれることをどう思うのか不安に思っていたのかもしれない。
「私、立派なお姉様になれるように頑張ります」
「ふふ、ディアナはそのままでいいわよ」
「ダメですよ。私、生まれてくる子のためにできることは全部していきたいです。あ、そうだ、私これからここの出産について勉強します」
「え?」
そうだ。こちらの世界でのお産はどんなものなのか調べなければ。医療が発達した現代でも出産は奇跡だと言われていたのだ。妊娠、出産中はなにが起こるかわからない。大事なヴァレーリアになにか起こったらと思うと心の中が不安でいっぱいになる。
私はガバッと顔を上げると、フンスッと鼻息荒く宣言した。
「赤ちゃんが無事に生まれてくるように、私頑張ります!」
「ディアナ?」
ポカンと呆気にとられているヴァレーリアの横で、私はトカルたちにこちらの妊娠出産に関して次々と質問していった。
待っててね、私の妹弟! あなたが無事に生まれてこれるようにお姉様は全力を尽くすよ!
「それであんなことになってるのか?」
夕食の席にクィルガーの呆れた声が響く。私はその声を聞きながら、料理長に妊婦さんに出すメニューについて質問する。料理長は滅多にこちらには顔を出さないので少々ビビっているが、そんなことを気にしている場合ではない。
どうやら妊娠中に特別なメニューを出すことはないらしい。つわりの具合もあるのでいつも通りの料理を出して、妊婦さんが食べられるものを自由にとってもらうという感じなんだそうだ。
料理長はそれを伝えると恐縮したまま厨房へ戻っていった。
うーん……それでいいのかな? もっと栄養価の高いものとか必要じゃないんだろうか。ああ、前世でもっとこういうこと勉強しておけばよかった!
前世の私には兄しかいなかったし、身近に出産している人もいなかったので赤子についての知識が全くない。
「ヴァレーリアはもうつわりは大丈夫なんですか?」
「そうね。最近は落ち着いてきたから、前みたいに食べられるようになったわよ」
「特に食べたいものとかあります?」
「んーそうねぇ、酸味のあるものとか乳製品とかかしら。前はあまり好まなかったのだけど」
ふんふん、酸っぱいものっってのはよく聞くよね。なんかその辺で栄養価が高くて美味しいものが作れないかな。今度コモラに相談しようそうしよう。
「別にディアナが考えなくても他の者がやってくれるだろ。おまえは自分の勉強に集中しろ」
「今週やる予定だった勉強なら終わらせましたよ」
「は?」
「こうしている間にもお腹の中で赤ちゃんはすくすくと育ってるんですから、のんびりしてる時間はありません」
「……」
完全に呆れた顔になっているクィルガーを私はじとっと見つめる。
「クィルガーがもう少し我慢してくれれば、こんなに慌てることにはならなかったんですからね」
「うぐっ」
痛いところを突かれてクィルガーは明後日の方向に視線を向ける。
「そういうことをここで言うな……」
使用人たちの前でする話ではないとはわかってるが、つい言ってしまった。
イシュラルたちに聞くと、こちらの妊娠期間は約九ヶ月で、予定日はおそらく年末だろうということだった。早産で生まれてきたということにすれば、一応ギリギリ面目は保たれる計算になる。
「とにかくヴァレーリアは安定期に入るまでは安静にしててくださいね」
「そんなに気にしなくて大丈夫だと思うけど」
「ダメです。ヴァレーリアは美味しいものを食べて、たくさん寝てください」
「わかったわ」
クスクスと笑いながらヴァレーリアが頷く。張り切ってる私に呆れながらも言われた通りにしてくれるらしい。
そんな私の様子を見ていたクィルガーがなにかに気付いたような顔をして「あとで内密部屋に来てくれ」と言ったので、私たちは食事のあと内密部屋で膝を付き合わせた。
「ディアナ、おまえが前にいた世界は科学が発達していたんだよな?」
「そうですよ」
「もしかして医療もそうなのか?」
「はい。こちらより遥かに進んでいたと思います。向こうに魔石術なんてものはなかったので」
「出産に関してもか?」
「私は身近に触れる機会がなかったので詳しくはないですが、進んでいたと思いますよ。こう、妊婦さんのお腹に機械を当てて赤ちゃんの形を確認することもできました」
「なんだと⁉」
「赤ちゃんの姿が見れるの⁉」
私の言葉に二人とも大きな声を上げる。
「そうです。赤ちゃんが男の子か女の子かもそれでわかるんですよ」
「性別がわかるのか⁉」
「お腹の中にいるのに?」
「はい。そうやって妊婦さんは定期的に病院に通って、赤ちゃんの育ち具合を確認しながら妊娠期間を過ごすんです」
「それは安心するわね」
ヴァレーリアがそう言いながらお腹をさする横で、クィルガーが前のめりになって口を開いた。
「その世界の知識でヴァレーリアの助けになるようなことはあるか?」
どうやらクィルガーはそれが聞きたかったらしい。私は少し考えてから顔を上げる。
「……私がそっちに詳しければなにか言えたかもしれませんが、そうでもないですし。とにかく安定期までは安静にするとか、感染症にかからないために手洗いや消毒を徹底するとか、そんなことくらいしか言えませんねぇ」
「そうか」
「それにこちらとは妊娠期間も違いますし、貴族にはマギアコアの存在もありますから、こっちの知識で対応した方がいい気もします」
「なるほど……それはそうだな」
貴族は魔石術が使えるので出産自体にそこまで危険はないようだ。洗浄も鎮静も治癒も使えるので、母体が危険な状態になることはあまりないらしい。
「そういえば妊婦さんは質のいい魔石を身につけるって聞きましたけど」
「生まれてくる子どもが上の階級の魔石使いになるように、出産まで魔石をお腹に当てておくんだ。まぁ、結局大きなマギアコアになるかどうかはその子のマギアを溜め込む体質次第だから、どれくらいの階級になるかは生まれてみなければわからないんだけどな」
「お腹に魔石を当てると、魔石の中のマギアを赤ちゃんが吸収するってことですか?」
「そう言われているが、確証があるわけじゃない。まあお守りみたいなものだな」
おおう、そこはアバウトなんだね。
「質のいい魔石か……あ、私のこの透明の魔石を使いますか? これ大きいですし」
「ディアナの大事な魔石を使うなんてできないわよ。それに魔石を当てるのは安定期に入ってからだから」
「そうなんですね。クィルガー、うんといいやつ用意してくださいね」
「わかってる。しかし透明の魔石か……そっちは考えてなかったな。サモルに頼むか」
クィルガーはそう言って一人でぶつぶつと言っている。
「はぁー楽しみですねぇ……。男の子かな、女の子かな」
「どうかしらね」
「どっちにしろ美形で強くて優しい子になりますよね。ああ、どうしよう! 私絶対姉バカになっちゃう!」
「いやもうなってるだろ」
クィルガーにつっこまれながら、私は高ぶる気持ちを抑えることができずプルプルと悶えた。
お庭のお茶会で思いがけないことを告げられました。
湧き上がってきた感情に戸惑いながらも受け入れるディアナ。
お姉様スイッチが入りました。
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