クィルガーの提案
宿の部屋には個室が三部屋あり、クィルガー、私とヴァレーリア、サモルとコモラでそれぞれ使うことになった。
私は荷物が特にないのでみんなが個室に荷物を置いてくる間に居間のソファに座る。高い宿だけあって、ソファもスプリングがついてるフカフカのソファだ。
さっき街の建物を見て思ったけど、建物や家具は異世界ものでよく見る西洋風のデザインっぽいよね。ただ街行く人はみんなターバンやスカーフを巻いていて服に凝った刺繍が施されているから、服文化は少し変わってるけど。
そんなことを考えていると、パンムーがスカーフから出てきてキョロキョロと部屋を見回して目をキラキラさせ始めた。初めて見る部屋に興味津々のようだ。
「変なところに行っちゃダメだからね、パンムー」
「パムー」
クィルガーは自分の部屋からすぐ戻ってきて、ざっと居間の窓や入り口の扉の外を確認して回っている。いざというときにどう動けば安全が確保できるか確認しているようだ。
うーん、頼りになる。格好いい。
そのうちコモラがお茶を用意してくれて、部屋の確認が終わったみんながソファに集まった。
「それで、提案ってなんなの?」
私の隣に座ったヴァレーリアが正面のクィルガーに問いかける。
「ディアナを……俺の国に連れて行こうと思う」
「クィルガーの国っていうのは、カタルーゴ……でしたっけ?」
と私が聞くと、クィルガーは首を振った。
「いや、俺はカタルーゴ生まれではあるが、育った国は別だ」
その言葉にヴァレーリアがやっぱりね、と呟く。
「そうだと思ってた。しかもあなた、本当はかなり高位の騎士でしょう?」
「なぜそう思う?」
「他人に指示し慣れていたからよ。カタルーゴ人は個人主義で基本的に誰かを動かすことも、誰かに動かされることも嫌う。でもあなたは戦闘になっても勝手に動こうとはしないし、全体の動きを見て的確に指示が出せる。これは誰にでもできることじゃないわ。そう訓練され、実際に部下を率いたことがある人にしかできない」
確かにさっきの襲撃の時もクィルガーが指示を出してたね。
とヴァレーリアの言い分にほへーと感心していると、
「それにこんな高い宿を平気でとれるんだから経済的な余裕もある。騎士でお金に余裕があるのは高位の役職についているか、実家が金持ちかのどっちかよ」
とヴァレーリアが言い切った。クィルガーはそれを聞いてフッと笑う。
「当たりだ。よく見てるじゃないか。そんなに俺のことが気になったか?」
「変なこと言うんじゃないわよ!」
「いやぁ本当によく見てますね。俺は全然気がつきませんでした」
「僕も。さすが姐さんです」
「ちょっと!」
ヴァレーリアはサモルとコモラに揶揄われながらギロリとクィルガーを睨む。
「で? あなたはどこの国の人なの?」
「アルタカシークだ」
アルタ……ク? と戸惑っていると「アルタカシーク……」と横でヴァレーリアが呟く。
「『黄光の奇跡』で復活を遂げた国ね……ということはあなたはあの『虚弱王』に仕える騎士なの?」
「……そうだ」
「アルタカシーク……確かここ数年はかなり安定してきたって聞くわね……それにあの魔石学院が……あ! そうか、確かにテルヴァにとっては一番近づきたくない場所ね」
そう言って一人で納得しているヴァレーリアに私とコモラは頭の上にハテナを浮かべる。全くわからない。
「あー……アルタカシークはな、この大陸の中心に位置している。国土のほとんどが砂に覆われている砂漠の国だ」
困っている私たちにクィルガーが説明を始めた。
アルタカシークは、二千年以上前の魔女時代に建国された。そのころは砂漠はまだ小さく、草原と湖が点在する豊かな土地だったそうだ。やがて地下から魔石がたくさん採れることがわかって、人々が集まり街ができて小さな国となった。
魔石使いが現れて魔石時代に入ってから、その魔石が商品としてやりとりされると、東西南北の国から商人が押し寄せ、大陸の中心にあるアルタカシークはあっという間に大都市になる。
「世界の中心にある国なんだったら絶対みんな通りますもんね」
「ああ、アルタカシーク産の魔石や商品の売買だけじゃなく、世界中の国の品物が王都で取り引きされるようになったんだ」
だが数百年前の大戦で東西の大国に代わる代わる占領され荒らされたため、国力が大幅に下がった。
大戦後、生き残った王族がアルタカシークの独立を勝ち取り国を再建するが、高く売れる魔石は掘り尽くされ、ハズレ魔石といわれた透明の魔石だけしか採れなくなっていた。
透明魔石を売っても大金にはならない。国を支えていた魔石の交易が出来なくなったのだ。
さらにその頃から砂漠に巨大な砂嵐が出現するようになり、国境から王都まで繋がっていた街道が砂に埋まって人の移動が難しくなってしまう。
「ええ、そんな……その、魔石術の力とかでなんとかならなかったんですか?」
「大戦のころに大きな力を使える魔石使いがたくさん死んだからな。広範囲の砂を取り除くことができる魔石術なんてその時は誰も使えなかったんだ」
そのような状態が何十年も続き、交易の街として栄えていた王都は見る影もなく衰え、土地はやせ細り、井戸の地下水も量が減って砂漠から流れてくる砂に街中が覆われようとしていた。
いよいよこの国も終わりか……と思われたその時、当時わずか十歳であった王子が奇跡の魔石術を使い、王都を復活させた。
「え、十歳の王子が?」
「ああ」
「しかもその王子は幼いころから虚弱で有名だったのよね、クィルガー」
「ええっそうなんですか⁉」
「……王子は優秀な魔石使いの才能があったんだが虚弱でな、その力を思う存分振るうことができなかった。だがその代わり小さなころから膨大な本を読み、魔石術の知識を蓄えていたんだ」
「なるほど。運動できない分、勉強を頑張ったんですね」
「そういうレベルの話じゃないんだが……まぁいい」
王子が魔石術を使うと街中が黄色い光に包まれ、王都を侵食していた砂が払われ、井戸からは水が溢れ出した。
砂嵐の勢いも弱まり、土地に水が行き渡り、植物が生え土地が肥えていく。国民たちは涙を流してその奇跡を喜んだという。
それが『黄光の奇跡』だ。
王都が復活したことにより魔石以外の交易も再開され、街には昔のように世界中の交易品が集まるようになった。
おお、すごい。なんか映画になりそうなストーリーだね。
王子はその後自分の虚弱が治ったことを国民に告げ、急逝した父王の跡を継いで王となり、さらに国を安定させるため魔石使いの学院を作った。
当時世界各国でバラつきがあった魔石術の教育を統一するため、世界中から子どもの魔石使いを集めて自分が持っている魔石術の知識を与えたのだ。
その教育のレベルが高く素晴らしいものであったため魔石学院は評判となり、今では世界中から魔石使いの子ども——つまり貴族の子どもが集まる場所になっている。
そして交易と学院の運営のおかげでアルタカシークの財政はかなり豊かになった。
「つまりアルタカシークには今魔石使いの子どもがたくさんいて、経済的にも豊かな国になったってことですか?」
「それだけじゃない、魔石使いにとって学院が聖地みたいになってるからな。今じゃ魔石信仰の中心部みたいな扱いになっている」
「しかも世界中の貴族の子どもたちが一年の大半学院の寮にいるから、街の警戒レベルも相当高いって聞いてるわ」
「ああ、他国から預かった貴族の子どもたちになにかあってはいけないからな、不審人物が街に入り込まないよう王都の警備はかなり厳しくなっている」
「ということは、テルヴァも入りにくいってことですか?」
「そういうことだ」
魔石信仰の中心部で、魔石使いの子どもたちがたくさんいて、街の警戒レベルが高い。テルヴァが最も入りにくい街。
「私には最高の街じゃないですか! なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」
「馬鹿。魔石信仰の聖地になってるアルタカシークにいきなりエルフを連れて行けるか! 街の警戒レベルが高いってことは、おまえだって入れないってことなんだよ」
「そこは、ほら、クィルガーの力でなんとか……」
「俺の保護下であるとは申請できるが、その審査をするのは王だぞ。アルタカシークにどんな影響が出るのかわからない、出自不明のエルフをすんなり受け入れてくれるとは思わない」
ああ、確かに魔女信仰の代表みたいなエルフを簡単に通してはくれないか……。
「ってちょっと待ってください。入国の審査は王様がするんですか? 自ら? そんなことできるんですか? すごい人数だと思うんですけど……」
「王がそう決めたんだ。入国する人間は自分が精査するってな。かなりの負担だと思うが、そのおかげで国の安全は守られている」
憮然とした顔でクィルガーがそう言う。なんとなく、俺は気に食わないが、と心の中で言ってるみたいだ。
王様って昔は虚弱で有名って言ってなかったっけ……治ったとはいえ無茶するなぁその王様。
「だからすぐにアルタカシークに連れて行くのはどうかと思ってたんだが、おまえが魔石術を使えることがわかって考え直した」
「魔石術ですか?」
「魔石術を使うということは、自分は魔石信仰を支持すると言ってるのと同じだ。俺の保護下にあり、魔石信仰を支持する姿勢を見せれば、王の許可を得てエルフということを隠してこっそり暮らすくらいは出来るんじゃないかと思う」
なるほど。つまり自分はエルフだけど魔女信仰は支持してないし、魔石信仰に従うよ、害はないよ、と魔石術を使うことでアピール出来るってことか。
すると話を聞いていたヴァレーリアが疑問を口にする。
「でも申請するときに他の人にディアナがエルフであることが知られる危険はないの? 魔石信仰の聖地といわれる街でエルフがいるという噂が広まれば、あなたの家に押しかけてくる過激派なんかもいるんじゃない?」
「俺の家に押しかけてくるような勇気のある奴はいないと思うが……まあその辺も大丈夫だ。申請は俺から王に直接出すからな」
「王に直接って……クィルガー、あなた一体……」
クィルガーの言葉にヴァレーリアが目を見張る。
クィルガーってもしかして思ってる以上にお偉い人なのかな……私はこの世界の階級がどうなってるのか知らないからよくわからないけど。
クィルガーはそれ以上自分の身分について話すつもりはないようだ。きっとまだ知らない方がいいのだろう。ヴァレーリアも特に深追いはしなかった。
「そんなわけで俺の国に行くってことでいいか? ディアナ」
「はい、もちろんです」
「わかった。ディアナをアルタカシークに連れて行くとして……ヴァレーリア、おまえはどうする? ディアナの世話係として俺から入国を申請することはできるが、国境を越えることを実家に知られたくないとか言ってなかったか?」
クィルガーがそう尋ねるとヴァレーリアは少し難しい顔をする。
「そんなに実家とやり取りしたくないのであればおまえはここで……」
「嫌よ、私もディアナと一緒にアルタカシークに行くわ」
「姐さん……でもそうなると……」
「はぁ……いいわよサモル。この辺が潮時かもしれないわね」
そこで詳しく話を聞くと、なんとヴァレーリアの家は長子が家督を継ぐ家系らしく、実家の跡取りは今でもヴァレーリアなんだそうだ。後妻への仕返しにと家督を後妻の子どもに譲るという一筆を書かずに家を出たらしい。
そのため後妻は血眼になってヴァレーリアを探しているらしいが、そんなに裕福な貴族でもないため捜索の手をあまり広げられていないのだという。
「おまえ……すごい仕返しをして家出したんだな」
「フンッ、これでも私がされてきたことに比べたら甘っちょろい方よ。まあでも、もう九年も経ったし仕返しもそろそろいいかなと思ってたの。ディアナと一緒にアルタカシークに行きたいから、家督を譲る書類を書いて実家に送るわ」
ヴァレーリアはあっさりとそう言って私に向かって微笑む。これで国境を越えたときに連絡が行っても問題ないらしい。
ちなみに平民の移動については身分証明書さえあれば申請できるそうだ。
「俺たちは職業もはっきりしてるからね、比較的早く審査は通ると思うよ」
「アルタカシークって世界中からいろんな食材が集まってくるんだよねぇ。楽しみだなぁ」
コモラの心はすでにアルタカシークに向かってるようで目をキラキラとさせている。私もそれに釣られて今から向かう国に思いを馳せた。
世界中の食材かあ……美味しいものが食べられるのはいいよね……はっ! 世界中のものが集まる国なら、世界中のエンタメも集まってたりしないかな。きっと本はいっぱいあるよね? 学校があるんだし、学生も多いんだったら若い子向けのイベントとかもあるかもしれない!
「クィルガー! 早くアルタカシークへ行きましょう! 私ワクワクがとまりません!」
「なんでワクワクしてんだよっ。こっちは申請するときのことを考えて頭が痛いんだぞ! 少しは緊張感を持て!」
眉間に皺を寄せたクィルガーに右手でぐわしと頭を力一杯掴まれて私は悲鳴を上げる。痛い。
そうして私の行き先はアルタカシークに決まった。国境へは結構日数がかかるので、この街でしばらく準備をしてから出発することになった。
クィルガーの国へ行くことになりました。
交易の発達した街です。
ディアナはワクワクが止まりません。
次は お風呂と魔石装具、です。