王の孤独と帰宅
アルタカシークの生徒たちの帰宅が始まる直前に、私はソヤリと最後の面会をするべく説教部屋へ向かった。この前集まった演劇クラブメンバーに入会申請書を改めて書いてもらったので、それを渡して王様から許可をもらうのだ。
今日が演劇クラブ設立記念日になるんだね。
フンフンフーンと心の中で鼻歌を歌いながら上機嫌で説教部屋に入った。部屋の中にはいつも通りの無表情なソヤリと、大きな木箱の乗った台車が置かれていた。
「……おはようございます、ソヤリさん」
私は木箱に目をやりながらソヤリに挨拶をする。
「おはようございます。急で悪いのですが今日の面会はここではなく王の間で行うことになりました」
「え⁉ 王の間でですか?」
「アルスラン様が今後の演劇クラブの活動について貴女に直に聞きたいことがあるそうです。王の間へまでは私が運びますので、そこの箱に入ってもらえますか?」
「……ここから私を隠して運ぶんですか? めちゃくちゃ長い道のりだと思うんですけど。途中でいろんな人に会うでしょうし……」
「詳細は言えませんが特殊な裏道を通るので大丈夫ですよ」
ソヤリはそう言って胡散臭そうな笑顔になる。
余計なことは考えなくてよろしい、って意味かな。
「わかりました。入ります」
私は用意された箱の中にそろそろと入る。箱はこの前クィルガーが持ってきた箱と同じもののようだ。黒い布が張られた蓋を被せられて、中に入っていた黒い布を被ろうとゴソゴソと動く。
「中の黒い布はまだしなくて大丈夫です。王宮まで長いですから」
ソヤリはそういうと部屋の奥にある本棚を魔石術で横にずらした。
あれ? あそこに本棚なんてあったっけ?
本棚をずらしたあと、ソヤリはしゃがんでなにかゴソゴソとやっている。箱の中にいる私からはなにも見えない。「『マビー』解除を」という声が聞こえてギィィ……となにかが開くような音がした。
それから私の方にやってきたソヤリは台車のハンドルを握って押し始めた。私が乗った台車はガラガラと音を立ててさっきまで本棚があった場所へ進んでいく。
このままじゃ壁にぶつかるんじゃ……と思った瞬間、台車は真っ暗な空間に突入した。
え? なになに? なんか違う空間に入ったよ⁉
ソヤリは少し進んだあと台車を止め、後ろで扉のようなものを閉めている。私は箱の中から上を見上げるが真っ暗でなにも見えない。
戻ってきたソヤリが再び台車を押していく。たまに携帯灯の明かりが見えては消えていくので、どうやら真っ暗な道というわけではないようだ。ガラガラと台車を押す音とソヤリの小さな足音だけが空間に響いている。
「あの……ここでは喋っても?」
「……まあいいでしょう」
「ここはどこなんですか?」
「……秘密の通路、ということだけ言っておきましょう」
「校舎の説教部屋にこんな道があったんですか」
「作られたのは最近ですけどね。あのような本棚は今までなかったでしょう?」
「あっやっぱりなかったですよね? え、じゃあこの道をずっと作ってて最近完成したばかりということですか?」
「ずっと作っていたわけではありません。……はぁ、まあ貴女には言ってもいいでしょう。この道は先日、アルスラン様が魔石術を使って作られたのです」
「えええ! あ! もしかして黄の魔石術で作ったんですか? 校舎を作ったみたいに」
「そうです。今後貴女を王の間に呼ぶ機会が増えそうだと考えたアルスラン様が、執務館と繋がる道を地下に作ったのです」
うわぁ……こんな道を魔石術であっという間に作っちゃうなんて、やっぱり王様の力って意味わかんないね。
ていうかこれからも私、王の間に呼ばれるんだ。この前会ったのが最初で最後だと思ってたよ。
「この道はソヤリさんしか使えないのですか?」
「ええ。今のところクィルガーにも伝えていません。あの男はこっそりと移動するということができませんからね」
「確かに隠密行動とかはできなさそうですけど……。あの、この道に誰も来ないのなら私自分で歩きますよ?」
なんだかずっと運んでもらうのも悪い気がしたのだが、ソヤリは「まだ貴女のことを信用したわけではありませんから、この道の全貌を見せるわけにはいかないのですよ」と言った。
そりゃそうか……。前世の記憶を見せたからって私が完全に善人であるかなんてわかんないわけだし、ソヤリさんは王様の安全を第一に考えてるもんね。
長い道が終わって私は見たことのない部屋に到着した。ここは執務館の中で、これから階段を上って王宮まで行くらしい。この前の時と同じあの長い階段だ。するとソヤリは箱と台車を縄で固定して、ハンドル部分についていた紐を肩に通して箱ごと私を背中に担いだ。
「お、重くないですか?」
「台車には荷物を軽くする工夫がしてあるので大丈夫です。それよりこれからは黒い布を被って黙っていてください。他の貴族がいますので」
私は口を閉じて黒い布を被る。ソヤリは部屋を出て階段を上り始めた。
これから毎回背負われて王宮へ行くんだろうか……仕方ないことだけど、なんかシュールだよね。
前にクィルガーに運ばれた時と同じようなルートで王宮まで上がってきた。この前と違うのは外の様子が黒い布からうっすら透けて見えるということだ。王宮のどの辺りかは全くわからないが、ソヤリの頭越しに青い空と背の高い木々が見える。
しばらく進むと目の前が急に暗くなった。目を細めてよく見ると高くて大きな塔のようなものが見える。蓋の隙間からはよく見えないけれど、石造の古そうな建物だった。
ソヤリはその建物の前に立っているらしい騎士たちに声をかけて、扉の前に立った。解除の魔石術を使う声が聞こえて扉が開かれる。
中へ入って扉と鍵を閉めたあと、彼は台車を床へ降ろした。
「……本当に塔の中なんですねぇ」
私は箱から出て室内を見回した。この前は緊張で観察する余裕があまりなかったが、改めて見てみるとなぜここに王様がいるのかわからないくらい、古くて陰湿な建物だった。
他に建物ってないのかな? そんなわけないよね? なんでここに王の間があるんだろう。
私はいろいろ疑問に思いながら浮く石で上に昇っていく。王の間の階に着いてソヤリのあとをついて歩いていくと、王の間の出入り口前にクィルガーが立っていた。彼は私の姿を見て少しホッとした顔になる。
「着いたか」
クィルガーは私の頭をポンポンすると王の間の出入り口の方へ行くように促した。私はソヤリに続いて出入り口前の段に上り、跪く。
「アルスラン様、ディアナを連れて参りました」
「ああ。二人とも顔を上げよ」
顔を上げて中を見ると、前と同じように大量の本タワーの先に王様が座っていた。左の机に向かってなにか書き物をしている。
「演劇クラブの入会申請書は?」
「はい、こちらに持ってきました」
私は服の中から紙の束を出してソヤリに渡す。ソヤリはその束にまず解毒の魔石術をかけた。王様に渡すものはには全てかける決まりらしい。それから一枚一枚確かめて口を開いた。
「間違いありません。確認されますか?」
「ああ」
王様はそう言うと左手をこちらに向けてクイっと手前に曲げた。すると王様から黄色のキラキラが飛んできてソヤリの持っている紙の束を包み込んだ。紙の束はそのままフワッと浮き、王の間の中へ運ばれていく。
わぁぁなにこれ! 魔法みたい!
「魔法陣に弾かれないんですね……」
「王の魔石術に包まれているものは出し入れが可能です。人間は不可能ですが」
ソヤリの説明になるほど、と思う。この方法で食事や本を中へ入れているのか。
それにしても今王様って魔石の名前呼んで命令した? してなかったよね?
そのことを不思議に思っているうちに、王様は手元にきた入会申請書を確かめて言った。
「……本当にイバンとレンファイが入ったのだな」
メンバーが集まったあの日はヤガがこっそりついていたので、ここにいる三人にその情報は報告されているようだ。
「メンバーの中に危険な者はいないようだな。警戒すべき者はいるが」
「え……」
「……其方は大国の王子と王女が本当に善意だけでメンバーに入ったと思うのか?」
「……」
「私が新しいエルフとして認めた其方のことを探ることが目的であろう」
「そうなんですか……」
正直、メンバーが増えたという喜びが大きくてそこまで考えていなかった。後ろからクィルガーの盛大なため息が聞こえる。
イバン王子とレンファイ王女はいつも私のことを肯定的に見てくれるし助けてくれるので、なんとなく味方でいてくれるんだなと思っていた。そういう目的があると言われてちょっと気分が落ち込んでしまう。
「では二人がおっしゃった演劇クラブに入る理由は嘘だったんでしょうか……」
私が少ししょんぼりした声で呟くと、王様は紙の束を机の上に置いて言った。
「全てが嘘とは言わぬ。ただそれだけが理由ではないということだ」
「あ、そういえばイバン様は『理由はいろいろあるが』って仰ってました」
「相変わらずイバンは素直な男だ。そこで気付かぬ其方も鈍いが……」
「すみません……警戒心が薄いところで育ったもので」
私が鈍いのは平和な国で育ったからだけではない気もするけれど、それは置いておく。
「今回はこの演劇クラブの話だ。演劇クラブの設立は許可するが、この先どのように運営していくつもりだ? 其方が育った世界の娯楽を参考に作るつもりなのであろう?」
「そうですね。その、歌はダメでしょうからその他の、そのぅ……音出しを使った新しい動きを取り入れようかと思ってます」
私は少し歯切れ悪く答えた。実は来年からはガッツリ踊りを入れようと思っているのだが、怒られそうなので言い出しにくい。そんな私の内面を見透かすように王様の鋭い声が響く。
「ディアナ」
「ひゃい!」
「其方の胸の内を正直に説明する気がないのであれば、演劇クラブの活動は許可できぬ」
ぎゃあ! やっぱりバレてるよね!
後ろからクィルガーが睨んでいるのがわかる。
「すみません! ちゃんと言います! その、歌がダメなら踊りくらいはいいんじゃないかと、思ってですね……調べるとどうやら世界各地でこっそりと古い楽器が受け継がれているようですし、踊りもそんな風に残っているんじゃないかと思ったんです」
「古い音出しについて書いてあった本だな。確かに魔女時代の楽器がこの世には残っているようだ」
「そうなのですか?」
王の言葉にソヤリが驚いた声をあげる。
「昔の楽器や踊りが受け継がれているのなら、私の前世の世界にあった踊りとそれを組み合わせれば、全く新しいリズムや踊りを作れるんじゃないかと考えてました」
「其方の前世にあった踊りをそのまま使うのではないのか?」
「もちろんそのまま使ってもいいとは思うんですけど、そのリズムがこの世界の人たちの心を打つのかはわかりません。だったらこちらに根付いていたリズムを取り入れた方が馴染みがいいと思うのです」
「歌や踊りは何千年も前から禁忌となっている。今さら馴染むかどうかはわからぬぞ」
「そうでしょうか? 今は忘れられてるとはいえ、かつてここに住んでいた人たちが自発的に生み出し、楽しんでいたものですから、その遺伝子は今の人にも受け継がれてると思うんです」
「遺伝子?」
「人間の体を作る設計図のようなものです。私たちの体を作っている細胞の中に埋め込まれているもので、その遺伝子の情報は人間が生まれた時から現在まで脈々と受け継がれているんです」
この世界の人間の作りが同じ構造かはわからないけど、親子で髪や肌の色が受け継がれているんだから遺伝というもはあると思うんだよね。
「遺伝子、か……」
「すでに踊りを知ってそうなメンバーに来年度までに踊りを覚えてきてほしいと頼みました。それに私の知識を加えて改良するつもりです」
「今年の劇でやった武術演技というものとは全く違うものになるのか?」
「そうですね。武術演技は前の世界での剣舞や殺陣という技術を参考にしたものなので少し違います。同じ舞ではありますけど」
「ここで舞えるか?」
「えっ今ここでですか⁉ それは……もちろんできますけど」
私がそう答えると王様が立ち上がってこちらに歩いてくる。ソヤリが私の方を振り返って「これを見たかったそうです」と言って私に軽い模造刀を渡した。
「そうならそうと言ってくださいよ……」
王様が出入り口の方までやってきた。私は跪いていた段から降りて外壁の方まで下がり、周りと距離を取る。
「では始めます」
私は剣舞の始まりの礼をして、模造刀を構えた。ラクスに最初に見せたのと同じ舞を踊る。
右足を斜め右に踏み込んで刀を横一閃に振り、ビュンビュンッという音を鳴らして刀を次々と振る。くるくると刀を回しながら自分自身も回転し、ダンッと足を踏みしめて刀を斜め上から振りかぶる。
ゆっくりと構えるポーズに戻り、今度は反対側に回転しながら回し蹴りを決め刀を真上から縦一閃に振り下ろしてフィニッシュ。ぶわりとマントが遅れて舞い下りた。
私は姿勢を正して終わりのお辞儀をする。
久しぶりだったからドキドキしたけど、なんとか形にはなったかな。
「これが剣舞です」
ふぅ、と息を吐いてからそう言うと、王様は「ふむ」と感心したような声を発した。
「思ったより美しい動きだな。緩急のある剣さばきも面白い。これが剣舞か」
おお、王様が今までで一番反応してくれてる!
「そうなんですっ剣舞とか踊りって面白いものなんです!」
「人がこれだけ素早く動くのも久しぶりに見た」
えええ! そこ⁉
「こういうものは実際に見ないとわからぬな……。ディアナ、これから演劇クラブでやることについてはここへきて報告しなさい。動きが伴うものは言葉の説明だけでは正しく理解できぬ」
「……はい。わかりました」
まぁ、私がやるものがどんな影響を与えるのか私にもわからないもんね。王様に監修してもらった方がいい気はする。
「ではアルスラン様に少しでも演劇の面白さが伝わるように懇切丁寧にご説明します!」
「……普通にわかればよい」
王様はそう言って部屋の中心に戻っていく。それから演劇クラブの活動許可証をもらい、王の間をあとにした。帰り際にクィルガーから「また後でな」と言われる。今日の午後から家に帰るので、クィルガーがあとで護衛に来てくれるのだ。
また木の箱に入り、行きと同じ道を戻る。執務館から秘密の通路に入り、私はそこでソヤリに尋ねた。
「ソヤリさん、一つだけ聞いていいですか?」
「……答えられるものであれば」
「アルスラン様は、あの部屋にずっと一人でいるんですか?」
「……生まれてからずっとではありません」
「じゃあ十年前の黄光の奇跡の日からですか?」
「……なぜそのようなこと聞くのです?」
「さっき、人がこんなに動くのを久しぶりに見たと仰っていたので」
「そうですね……王に会うことができるのは十年前から私とクィルガーだけになりましたから」
「……」
私はさっきまでいた王の間の光景を思い出す。誰も入れない魔法陣の中に十年間もずっと一人で過ごしている。ソヤリとクィルガー以外の人には会わず、健康とはいえない体で王としての仕事をこなしていた。
王様って、とてつもなく孤独な人じゃない? 生きる楽しみとかあるんだろうか。
「ソヤリさんが私にアルスラン様の声を診断させてたのは、アルスラン様があの中にずっといるからなんですね」
王の間の中心にいる王様の顔色は出入り口からではよく見えないのだ。
「聞くことは一つだけではなかったのですか?」
「すみません、今のは独り言です」
私は箱の中で後ろを振り返る。
黒い空間にたった一人で座って仕事をしている王様の姿がぼんやりと浮かんだ。
午後になって寮から出て行く時間になった。まとめた荷物はすでに運び出されている。私は正面玄関前でファリシュタと別れの挨拶をする。
「じゃあね、ファリシュタ、また九の月に」
「うん。やっぱり会えないのは寂しいね」
「クィルガーの結婚式に来てくれれば会えるよ」
「それは無理だって、ディアナ」
ファリシュタが眉を下げて笑う。高位貴族のしかも力の強いアリム家の結婚式に下位貴族や特殊貴族の人たちは普通行けないんだそうだ。
「……まぁ私を見にくる人たちが多いみたいだから、ファリシュタが変に目をつけられたら嫌だもんね」
「ヴァレーリア様の婚礼衣装がどんなのだったのかまた教えてね。あ、それとね、私この四か月の間にいろんな物語を探してみようかなと思ってるんだ」
「物語を?」
「図書館にはない本もあるかもしれないから貴族用の本屋さんに行ってみるつもり。もし劇になりそうなものがあったら教えるね」
「ファリシュタ……っありがとう!」
私は目を輝かせてファリシュタをぎゅうぎゅうと抱きしめる。周りにいるアルタカシークの学生がぎょっとして見ているが気にしない。
ファリシュタと手を振って別れ、アリム家の馬車に乗る。学院の門を出るとクィルガーがジャスルに乗って待っていた。馬車の窓を開けてクィルガーと家の話をしながら城を下る。
「じゃあ結婚式の準備はほとんど終わってるんですね」
「ああ、ヴァレーリアの衣装も出来上がったみたいだから見せてもらうといい」
「わぁ! どんなのだろう? 楽しみ!」
前世でも結婚式に出た経験はない。こちらの結婚式がどんなのかはわからないけど、初めてがクィルガーとヴァレーリアのものでめちゃくちゃ嬉しい。美味しいご飯も出るのかな? コモラ頑張ってるかな?
私はワクワクした気持ちで家に帰った。
馬車を降りてイシュラルたちの出迎えを受け、階段を上って家の玄関を潜る。玄関ホールでヴァレーリアが待っていてくれていた。
「おかえり、ディアナ」
「ただいま! ヴァレーリア」
私は笑顔でヴァレーリアの胸に飛び込んだ。
一年生の章はここで完結。
短い夏休みの章を挟んで、次は二年生の章へと進みます。
二年生では本格的なクラブ活動がスタート。
新しい仲間との関わりや王様の人となりもわかってきます。
次は 夏休みⅠの章 王都散策、です。
ここまで読んで「続きが気になる」「面白そう」と少しでも思っていただけたなら、
ブックマーク登録と、広告下にある☆☆☆☆☆を押していただけると嬉しいです。
長編の執筆をぜひ応援してください。よろしくお願いします。




