集まったメンバーたち
「あぁぁぁー……胃がいたい……」
私は練習室の暖房灯をつけながらお腹をさすった。大講堂での全校集会を無事に済ませて、心配するクィルガーと別れ、すぐに練習室にやってきたのだ。
寮に戻ってお昼ご飯を食べる気にもならなかったし、なにも用意せずにそのまま来たけど、飲み物くらい貰えばよかったかな……。
ちなみに私には今朝からずっとソヤリの部下であるヤガが付いている。エルフということを公表するので念のための護衛と、私に近付く人物を監視するためだ。姿は見えないが、どこかでこっそり見ているらしい。忍者かな。
一番前の席に座り、両手で頬杖をついてさっきの大講堂のことを思い出す。
三人ともびっくりしてたなぁ……。
観客席の台の上に上った時から三人の姿は見えていた。顔がわかるくらい前の方にいたのだ。今から私が言うことでどんな反応をするのか気になって、怖くて、すでに泣きそうだった。
ヴァレーリアのスカーフがなかったら危なかったね。
全校集会の時用に用意された大きなスカーフは、クィルガーがヴァレーリアに託されて持ってきたものだった。ばさりと頭から被ると彼女の匂いがふわっと香ってきて、私はそれでかなり落ち着くことができた。さすがヴァレーリア、私のことをよくわかってる。
新しいエルフということを宣言して集会が終わり、控え室に戻る時にみんなの顔をチラリと見たが、三人とも呆然としていた。ファリシュタが心配そうな顔で私の名前を呟いてるのが聞こえて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ここに……来てくれるかな」
正直、一の月に募集して集めた入会希望者についてはあまり期待していなかった。まだ顔合わせもしていないし、私がエルフだと知ったらとりあえず様子を見るだろうと思うから。でもあの三人は初めから一緒に劇を作ってきたメンバーだ。一緒にいた時間が長かった分、今回でメンバーから外れるとなるとショックが大きい。
「ショックというか……悲しすぎで泣いちゃうよ……。でも決めるのは本人だし、私はエルフということを隠してた訳だし、そうなってもなにも言えないんだよ……うう」
そんなことを一人で言いながらうじうじしていると、スカーフから出していた耳がピクリと動いた。教室の外から誰かの駆けてくる足音が聞こえたのだ。
ん? と思っているうちにどんどんと足音が近付いてきて、そして教室の扉がバン! と勢いよく開かれた。そこに現れたのは息を切らしながら必死の形相を浮かべているファリシュタだった。
「えええ! ファリシュタ⁉」
「ディアナ!」
ファリシュタはそう言うや否や席側に回り込んで私に抱きついた。あまりの勢いに後ろに倒れそうになる。私の戸惑いとは裏腹にファリシュタは私のことをぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「私はディアナとこれからも一緒に演劇をやっていくよ」
「ファリシュタ……」
「ディアナは私の大事な友達だもん」
耳を出したことで、いつもよりも直に響くファリシュタの優しい声に、みるみるうちに私の目に涙が溜まっていく。
「これからも一緒にいてくれるの?」
「うん」
「ファリシュタ……ごめんね。今までずっと黙ってて……」
「ううん。ディアナがエルフだなんて、そんなの絶対に言えないことじゃない。私こそごめんね? ディアナを不安にさせちゃった」
「ううん、私の方こそ……」
「違うよ私の方が……」
「でも」
「ディアナ、これじゃあ終わらないよ」
クスクスと笑いながらファリシュタが腕を解く。顔を見合わせると、二人とも涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「ふふ……酷い顔だね二人とも」
「へへへ……」
私は笑いながら涙を拭う。
「ファリシュタは……私がエルフってことに戸惑いはないの?」
「それは少しはあるけど……私、元々平民だからエルフという存在をちゃんと知ったのも、貴族教育が始まってからなんだよ。だから他の貴族に比べてあまり深刻に捉えてないかも」
そういえばサモルとコモラもエルフに対する忌避感はあまりなかったね。
「それによく見ると、エルフの耳って可愛いし」
「え? そう?」
「さっきからピクピク動いてるの、ウサギみたいですごく可愛いよ」
「え? そんなに動いてんの?」
私は思わず自分の耳を掴む。なにかに反応する時にピクッと動いてるなとは思っていたが、そんなに日常的に動いてるとは思わなかった。「ディアナは耳がいいなと思ってたけど、こういうことだったんだね」とファリシュタと話していると、教室の扉がバンっと開いた。
「あー! やっぱりファリシュタここだった!」
「先に行くなんてつれないな」
「ラクス! ハンカル!」
扉から入ってきたのはラクスとハンカルだった。二人は私が座る机の前に立つとニッと笑った。
「俺はディアナと一緒に新しい劇をもっとやってみたい。だから来た」
「俺もラクスと同じだ。これからディアナがどんなものを作っていくのか興味がある。これからもよろしくな」
「二人とも……私がエルフでも、いいの?」
「あー……まぁ、俺は正直戸惑ったけど、でもそれでディアナの中身が変わるわけじゃないだろ? ディアナは劇が好きで、楽しいことが好きで、俺に新しいことを教えてくれる。それが変わらなかったらいいやって思ったんだ」
「ラクス……」
「エルフであることというより、エルフがこの世にいることに俺は驚いたが、そもそもディアナは研究対象として興味があったから、より興味深くなっただけだな」
研究対象って!
「ハンカルってそんな目で私を見てたの⁉」
「知れば知るほど面白いからな、ディアナは」
「ハンカル、冷静に気持ち悪いこと言うなよ」
「そうか? 気に障ったならすまない」
ラクスにつっこまれてハンカルが真面目に謝る。なんというか、ハンカルも意外と変な人だった。
「あ、そうだ、ディアナもファリシュタもお腹空いてないか?」
「ファリシュタが昼食の時間になっても来ないから、もしかしたらもうここに来てるんじゃないかと思って人数分持ってきたんだ」
ラクスとハンカルがそう言って、手に持っていた袋からパンサンドとお茶が入った紙袋を出してきた。それを見た途端、お腹がぐぅと鳴る。
「お腹空いた、たった今」
「ふふふ、そうだね。ありがとう二人とも。私もお腹空いちゃった」
私たちは机に昼食を広げて一緒に食べた。いつも通りの少しパサついたチーズハムトマトサンドだったけれど、今までで一番美味しい昼食だった。
ずっと一緒だった三人が来てくれたことに心底ホッとして食後のお茶を飲んでいると、廊下の方から言い争うような声が聞こえてきた。
「ちょっと、先に歩いてたのはわたくしですのよ。順番抜かさないでくださる?」
「おや、それは失礼。僕も一番乗りしたかったものでね」
「一番はわたくしよ」
「主役はいつも一番に登場するものだよ」
「誰が主役ですって?」
「僕さ」
「ちょっと、お待ちなさいっ」
という会話の直後、部屋の扉が開かれ、男女が争うように中に入ってきた。二人は部屋の中にすでに先客がいるのを見て目を見開いた。
「まあっ、すでに他の方がいらしたのですね」
「なんと、僕が一番ではないとは。残念だ」
すでに演技しているのかと思うほど個性的な二人がやってきた。私は立ち上がって教卓の前で出迎える。
「あの、お二人は演劇クラブの入会希望者ということで間違いないのでしょうか?」
「ええ、間違いないですわ」
「その通りだよ」
なんと、三人の他にも入会希望してくれる人が来てくれた! やった!
早速、二人に自己紹介をしてもらう。
女性の方はイリーナ。北連合国出身の黄の寮の一年生。縦ロールした金髪に細かなレースの入ったスカーフをカチューシャのように髪に刺している。志望動機は「舞台衣装を作ってみたくなったから」。よく見るとイリーナの服には細かな装飾やリボンがついていて確かにおしゃれさんだ。
彼女にそれを伝えると、いきなり私の手を握って言った。
「いいえ! わたくしはモデルとしては不十分です。わたくし、自分で作った服をぜひ貴女に着てもらいたいのです! 貴女が私の理想のモデルなんですのよ!」
「えええっあの……?」
「談話室で初めてお見かけした時からずっと狙……いえ、わたくしの服を着ていただけないかと思っていたのです。まさかこのような可愛らしいエルフだったなんて……! わたくし感激いたしました!」
そう言って興奮しているイリーナの勢いに全然ついていけない。若干引いている私の横で、ファリシュタが「ディアナは可愛いですよね」と頷いている。
もう一人の男性の方はチャーチ。南国のカリム国出身の黄の寮の三年生。肩くらいの紫の髪をハーフアップにして白い帽子を被っている。大きな目に厚めの唇をした顔立ちの濃いイケメンだ。とにかく存在も顔も前に出てくるナルシストタイプのようだ。
「家系を辿ると僕の先祖はカリム国の王家に繋がる血筋なんだ。だから王子役があればぜひ僕にやらせて欲しいな。完璧で美しい王子を演じてみせるよ」
語尾に星マークがつきそうな喋り方でチャーチがアピールする。もちろん最後にウィンクも忘れない。癖の強そうな役者希望者にラクスが口を引き攣らせていた。
「あ、もしかしてお二人とも入会申請書を出してくれてましたか?」
「出しましたわ」
「もちろん出したよ」
特になにも指定しなかったのに志望動機を書いてくれた人たちだ。私がエルフと知ってもそのやる気は変わらなかったらしい。
「ここへ来てくれてありがとうございます。お二人を歓迎します。来年から一緒に頑張りましょう!」
衣装担当に役者かぁ。嬉しいな。
しばらく六人で喋っていると、扉がノックされてガチャリと開いた。入ってきたのはなんと、イバン王子とケヴィンだった。
「イバン様⁉」
「ケヴィン!」
私とラクスが声をあげて驚いていると、イバン王子がいつもの爽やかな笑みをたたえて近付いてきた。
「俺とケヴィンも加えてもらってもいいかい?」
「イバン様……どうして」
「理由はいろいろあるが、一つは役を演じるという経験をもう一度やってみたいと思ったからだ」
「シムディアクラブはどうされるんですか?」
「掛け持ちにするさ。どちらも手は抜かないから安心してくれ」
今でもたくさんの役目があるのにさらに忙しくするの?
私はイバン王子のたくましさに唖然とする。
「ケヴィンも入るのか?」
「ラクス、いい加減敬語を使え。イバン様が入ると仰っているのに僕が入らないわけにはいかないだろう?」
「そんなこと言って、本当はやりたかったんじゃないのか?」
「なっななななに言ってるんだ。そんなことは決してないぞ」
ケヴィンは仕方なく入るんだと口では言っているが、ラクスの言葉に動揺している。なかなか素直ではない。でもイバン王子の世話をしてくれるケヴィンの存在は結構ありがたい。
イリーナは「まさかわたくし、イバン様のお衣装も作れるのですか?」と興奮しているし、チャーチは本物の王子の登場に「これで王子が二人出てくる劇もできるね」と笑っている。二人ともとても前向きだ。
「あら、結構賑やかなのね」
その声に驚いて振り向くと、扉の前にレンファイ王女とお付きの人が立っていた。
えええええ! 予想外の人がまた来ちゃったよ⁉
「レンファイ様⁉」
私が駆け寄ると、レイファイ王女はふふっと笑って言った。
「ディアナには助けてもらってばかりだったから、私にできることがあればと思って来たのだけれど、まさかイバンもいるなんて。先を越されてしまったわね」
「俺は君もくるんじゃないかと思っていたよ」
イバン王子がそう言って苦笑している。
「レンファイ様、ありがとうございます。光栄です。でも、その本当にいいんですか?」
「ええ。お披露目された劇を見て興味が湧いていたのよ。私が学生でいられるのはあと一年だけだから、どうせなら好きなようにやってみようと思ったの」
レンファイ王女はここを卒業すればすぐ王位につく。自由でいられる時間はあと少ししかない。
「……演劇クラブを選んでいただいてありがとうございます。私、絶対にいい劇を作ります」
「ふふ、楽しみにしているわ。あ、そうそうここの二人も、私がやるなら演劇をやってもいいって言っているの。よろしくね」
そう言ってお付きの二人を紹介してくれた。なんと女性の役者が一気に三人も増えた。これは嬉しすぎる。イバン王子に続いてレンファイ王女まで現れてファリシュタたちは言葉を失っているし、イリーナは「そそそそそんな……っレンファイ様のお衣装まで? どういたしましょう!」と興奮して倒れそうになっている。
「あ、そういえばディアナ、さっきここへ来たときに教室前で怪しい動きをする者がいたので捕まえたのだけど、どうすればいいかしら?」
「へ? 怪しい人ですか?」
レンファイ王女は私にそう言って、後ろのお付きの人を振り返る。お付きのうちの一人が頷いて、開いたままの扉の方へ向かい、廊下から縄でぐるぐる巻にされた男子学生を引きずってきた。部屋に入れられた男子学生は芋虫のように転がっている。
あれ? この人どっかで見たことあるような……。
紺色の帽子に長いクリクリの黒髪を垂らしたその男子学生は、教室の中に私と大国の王子と王女がいるのを見て完全に固まっている。
「怪しい動きというのは?」
「教室の扉の前を行ったり来たりしてたのよ。私たちが近付くと悲鳴をあげて逃げようとしたので捕まえたの。ディアナになにかするつもりだったらいけないでしょう?」
さすが大国の王女だ。危機感と対処の速さが私と全く違う。私はしゃがんでその男子学生に問いかける。
「ええと、一応聞きますが、私になにか危害を加えようと思ってきたのですか?」
「ちちっ違う! 違います!」
口に籠るような声で男子学生は首を振る。
あれ? この声どっかで聞いたことあるような……あ!
「前に談話室で私たちの話を聞いていた人ですね⁉」
「え? そんな奴いたか?」
「覚えてない? ラクス、社交パーティの日に談話室の隣の小上がりにいた人だよ」
「覚えてないよそんな前の話」
「そうですよね?」
私がそう聞くと、男子学生はコクコクとすごい勢いで頷いた。
「もしかして、演劇クラブに入ってくれるんですか?」
「あ、あああ、いや、その、あの時、作家が欲しい……みたいなことを言ってたから……」
なんと! 作家希望⁉
「あなた作家希望なんですか⁉ 本が書けるんですか⁉ 執筆作品はどれくらいあるんですか⁉」
「わわわわわわっ」
私が興奮して芋虫状態の学生をガクガクと揺らしていると、ラクスとハンカルに止められた。
おっと、いけないいけない。ついハッスルしてしまった。
レンファイ王女のお付きの人に彼の縄を解いてもらって話を聞く。
この学生の名前はヤティリ。北連合国出身の黄の寮の一年生だ。小さな頃から物語を書くのが好きで、これまでにたくさんの作品を書いてきたらしい。クリクリの黒い髪から覗く金色の目をキョロキョロと動かしながら話してくれた。
ヤティリは人と喋るのが苦手なクリエイタータイプなんだね。
そして談話室で演劇の話を聞いてから、私たちの周りをウロチョロとしていたことも判明した。
「時々練習室の外から聞こえてた音はヤティリだったんだね」
「はい……す、すみません……話しかける勇気がなくて……」
「紛らわしい奴だな」
ラクスが呆れたように言う。思わぬところで犯人が見つかって私は少しホッとした。
「ヤティリ、来てくれてありがとう。来年から一緒に脚本作りしてくれる?」
「うう、うん。その、こちらこそよろしく……」
結局、教室には私を入れて十二人が集まった。
「みなさん、本当にありがとうございます。絶対にいいクラブにしますので、来年からよろしくお願いします!」
今日ここに来た時とは全く違う晴れやかな気持ちで、私はみんなに笑顔で挨拶した。
演劇クラブのメンバーが集まりました。
予想外のメンバーにディアナはびっくりです。
次は魔石配布と終業式、です。




