私の選択 ファリシュタ視点
その日、私はハンカルとラクスと一緒に大講堂に向かいました。今日は学院長であるアルスラン様から大事なお話があるそうです。ディアナは朝食のあと「私は先に行かなくちゃいけないから」と言って校舎の方に行ってしまいました。
「先日の事件の話ってなんなんだろな?」
ラクスが頭の後ろで両手を組みながら首を傾げます。
「この前のレンファイ様とディアナに嫌がらせをした事件の時は簡単な報告だけで終わったのにな。今回の件が全校集会を開かなくてはいけないほど大事件だったのか。……ディアナのあの態度も気になるし」
ハンカルがなにか考えるような顔をしてそう言います。
「ファリシュタはディアナからなにか聞いてないか?」
「ううん……この前試験終わりに言ってたこと以外なにも聞いてないよ。ディアナ……大丈夫かな」
私は先日のディアナを思い出して胸がキュッとなりました。眉尻を下げて微笑むディアナは今まで見たことがない顔をしてたのです。
「あんなに不安そうなディアナは初めて見たから」
「……そうだな」
「ディアナにああいう態度を取られると調子狂うなぁ」
「まぁ、悪い話ではないらしいからそこは安心しているが……」
ラクスとハンカルとそんな話をしながらたくさんの学生と一緒に大講堂に入ります。
「うわ」
「すごい人だな」
大講堂にはすでにたくさんの生徒が集まっていて、全員が観客席ではなく下の広場に誘導されています。入学式の時の何倍もの数の敷物が敷かれていて、そこに生徒たちが座っているのが見えました。
「寮ごとに分けられているようだな。黄の寮は左側みたいだ」
「わぁー結構席埋まってんな。どこ行く?」
「あ、あの、前の方に行こ?」
「ファリシュタ?」
「……これって多分、観客席の真ん中のところに先生たちが来て、なにか喋るんだよね?」
生徒たちの前方の観客席の中央には入学式と同じような台が用意されています。
「そうみたいだな」
「この前の事件の話っていうことは、そこにディアナも出てくるかもしれないよね?」
「えっ」
「……! 確かにそうかもしれないな」
「だったらディアナの顔がちゃんと見える位置に行きたいよ」
どうにも先日のディアナの表情が頭から離れなくてそう言うと、二人は頷いて前の方の空いている席を探してくれました。私たちは黄の寮の塊の一番右の方、観客席の中央に一番近い場所に座ることができました。
「……思った以上に騎士団の数が多いな」
ハンカルがそう言って指を差す方を見ると、観客席の中央付近や四隅の方、それに下の広場にもたくさんの学院騎士団の人たちがいました。まるで生徒全員を監視しているようで怖くなります。
しばらくして鐘が鳴り、出入り口の大きな扉が閉められました。生徒たちは今までにない雰囲気に静かにざわついています。
前方の観客席の下方にある扉からぞろぞろと先生方が現れました。入学式の時のように黒っぽいマントをつけて観客席に繋がる階段を上っていきます。入学式の時と違うのは、先生方の顔がとても強張った厳しいものになっているというところです。
本当に、一体なんの話をされるのでしょうか……。
私は不安に膨らむ胸に手を置いてギュッと握りました。
先生方が観客席の中央の席に座ると、副学院長のオリム先生が台の上に立ちました。手に拡声筒を持って生徒に話しかけます。
「みなさん、お静かに。これから大事なお話があります」
オリム先生がそう言うと、ざわついていた生徒たちが静かになりました。入学式とは違う重い雰囲気にみな口を閉ざして注目します。
「みなさんもご存知の通り、先日、学院の寮で大きな事件がありました。三年生の生徒が引き入れた者が同じ寮の一年生を攫い、学院外の貴族の館に閉じ込めたのです」
オリム先生は落ち着いた声で先日の事件について語り出しました。
「幸い、王宮騎士団を中心とした捜索隊が彼女を見つけ、無事に救出することができましたが、発見がもう少し遅れていたら彼女はある者たちに売られていました」
「!」
「なんだって?」
私たちは目を見開きました。
ディアナが売られようとしてたなんて……!
生徒たちも動揺した声をあげます。
「……彼女を売ろうと計画していたのはその三年生の親でしたが、騎士団に捕まる前に亡くなりました。そして攫う現場にいたその三年生には処刑という決定が下され、すでに執行されました」
「え……!」
「処刑⁉」
犯人が捕まったとは聞きましたが、処刑になっていたとは知りませんでした。
この前まで寮にいた生徒が処刑されたと聞いて会場が騒然とします。
「静かに。……それほど学院内で事件を起こすというのは重罪なのです。みなさんはそれを胸に留めてこれからも学院生活を送ってください。そしてみなさんにはもう一つ、学院長から大事なお話があります」
オリム先生がそう言うと、さっき先生方が登場した観客席下の扉からまた人が出てきました。
「あれは……王宮騎士団だな」
ディアナが行方不明になった日に見たので私も見覚えがありました。そしてその騎士たち数人のあとにクィルガー様とディアナの姿が見えました。ディアナはなぜか頭からすっぽりと大きなスカーフを被っています。
「あれは?」
「おい、あれはクィルガー様ではないか?」
「なんだって? あれが伝説の?」
「王宮騎士団が来るなんて……何事だ?」
生徒たちのざわめきがさらに大きくなります。
私たちは黙ってディアナのことを見つめていました。
階段から観客席に上ってきた王宮騎士団の騎士たちは台の左右に並び、ディアナとクィルガー様は台の上に進みます。
台の上に左からクィルガー様、ディアナ、オリム先生が並びました。大きなスカーフに隠れてディアナの表情はよく見えません。
「静かに」
オリム先生が声をかけても会場のざわめきはすぐに収まりません。学院では見ることのない王宮騎士団と、伝説の騎士であるクィルガー様の登場に興奮しているのがわかります。
なかなか収まらない生徒たちを見て、クィルガー様がオリム先生になにかを言いました。オリム先生は頷いてクィルガー様に拡声筒を渡します。
「静かに」
講堂内にクィルガー様の低くて迫力のある声が響き、生徒たちが一瞬で静まります。クィルガー様はそんな生徒たちを見回したあと、口を開きました。
「今回の事件で攫われたのは、ここにいる俺の娘であるディアナだ。ディアナは俺の養子となったことで狙われ、今回の事件に巻き込まれたと思われているが、それだけではない。今日は彼女について我が王からお話がある」
騎士らしい口調でそう告げたクィルガー様は、拡声筒を持ったまま右手を左手の上に重ねました。すると、どこからともなく低い声が聞こえてきました。
『学院長のアルスランだ』
「!」
「え……」
「まさか……っ」
突然聞こえたその声に生徒たちが一斉に息を呑みます。
え……アルスラン様⁉ このお声が?
他の国とは違い王が表にでないアルタカシークでは、その姿はおろかお声を聞いたことがない人がほとんどです。自国の生徒たちの方が強く動揺しているのが周りの反応からわかります。
特殊貴族の私が王のお声を聞くことができるなんて……。
『様々な事情により公表していなかったが、今回の事件を受け、ディアナのことをみなにも周知させることにした。驚くであろうが落ち着いて聞くように』
威厳のある低い声に講堂内がシン……と静まり返ります。
『ディアナは、我々が発見した全く新しいエルフだ』
…………。
「……え?」
「今……なんて……?」
エルフ?
私は今言われた言葉がすぐに理解できず、ポカンと口を開けたまま頭をフル回転させます。
エルフというのは魔女時代に生きていた種族で、魔石使いによって一千年前に滅ぼされたと貴族教育を受けたときに教わりました。平民の私には馴染みはありませんでしたが、エルフという言葉自体あまり口に出してはいけないと言われた覚えがあります。
横を見るとハンカルが珍しく固まっています。そういえば国政に深く関わる高位の貴族であればあるほど、その言葉に敏感だと聞きました。
そんな言葉が王の口から発せられたのです。生徒たちはあまりの衝撃に言葉を失っているようでした。
『ディアナは昔生きていた魔女時代のエルフとは違う、魔石術を使えるエルフだ。私は彼女を排斥するのではなく、魔石使いとして保護することを決めた。……ディアナ』
「はい」
王に呼びかけられたディアナが返事をして一歩前に進み出ます。そして被っていた大きなストールをパサリと取り去りました。
「‼」
そこには今までとは違うディアナがいました。
いつものスカーフの縁から人間とは違う、長い耳が出ていたのです。
「嘘だろ……」
「そんな……まさか」
ラクスとハンカルがその姿を見て目を見開いています。
「あれが……ディアナ……」
透き通るような金色の髪に紺碧の瞳、白い肌、そしてすらりと伸びた長い耳。そこには貴族教育の時に教えてもらったエルフの姿がありました。
私の知らないディアナがそこにいるような気がして、心がヒュッと冷たくなります。
滅びたはずの種族が、禁忌だと言われていた存在が目の前に現れて、生徒たちが一斉に騒ぎ始めました。
「一体どういうことだ?」
「滅びたはずのエル……フがなぜここに?」
「アルスラン様は保護すると仰らなかったか?」
「ちょっと待って」
「頭が混乱する」
今までで一番大きなどよめきが渦巻くなか、ディアナがクィルガー様から拡声筒を受け取り、生徒たちに語りかけます。その場に似つかわしくない可愛い声が聞こえてきて、会場は一気に静かになりました。
「みなさん、私の話を聞いてください。……一年前、私はとある場所で目覚めました。周りには誰もおらず、私は一人でした。しかも記憶を失っていて、どうしていいかわからず途方に暮れていました。そんな時にここにいるクィルガーに発見され、保護されたのです。彼と過ごすうちに自分に魔石術が使えることがわかり、私は王都へやってきました」
ディアナはまるで役を演じる時のように少し微笑みながら話し続けます。
「私は魔女時代のことは知りません。滅ぼされたエルフについて聞かれてもなんの感情も抱きません。私は魔女とは無関係です。そんな私のことを、アルスラン様は魔石使いとして保護すると言ってくださいました。そしてクィルガーの養子となり、エルフということを隠してこの学院に通うことになったのです」
ディアナは魔女とは無関係だという言葉を、ことさら強調して言いました。
「しかし先日、私は貴族の手引きによって攫われ、売られようとしました。私を買おうとしていたのは、テルヴァ族でした」
「!」
「テルヴァが……っ」
周りの生徒たちがその言葉に衝撃を受けていますが、私はピンときません。
「ハンカル、テルヴァってなに?」
「……魔女を崇拝している狂信者の一族だ。エルフに仕えていた一族の子孫で、魔石使いを恨んでいる。我々魔石使いの一番の敵と言っていい存在だよ」
「……! そんな人たちがディアナを……」
私は口に手を当ててディアナを見上げます。
「テルヴァの狙いは私の姿です。彼らはかつて仕えていたエルフを再び一族の象徴にしようと、私をずっと狙っていました。そしてその手はこの学院の中まで入ってきたのです。私の発見がもう少し遅れていたら、私は彼らに売られ、声を失い、彼らの傀儡として半分死人のような状態にされていたでしょう」
ディアナから淡々と語られる話に私は言葉を失いました。
テルヴァとはそんなに恐ろしい一族なのですか……!
そんな人たちと取引している貴族に捕まっていたなんて、ディアナはかなり怖い思いをしたに違いありません。
「彼らが私を攫う計画を実行できたのは、私が正体を隠して過ごしていたからです。なので私はみなさんにエルフであることを明かすことを決めました。私は昔のエルフではありません。魔石使いとして国に仕え、アルタカシークの繁栄に貢献したいと思っています。そのための努力を惜しみません」
ディアナの宣言に生徒たちは戸惑った空気を出します。そんな彼らにディアナは微笑みながら言いました。
「みなさんには、私を新しいエルフとして受け入れてくださることを願います」
そうしてディアナは拡声筒を一度下げました。するとまたどこからともなく王のお声が聞こえてきました。
『ディアナが言った通り、私は彼女を新しいエルフとして保護すると決めた。彼女に手を出せばどうなるかは事件の結果を聞いてわかったはずだ。ディアナを含め、みなにはこれからも学院に通い、魔石使いとして国のため、世界のために役に立つ人材になるよう願っている。私からは以上だ』
王のお言葉が終わると、再びディアナは拡声筒を口元に持ってきて言いました。
「最後に一つだけ。同じ寮の人は知ってると思いますが、私は二年生から演劇クラブを始めるつもりです。一の月にクラブメンバーを募集したのですが、今回私がエルフということを知って戸惑う人もいると思うので、あの時の入会申請書については一度白紙に戻したいと思います。もしそれでも演劇クラブに入りたいという人がいたら、今日の昼食後に練習室に来てください」
ディアナはそう言って私たちの練習室の部屋番号を告げます。そしてディアナから拡声筒を受け取ったオリム先生が締めの挨拶をして、生徒たちは解散になりました。後ろの出入り口が開けられ、生徒たちがざわつきながら出て行きます。
私たちは三人とも動けずに観客席から降りていくディアナを見つめていました。その途中でディアナがこちらをチラリと振り返ります。
「ディアナ……」
思わずそう呟くと、ディアナは先日と同じように眉尻を下げて微笑みました。「黙っててごめんね」という声が聞こえてきそうな表情に、私はぐっと奥歯を噛み締めました。
なにかディアナに言いたいのに、なにも言葉が出てきません。
そう思っている間に、ディアナはクィルガー様とともに観客席下の扉に消えていってしまいました。
寮へ戻る道すがら、ラクスとハンカルが下を向きながら話し出しました。
「まさかディアナがエルフだったなんてな……」
「……そうだな」
「ハンカルはなんか落ち着いてんな」
「……ディアナに感じていた違和感が少し解消されたからな」
「違和感?」
「ディアナはただの没落貴族にしては異質だと思っていたんだ。頭もいいし、一級だし、それに演劇の知識もある。その異質さがエルフであるのならばまだ納得がいくんだ。エルフは音楽や踊りに通じていたからな。ただ新しいエルフというのは驚きだが……」
ハンカルは腕を組んでそう言ったあと、私たちに質問します。
「昼食が終わったら、二人はどうする?」
それは私たちがお互いに聞こうとして聞けなかった問いでした。
「……どーしよ。ハンカルはどうするんだ?」
「俺はまぁ決めてはいるが……ファリシュタは?」
「…………」
私はなにも言えないまま俯きます。どうしていいのか、自分でもよくわからないのです。今までのディアナと、今日見たディアナが違いすぎて思考が追いつきません。
「ショックが大きすぎてまだ混乱してるの……。どう整理をつけていいのかわからなくて」
二人に正直な気持ちをこぼすと、ハンカルがフッと笑って言いました。
「ファリシュタ、ウヤトにこんな言葉がある。『迷った時は目を信じよ』」
「目を信じる?」
「いろんな情報を受けて混乱した時は、自分がその目で見てきたことを信じて選びなさいって意味だよ。エルフという言葉に惑わされず、ファリシュタは今まで見てきたディアナの姿を思い出せばいい。そしたらちゃんと答えが出るさ。ファリシュタは一番近くでディアナを見てきたんだから」
ハンカルにそう言われてハッとしました。
私が今まで見てきたディアナの姿。演劇のために一生懸命な姿、入会希望者がたくさん集まって喜んでいた姿……。
そんなことを思い出していると、いつの間にか寮の部屋に戻ってきていました。部屋に入った途端、居間スペースにいた同室の子達から憐れみの目を向けられ、私は体を強張らせます。
私にいつもキツいことを言ってくる子が大袈裟に肩をすくませて言いました。
「災難だったわねファリシュタ。まさか頼りにしていたお友達がエルフだったなんて」
「え?」
災難?
「だってそうでしょう? エルフであることを隠して貴女のことを騙していたのよ? 完全な裏切りじゃなくて?」
裏切り? これが?
「大体おかしいと思っていたのよ、没落貴族のくせに堂々としているし、イバン様と仲がいいなんてアピールして。きっと自分のことは特別だとか思っていたのよ」
「エルフだったら特別なんじゃない?」
「うるさいわね」
もう一人の同室の子につっこまれながら、その子はさらに声を荒げます。
「事件に巻き込まれたのは可哀想だとは思うけど、あれだけ目立てば当然のことじゃない。私から見れば本人の自業自得……」
「やめて」
私はその子の話を遮って声をあげました。ずっとずっと我慢していたけど、もう限界です。
「ディアナのことをなにも知らないくせに勝手なこと言わないで。喋ったこともないのにディアナのことを決めつけて蔑んで、貴女はとても低俗だわ」
「て、低俗ですって⁉」
「下位貴族で上に逆らえないからって特殊貴族の私に意地悪してくるのは低俗な証拠でしょう? 私、反論するのが怖くてずっと我慢してきたけど、でもそれも今日で終わりにするね。これ以上、私の友達を悪く言うなら私は絶対許さない!」
私はそう言い切ってその子を睨みます。「な、なによ……」と言いながらその子は目線を逸らしました。初めて言い返されて驚いたのか、私の顔が怖かったのかはわかりませんが、そのまま黙ってしまいました。
……なんだ。一度言い返せばそれで止まったんだ。
あまりに呆気ない終わりに私は肩から力を抜きました。そして踵を返して部屋から出ます。
寮の階段を下りながらハンカルの言葉を自分の胸に当てて、今までのディアナを思い返しました。
初めて会った時に私の緊張を解してくれたこと。
私が特殊貴族と知っても友達と言ってくれたこと。
やりたい演劇クラブのことを話してくれたこと。
イバン様が加入した時に気を遣ってくれたこと。
お家に招待してくれたこと。
劇を一緒に成功させたこと。
メンバーがたくさん集まって大喜びしたこと。
明るくて元気で演劇と家族が大好きなディアナが、私が見てきたディアナだよね。
気がつけば私は走って校舎に向かっていました。
約束の時間はまだ先だけど、早くディアナに会いたい。あんな不安な顔をしたディアナなんてもう見たくない。彼女を思いっきり抱きしめたい。
ハァハァと肩で息をしながら三階まで一気に上り、練習室の扉に手をかけると、鍵が開いていました。私は走ってきた勢いのまま扉をバン! と手前に引きます。中に入ると、一番前の席にディアナが座っていました。
「えええ! ファリシュタ⁉」
「ディアナ!」
私は目を見開いて驚いているディアナに駆け寄って、思いっきり抱きつきました。
ファリシュタから見た全校集会でした。
プロローグの彼女から変わりましたね。
成長を感じていただければと思います。
次は 集まったメンバー、です。




