再会と学年末テスト
「パムゥー‼」
「わっとと!」
「パムパムゥ!」
「ごめんねパンムー、心配かけたね」
顔に飛び込んできたパンムーに、ぺしぺしとおでこを叩かれながらその背中を撫でる。
「世話をかけたなガラーブ」
「いや、そいつのおかげでディアナの異変を知ることができたんだ。世話をするくらいどうってことはない。毎日ファリシュタも様子を見にきてたしな」
私は王様と対面した翌朝、ジャスルに乗って学院の寮に戻った。そのままクィルガーと寮長室に向かい、パンムーの熱烈な出迎えを受けたのである。
「それにしても無事でよかった、ディアナ」
「寮長さん、ご心配おかけしてすみませんでした」
「全くだ。君がいなくなったと知ったクィルガーを抑えるのは大変だったんだからな」
「へ?」
「あんな思いはもうしたくない。今後は気をつけるように」
ガラーブはそう言ってクィルガーをギロリと睨んだ。クィルガーは視線を逸らして首をぽりぽりと掻いている。
なんかあったのかな?
「友達連中もかなり心配していたぞ。早く顔を見せてやれ」
「はい」
そう言って寮長室から出ようとすると、寮長室の前が学生で溢れていた。
「ふぁ⁉」
「なんだ?」
クィルガーと二人で驚いていると、その様子を見たガラーブが眉に皺を寄せて私たちに言った。
「……おまえらここに来るまでに学生に会ったのか?」
私たちが寮に来たのはちょうど朝食の時間の前で、寮長室にいくまでに数人の学生とすれ違っただけだ。
「チッそいつらが話を広げたな……。ディアナを見に来たのもあるだろうが、ほとんどの学生の目的はクィルガーだろう。はぁ……面倒臭い」
ガラーブはそう言いながら寮長室の前に溜まっていた学生たちを追い払い出した。私は横にいるクィルガーを見上げる。確かにあの有名騎士のクィルガーが来てると知ったら一目見たいと思うだろう。
本人はあまり嬉しくなさそうだけど。
その時、学生の塊の中からガラーブに誘導されてファリシュタとハンカルとラクスが出てきた。三人は私の顔を見るとこちらに駆け寄ってくる。
「ディアナ!」
「ファリシュタ!」
目を潤ませながら走ってきたファリシュタとぎゅっと抱き合う。
「うう……ディアナ……よかったぁ……」
「心配かけてごめんね」
「ディアナが見つかったという報告は受けていたが、こうして姿を見れてよかったよ」
「体の具合はもういいのか?」
「ハンカル、ラクス。うん、もう大丈夫だよ」
ハンカルとラクスは何故か後ろにいるクィルガーをチラチラと見ながら話しかけてくる。
なんか明らかに怖がってない? なんかあった?
「この三人がいなかったら、おまえが行方不明になったことをあんなに早く知ることはできなかったんだ。ちゃんと礼を言っておけ」
クィルガーに言われて私は改めてお礼を言う。「とにかく見つかってよかった」と三人は笑ってくれた。
「俺からも礼を言う。よくディアナの異変に気付いてくれた。これからもディアナと仲良くしてくれ」
クィルガーからそう言われてファリシュタは笑顔で頷いていたが、ハンカルとラクスはかなりビビり気味に「はいっ」と答える。
……ねぇ、本当になにがあったの?
三人の態度の違いを疑問に思いつつ、クィルガーを見送りに寮の外に出る。ガラーブに怒られて学生の塊は散ったが、談話室の窓や寮の玄関から学生たちがこちらの様子を窺っていた。
それからジャスルが留められている場所まで行って別れの言葉を交わしていると、突然後ろから「お待ちくださいクィルガー様‼」とバカでかい声が聞こえてきた。
振り返ると、イシークがものすごい勢いで走ってきてそのままクィルガーの前にスライディングして跪く。
「俺はカタルーゴのイシークと言います! 俺をクィルガー様の弟子にしてください‼」
「は?」
目の前でいきなり弟子入りを懇願したイシークを一瞥して、クィルガーは私を見る。
し、知らない! 私はなにも関係ないよ!
という顔をして私がかぶりを振ると、クィルガーはイシークを見下ろして言った。
「断る。俺に弟子は必要ない」
「なんでもします! 下働きでも雑用でも! クィルガー様の覚醒の怒気を感じて俺はクィルガー様の弟子になると決めました! 怒気だけで自分が失神するなんて……! 俺は感動したんです!」
え? 今なんて言った? 失神?
「……あの時、庭の茂みの中で気を失った学生が一名発見されたと聞いたが……おまえだったのか」
「直にクィルガー様の強さを感じて確信しました。俺はあなたにお仕えしたい! お願いします! 俺を弟子にしてください!」
跪くというかもう土下座くらい頭を下げてイシークが懇願する。私と一緒にその状況を見ていたファリシュタとハンカルとラクスは完全に引いていた。
「だから弟子はいらない。それにカタルーゴ人のおまえが誰かの下につくなんてできないだろ」
そういえばカタルーゴ人は個人主義で集団行動には向いてないって言ってたね。
「クィルガー様の下にならつけます! 命じてくださればなんでもします! あ! ディアナ様の護衛が必要ならぜひ俺にやらせてください!」
イシークのその言葉に、クィルガーの空気が一瞬でビリッと変わった。
「……俺の娘の護衛、だと?」
「はい!」
みるみるうちにクィルガーの後ろにどす黒いオーラが広がる。
ぎゃあ! クィルガーの機嫌が最高潮に悪くなってるよ!
「ク、クィルガーっ」
「イシークと言ったな、おまえに一つだけ言っておく。俺の娘に近寄るな。男である時点でおまえは護衛失格だ」
黒いオーラを放ち、鬼の形相でイシークを睨むと、クィルガーはひらりとジャスルに飛び乗って王宮の方へ戻っていった。
クィルガーの睨みに固まっていたイシークが地面に手を着いてわなわなと震えながら呟く。
「そんな……じゃあ俺は……女になるしかないのか?」
……いや、そういうことじゃないと思うよ。
呆然とするイシークを放って、私たちは寮の中へ戻った。
それからは学年末テストへ向けて勉強の毎日だった。授業を終えて練習室で四人で勉強する。私がいなかった三日間の内容も教えてもらって、私は中間テストの時以上に頑張った。
なんせこれに演劇クラブの設立がかかってるのだ。めちゃくちゃ緊張した王様との話し合いでせっかく許しをもらったのに、ここでオール五が取れなかったら情けなさすぎる。
勉強の合間に私が行方不明になった時のことも聞いた。クィルガーがブチ切れて覚醒寸前までいっていたと聞いて私は青ざめた。
「そ、それめちゃくちゃ怖かったんじゃない? 大丈夫だった?」
「俺は本当に死ぬかと思ったぞ。ハンカルが冷静でいてくれたから助かった」
「いや、俺も内心はかなり焦ったよ。あんな怒気は見たことなかったからな」
「ファリシュタごめんね、怖かったでしょ?」
私が眉を下げてそう言うと、ファリシュタは少し笑って首を振った。
「クィルガー様が到着された時は怖かったけど、怒気が放たれた時はハンカルとラクスが庇ってくれたし……それにね、クィルガー様がそれだけ怒るのはディアナへの愛情が深いからでしょう? だからあまり怖くなかったんだよ」
「そ、そうなのか? ファリシュタ」
ラクスが驚いてファリシュタを見る。
「だからか……俺たちが庇っていたとはいえ、三級のファリシュタが思ったより平気そうだったのが不思議だったんだ。ファリシュタはクィルガー様の怒気に怖さを感じてなかったんだな」
ハンカルが顎に手をあててそう言った。どうやら男子二人の方がその時のトラウマが深いらしい。クィルガーのことをチラチラと気にしていた理由がわかった。
そういえばザガルディの祠でクィルガーが覚醒を使う前の状態を見たけど、私も怖いとは感じなかったもんね。逃げるのに必死だったっていうのもあるけど、人によって怒気の感じ方は違うのかもしれない。
そんなことを考えているとラクスが恐る恐る言った。
「ディアナ……クィルガー様の物語の劇をやったことは言ってないんだよな?」
「クィルガーには言ってないよ」
「これからも絶対言うなよ? 俺がクィルガー様の役をやったとか知られたら殺される!」
「大丈夫だよ。まず怒られるのは私だから」
「それは大丈夫とは言わないんじゃないか?」
ハンカルが冷静につっこむ。
「俺……クィルガー様の強さの十分の一も演じられなかった気がする……」
怒気の凄まじさを思い出したのか、ラクスが遠い目をして呟いた。
それから数日後、私はソヤリに説教部屋へ呼び出された。
「アルスラン様はエルフを公表すると決められました」
「……はい」
私はごくりと唾を飲む。
「学年末テストが終わった三日後、今年の終業式が行われる前に六年生以外の全校生徒に向けて、それを発表することになりました」
「全校生徒にですか?」
「すぐに卒業する六年生は別として、これから貴女と学院生活をともにする生徒全員に知らせることが重要ですから」
「たくさんの人に注目してもらった方がいいということですね」
「そうです。そこで貴女が全く新しいエルフであること、貴女が魔石使いとして国に貢献するつもりであること、テルヴァから狙われていて王に保護してもらっていることを話してもらいます」
「私が話すのですか?」
「アルスラン様のお言葉も聞かせる予定ですが、最後は貴女から直接生徒に向けて喋ってもらいます。その方が貴女のことを強く印象付けられますし」
……全校生徒の前で言うことを、ちゃんと紙に書いて覚えないといけないね。
「それに、演劇クラブのメンバーに向けても話をした方がいいのではないですか?」
「え?」
「新しいといってもエルフと聞かされて動揺しない学生はいないでしょう。エルフが作る演劇クラブに入るのを躊躇する人も出てくると思いますが」
「あ……」
考えてみたらそうだ。今入会を希望してくれてる人たちはイバン王子とのあの劇を観て希望してくれた人たちだ。私がエルフだとわかれば入会を辞退する人も出るかもしれない。
「そうですね……メンバーについてはもう一度再募集した方がいいかもしれません」
「そちらについては貴女にお任せします。エルフということを全校生徒に知らせることで、各国の親世代にも自動的に知られることになるでしょうし、その日以降は耳を出して過ごしてもいいとのことです」
「あ、そっか……耳を出して生活するようになるんですね」
一年近くスカーフで隠していたからなんとなく違和感があるね……いざ出すとなるとちょっと恥ずかしい。でも外に出してた方が音は聞こえやすいんだよね。
「アルタカシーク内の貴族と学院の教師には全校集会前に王から報告されます。バチカリク家のようにテルヴァと手を組む貴族を出さないためにも、徹底して周知させなくてはいけませんから」
「はい。わかりました」
「五の月のクィルガーの結婚式にはとんでもない数の客が押し寄せるでしょうから、覚悟しておいた方がいいですよ」
「えっあ……」
そうか、クィルガーの娘の私がエルフであることを知った貴族たちがわんさかやってくるのか。
主役は私じゃないからそれも嫌だなぁ。
「ソヤリさんは結婚式には来ないんですか?」
「王の側に一人は控えなければいけませんからね」
「それは残念です」
「それにアリム家に行けばカラバッリ様につかまるでしょうから、それも面倒です」
「そっちが本音ですね」
そして四の月に入り、学年末テストが始まった。中間テストの時と同じように頭にパンパンに勉強内容を詰め込んで、私は問題を解いていった。
大教室で最後の教科のテストが終わり、机の前で「終わったぁぁ」と伸びをしていると、テスト用紙を集めた職員の人が「静かに。お知らせがあります」と拡声筒で話し出した。
「三日後の午前中に六年生以外の生徒は大講堂に集まるように。そこで学院長から重要なお話があります」
「学院長から?」
「なんだろう?」
と周りの生徒がざわつく。
「先日の事件についてのお話もあるそうなので、遅れずに集まるようにしてください。以上です」
先日の事件という言葉を聞いて私に一斉に視線が集まる。生徒たちは私が行方不明になったこと、犯人が寮内にいたこと、私が無事に見つかって帰ってきたことしか知らされていない。
「ディアナ……事件のことって」
隣のファリシュタが集まる視線を気にしながら私に聞いてくる。
「……練習室にいこっか」
私はファリシュタとハンカルとラクスを連れて練習室に入った。そこですぐにハンカルが私に疑問を投げかける。
「六年生以外を集めてディアナの事件の話をするのか?」
「まぁ、そうなんだけど」
「全校生徒に話さなくてはならないほどのことが起きたのか?」
さすがハンカルは鋭いね。
「簡単に言うとそういうこと。本当は内々に処理する予定だったんだけどそうもいかなくなって……」
「悪い話なのか?」
「うーん……悪い話というより戸惑う話かなぁ」
「戸惑う話?」
「その日じゃないと話せないんだ。ごめん」
「ディアナ……」
ファリシュタが心配そうな顔をする。私は視線を落として手をキュッと握った。
私がエルフって知ったらみんなはどう思うのかな……。やっぱり引いちゃうかな。新しいといってもエルフはエルフだもんね。
先日ソヤリとメンバーの再募集の話をしてからずっと気になっていたのだ。エルフと聞いて戸惑うのはこの三人も一緒なんだろうな、と。
「当日の話はみんなにショックを与えるかもしれないけど、私がやりたいことは変わってないから、それだけは覚えていてほしい」
私はそれだけ言うと眉尻を下げて微笑んだ。
例え私がエルフだと知ってもこれからも仲良くしてほしい、という願いは心の中に仕舞い込んだ。
いつもの日常に戻ってホッと一息。
イシークはクィルガーに玉砕しました。
なんとかテストを乗り切って
重大発表の日がやってきます。
次は私の選択、ファリシュタ視点です。




