魔石術
休憩中、ヴァレーリアが思ってた以上に私のことを気に入ってくれてたことがわかって驚いた。
次々と恵麻の時には言われたことのなかった褒め言葉を浴びせられて、自然と顔が緩んでしまう。とりあえずこちらも綺麗なお姉さんは好きですよ、と返したらなぜか抱き締められた。今度は力加減も程よくなっていて私は目を閉じる。
ああ、柔らかいお胸が気持ちいい……。
正直、かなりハードモードな転生であることがわかって生きる気力を失っていたのだが、なんの見返りもないのに私のことを守ってくれる人たちがいるという事実に、かなり心が慰められた。
この世界に味方は一人もいないと思っていたけど、そうじゃなかったね。
ヴァレーリアの胸の中でその温かさに浸っていると、「私も守られるだけじゃなくてせめて自分の身くらい自分で守れたらいいのにな」という気持ちが湧いてきた。
だから魔石術を見て自分にも使えないか? と聞いてみたのだ。クィルガーはその言葉が意外すぎたのか固まっていたが、ヴァレーリアが腰袋から指輪を出して渡してくれた。
指輪には小さな青と緑の石がはまっている。
これが魔石か。
魔石術はその魔石に触れて、名前を呼ぶところから始まるらしい。私が青い魔石を指で触りながら、
「『マビー』」
と教えられた名前を唱えると、トゥ——、と音が聞こえた。ソの音だ。
「音が聞こえます! なんですかこれ?」
「聞こえるのか⁉」
「はい、はっきりと」
クィルガーにそう答えると今度は口を開けたまま固まってしまった。なんだかクィルガーを驚かせてばかりいるようで申し訳ない。
「ディアナ、魔石の音の他に、自分の中から出てる音もあるはずよ。わかる?」
ヴァレーリアに言われて、目を閉じて耳を澄ますと、魔石から聞こえるソの音の他に自分の体の奥からかすかに音が鳴っているのが聞こえる。意識をそこに持っていくと、トゥ——、と自分の中の音がはっきり聞こえた。今度はドの音だ。
「わかります」
そう言うとヴァレーリアが「洗浄の魔石術なら危険もないでしょう」とコモラが片付け始めていた全員分のコップの方を指差した。
「ディアナ、その自分の中の音を青の魔石の音に合わせて、青の魔石が光ったら『洗浄を』と命令しなさい」
「音を合わす……」
ヴァレーリアに言われた通りに自分の中のドの音を魔石のソの音に合わせていく。
ドーレーミーファー……と音を引っ張り上げていくイメージだ。歌を歌っていた私にとってはそれくらい楽勝である。
そしてドの音がソの音になった瞬間シャンッと大きな音がして、青の魔石が光った。
「洗浄を」
カップに向かって指輪を向けると、四つのカップの汚れが青いキラキラとともに一瞬で綺麗になった。
「おわっ。僕の靴まで綺麗になっちゃった」
青いキラキラがカップの近くに座っていたコモラの靴まで飛んでしまったらしく、靴がピカピカになっている。「そういえばこの靴こんな色だったねぇ」とそれを見てコモラが笑う。
「……使えましたね」
自分でもちょっと驚いて振り返ると、今度はクィルガーだけではなくヴァレーリアも固まってしまっていた。
「……あのぅ」
首を動かして二人の顔を交互に見ていると、クィルガーが腰に手を当ててはぁぁぁぁーと大きなため息を吐いた。
「もういい、おまえについては想定外のことしか起こらないと思うことにする。魔石術は本来ちゃんとしたところで使い方を教えられるものだ。知らずに使って暴走したらマズいからな。だからここでは危険の少ない魔石術だけお前に教えておくことにする」
そう言ってクィルガーがヴァレーリアに「この指輪をディアナに貸してやっていいか?」と聞くと、ヴァレーリアは目を瞬きながらコクコクと頷く。
青い魔石は「洗浄」や「解毒」「鎮静」などの魔石術が使え、緑の魔石の名前は「ヤシル」で「治癒」や「強化」の魔石術が使えるんだそうだ。
強化というのは対象物の守りを固める効果があって、腕にその魔石術をかければ素手で石が砕けるようになるんだって。
「鎧を纏うようなイメージですか?」
「まあ、そんな感じだ」
それをお尻にかけたら乗馬にも耐えられるのではと提案したが、効果がすぐ切れるらしく却下された。残念だ。
ちなみに緑の魔石の音はラだった。
魔石術が使えることがわかって私はちょっとテンションが上がってくる。
自分にも出来ることがあるってわかると自信が湧いてくるよね。しかも魔石術は音を合わせて使うんだもん……音に触れられるってだけで嬉しいよ。
「注意事項もいくつかある。魔石術は魔石の大きさで使える強さが決まる。そのため小さな魔石で強力な魔石術を使うと魔石は粉々になってしまうんだ。ディアナはまだ力加減がわからないだろうから、とりあえず一度に一人分の癒しや洗浄を行うようにしろ。それくらいならこの指輪の魔石の大きさでも問題ないからな」
「はい、わかりました。あとは使ってみながら覚えます」
借りた指輪は私の指には大きすぎるので紐を通してネックレスにしようと紐を探す。そこで私はハッと思い出して、手を服の中に突っ込んで透明の石のネックレスを取り出して二人に見せた。
「そういえば目覚めた時にこれを掛けてたんですが、これなにかわかりますか?」
「これ、透明の魔石じゃない! こんな大きいの初めて見たわ」
「これを持ってたのか? なんでだ?」
と二人が同時に顔を寄せてくる。美男美女のドアップは心臓に悪い。
「なんでかはわかりませんが、持ってました。これも魔石なんですか? 透明の魔石ではなにができるんですか?」
「透明の魔石はハズレ魔石と呼ばれるものだ。名前を呼んでもなんの音も聞こえないから、使えない魔石ということで売値もダントツで安い。こんなに大きいのはあまり見ないが持っていてもなんの役にも立たないものだぞ?」
「名前はなんていうんですか?」
「『シャファフ』だ」
私は透明の魔石を摘んで名前を呼ぶ。自分の中のドの音は聞こえるが魔石からは音がしない。本当になにもできない石のようだ。
なぁんだ、と思いながら透明の魔石を見つめると、やはり石がこちらを見ている気がする。
するとジャスルの上で寝ていたパンムーが私の肩に登ってきて透明魔石を覗き込み、私と魔石を交互に見つめた。
なんだろう? パンムーにはなにか聞こえているのかな。
不思議に思いながらヴァレーリアの指輪をそのネックレスの紐に通して、服の中に戻した。
それから何度か野営をしながら街を目指した。その間に魔石術の練習を重ねる。
まずは自分の音と魔石の音を速く合わせる練習だ。これはすぐに上手くなった。音楽が得意な私にとって音合わせなんて楽勝である。ふっふっふん。
難しかったのは力加減だった。私はどうも細かい調整が下手なようで、例えばコップ一つ分の洗浄をしようとしてもコップ三つ分洗浄してしまうし、指一本を強化しようとして腕全体を強化してしまうのだ。
癒しや強化の魔石術ならまだいいがこれが攻撃の魔石術になると非常に危険なことになる。なにかコツを知りたかったが魔石術を教えるのはちゃんとした免許を持った人でないとダメらしく、クィルガーたちもこれ以上は教えられないらしい。
とりあえず現状で我慢するしかないね。
旅の途中、色々な話をした。クィルガーがこれまで倒したドラゴンの話、ヴァレーリアの男運の悪い話、サモルとコモラは幼馴染で昔から仲が良かった話、その中でヴァレーリアの家出の事情も詳しく聞いた。
「十歳のころに母が亡くなったんだけど、そのあとに来た後妻に家を乗っ取られてね。年頃になったら嫌な男に嫁がされそうになったから家出したの。元々冒険者になりたかったからちょうどよかったのよ」
ヴァレーリアは簡単そうにそう言うが貴族のお嬢様が家出して冒険者になって生活していくのはかなり大変なんじゃないだろうか。
「私が家出して最初に訪れた街でこの二人に出会ったから、確かにラッキーだったわね」
「魔獣に襲われてた俺らの街を姐さんが一人で救ってくれたんですよ!」
「あの時の姐さんはそれはもう強くて美しくて、街中の人間が惚れましたねぇ」
ヴァレーリアもクィルガーほどではないが結構腕が立つらしく、一人で街を救ったヴァレーリアにこの二人は感動し、子分にしてくれ! と頼みこんで仲間にしてもらったのだという。それから九年ずっと一緒にいるんだそうだ。
「まあ冒険者になったとはいえ身分は貴族のままなんだけどね」
「え、そうなんですか?」
この世界では家出したからといって貴族の身分が剥奪されることはないらしい。
「ただ国を跨いで移動するときにその記録が実家に報告されるから、他の国に気軽にいけないのが残念なんだけど」
「家出した実家に居場所を知られたくないってことですか?」
「そういうこと。あの人たちに二度と関わりたくないから」
そう言ってヴァレーリアは肩を竦ませる。どうやら実家と確執が相当あるようだ。
ちなみに今いる場所はヴァレーリアたちの出身国で、西の大国ザガルディの北部らしい。聞いただけではさっぱりわからないが。
しかし私の意識はそのあとの話に一気に持っていかれた。なんとサモルが以前見たという旅芸人の話をし始めたのだ。
「え! 旅芸人がいるんですか? どんなことするんですか?」
「なんか体の柔らかい人が出てきてグネグネ変な動きしたりとか、手品のようなものをしたりとか、あとは簡単な劇をやる人たちもいたね」
そのサモルの説明に鼓動が跳ねる。
「劇⁉ 劇があるんですか⁉」
劇があるということは音楽以外のエンタメは存在してるってことなんじゃない⁉
「そりゃあるよ。子ども向けの物語を簡単にしたようなやつとかよく披露してるよ」
「物語! ということは物語を書いた本とかもたくさんあるんですか?」
「本ならたくさんあるよ。そんなに高くないから平民でも買えるしね」
聞けば魔女時代に人間が結束するために、言葉と文字が発達し、やがて印刷技術が発明されて本が大量に作られるようになったんだそうだ。
本がたくさんあるということは、物語もたくさんあるということで、劇のもとになる作品が選べるほどあるということだ。
うわぁやったぁ! 劇がある! 物語がある! エンタメがある‼️
そうだ、なぜ気がつかなかったのだろう。歌が歌えなくても他のエンタメがあるではないか。歌を諦めた経験は恵麻の時にもあったのだ。どうってことはない。
流石に映画や漫画はないようだが物語や劇やパフォーマーという娯楽があるだけで目の前がバァーン! と一気に開けた。
私のやりたいこと、エンタメのプロデュースが、ここでもできるかもしれない……!
私が大興奮してる様子を見てみんなが若干引いているが気にしない。
どうしよう、どうしたらこの世界のエンタメに関われる? いや、その前にこの世界のエンタメのレベルがどんなものか確かめたい。そう、エンタメに触れたい。劇が観たい。
「クィルガー! どこに行けば劇を観れますか⁉」
「馬鹿! お前の身の安全が確保されるまで無理に決まってんだろ!」
と、すぐに雷を落とされて私はガックリと肩を落とす。
おう……そうでした。私、今狙われてるんでした。
それなら本を読もう、と思ったが残念ながら昔の文字は読めても今の文字は読めないことが判明した。二度目のガックリ。
そんなこんなで気持ちがジェットコースター並みに上下してる間に目的の街に着いた。
その街は近くに大きな魔石採掘場があるらしく、そこで採れた魔石の取り引きで栄えている交易の街だそうだ。人が多く、魔石使いも訪れるのでテルヴァ族にとっては非常に近寄り難い街らしい。
よっぽど魔石使いが嫌いなんだねテルヴァって。
私はスカーフをきっちり結んで、目立たないようにヴァレーリアのマントに隠れながら歩いた。
それから高そうな宿に入り、家族向けの大きな部屋を借りる。その部屋には大きめの居間があって他に個室もいくつかあるので、女性陣と男性陣で分かれて寝ることができるのだ。
まるでスイートルームのような部屋に私とサモルとコモラは目を丸くする。
「ここ……高そうなんですがいいんですか?」
「安い宿にはこういう部屋がないからな。いざというとき扉一枚で助けに行ける距離にいてくれた方がいい。金なら心配するな。全部俺持ちで構わない」
その言葉にサモルとコモラは感動している。平民が泊まれるような宿ではないらしい。ヴァレーリアは意味ありげな視線をクィルガーに向けるが、それに気づかないフリをしてクィルガーはみんなに言った。
「各自荷物を置いたら居間に集まってくれ。ディアナの行き先について提案がある」
ちょっと浮上したディアナ。
魔石術が使えて自分でもビックリです。
旅芸人の存在を知ってテンションも猛浮上。
次は クィルガーの提案、です。




