私の秘密
その夜、私は布団に入って天井を見ながら考えていた。
今の状況、クィルガーが守ってくれようとしていること、これまでのこと、これからのこと。
私は今、なにが一番大切なのだろう?
私がやりたいことは、エンタメのプロデュースだ。それは前世から変わらない。エンタメのためなら命を削れるし、前世ではそれに向かって一直線に走っていた。周りには若干引かれていたし、友達も少なかったけど、そんなこと気にならないくらい、夢中だった。
ここに来てからも演劇クラブを作るために頑張って、ファリシュタやハンカルやラクスという仲間もできて、新しい劇を作ることもできた。
でも今自分がこれからどんな立場になるのかわからない状況になって一番に思うのは、クィルガーとヴァレーリアと離れたくないということだ。
「夢以外に大事なものなんてないと思ってたけど……この世界にきて、なんか変わっちゃったみたい」
演劇から離れても、歌を歌えなくなっても、クィルガーとヴァレーリアのそばにいたい。
それが私の望むことだ。
でも一つだけ引っかかってることがある。
クィルガーが無条件に私のことを信じてくれていることを知って、私の中にずっと隠していたモヤモヤがあったことに気付いたのだ。
私はクィルガーとヴァレーリアに前世の記憶があることを言っていない。実はそれがいつも心のどこかで引っかかっていて、二人の愛情を感じる度にそれがモヤモヤになって心の中に溜まっていっていた。
クィルガーは私のことを丸ごと信じて王様にぶつかっていこうとしてくれてる。だったらその前に私のことを全部知って欲しい。これ以上隠したままでいるのは、嫌だ。
私は白い天井を見つめながら、違う記憶を持ってる人間であることをクィルガーとヴァレーリアに伝えようと決心した。
「でもどうしよう? これどうやって説明したらいい? 転生なんて普通に考えてもめちゃくちゃなことだもん、話すだけじゃ信じられないよね……」
二人に出会った時もそう思ったから言わなかったのだ。映像で見せられないとまず信じられないと思って……。
「あ」
映像というワードに事件の日に見た水面の映像のことを思い出した。王様と透明の魔石術で繋がっている時に偶然起こった現象。
あれはマギアが含まれる水と魔石術を使っている人が繋がっていたからできたんだよね? 多分。
「じゃあ、もしかしたら私も使える?」
私はあることを思いついてベッドを降り、部屋の棚の引き出しを開けた。そこには事件の日に着ていた服と水流筒が置いてあった。
翌朝、様子を見に来たクィルガーに私は一つお願いをした。
「ヴァレーリアをここへ?」
「はい。アルスラン様を説得をする前に、二人に話しておきたいことがあるんです」
「話したいこと?」
「はい。大事な話なんです」
「……」
訝しげに見つめるクィルガーに私は眉尻を下げて笑う。
「お願いします、クィルガー。あ、もしかして騎士棟に家族を呼ぶのは禁止されてますか?」
「いや、おまえの見舞いということでここに呼ぶことはできる。……あいつも会いたがっていたしな。わかった」
「えへへ、よかった。あと大きなお盆を用意してもらいたいんですけど」
「お盆?」
私は両手を広げて「これくらいの大きさのが欲しいんです」と言った。
「なにに使うんだ?」
「話の信憑性を増すためにいるんです」
「は? ……よくわからんが食堂にないか聞いてみよう」
「ありがとうございます」
クィルガーが時間を作れる夕方にヴァレーリアと内密部屋で会うことになった。その時間がくる前に私は療養服から自分の服に着替える。
事件の時に着ていた服だけど洗浄されてるし、やっぱり自分の服の方が落ち着くんだよね。
上着を着て帯を結ぶ。そこで私は自分の手が震えていることに気付いた。
「……舞台に立つ時以上に緊張してるかもしれない」
二人の受け止め方次第で私への思いが変わってしまうかもしれないのだ。私は緊張を解すように手をさすった。
約束の時間になって、私はお盆を持って女性騎士とともに内密部屋に向かう。
ノックして部屋に入ると、扉を閉める前にヴァレーリアに抱きしめられた。
「ヴァレーリアっお盆が落ちちゃう」
「ディアナ……! 無事でよかった」
クィルガーが横からきてお盆を持ってくれたので、私はヴァレーリアの背中に腕を回す。
「ヴァレーリア……会いたかったです」
「私もよ。怪我は? どこも痛いところはない?」
「大丈夫ですよ」
ヴァレーリアは私を抱きしめながら頭や背中をさすってくれる。私は目を閉じてしばらく彼女の温もりを堪能した。
「ヴァレーリアには今回の事件のことと、おまえの立場が今危ういこともざっと話してある」
「ざっと?」
「あなたが王に関する重大な事柄を見てしまって、その秘密の保持のためにこれまでの生活はできなくなるかもしれない、という話を聞いたわ」
ヴァレーリアはそう言うと私の顔を両手で包んで微笑む。
「ディアナがどんなことになっても、あなたは私が守るわ。これからもずっと」
「……ヴァレーリア」
クィルガーと同じことをヴァレーリアからも言われて鼻の奥がツンとする。私はヴァレーリアの両手に手を添えて、泣きそうになるのを堪えて微笑んだ。
「……私も、クィルガーとヴァレーリアと離れるのは嫌です。二人とずっと一緒にいたい。だから、私の全てを知って欲しいんです。二人に言っていなかった大事な話を聞いてくれますか?」
私の真剣な眼差しにヴァレーリアは少し驚いて、そして頷いた。
机の上にお盆を置いてクィルガーとヴァレーリアが隣同士で座り、その向かいに私が座る。私はゆっくりと深呼吸をして二人の目を見た。
「私の話でその、二人には嫌な思いをさせるかもしれませんが、最後まで聞いてください」
「わかった」
クィルガーとヴァレーリアが真面目な顔で頷く。
「話というのは私の記憶のことなんですけど」
「失っているという記憶のことか? それが嘘だったのか?」
「いえ、私があの祠で氷の中から目覚めて、以前の記憶がないっていうのは本当です。その以前の記憶というのがこのエルフの記憶ということであれば」
「どういうことだ?」
「私は、もう一つの記憶を持っています。その記憶はこことは別の世界で十九歳まで生きた女の子の記憶です」
「⁉」
「別の世界……?」
ヴァレーリアの言葉に私は頷く。
「氷の中で目覚める前、私は違う世界で普通の女の子として生きていました。だけどある日突然事故にあって死んでしまいました。本当はそのまま人生が終わるはずだったのに、私はなぜかこの世界の氷の中で目が覚めたんです」
「ちょ、ちょっと待て。話が荒唐無稽すぎる」
「自分でもそう思います」
クィルガーの困惑した声に私は頷く。横でなにかを考えていたヴァレーリアが口を開いた。
「……じゃあディアナはこことは違う文化圏で育った記憶を持ったまま、エルフの体に生まれ変わったってこと?」
「多分そういうことだと思います。というか、こちらにも生まれ変わりという概念はあるんですね」
「死んだ人が次の世代の子に生まれ変わるとか、大事なお守りに宿るとかそういう話はあるわ。ただ違う世界から生まれ変わるという話は聞いたことがないけど」
「おい……なんでそんな普通に会話できるんだヴァレーリア……」
私とヴァレーリアの会話にクィルガーが戸惑いながら口を挟む。
「やっぱり信じられないですよねぇ? こんな話」
「そりゃそうだろ……」
「私もそう思って、初めて二人に出会った時に言い出せなかったんです。もし逆の立場だったらそんなこと言う子どもちょっと怖いと思いますし」
「確かに……エルフってだけでも大変なのにそんなこと言い出してたらお手上げだったな」
おお、過去の私グッジョブ。
「だけど今回の事件で発見した方法を使えば、私が言っていることを説明できるかもしれないと思ったんです」
「それがこれか?」
クィルガーが目の前のお盆を指さす。
「そうです。じゃあちょっとやってみますね」
私はポケットから水流筒を取り出して起動させ、お盆にお水を溜め始める。直径が五十センチくらいの楕円形のお盆に一センチほどの水が溜まる。私はそこで水を止めて、首からネックレスを外した。
「昨夜部屋のコップで実験したのでいけると思うんですけど……」
ネックレスにかかっている透明の魔石を摘んで指ごとお盆の端っこに浸し、自分の中からドの音が鳴るのを確かめて、その音を水に流していくイメージをする。
「私の記憶を映して」
そう命じると、シャンッという音とともに水面が光り、そこに映像がパァッと映し出された。
「なっ!」
「これは……⁉」
そこには日本の街並みが映っていた。
「ここが私が以前に生きていた街です。この世界のように魔石術という不思議な力はありませんが、代わりに科学が発達してたくさんの便利な機械がありました」
水面に私の記憶の中にある住宅街が映し出される。私の住んでいた郊外の住宅街は比較的新しい街で、綺麗な歩道を歩きながら近所の公園までよく散歩をしていた。
懐かしいなぁ……。
歩いている歩道の右側の道路を車が通っていく。それを見たクィルガーが「なんだ今のは⁉」と叫ぶ。
「車といって油を燃料にして走る機械です。私の世界ではこの車が一般的な移動手段だったんです」
「移動手段……馬ではないのか」
「昔は馬や牛で移動してましたが、私が生きていた時代ではほとんど見なくなりました。それこそ時代劇とかでしか……」
私がそう言うと、映像がチャンバラシーンに切り替わった。
おお! 時代劇だ!
「これは兵士か? 変わった剣で斬り合っているな」
「私が育った国の昔の時代のお話をドラマにしたやつです」
「ドラマ?」
「演劇と同じようなものですよ」
「これが演技なのか?」
「そうです。面白そうでしょ⁉」
ついつい力を入れて説明してしまう私にクィルガーが少し引いている。逆にヴァレーリアはそんな私を見て少し笑った。
「ディアナはこの世界にいるころから劇が好きだったの?」
「そうです。劇だけじゃなく、音楽やありとあらゆるエンタメ……娯楽が好きで、将来はそれを世の中に広めるプロデュースという仕事につこうと思ってました」
「それは……ギルドみたいなものなのかしら?」
「うーん、ギルドっていわゆる組合みたいなものですよね? そこにくる人たちに仕事を紹介したり間を取り持ったりするというよりは、自分や仲間同士で事業を立ち上げたり作品を作ったりして、それを売り込む仕事です」
「……おまえがアルスラン様に話してた演劇クラブを事業にするってやつはそれだったのか」
「そうです。私はここでもプロデュースをするのが夢だったんです」
私がそういうと、ヴァレーリアは「なるほどね」と呟く。
「不思議には思ってたのよ。ディアナがなぜそれほどまでに劇が好きなのか。旅芸人の劇の時も初めて観たって感じはしなかったから」
「そうだったか?」
「初めて観た子がいきなり『演出がイマイチ』なんて言わないわよ。クィルガーはディアナの劇好きを不思議に思わなかったの?」
「……エルフだから音楽とかと同じで元々好きなもんなのかと思ってた」
クィルガーがそう答えてへの字口になる。
「じゃあ歌が好きっていうのも、エルフだからってわけじゃないのか?」
「そうですね、私が歌が好きなのは元からなのでエルフは関係ありません。向こうの世界の私は幼いころから歌うことが大好きだったんです。祠で最初に歌っていたのも向こうの曲なんですよ」
「あ、じゃあ寝言で歌っていた曲もそうなの?」
「あ……えへへ、多分そうです」
野営をしていたときに寝言で歌ってヴァレーリアを困らせてしまったことを思い出して少し恥ずかしい。
「この水面から音が出せれば、歌っている映像も見せられたんですけど」
残念ながら水面には映像しか映らない。
「と、まあそんな感じで……その、これで私が言ったことが本当だって信じてくれましたか?」
「……実際に見せられたら、信じるしかないな。……信じられないが」
「私は信じるわ。とても不思議な現象だけど、色々と腑に落ちることもあったし。……それで?」
「へ?」
「ディアナが違う世界の記憶を持っているってことは理解したけど、それがなにか問題なの?」
「え……も、問題じゃないんですか?」
私が目を見開いてヴァレーリアを見ると、彼女はクィルガーと目を合わせて肩をすくめる。
「なにが?」
私は思わず立ち上がって慌てたように言う。
「だ、だって私見た目通りのただの子どもじゃないんですよ? 子どもだと思って接していたのに本当は十九歳まで生きた記憶を持ってる人間なんですよ? 普通じゃないでしょう? その、気味が悪くないんですか?」
「ディアナ、あなた自分がエルフであることを忘れてない?」
「え」
「確かにエルフはそもそもただの子どもじゃないし、長寿だから俺たちより年上ってことも十分あり得るからな」
ヴァレーリアの言葉にクィルガーが頷く。
「クィルガーの言う通りよ。見た目のことを言うならディアナは最初から普通ではないし、それに以前の記憶があるっていうだけで私たちが出会った時からディアナはディアナなのでしょう? 途中で人格が変わったとかじゃないわよね?」
「……そうですね」
「じゃあ私たちが見てきたディアナはなにも変わってないじゃない。なにか問題がある? クィルガー」
「……特にないな。俺たちの知らない知識を持っているってことはあるだろうが……」
二人はそう言い合って同時に私を見た。
う……ウソでしょ。問題ないの?
自分があれだけ緊張していたのが馬鹿みたいだ。私は震える声で二人に確かめる。
「じゃあ私と……これまで通り接してくれるんですか?」
「当たり前だ」
クィルガーがキッパリと言い切るのを聞いて、みるみるうちに涙が込み上げてくる。
「ディアナは不安だったのね?」
「……ずっと、引っかかっていたんです。二人は私のことを大切にしてくれるけど、私は自分のことを全部話していないって……。家族って言ってくれた人たちに隠し事をしているのが段々辛くなってきて」
目に溜まっていた涙がボロッと落ちた。
「でも本当のことを伝えたら、二人に嫌われるかもしれないって……それが怖かったんです……」
本当のことを話したい、でも話したら離れていってしまうかもしれない。そう思って昨日は全然眠れなかったのだ。
ヴァレーリアが立ち上がって私の方へ近付いてくる。
「わ、私……二人と一緒にいたいんです。これからもずっと……だから……っ」
「話してくれてありがとう、ディアナ。あなたは私の娘よ。これからもずっとね」
ヴァレーリアがそう言って私をぎゅっと抱きしめる。
「ヴァレーリアぁ……」
「どこにも行かないわよ。ずっとディアナのそばにいる」
ヴァレーリアの優しい声と温かい感触に、涙と鼻水が止まらなくなる。
「俺だって同じだ」
そう言って回り込んできたクィルガーが、横から私とヴァレーリアをまとめて抱きしめた。
「ううぅー……」
二人に抱きしめられて今まで我慢してきたものが涙になってボロボロとこぼれ出た。
「嬉しい……ズビッ……大好ぎです二人ども……ううー」
「私も大好きよディアナ」
「あー、俺もだ」
「そこはちゃんと言葉にしなきゃダメよクィルガー」
「照れ臭いんだよ」
「あら、いつも私には言ってるじゃない」
「んなっ」
「ここで二人でいちゃつかないでくださいよぅーもー……」
私はそう文句を言って泣きながら笑った。よく見ると二人とも目が赤い。それを見てまた涙が溢れ出す。
それからしばらく私は二人に抱きしめられながら思いっきり泣いた。
私が落ち着くころには面会時間が終わる時刻になっていた。ヴァレーリアが私の両頬に手を添えて微笑む。
「私はディアナの帰りを信じて待っているわ。もしディアナと離れる決定が下されたら、私が王に直接文句を言いに行くから」
「お、おいヴァレーリア……」
クィルガーが慌てたような声を出す。
「私は本気よクィルガー。だからあなたからもちゃんと私たちの気持ちを王に伝えてちょうだい」
「わかってるよ」
「……ありがとう、ヴァレーリア」
私はヴァレーリアの両手に自分のそれを重ねて微笑んだ。
それから家に帰るヴァレーリアを見送ろうと扉を開けると、部屋の前にたくさんの騎士がいた。私たちの姿が見えると「うわわっ」と言って一斉に廊下の曲がり角まで走り去り、そこからこちらの様子を窺っている。
「……なにやってんだあいつらは」
クィルガーの低い声に扉の前に待機していた女性騎士がピッと姿勢を正して言った。
「クィルガー様の、その、婚約者様が気になったようで……。注意はしたんですが」
「ああ?」
それを聞いてクィルガーが鬼の形相で騎士たちを睨む。若い騎士は悲鳴をあげて逃げていったが、クィルガーに慣れているのか他の人はこちらをニヤニヤと見ている。
それに気付いたヴァレーリアが、その人たちにニコリと笑いかけて軽く手を振った。
「はうっ」
と何人かが胸を押さえて膝をついた。クィルガーがムッとしてヴァレーリアの肩を押して反対方向へ向かせる。
「あいつらは相手にしなくていい」
「少し挨拶しただけよ」
「クィルガーはヤキモチ焼きですよねぇ」
「ヤキモチ?」
「嫉妬深いってことです」
「うるせえ」
久しぶりに頭をぐわしされて「いだだだだ」と反射的に声をあげる。でもこの日のぐわしは全然痛くなかった。
胸に溜まっていたモヤモヤを吐き出しました。
受け入れ、受け入れられ、本当の親子になった三人。
次は 対面、です。




