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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
一年生の章 武術劇

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王の秘密


 夢を見た。

 暗い暗い空間に私は一人で立っている。

 私は心細くて、怖くて『誰か助けて!』と叫ぶ。

 すると遠くの方に白く光る人が見えて、私はそっちに駆け出した。

 光っているその人に近付いて、服の袖を掴む。

 その瞬間足元に光る模様がパァ! と現れた。

 これは……魔女の魔法陣だ。

 いきなり現れた魔法陣に驚いていると、袖を掴んでいた手が振り解かれ、その人が顔を近付けて言った。

 

『見たな』

 

 その人の顔は闇のように真っ黒だった。

 

 

 

「——っ」

 

 私はハッと目を開けた。視線の先に白い天井が見える。

 

「……夢……」

 

 自分の体に分厚い布団がかけられベッドに寝かされているのを把握して、さっきのが夢だったのだと気付く。嫌な夢だった。体が汗でびっしょりと濡れていた。

 

 ここ、どこだろう……。

 

 布団をめくって起き上がると、急に冷やされた体がゾクリと震えた。服は着替えさせられていて、水色のダボっとした長い上着に同じ色のズボンという姿になっていた。

 

 洗浄の魔石術使いたいな。

 

 部屋はベッドと椅子と棚がひとつあるだけの簡素な部屋だった。壁が白いアクハク石なので学院の建物ではないようだ。貴族の館にしては天井が低いし作りが質素すぎる。ベッドの左側にアーチ窓が並んでいて、そこから燦々とした陽が差し込んでいた。

 窓から外を見ようとベッドに手をつくと、服の中でなにかが揺れる感触がした。ハッとして胸元に手を突っ込んでそれを引き出す。

 

 よかった。ネックレスあったんだ。

 

 クィルガーが見つけてつけてくれたんだろうか。私は早速ヴァレーリアの指輪を摘んで体に洗浄の魔石術をかけた。

 

「ふぅ……スッキリした」

 

 そう言ってホッとしていると扉がノックされた。「はい」と返事をすると扉が開き、女性の騎士らしき人が顔を覗かせる。

 

「……! お目覚めになられましたか! クィルガー様にお知らせしてきます!」

 

 私が起きているのを確認した女性はそう言って慌ててどこかへ走っていってしまった。開けっ放しになった扉から違う女性騎士が入ってきて扉を閉める。

 

「全く、もう少し落ち着いて行動するよう言わなくては……。ディアナ様、お加減はどうですか?」

「あ、えっと……大丈夫です。あの、ここはどこなのでしょうか?」

「王宮騎士団の騎士棟です。この部屋は騎士が療養するための個室ですよ」

「騎士棟……っていうのは城の上にあるんですか?」

「ええ、執務館の隣に建っています。どうぞ、お水です」

 

 女性騎士はそう言ってコップに水を入れて渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます。あの……私ただの学生なので騎士の方にお世話してもらうのは恐縮しちゃうんですが……」

「貴女は副団長のご息女ですから、礼を尽くすのは当たり前です。気にしないでください」

 

 女性騎士はそう言ってニコリと笑った。と、その時部屋の扉が勢いよく開かれ、クィルガーが入ってきた。

 

「ディアナ! 無事か?」

 

 大股で部屋を横切りベッド脇を回り込んできて私の顔を覗く。

 

「大丈夫ですよ。よく寝たみたいですし、どこも怪我はしてません」

「……そうか。よかった」

 

 クィルガーはホッと息を吐いてベッド脇の椅子に座った。よく見るとバンダナは少しずれているし、マントもつけていない。それに明らかに寝不足の顔をしている。

 

「クィルガー、もしかして寝てないんじゃないですか? クマが酷いです」

「おまえを救出してから関係者を全員捕らえて後始末をして戻ってきて、さっき仮眠したところだからな」

「え、じゃあ仮眠中に起こしちゃったんですか? すみません」

「気にするな。おまえが目覚めたらすぐに知らせるように指示していたんだ。ちょうど仮眠から起きる時間だったしな。俺はこれからまた王宮の方へ行かなくちゃいけないが、一人で大丈夫か?」

 

 クィルガーはそう言って心配そうな顔をする。

 

「……体はなんともないですし、大丈夫ですけど、学院の方には戻れないんですか?」

「ああ、今回の事件が片付くまではここで保護するようにと王が仰ったからな」

 

 その言葉にドクリと心臓が鳴る。

 

「ではこの部屋でじっとしていた方がいいんですね」

「そうだな。この部屋は騎士が守っているし、ここにいた方が安全だ」

「……わかりました。ここで休んでます」

 

 私がそう言うと、クィルガーは私の頭をポンポンと叩いて「またあとで来る」と言って部屋から出ていった。後ろに控えてその様子を見ていた女性騎士がクスクスと笑いながら近付いてきた。

 

「ディアナ様は養子と聞きましたがクィルガー様と仲が良いんですね。本当の親子のようでしたよ」

「よく言われます」

 

 少し照れ臭くて私はえへへと笑う。

 

「お腹は空いていませんか? よければなにか持って来させます」

「いいんですか?」

「もちろんです。王の指示でこちらにいるのですから、遠慮はいりませんよ」

「じゃあお願いします」

「私たちは扉の外で待機していますから、なにかあれば言ってください」

 

 女性騎士はそう言って部屋から出ていき、扉を閉めた。

 一人になった私はベッドから降りて窓の方へ向かう。胸の高さにある窓の縁に手をかけて外を覗くと、広い中庭のような場所が下に見えた。四面を建物に囲まれたその中庭には見張りの騎士が数人立っている。今いる部屋はどうやら建物の三階らしい。

 

 扉の外には騎士、窓の外にも騎士。王様は保護と言っていたけどこれって軟禁状態に近い……よね。

 

 もちろん学院にいるより騎士の仕事場であるこちらの方が安全ということもあるだろう。けれど、私の行動範囲を制限して不特定多数の人に会わないようにしてるんだと思う。

 

 誰にも言うなと命令したって私がちゃんということ聞くかなんてわかんないだろうしね。

 

 私は窓から冬の空を見上げて、はぁ、とため息をついた。

 

 

 そのあと持ってきてもらった軽い食事を平らげて、私はぼすんっと枕に頭を預けて横になる。あの貴族とテルヴァのことはクィルガーたちが調べてくれるだろう、私は昨夜のことを整理して、これからのことを考えなくてはいけない。

 

「まさかあんなものを見るとはね……」

 

 昨夜、透明の魔石術で王様と繋がっている時に、なぜか王様の見てるものが水面に映った。

 そしてそこに一瞬映ったのは間違いなく魔女の魔法陣だった。図書館で読んだ「密かに受け継がれる音出し」という本に載っていた太鼓の絵に描かれていた模様と、同じものが映っていたのだ。

 

「あそこって王様の部屋なんだよね?」

 

 王様は部屋から出られなくなっているってファリシュタが前に言ってたから、多分そうだろう。

 

 魔石信仰の中心にいるような人の部屋に、魔女の魔法陣があった。

 なぜそんなものがそこにあるのかわからないけれど、ただはっきりしているのは、それが誰にも知られてはいけないヤバいものだってことだ。

 昔の支配者である魔女の印のようなものが王様の部屋にあると知られたら大騒ぎどころではない、国が、いや世界中が大変なことになる。

 

 今のところ、誰も王様の部屋に魔法陣があるって知らないってことだよね? それともクィルガーやソヤリさんは知っているのかな?

 

 今の時点ではわからないことだらけだ。

 そもそも魔法陣があったとして、それでなにができるんだろ? 前に誰かが魔法陣について言ってた気がするけど……。

 

「あ」

 

 私はそこで思い出した。ザガルディの祠で奉納の儀式を見せられた時にマルムが、

 

「魔女様がその魔法を使うときには魔法陣が浮かぶのです。魔法陣は魔女様の力の証」

 

 と言っていたことを。

 

 え、待って、じゃあ魔法陣は魔女の魔法ってことだよね。……あれ? 王様の部屋にあった魔法陣って光ってなかった?

 

 そこまで考えてブワッと鳥肌が立った。そうだ、魔女の魔法陣が光っているってことはその魔法は作動しているってことで……つまり、

 

 ()()()()()()()()ってことじゃない?

 

「わぁぁぁぁ……」

 

 私は思わず布団を頭から被り、中で小さな悲鳴を上げた。

 

 うわぁ、私、どえらいことに気付いちゃった‼ そりゃ王様もあんな怖い声出すよ! ヤバいどころの騒ぎじゃないじゃん! 魔女が生きてるってみんなに知られたら、今のこの世の中の秩序が崩壊しちゃうよ! 私が魔法陣を見てしまったってことは、私が魔女が生きていると知ってしまったってことなんだ!

 

 私は布団の中で頭を抱える。予想以上に自分が知ってしまったものが大きすぎた。

 そして次々と疑問が湧いてくる。

 

 なんで王様の部屋で魔法陣が作動してるんだろう? 王様って魔女と関係があるの? あの魔法陣を出してるのって王様じゃないよね?

 

 そこまで考えてさらに青ざめる。あの魔法陣を王様が出しているんだったら王様が魔女ってことになる。

 

 いやいやいや待って待って、それはさすがにないでしょ⁉ 王様が魔女だったらこんなところで国を治めているわけがないし、ヤンギ・イルの儀式だって大砂嵐の時だって魔法陣は浮かんでなかったじゃない。

 でも魔法陣があるということは魔女と無関係ではないってことだよね……。

 

 考えれば考えるほど、あの魔法陣を見てしまった自分がかなり危険な立場になっていることがわかる。

 

 っていうかそんなことを知ってしまった私って間違いなく処刑じゃない? 問答無用で即死刑じゃない? なんで生きてんの⁉

 

 さすがに暑くなってきて被っていた布団をめくって顔を出す。それでも顔中から汗がダラダラと流れて止まらなかった。私はベッド脇に置いてある水差しからコップに水を注いでゴクゴクと一気に飲む。

 

「ぶはぁ……っ。はぁはぁ……ちょっと落ち着こう」

 

 コップを戻して深呼吸をする。

 まだ自分が生きてるってことは、王様はすぐに処刑にするつもりはないってことだ。王様はこの事件が片付いたら私のことを言い伝える、と言ってた。

 

 ……事件の後始末が終わってから処刑ってことかな。それとも別の刑になるってこと?

 

 なんの処罰もなしに今まで通りの暮らしができることは絶対にない。王様の秘密を知っている者をそのまま野放しになんてできないからだ。

 

「……どう考えてもこのまま学院に居ることはできないよね……」

 

 私はカミラのことを思い出す。処刑の次に重い罰は貴族の身分の剥奪と幽閉だ。貴族の身分は元々エルフの私にとってはどっちでもいいことだが、幽閉はキツい。演劇どころか歌も絶対歌えないだろう。きっと生きているようで死んでいる毎日を送ることになる。

 

「それに……クィルガーとヴァレーリアにも会えなくなっちゃうのかな……」

 

 貴族でなくなるということはあの二人とも親子ではなくなるということだ。

 

「あー……貴族の剥奪もやっぱりキツいかもしれない……」

 

 私は両手で目を覆う。この世界に来て私がここまで生きて来られたのは間違いなくあの二人とサモルとコモラがいたからだ。

 それを奪われて、生きていける気がしない。

 

 

 

 夜になって、私は女性騎士に連れられて騎士棟の内密部屋に入った。学院にある説教部屋と同じような大きさの部屋で窓はない。部屋の奥に立っていたクィルガーが振り返り、案内してきた騎士に外で待機するように言う。

 

「ディアナはそっちに座れ」

 

 クィルガーの声が昼の時と全然違う。私が俯きながら椅子に座ると、机を挟んだ向かいにクィルガーが静かに座る。しばらく沈黙が続いて私が顔を上げると、クィルガーは眉をぎゅっと寄せて苦しそうな顔をしていた。

 

「……アルスラン様から、聞いたんですね? クィルガー」

「!」

 

 クィルガーがはっと目を見開く。

 

「なんて仰ってたんですか?」

「……ディアナと魔石術で繋がっていた時に、おまえが……アレを見た、と」

「じゃあクィルガーもアレがあることは知ってるんですね」

「……ああ、知っている」

 

 あんな大きな秘密をクィルガーは知ってるのか。

 

「私の処分はどうなりますか?」

「……アルスラン様はバチカリク家の処分が済んでから決めると仰っていた」

「……それまで生かされて、そのあとに処刑ってことですかね……」

「っそんなこと俺がさせない!」

 

 クィルガーはそう言ってバン! と机を拳で叩いた。

 

「クィルガー……でも私、それくらいのものを見てしまったんですよね?」

「……っアルスラン様は、学院内で保護しているディアナをテルヴァから守れなかったと、その非はこちらにあると仰っていた。それを踏まえた上で考えると……」

 

 あ、だから即処刑ということにならなかったのかな? 

 

「じゃあこの前のカミラと同じような感じになるんでしょうか」

「……」

 

 クィルガーはなにも言わずぎゅっと目を瞑る。机の上で握られた拳が震えていた。やはり私はカミラと同じ運命を辿る可能性が高いようだ。

 

「クィルガー、ごめんなさい」

「?」

「私クィルガーに助けてもらえなかったらとっくにテルヴァに攫われて、薬漬けにされて意思のない人形にされてたと思います。そんなややこしい存在の私を家族にしてくれて、こんな立派な学校に入れてくれたのに……なにも返せないまま……私……」

「ディアナ」

「……私と家族じゃなくなっても、ヴァレーリアのこと幸せにしてくださいね」

「馬鹿! なに言ってんだ」

 

 クィルガーがガタンと音を鳴らして立ち上がり、私の方へ回り込んでくる。驚いている私の前にしゃがんでクィルガーは私の手を握った。

 

「おまえは俺の娘だ。これからもずっと」

「クィルガー……」

「おまえは俺が守る。おまえと離れる決定が下されても、俺は了承しない。例えアルスラン様が相手でもな」

「クィルガーは王の側近じゃないですか……」


 しかも王様の秘密まで知っている最側近だ。王様の命令に反することなんてできないだろう。

 

「反抗するわけじゃない、説得するだけだ。何度でもな。俺はおまえの側にいる。きっとヴァレーリアだって同じことを言うだろう」

 

 クィルガーの言葉に目頭が熱くなって視界が滲む。

 

「馬鹿、泣くな。子どもに泣かれるのは苦手だって言ったろ?」

「ううー……だって……」

 

 一番大事な王様の命令に反してでも私を守ると言ってくれたクィルガーの気持ちが嬉しくて、半分諦めた気持ちでいた心にじわりと熱いものが広がっていく。

 

「貴族の身分を剥奪されたら親子ではいられなくなるじゃないですか……」

「だから、そうならないように説得するんだ」

「そんなのできっこないですよ……」

「アルスラン様は杓子定規で物事を判断する人じゃない。それはディアナも知っているだろう?」

「そうですけど……」

「まだ処罰が必要だと決まったわけじゃないんだ。俺もさっきアルスラン様から聞かされたばかりで少し混乱していたが、腹が決まった。俺に任せておけ」

 

 そう言ってクィルガーは私の手をギュッと握った。

 

「説得……できる可能性はあるんですか?」

 

 私がそう聞くと、クィルガーは少し逡巡したあと声を潜めて言った。

 

「……おまえが見たアレはアルスラン様でさえその正体がわかっていないものなんだ」

「え……」

 

 意外な言葉に目を瞬く。

 

「おまえは一番最悪な可能性を考えているようだが、アレは俺たちがどうこうできるものじゃない。アルスラン様でさえ、手に負えないものだ」

「アルスラン様の意思であそこにあるものじゃないんですか?」

「ああ。詳しくは言えないがな。だからこそ俺はアレの謎を探りに世界各国の古い遺跡を巡っていたんだ」

 

 魔法陣があそこになぜあるのか、王様も掴めていないってことなんだろうか。だからクィルガーに調査をさせていた?

 魔法陣と王様が無関係ってことは、王様は魔女ではないのか。

 クィルガーの言葉を聞いて少し気持ちが落ち着いてきた。

 

「ではアレは本当にただただ誰にも見られてはいけないもの、ってことなんですね」

「ああ。だからディアナさえ口を閉じていれば済む話なんだ」

「あんなこと、誰にも言えませんよ」

「俺はおまえのその言葉を信じられるが、アルスラン様には難しいだろう」

「……逆にクィルガーはなぜそこまで私を信じてくれるんですか?」

「おまえは嘘をつくような奴じゃないだろ。それくらい見ていればわかる」

 

 クィルガーの答えに、私は思わず胸を押さえた。

 

「ディアナ?」

「……ううん、嬉しいんです。そこまで信じてもらえて……」

「とにかくアルスラン様を説得できるように手を尽くしてみる。おまえは安心して体を休めておけ」

 

 クィルガーはそう言って私の頭をポンポンと叩いた。

 その優しさに触れながら、私は胸の奥にモヤモヤしたものが広がっていくのを感じていた。

 

 

 

 

とんでもないことに気付いてしまったディアナ。

心の中は嵐のように波立ってます。


次は私の秘密、です。

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