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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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絶望からの機転


 ……目の奥がズキズキする。

 ああ……こういう感じで目が覚めるのもあの時と同じだ……。

 

 そんなことを考えながら私は少しだけ目を開けた。あの時より少し明るくはあるけど、どうやらまた例の金属の箱に入れられているらしい。くの字に寝かされた状態のまま箱の上部を見上げると、小型のガラス窓が一つだけ付いてあって、反対側の壁には小さな穴がたくさん空いているのが見えた。

 

 まるっきりあの時と同じだね。

 

 そう思ってしばらくじっとしていると、目の奥のズキズキが収まっていく。しかしそれと同時に喉に違和感を感じるようになった。

 

 なんか喉がヒリヒリして痛い。なんだろう? 意識を失う毒が喉に引っかかってるんだろうか。

 

 あまり音を立てないように手を動かし、喉を触る。怪我もしていないし、熱くもなっていない。

 

 なんだろう……おかしいな。

 

 おかしいと感じたのは喉だけではなかった。あの時は目覚めた瞬間にパンムーが目の前にすぐに現れたのに今回は出てこない。

 

 パンムー?

 

 横になったままスカーフの中に手を突っ込むが、手に触るのは私の髪の毛だけだ。私は少し上半身を起こして周りを見回した。

 

 ……パンムーが、いない?

 

 パンムーは怖がりだ。私が危険な目にあってる時はスカーフの中で私の頭を掴んでじっとしているはずだ。自分からどこかに行ったとは考えにくい。 

 

 ……なんかの拍子に、スカーフの中から落ちちゃったのかな。

 大丈夫かな、パンムー……。

 

 パンムーのことが心配になるけれど、自分が今一人ぼっちで囚われているということに気付いて急に心細くなってきた。

 

 私が急にいなくなったから、きっと騒ぎにはなってるよね? あのあと晩ご飯の時にみんなと演劇の話をする予定だったし……。

 ていうか今ってあれからどのくらい経ってるんだろう? もしかして何日も経ってる?

 

 そこまで考えてハッとする。

 

 そうだ、私には発信機があるし何日も経ってたらすでにクィルガーに助け出されているはずだよね。じゃあまだそんなに経ってないのかな。あ、ちゃんと発信機が作動しているか確かめなきゃ……。

 

 そう思って私はゴソゴソと首元に手を突っ込む。

 

「⁉」

 

 服の中でいくら手を動かしても、手に触れるものがなにもない。

 私は慌てて服の立襟の部分のフックを外して服の中を覗く。

 

 ……嘘でしょ。

 

 内心焦りながら音を立てないように服やマントを探るが、どこにもネックレスはなかった。

 

 ……まずい。めちゃくちゃまずい。

 

 パンムーもいないし、ネックレスもない。ということは発信機で知らせることも、魔石術を使って助けを呼ぶこともできないってことだ。

 自分の顔からサァッと血の気が引いていくのを感じて固まっていると、どこかからかカチャリと鍵が開くような音がした。慌てて横になり、耳をそば立てて聞いていると、コツコツと複数の足音が近付いてきて、この箱の前で止まった。私はさっと目を閉じて意識がないフリをする。

 

「……ふむ、まだ眠っているようだな。起きたとしても魔石もない状況ではなにもできぬであろう。このまま計画通りに進めそうだ」

「我が主もお喜びになります」

「其方らへの引き渡しは予定通り三時間後だ。ちゃんと金は用意しているんだろうな?」

「もちろんでございます。この娘と交換に、必ず」

「フン。こんな没落貴族の娘を欲しがるとは、其方らの主は変わっておるな」

「主にとっては必要な娘なのです」

「……そのわりに毒を使って意識を失わせたり、声を奪ったり酷いことをする……ああ、これをどう扱おうが私の知ったことではないな。この娘がアリム家からいなくなるという目的が果たせればあとはどうでもよい」

「では三時間後に受け渡しを」

「ああ」

 

 二人の男がそう言って箱から離れ、足音が遠ざかったと思ったら扉と鍵が閉められる音がした。私はしばらく動けなかった。さっきの会話の中で衝撃的なことを聞いたからだ。

 

 ……声を奪う?

 

 私は震える手で喉を押さえる。そして小さな声で「あー」と出そうとする。

 

「——」

 

 なんの音も発せられない。もう一度、さっきより大きな声で出そうと力を入れる。

 

「——」

 

 どうしよう……出ない。声が出ない。

 

 その状況に愕然として体が小刻みに震え出す。

 

 声が、出ない……。どうしよう、これじゃ助けを呼べないし、魔石を使うこともできない。それに、もし……もしこのまま一生声が出せなくなったら。

 

 そう思うとみるみるうちに涙が溢れぼたぼたとこぼれ出した。くの字の体勢のまま涙だけが流れ床の絨毯を濡らしていく。

 

 嫌だ。このまま声が出なくて一生歌えないのだとしたら、私は生きていけない。そもそも歌自体が禁忌だけど一人でいる時にこっそりと歌うことはできたのだ。それもできないなんてそんな……そんなのってないよ。

 

 絶望で目の前が真っ暗になる。涙を拭おうと左手を顔に近付けて、その手首にかかっているブレスレットが目に入った。ヴァレーリアがくれたファリシュタとお揃いのお守りだ。

 私はそのブレスレットを反対の手でギュッと握る。体が震えて止まらない。

 

 ヴァレーリア、クィルガー、助けて……っ。

 

 私はお守りを口元に当てながら泣き続けた。

 

 

 しばらくしてふと目が覚めた。あれから泣き疲れて少し寝てしまったらしい。箱の周りになんの気配もないことを耳で確かめて、私はむくりと上半身を起こした。

 泣きすぎたからか目の周りが腫れぼったく感じる。けれど泣くだけ泣いたら、少し頭が冷静になってきた。

 

 ちゃんと状況を把握しないまま感情に振り回されてちゃダメだよ。しっかりしなきゃ。

 

 まだ一生声が出ないと決まったわけじゃない。毒によって喉がやられているのなら解毒すれば治る可能性がある。このままテルヴァの元に連れて行かれたら終わりだが、とにかくここから出る方法を考えないといけない。

 まずはさっきの人たちの会話だ。二人のうち一方はアリム家と敵対しているアルタカシークの貴族で、もう一方はおそらくテルヴァだろう。どうやらアルタカシークの高位貴族とテルヴァが繋がっているらしい。

 

 二人は取引をしていた。私の身柄とお金の交換だ。テルヴァはこの貴族の手引きで学院に侵入し、私を攫い手に入れる。貴族は私がいなくなればアリム家の力を押さえることができ、さらにお金も手に入るという取引だ。

 

 私に手紙を出して前庭に呼び出したあの学生は、さっきの貴族の関係者なのかな。

 

 姿を見ていないのではっきりとは言えないが、貴族の男はでっぷりと肥えた中年男性っぽい声だった。テルヴァの方はザガルディの祠にいた男に比べて粘質さはあまりない執事っぽい声だ。

 貴族の男が「こんな没落貴族の娘」と言っていたことから私がエルフであることは知らないらしい。ということはテルヴァと取引していることも貴族の男は気付いていないのだろう。

 

 私の引き渡しは三時間後って言ってたよね。

 

 少し眠ってしまったのでさっきより時間がない。どうにかしてここから逃げる手段を考えるか、受け渡しの時に助けを呼べないか考えないと。

 そう思ってまずは自分の持ち物を確かめる。ネックレスは取られていたがスカーフもマントも服もそのまんまだ。いくつかある服のポケットを探っていると、筒のようなものが手に当たったのでそれを取り出す。

 

 あ、水流筒だ。

 

 水流筒の実験をするためにテクナから借りて、すっかり返すのを忘れていた。水流筒の他には飴が一つ入っているだけだった。飴を見た途端、お腹がぐぅと鳴る。夕食前に攫われたのでお腹がペコペコだ。

 私は飴の包み紙を開いてそれを口の中に放り込んだ。口の中にはちみつの香りと味が広がる。

 

 お腹が空いていたらいいアイデアも出ないからね。

 

 口の中でコロコロと飴を転がしながら、私は脱出策を考え出す。

 

 この箱は金属でできてるから大きな音を鳴らす? でも近くに味方がいなかったら意味ないよね。そもそもここはどこなんだろ? さっきの貴族の男の館なんだろうか?

 

 私はガラスの小窓から外を覗く。そこはアクハク石でできた部屋で天井の石から光が照らされている。ここから見える範囲に窓はない。

 

 うちの内密部屋に似ているからアルタカシークの貴族の館だねきっと。ということは王都の中にいるってことか。学院内ならクィルガーや学院騎士団の人たちがすぐにきてくれそうだけど、ここは城からどれくらいのところにあるのかな……。

 

 私がなにかしらの手段で助けを求めてもすぐに味方が到着する距離じゃないとダメだ。

 

 うーん……じゃあ受け渡しが行われてテルヴァに運ばれている間になにか手がかりを残す? ヘンゼルとグレーテルのパンくずみたいに。

 いやでもこの箱って密封されてるんだよね。ここからなにかを外に出すってことがまず無理じゃない?

 

 例えば水流筒で外に水を流そうとしても中にタプタプと溜まるだけだ。そんなことしたら溺死してしまう。箱の中で溺死する自分の姿を想像して「うえっ」っとなる。

 

 ……ん?

 

 そのイメージになにか引っ掛かりを覚えて私は口の中の動きを止めた。

 

 水流筒……水が溜まる……この前の事件で起こったこと。

 浴室でした実験……あの時、お水が温くなった……。

 

『あー! 声に出さない魔石術!』

 

 と私は心の中で大声をあげる。

 

 そうだ、水流筒の水に触れて心の中で命じると弱い魔石術が発動するんだ。それを使ってなにかできないかな……。

 お水を温くしたところでなんにもならないし、弱い衝撃の力ではこの扉は開きそうにないし、炎は出ないだろう……ていうかそんなことしたら私が危ない。

 赤以外の魔石術も使えるのかな? 使えるとしたらなにがある?

 黄色は引力の力だからあまり役に立ちそうにはないね。青色は浄化と洗浄と解除……あ、解除って使ったことないけどこの扉に使えるかな? 緑色は癒しと強化か……あの時みたいに足に強化をかけてみる?

 

 とりあえず解除と強化の魔石術が使える気がする。早速やってみようと水流筒を手に持って、ハッとした。

 

 いやいやいや、その力が使えてこの箱から出たってすぐに捕まっちゃうよ。

 

 声に出さない魔石術は弱い。この水流筒を持って逃げたとしても温いお水を出せるだけで武器にならない。魔石術が使えない私なんてただの非力な子どもだ。見つかったらあっという間に捕まってしまう。

 

 もっと違う方法を考えないとダメだよ。私が逃げるんじゃなくて、私の居場所を誰かに知らせて助けに来てもらった方が絶対にいい。

 ああ、もう! 私のネックレスさえあれば透明魔石でクィルガーに繋げることができるのに!

 

 私はテルヴァの用意周到さにぐぬぬと拳を握る。右手に持っていた水流筒がプルプルと小刻みに揺れている。私はそれを見つめながら「あ」と心の中で呟く。

 

 ……透明の魔石術はどうなんだろう?

 水流筒の弱い魔石術で透明の魔石術は使えるのだろうか?

 もし使えたら誰かと繋がることができるんじゃない?


 自分で閃いた発想にポンと手を打つ。やってみよう、と水流筒のミニ魔石に手に触れようとしたところで外から声がした。私は動きを止めてその会話を聞く。

 

「おい、あと三十分したら裏口に移動させるらしい」

「わかった」


 どうやらこの部屋の外で見張りをしている人たちらしい。思ったより時間がない。私は水の出る音が外に聞こえないように水流筒の先端を床の近くに向けて起動した。水に濡れるのが嫌なのでお尻を浮かせてしゃがむ姿勢になる。

 水流筒からどんどん水が溢れだし、箱の中に溜まっていく。二センチほど溜まったところで水に手をつけて目を閉じる。透明の魔石術が使えるなら自分の中の音が聞こえるはずだが、赤の魔石の音が微かにするだけで自分の音はさっぱり聞こえない。

 

 もしかしてこれ、赤の魔石術しか使えない?

 

 そういえば魔石のない状態で赤以外の魔石術を試してみたことはないんだった。

 

 うう……不安になってきたけど、やるしかない。

 

 私はそのあとも水を溜め続けた。しゃがんでいたお尻に水がつき、そしてお腹のところまで水が溜まる。自分の中の音はまだ聞こえない。

 

『シャファフ』

 

 と心の中で魔石の名を呼んでみてもダメだった。お腹の上まで水が上がって来たところで背面の壁から「コポコポコポ」と音がした。振り返って見てみると壁に空いたたくさんの小穴に水が入っていっている。

 

 これって多分この箱に空気を入れるための穴だよね。

 

 どういう仕組みなっているかわからないが、この密封した箱でも窒息しないように酸素を送る装置がこの穴の向こうに設置されているんだと思う。

 

 つまりこの穴が全部埋まったら私は窒息しちゃうってことだね。

 

 小さな穴はちょうど私の首あたりの高さまで開いている。このギリギリのところまで水を溜めても透明の魔石術が使えなかったら終わりだ。少しずつ息が苦しくなって死ぬか、さっきの人たちに見つかってまた毒を使われるかどっちかだろう。

 

 お願い、シャファフ、反応して……!

 

 私は祈るような気持ちで水を溜めていく。

 そして箱の中の水が胸の上あたりまできた瞬間、自分の中からドの音が聞こえてきた。

 

「!」

 

 小さいけれど、確かに鳴っている。私は透明の魔石術を使う時みたいに、自分の音が溜まっている水に移っていくように意識しながら、心の中で叫んだ。

 

『クィルガーに繋げて!』

 

 すると水面が一瞬ファッと光り、そこから一筋の細い糸のような白い光が上に向かって放たれた。細い光は途切れそうになりながらも箱の上部を突き抜けていっている。

 

 繋がりの魔石術が発動した!

 

『クィルガー! 私はここにいます! クィルガー!』

 

 何度も心の中でクィルガーの名を呼んでみるが、クィルガーに繋がっているかは確かめようがない。魔石術の力が弱いので、特定の人に繋げることができるかどうかもわからないのだ。

 

『クィルガー助けて! 私はここにいます!』

 

 私は必死に透明の魔石術に向かって心の中で叫ぶ。

 

『細くて弱い光だけど、気付いて!』

 

 そんなふうに何度も叫びながら光を放ち続けていると、ふいに頭の中に声が聞こえた。

 

「誰だ?」

 

 遠い場所にいるような小さな声だが、その声の正体がわかって私は思わず叫んだ。

 

『アルスラン様⁉』

 

 私の繋がりの魔石術を掴んでくれたのは、王様だった。

 

 

 

 

声が出なくて絶望したものの、

なんとか立ち直りました。

ディアナの魔石術に応えてくれたのは王様でした。


次は王との繋がり、です。

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