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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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解決と手紙


『…………ディアナ』

「ご……ごめんなさい……」

 

 本気の怒りを含んだ声を聞いて私は咄嗟に謝った。

 

 怖い……怖すぎる!

 

 私は今、説教部屋に呼び出されていつも通りの無表情のソヤリの前に座り、その腕輪から聞こえてくるクィルガーの恐ろしい声を聞いていた。

 

『俺がなんで怒ってるのか本当にわかってんのか?』

「わかります……友達にも散々怒られましたから……」

 

 私はそう言ってしょんぼりと視線を落とす。

 

 

 先日、魔石装具発表販売会で起こった事件は瞬く間に学生の間で噂になった。私とレンファイ王女に嫌がらせをした人が捕まったということで、王女に対する社交パーティ事件への関与を否定できたのは良かったのだが、犯人を捕まえるために私が囮になったという話も広まってしまったのだ。

 

「ディアナ! なんて危ないことをしたんだ!」

「本当だよ! もし怪我してたらどうするつもりだったんだ!」

「ディアナ……どうして相談してくれなかったの?」

 

 と、それを聞いたハンカルとラクスとファリシュタに次々と怒られた。ただ怒られるだけならいいが、ファリシュタは私が一言も相談せずに実行したことに「私が頼りないからだよね……」と落ち込んでしまったのだ。これには参った。

 

「ごめんねファリシュタ。ファリシュタを傷付けるつもりはなかったんだよ。今回は先生や騎士団の協力があったし、もしみんなを巻き込んで怪我をさせちゃったら嫌だなって思って言えなかったの……ごめん」

「ディアナ、その気持ちはわかるが、逆にもしなにも知らされず友達が危険なことをしていたらディアナはどう思う?」

「……なんで言ってくれなかったの、って思う……」

「俺たちは今そういう気持ちなんだよ」

「うう……ごめんなさい」

 

 本気で心配して怒ってくれているみんなに、私は素直に頭を下げた。……この世界で頭を下げるのが謝罪の意味になるのかはわからないけど。

 それを見たラクスがハァッとため息を吐いて組んでいた腕を解く。

 

「まぁ、とにかく無事でよかったよ。犯人は捕まったんだし、これでディアナも自由の身だな」

「……そうだね」

「もう嫌がらせは起こらないってことだよね?」

 

 ファリシュタが眉尻を下げて私に確認する。

 

「うん。嫌がらせはもうないよ。犯人が使っていた魔石装具は回収されたし、アラディナさんからも他に気になる気配は感じないって言われたから」

 

 犯人が無事に捕まったということで、アラディナの護衛も解除された。寮長室で「お世話になりました」と言うと「ディアナは度胸があるから騎士の訓練もしてみたらどうだ?」とアラディナに勧められてしまった。私は演劇クラブで楽しくやっていきたいだけなので丁重にお断りした。

 

 なんで騎士気質の人はみんな私に訓練を勧めてくるんだろう……。

 

 そんなことを思い出していると、ハンカルがふぅ、と息を吐いて口を開く。

 

「じゃああとは学年末テストへ向けて勉強するだけだな」

「そうだね。あと来年から始まる演劇クラブの活動内容も決めていかなきゃ」

「もう始まることは決定してるんだな」

「もちろんだよハンカル。学年末テストを落とす気はないからね」

「また練習室で集まるか」

「うん」

 

 

 

 そんなことを話した次の日、部屋にソヤリから手紙が届いて私は慌てて説教部屋へ向かった。手紙には「今回の事件の報告をします。それと、クィルガーが怒ってます」と書いてあったので、私は胃の辺りを押さえながらここにやってきたのだ。

 案の定、ソヤリと挨拶を交わした瞬間に通信の魔石装具の向こうから『なにやってんだこの馬鹿!』と怒られて、私はそこから謝り倒した。

 

「その……そちらにもちゃんと連絡がいってるものだと思ってたんですよ……」

「ガラーブからオリム様に話があって、オリム様から私に報告が届いたのが発表販売会当日だったのです」

 

 ソヤリが冷静に説明してくれる。

 

「まぁ、報告が事前に届いていたらクィルガーが会場に乗り込んでいたでしょうから、今回はこれでよかったのかもしれません」

『よくねぇよ』

 

 クィルガーが来ていたら絶対作戦通りにいかなかっただろうな……。

 

「ではクィルガーの用件はこれで済みましたね。切りますよ」

『あ! おい! なんで切るんだよ』

「貴方は仕事に戻ってください。ディアナへの報告は私だけで十分です」

『ちょっと待て! ディアナ』

「は、はいっ」

『終業式が終わって帰ってきたら今回の件がどれだけ危険なことだったのか、一から百までみっちり説明してやるからな』

「えー」

『えーじゃない! 本当におまえは……』

「切りますよ」

『あ』

 

 クィルガーの通話の途中でソヤリが通信を切ってしまった。「全く、うるさい男です」と相変わらずの無表情で呟いて、ソヤリは私に向き直る。

 

「先日の事件についてのカミラの事情聴取が終わりました。貴女はこの犯人の被害者なのでその詳細を知る権利がありますが、どうしますか? 中には彼女の処分についての話もありますが全部聞きますか?」

 

 ソヤリがそう確認を取ってくるということは、それなりに重い処分になったのだろう。

 

「……聞きます。この先同じことが起こらないように、なんで自分が狙われたのかはっきり聞いておきたいので」

「わかりました。では先に下された処分についてさっさと話しておきましょう。カミラは学院を即刻退学、アルタカシークから強制退去、ということで出身国のザガルディに戻されることになりました。その先の処分はザガルディ側に一任しています」

「国外退去、ということですか」

 

 それって退学だけで済んだってことなのかな。

 

「……貴女は楽観的に捉えているようですが、ザガルディで下される処分はこちらのものより重いものになるでしょう」

「え……そうなんですか?」

「貴女はともかく、大国のリンシャークの王族をはめようとしたのです。通常ならば即処刑です」

「うえっ」

「ただ学院長であるアルスラン様が処刑をせずにザガルディ側に戻したことで、ザガルディは処刑に代わる重い罰を下さなければならなくなったのです」

「……どういうことですか?」

「学院内で事件を起こしたのはザガルディの学生です。王の保護下である学院でそんな不祥事を起こした学生を輩出したザガルディに、アルスラン様は『どう責任を取るつもりだ?』と犯人を突き返したのですよ」

 

 私の頭の中で怖い人が「おめぇのとこのガキがうちの島でこんなことしでかしたけど、どう責任とるつもりじゃ? ゴラァ」と凄んでる姿が浮かんだ。

 

「……つまりアルスラン様は激おこってことですね」

「激おこ? ……まぁそういうことでザガルディはアルスラン様を納得させるため、カミラに重い罰を下すことになると思います。おそらく彼女は貴族としての資格を剥奪され、どこかに幽閉されて生きることになるでしょう。表舞台には二度と戻れません」

「そうですか……」

「本来はリンシャーク側とも意見を合わせて処分を決定するのですが、今回はレンファイ様があまり大事にはしたくないと考え、もう一人の被害者であるディアナが犯人を捕まえたということからアルスラン様に処分を一任したそうです」

「レンファイ様が……」

 

 もしリンシャーク側も巻き込んで話し合いということになったら、彼女は即処刑だったのかな。

 うわぁ……貴族社会怖い。

 

「犯人の処分についてはわかりました。それで、動機はなんだったんですか?」

「貴女の推測通り、彼女はイバン様に強い恋情を抱いていたようです。幼い頃から憧れ続け、高位貴族であることからいつかイバン様の妾になることを夢見ていたようですね」

「め、妾ですか⁉」

「イバン様の妻になるのは他国の王族の可能性が高いですからね。高位貴族の女性にとっては妾になることが最大の目標なのですよ」

 

 おお……妾って愛人のことだよね……イバン様の愛人になるのが目標とか私には絶対にわからない価値観だ。それだけイバン様のことが好きだったということなのかな。

 

「でも嫉妬心があったとはいえなぜレンファイ様や私に攻撃してきたんでしょう? レンファイ様は王様になるからイバン様とは結婚できないし、私みたいなこんな子どもはそんな対象に入らないでしょうに」

 

 私とイバン王子が仲良く喋っていたって仲のいい兄と妹って感じにしか見えないと思う。

 

「どうやらカミラの実家の力が弱まってきて妾への道も閉ざされていたようです。その悲しみに囚われてイバン様に近付く女性を無差別に敵視していたみたいですね」

 

 うへぇ……恋とは恐ろしい……。

 

「あの……このことをイバン様は……」

「今回のことは王同士で話し合われるようなので、その詳細をイバン様が聞かされるのかはわかりません。軽く説明はされるかもしれませんが」

 

 レンファイ王女が関わってることだし、王子なら自分から聞きにいきそうだな……。

 

「動機については以上ですね。それよりもカミラが使っていた声に出さない魔石術の報告の方が我々にとっては重要です。彼女は魔石装具クラブで水流筒の研究をしていた時に偶然発見したそうですが、ディアナはどうやって気付いたのです?」

 

 私は浴槽に溜めた水から音が聞こえたこと、手を入れて心の中で命じたら弱い魔石術が発動したこと。ガラーブとテクナ先生と実験をして魔石を浸ければ声に出さなくても魔石術が発動することを話した。

 

「なるほど……エルフであり、特級である貴女ならではの気付き方ですね」

「テクナ先生はこれから研究すると鼻息荒く言っていましたけど……」

「全く新しい発見ですからね。テクナには王からも急いで研究を進めるように指示が出されました。ただ、これについてはまだ誰にも言わないように、とのことです」

「……今回みたいに悪用される可能性があるからですか?」

「そうです。幸い水流筒はまだ発売されていないものなので、その対策をテクナが見つけられればそれから売り出すことになるでしょう。今回の事件でこのことを知っているレンファイ様やガラーブたちにも他言無用だと言ってあります」

「わかりました」

 

 ファリシュタやラクスやハンカルに事件について聞かれた時に「詳細は事情聴取が終わってからでないと言えない」と説明していてよかった。声に出さない魔石術についてはまだ誰にも言わない方がいいと思っていたのだ。

 

「カミラの説明で貴女に行っていた他の嫌がらせの方法も全て明らかになりました。おおよそ貴女やテクナが実験した通りだったようです」

「そうですか……当たっていましたか」

 

 あんなことを考えて実行できる頭があるのなら、それを嫌がらせ以外のことに活かせばよかったのに……。声に出さない魔石術を発見したんだから、そちらの方面でかなり評価されていたはずだ。

 

 ソヤリは手元に広げていた紙束をまとめてトントンと整える。

 

「貴女への報告は以上です」

「……あれ、そういえばあれはどうやったんでしょう?」

「あれとは?」

「シムディア大会の時に剣が私の方に落ちてきた件です。多分魔石術を使ったんだと思うんですけど」

 

 と言った瞬間、ソヤリの顔がとても怖い笑顔になった。

 

「そのような話は聞いていませんが?」

「え……あ」

 

 しまった。魔石装具での嫌がらせについてばかり考えていたから、シムディア大会で起こったことを報告し忘れていた。

 私は冷や汗をかきながらその件についてソヤリに報告する。彼の笑顔がどんどん深まっていく。

 

 ぎゃー! 怖い!

 

「本当に貴女は……」

「ごめんなさいっすみませんっ反省してますっ」

 

 私が机に頭をつけて謝っていると、ハァ……とため息をついてソヤリが言った。

 

「終業式が終わったらたっぷりクィルガーに怒られてください。シムディア大会の件については急いでカミラに確認を取りましょう」

「よろしくお願いします……」

 

 

 ソヤリとの面会を終えて私は足取り軽く校舎の外に出た。怒られはしたが、何はともあれ事件は解決した。あとは学年末テストに向けて勉強するだけだ。

 演劇クラブの設立という今年度のゴールがすぐそこまで来ていることに、心が躍って仕方がない。

 

「ああー演劇クラブができたらどうしよう、なにしよう!」

 

 三十人近くのメンバーの中でどれくらいの人が役者志望だろう? どんなタイプの人がいるのか知りたいし、終業式前に一回集まってもらうのもいいかもしれない。

 

 その人たちに合わせてどんな劇にするのか考えなくちゃいけないし、二年生が始まるまでの夏休みは忙しくなりそうだね。あ、クィルガーとヴァレーリアの結婚式もあるんだった! うわぁ、楽しみだなぁ。

 

 フンフンフーンと心の中で鼻歌を歌いながら寮に戻る。こうやって護衛なしで歩けるのも一ヶ月以上ぶりだ。なんという開放感。

 まだ寒い三月の午後の空気を吸いながら私はスキップして部屋に戻った。

 

「……ん?」

 

 鍵を開けて部屋の扉を開くと、床に紙が落ちていた。私はそれを拾いながら部屋の中へ入る。簡単に糊付けされたそれを開くと中に文字が書いてあった。

 

「『演劇クラブについて詳しく知りたいのですが、人見知りで直接声をおかけすることができませんでした。もしよければ会って話をしていただけませんか? 夕食前の五時に寮の前庭のチカの木の下で待ってます』」

 

 おお、これは入会希望の人からかな?

 

「人見知りってことはファリシュタみたいに内気な人なのかな……。これはちゃんと会って勧誘したいね」

 

 そうして約束の夕方、私は寮の前庭にやってきた。夕暮れの空は茜色に染まっていて、高い木々に囲まれた前庭の中は結構薄暗い。外で話をするにはまだ寒い時期なので前庭には他に誰もいなかった。

 

 チカの木ってこれだよね? ここにいたらいいのかな?

 

 チカの木はシイノキによく似た木でドングリのような実をつける大きな木だ。前庭には一本だけ植えられていてとても大きくて目立つので、よく待ち合わせ場所に使われている。

 しばらく待っていると、後ろから声をかけられた。

 

「すみません、遅れてしまって……」


 振り向くと、俯き加減の茶色の髪をした男子生徒が立っていた。

 

 おお、男の人だとは予想外だ。

 

「ええと、貴方がこの手紙を?」

「あ、はい……そうです。あ、あの……こんなところに呼び出してすみません」

「いえいえ、いいんです。えっと、演劇クラブに興味があるんですか?」

「……」

 

 そう聞くと男子生徒は下を向いて黙ってしまった。

 

「……あの?」

「……ふふ、演劇クラブに興味? そんなのあるわけないじゃないか」

「え?」

 

 驚いて見ていると、男子生徒はクッと顔を上げる。そこには気持ちの悪い笑みが張り付いていた。

 

「没落貴族のおまえが作るクラブに、なぜ高位貴族の僕が入らなければならないんだ。冗談もほどほどにしてくれ」

 

 男子生徒がそう言い放った瞬間、私は何者かに後ろから羽交い締めにされ、口元に布を押しつけられた。

 

「‼」

 

 その匂いには覚えがあった。

 前に攫われた時の、あのテルヴァの毒だ。

 急激に意識が遠のいていく感覚に襲われながら、私はこの男子生徒の声を思い出した。

 

 『元は没落した貴族のくせに……』

 

 入学式の日に聞いた、あの声だ……。

 

 そこで私の意識は暗闇に飲まれた。

 

 

 

 

次は 予感と怒り クィルガー視点、です。

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