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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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魔石装具発表販売会


 大砂嵐が過ぎ、魔石装具クラブが主催する魔石装具発表販売会の日がやってきた。私はアラディナと二人で会場である大講堂に向かう。

 他のみんなは「自分で買えるほどお金を持ってないし、今回展示される魔石装具は授業で見たものばかりだからいい」と行くのを見合わせた。

 私としてはそうなって少しホッとしている。

 

 ……今日は、勝負の日だからね。

 

 大講堂に入ると、ほどほどの賑わいだった。魔石装具の種類分のブースが用意されていて、その前に学生がたくさん集まっている。展示されているところと購入するところは別々にされているらしく、会場の端には机が一列に並べられ、会計係の学生が注文を受けている姿が見えた。会計の後ろには魔石装具の在庫が並んでいる。

 お金のやり取りがあるからか、会計の周りに学院騎士団の騎士が待機していた。

 

 私は会場をぐるっと見回して大体の配置を確認する。ブースは左から携帯灯、送風筒、水流筒、熱放筒と暖房灯という並びで展示されていた。

 

「さて、どこから見ようかな……」

 

 私は目の端に水流筒のブースを捉えつつ、左端の携帯灯の方へ向かう。

 

「魔石装具の定番、携帯灯です。デザインも豊富なので見ていってください」

 

 ブースの受付を担当している魔石装具クラブのメンバーが声をかけている。ブースに並べられている携帯灯を見ると、いつもの筒状のものとは違うものが何個もあった。

 

「わぁ、こんなに小さいものもあるんだ」

 

 通常の携帯灯の半分くらいの大きさのものもある。

 

 これなら旅に出た時もかさばらないし、非常時とかにいいよね。

 

 他にランタン型になっているものや、卓上用の携帯灯が陳列されていた。

 

「あのー、この携帯灯のもっと大きいやつってありますか?」

「大きいもの、ですか?」

 

 私の質問に受付の男子生徒が首を傾げる。

 

「携帯灯の明かりで人一人を照らすことができるようなものが欲しいんです」

 

 そう、私が欲しいのは舞台用のスポットライトだ。身振り手振りで説明をする私のことを見て受付の人は首を捻る。

 

「うーん、そういうのはないなぁ。そもそもそんなに大きかったら携帯するの大変じゃないか?」

「ああ、まぁそうなんですけど、携帯することを前提にしたものではないですし、どこかに固定してもいいのでそういう大きい明かりが欲しいんですよ」

「そんなもの、なにに使うんだい?」

「舞台で人を目立たせる時に使うんです。例えば……あ、そうだここの展示にも使えますけど、こうやって陳列している商品に上から明かりを落とすと……」

 

 私は目の前に展示されている携帯灯に他の携帯灯を使って上からカッと光を照らす。

 

「他に展示してるものに比べてこれだけ浮き上がって見えませんか?」

「あ! 本当だ……見える」

「これの、人を照らすバージョンが欲しいんです」

「……そうすると、かなり大きなものになるな……」

 

 受付の人はそう言うと腕を組んで考え出した。基本的に魔石装具クラブの人は研究肌の人が多いみたいだ。

 

「まぁ、大きくするだけなら比較的簡単にできると思うけど……完成したら君が買ってくれるのかい?」

「そうですね……買いたいですけど、今はまだ確約はできません」

 

 演劇クラブが発足できるのか、どれくらいの予算がつくのかまだわからないのだ。

 

「うーん……使用目的がいまいちよくわからないからすぐに作ることはできないと思うけど、一応テクナ先生に報告しておくよ」

「ありがとうございます」

 

 私は次に送風筒のブースへ向かう。送風筒の形はいつもの一種類しかないが、需要はあるらしく結構見にきている学生が多い。

 

 冷風だけだけどドライヤーは欲しいもんね。あ、これの形ドライヤーみたいにくの字型にしたら持ちやすいですよって提案した方がいいかな?

 

 私がそう思って受付の方へ行こうとすると、後ろから声をかけられた。

 

「ディアナも来ていたのか」

 

 振り返るといつもの爽やかな笑顔をたたえたイバン王子が立っていた。

 

「イバン様」

「なにを見ていたんだ?」

「面白い魔石装具がないか見にきたんですけど、このブースは人が多くてびっくりしました」

「送風筒は存在は知られていたが、売買はずっとアルタカシーク限定だったからな。今年から他国の者も買えるようになったから人が集まってるんだ」

「そうなんですね」

「ディアナは買わないのか?」

「うちの家にはもうあるので……。それより演劇に使えるものを買うのが先です」

「ははは、相変わらず演劇第一だな、ディアナは」

「はい。そこは譲れないので」

 

 私がそう言って胸を張ると、イバン王子の後ろに控えていたケヴィンが「イバン様の前でそんなポーズをとるな」と顔を顰めて言ってきた。どうやら王子様に向かってするポーズではないらしい。

 そのまま王子は送風筒を買いに販売のブースの方に行ったので、私はそのまま隣の水流筒のブースへ移動した。

 

 水流筒のブースは他とは異なっていて、水流筒が展示された机がいくつかあり、その机の前の台に大きな水槽が用意されていた。見にきた人が水流筒を持ってその水槽に水を流している。

 水流筒はまだできたばかりで売り出されていないからか、送風筒のブースに比べると人はまばらだった。

 

 今なら……いけそうだね。

 

 私は後ろのアラディナを振り返る。アラディナは私と目が合うと、わずかに頷いた。

 私はゆっくりと水流筒のブースの一番奥にある机に向かう。そこには男女の魔石装具クラブのメンバーが受付をしていた。私は女性の受付に声をかける。

 

「少し試してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 女性は机の上に置いてある水流筒を一つ持ってこちらに回り込んで渡してくれる。私はそれを受け取って水槽の前に立った。

 

「おいおまえ、ちょっとこっち手伝え」

 

 と、その時ブースの裏からテクナ先生の声がして、受付をしていた男性が「は、はい!」と答えて裏の方へ向かう。私はそれを横目で見ながら水流筒を起動させた。

 

「わぁ、本当にたくさん水が出るんですね」

「ええ、赤いミニ魔石によって水の量と勢いが増すので短時間で水を溜めることができるんですよ」

「どれくらいの量溜められるんですか?」

「五分で百ルットルくらいね」

 

 ルットルとはこっちの体積の単位だ。リットルと似ているので覚えやすい。そんなことを話しながら水を流していると、アラディナが「ディアナ、少し離れる。戻るまでここにいてくれ」と言ってブースから出ていってしまった。

 仕方がないので受付の女性と水流筒について話をする。仕組みについて質問すると急に饒舌になって説明してくれるので、私は途中から頭の中がハテナマークだらけになった。

 

「ディアナ」

「え? あ、レンファイ様」


 そんな時、私の横にレンファイ王女がお付きの人とともにやってきた。

 

「レンファイ様もこれを試しにきたのですか?」

「いいえ、それは以前にも触ったからいいの。さっきイバンと喋っていたでしょう? 私も貴女と話がしたくなったからきたのよ」

「レンファイ様……嬉しいです」

 

 私がにへらっと笑うとレンファイ王女も微笑んでくれる。

 私は水流筒を起動させて水を流しつつ、レンファイ王女に向き直る。

 

「さっきイバン様ともお話ししてたんですけど、レンファイ様も送風筒は買われたんですか?」

「ええ、もちろん買ったわ。リンシャークの女性は髪が長い人が多いから、とても需要があるのよ」

「そうなんですね」

「ディアナはなにを見にきたの?」

「私は主に演劇に使えるものがないか見にきました。送風筒もそうですけど、この水流筒みたいなものも……」

 

 私はそう言って右手に持っていた水流筒を持ち上げてレンファイ王女に向ける。

 

 次の瞬間、

 

 ボンッ!

 

 という音とともに水流筒から熱湯が吹き出した。「きゃあ!」と言う声がレンファイ王女のお付きの人から上がる。

 モウモウと水蒸気のようなものが舞い上がり、辺りを包む。

 

 それが収まって現れたのは、全く濡れていないレンファイ様と、びしょ濡れで床に尻餅をついた受付の女性の姿だった。女性は驚いた顔で目を見開いている。

 

「捕えろ」

 

 という声が聞こえ、ブースの裏からやってきた騎士団によって女性は後ろ手を拘束される。

 

「……! ……なっ」

 

 まだ状況が飲み込めない女性は狼狽して私を見上げる。私の持っている水流筒は彼女の方を向いていた。

 

「あなたが犯人なのですね……」

 

 私は水流筒を持つ手を下ろし、一歩彼女の方へ歩く。「ディアナ、それ以上近付くな」と実は近くに控えていたアラディナに肩を掴まれた。

 

「なぜ……」

 

 騎士からマントをかけられた女性がわけがわからないという顔をする。

 

「レンファイ様と喋りながら、同時にあなたの動きも窺っていたのです。あなたが赤の魔石をネックレスから取り出し、この水槽に浸けたのが見えた瞬間、この水流筒をあなたの頭上に向けたのですよ」

「……! な……こ、これはまだ誰にも……」

「そうです。今まであなた以外は誰も知らなかった。でも私は気付きました、この水流筒で溜めた水にはたくさんのマギアが含まれていることを」

 

 それを聞いた女性が信じられないという顔をする。

 

「私に嫌がらせをしたのも、社交パーティで事件を起こしたのもあなたなんですね」

「……っ。ち、違う。私はなにも……し、証拠はあるの? あなただけが見たことなんて誰も信じないわっ」

「残念ながら、おまえを見ていたのはディアナだけじゃねぇ。俺も、騎士団の連中もおまえが赤の魔石を取り出したところを見ている」

 

 そう言って女性の後ろからテクナ先生が現れた。女性の目が今までで一番大きく見開かれる。

 

「本当は信じたくなかったが……現行犯でここまでやられちゃ認めるしかねぇ。カミラ、なぜこのような馬鹿な真似をした。なぜ俺の大事な魔石装具をこんなくだらねぇことに使ったんだ」

 

 静かだが、相当な怒りを含んだ凄みのある声で、テクナ先生はカミラと呼ばれた女性を睨む。先生に見られていたというのが効いたらしく、カミラは絶望したような顔になり、がくりと項垂れた。

 

「わ、私は……私はただ……」

 

 カミラは呆然としながらふらっと顔を上げ、そしてなにかに気付いて再び顔を伏せた。そして後ろ手を拘束されたまま、肩を震わせて泣き出す。

 私は彼女が見た視線の先を確認する。そこには、周りに集まった学生たちに混じってイバン王子が立っていた。

 

 ああ、やっぱりそうか……。

 

 私は自分の予想が当たっていたことを知ってそっとため息を吐いた。

 

 

 

 数日前、ガラーブとテクナ先生に水流筒の水を使えば声に出さずに魔石術が使えることを報告した。テクナ先生は「はぁぁぁ⁉」と大声を出して驚いていたが、私が寮長室にあった花瓶に水流筒の水を入れ、手を突っ込んでぬるいお湯にすると「嘘だろ……」と頭を抱えた。

 私が赤の魔石を持っていないのでそれ以上の実験はできてないというと、ガラーブが自分の赤の魔石をブレスレットから取り出して花瓶の水に浸けた。

 そして口には出さず「熱湯を」と命じてもらうとボン! という音とともにお湯と水蒸気が吹き出したのだ。

 

「思った通りですね……」

 

 私は自分の推測を二人に話す。今の現象は社交パーティに起こった事件によく似ていること、もしかしたらレンファイ様を困らせようと犯人が仕組んだことかもしれないこと。

 

「社交パーティの事件の犯人とディアナに嫌がらせをしていた犯人は同一だというのか?」

「はい。そして私とレンファイ様で共通しているのはイバン様ではないかと気付いたのです」

「イバンだと?」

「社交パーティの時にレンファイ様の横にイバン様がいたんですよね? あのお二人は一見大国同士で張り合っているように見えますが、注意深く見ていると実は仲がいいということがわかります。そして私もイバン様と仲良くさせていただいてます」

「じゃあ犯人はイバン様と仲がいい女性に嫉妬してこんな嫌がらせをしたと?」

「おそらく……」

「信じられねぇ……ただの嫉妬でそんなことするのか? ディアナはともかく、レンファイは大国の次期国王だぞ? バレたらどうなるか考えたらわかるだろう」

「なぜそこまで思い詰めたのかは私にはわかりません。ただその可能性が高いということです」

「テクナ……社交パーティの日にレンファイ様に魔石装具を渡した魔石装具クラブのメンバーは誰かわかるか?」

「……その時の調査で話をしたからな」

 

 テクナ先生はそう言うとはぁぁぁ、とため息を吐いた。

 

「まさかあいつが……ああ、そうか、あいつザガルディの高位貴族か……」

 

 先生には犯人の目星がついたようだ。

 そしてその後はどうやって犯人を捕まえるか話し合った。口に出さずに魔石術を使うので現行犯でないと捕まえられないことから、私が囮になって魔石装具発表販売会の日にその犯人に接触することになった。

 アラディナを含めてみんな危ないからダメだと反対したのだが、犯人のやり方は把握できているのだ。タイミングを間違わなければ大丈夫だし、失敗して私にお湯がかかっても、私の目の前で実行した時点で捕まえることはできる。

 

 まぁでも熱湯がかかるのは怖いからめちゃくちゃ集中するけどね。

 

 そして話し合った結果、学院騎士団とレンファイ様にも協力してもらうことにした。当日は確実に私に嫌がらせをしてもらわないと困るのだ。レンファイ様とちょこちょこイバン様の名前を出しつつ談笑するという作戦だ。

 レンファイ様は私の推測を聞くと「私にも関係のあることだから協力しましょう」と快く引き受けてくれた。ただお付きの人は「もし失敗して熱湯がレンファイ様にかかったらどうするのです?」と最後まで難色を示していたけれど。

 

 

 

 カミラが立たされ、騎士団に連行されていくのを見ながら私はさっきのことを思い出す。

 

 送風筒のところでイバン様に話しかけられたのは予想外だったね。でもあのおかげでこの作戦がうまくいったのかもしれない……。

 

 隣のブースから私とイバン王子が仲良く喋っているのを彼女は見ていたはずだ。きっとその時から、はらわたが煮えくり返っていたに違いない。

 

 結果的に犯人に嫌がらせを促す形になっちゃったけど、こっちも命の危険を感じたんだもん……仕方ないよね。

 

 だが連れていかれる彼女の後ろ姿を見ると、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。

 

「ディアナ……どうしたの?」


 浮かない顔をしている私にレンファイ王女が声をかけてくれる。私は軽く首を振って言った。

 

「……いえ、なんでもありません。レンファイ様、ありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらよ。これで社交パーティでの疑いが晴れたんですもの。……ディアナには助けてもらってばかりね」

 

 レンファイ王女はそう言って私に微笑んだ。

 

 

 

 

ディアナの囮作戦で犯人が捕まりました。

会場では犯人の動きをテクナと学院騎士団が追っていました。

一緒に受付にいた男子生徒は何も聞かされていなかったので

驚いてます。


次は解決と手紙、です。

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