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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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大砂嵐


 その日、学院内は朝からざわざわと慌ただしい雰囲気に包まれていた。一年に一度訪れるという大砂嵐の日が今日の夕方からだと発表されたのだ。

 入学する前にクィルガーから「砂漠からやってくる砂嵐に王都全体が包まれる日」だと教えてもらってはいたが、大砂嵐がどんなものか私は全然ピンときていなかった。けれどこの学院の慌ただしさを見ると、かなり大変な自然現象だということがわかる。

 

 授業が早めに切り上げられ、寮の前に帰ってきた私は口をあんぐりと開けてその光景を見ていた。

 

「まさか学院内の建物の窓や出入り口が全て封鎖されるなんて思ってなかったよ」

「今ごろ王都の住民たちも防砂作業に追われて大変なことになってると思うよ」

 

 ファリシュタがそう言って心配そうな顔をする。特にファリシュタの実家のような農家は農作物の保護をしないといけないので予報が出た日は大変なんだそうだ。

 

「もっと早くに予報が出ればいいのにね」

「大砂嵐の兆候が、発生する六時間前くらいにしかわからないから仕方ないよ」

「うちの家大丈夫かなぁ。昼間に家にいる魔石使いってヴァレーリアしかいないし……」

「学院は魔石使いがたくさんいるから楽な方だよね」

 

 ファリシュタの言葉に私は目の前で徐々に閉じられていく寮の窓を見上げた。学院内の建物には、通常のガラスの窓に加えて、もう一枚木で作られた分厚い砂よけ窓が設置されている。普段は雨戸のようにガラス窓の横の壁に隠されているが、大砂嵐の時だけ表に出されるのだ。

 砂よけ窓の通る床には金属のレールが引かれているが、こんな分厚くて重そうな木の窓をどうやって移動させるんだろう……と思っていたら、黄の魔石術で引っ張るんだと聞いて私はポンと手を打った。

 

「黄の魔石術ってやっぱり便利系が多いよね」

「便利系……」

 

 黄の魔石術は難しいので砂よけ窓を閉めるのは学院騎士団の騎士と先生と上級生の役目になっている。

 

「『サリク』……窓をこちらに」

 

 一番大きな窓がある一階の砂よけ窓をイバン王子が閉めているのが見えた。やはりここでも階級の力の差はあって、他の生徒に比べてイバン王子の閉めるスピードは速い。

 

 ていうか、大国の王子にもこういうことさせるんだね……。ここからは見えないけど向こうの寮ではレンファイ王女やグルチェ王女も駆り出されてるのかな。

 

 ちなみにシムディア大会はイバン王子率いる深紅チームが優勝したんだそうだ。決勝のあとラクスとハンカルが興奮気味に語ってくれた。

 

 身の危険さえなければ、来年は私も最後まで観てみたい……かな。

 

「授業から帰ってきた生徒はそこで溜まらず早く中に入れ。作業の邪魔だ」

 

 寮の出入り口で作業の監視をしていたガラーブに言われて私たちは慌てて中へ入った。その時に私はチラリとガラーブの顔を見る。彼女は私と目を合わせたあと、少しだけ首を振った。

 

 やっぱり見つからないんだ……。

 

 寮長室での実験のあと、ガラーブに調べてもらったが「黄の寮でアルタカシーク出身の高位貴族で魔石装具クラブのメンバー」という条件に当てはまる人物がいなかったのだ。

 

 犯人を特定できると思ったのにな。

 

 ガラーブはもう少し調べてみると言ってくれたがどうやら該当する生徒は見つかっていないらしい。

 

 魔石装具を使ったってことははっきりしてるから、魔石装具クラブのテクナ先生から情報が入るのを待つしかないね。

 

 

 寮の中は多くの生徒でごった返していた。大砂嵐の日は使用人も含め全員が寮に缶詰状態になる。今の私は人が多いところにいるとマズいのでさっさと階段を上っていく。

 

「大砂嵐ってどれくらいで収まるの?」

「大体半日くらいだから……明日の朝には終わってると思うよ」

「朝起きたらそこら中が砂だらけなのかな」

「え? ……あ、そっか。ディアナ、明日の朝は早起きしなきゃだよ」

「え?」

「ヤンギ・イルみたいなすっごいものが見れるから」

 

 ファリシュタの言ってることがわからなくて首を傾げていると、珍しくアラディナが会話に入ってきた。

 

「早朝に私が起こしに行こう。あれは見ものだからな」

「え? な、なにがあるんですか?」

「それは明日のお楽しみだ」

 

 アラディナの隣でファリシュタもうんうんと頷いている。

 

 うむむ……私だけ知らないなんて。めちゃくちゃ気になるよ!

 

 その日の夕食からの帰り、締め切られた寮の出入り口や階段の踊り場の砂よけ窓がガタガタと音を鳴らしているのが聞こえた。窓の向こう側で強い風が吹いているのがエルフの耳にはっきり届く。

 夕食後はみんな部屋にこもった。特に用のない生徒は出歩かないようにと寮長から言われているからだ。

 

「さて、今日も実験してみますか」

 

 部屋に戻ってからマントをハンガーに掛け、私は暖房灯を持って浴室へ行く。大きなタオルを浴槽に掛けてノズル付きの水流筒を服の中から取り出した。

 

 私はここ何日か熱湯を出す実験を繰り返していた。ガラーブが提案したやり方を何度か試してみたが、やはり少し温度が低い。どうやら熱湯を先端部分に注いだあと、中にある水石から溢れ出る水とお湯が混ざって、ノズルを付けている間に水温が下がってしまうらしい。

 ノズルを付けてその先端からお湯を注いだらいけるかと思ったが、小石が挟まる大きさの穴からしか入れられないので時間がかかるし、プルプルしながら注いでいたらお湯がこぼれてこちらが火傷しかかった。

 

 私に嫌がらせをしようと狙いを定めなきゃいけない状況で、そんな時間のかかる手段は取らないよねぇ。

 

「うーん……この水石から湧き出てくる水を止めたりできないのかな……」

 

 水流筒の先端に指を突っ込んで水石を押さえてみるが、指の隙間からコポコポ水が溢れてくる。これを止めることはできなさそうだ。

 

「そもそも熱湯を持ち歩くっていうのも現実的じゃないんだよね」

 

 水筒などに熱湯入れて持ち運んだとしても、この世界に魔法瓶なんてないのでお湯の温度はどうしても下がる。

 その日も結局これといったいい案は浮かばなかった。私は浴槽にもたれかかってため息をつく。

 

「あー……こういう日はお風呂に浸かったらポッとアイデアが浮かんだりするんだけどなぁ」

 

 恵麻時代、企画を考えたりするときにアイデアに詰まるとよくお風呂に入っていた。湯船に浸かってぼーっとすると、ふと良いひらめきが降ってきたりしたのだ。

 ただ寮のお風呂は一日に使うお湯の量が決められているので、シャワーに加えてお風呂を溜めるというのができない。寮全体のお湯をわかす湯沸かし釜からの供給が追いつかなくなるからだ。

 

「……あ、待って。もしかしてこれと熱湯でお風呂にお湯を溜められるんじゃない?」

 

 私は手に持っていた水流筒とお湯を沸かしている暖房灯を交互に見る。水流筒で水を張って、そこに暖房灯で沸かしたお湯を足したらお風呂になる。

 それを思いついた私は早速浴槽をささっと洗い、栓をして水流筒を起動した。

 

「ふっふっふん。ちょっとこれでお水溜めてみたいと思ってたんだよねぇ」

 

 テクナ先生によると水石が枯渇することはないらしい。だが本当にこんな小さな石から大量の水が出るのか、にわかには信じがたかったのだ。

 水流筒からドバドバと水が流れ出し、浴槽にどんどん溜まっていく。半分くらい溜まったところで水流筒を止めた。確かに水石は全然枯れる様子はない。

 

 これ、本当に便利な魔石装具だよね。旅とかには必需品かも。

 

 私は水流筒をまじまじと見つめたあと、手前の床にそれを置いた。

 

 あとは熱湯を入れていって調整したらいいよね。

 

 そう思い沸騰しているヤカンを持ち上げて、それを浴槽に近付けたところで、私は手を止めた。

 

 ……ん?

 

 お湯が沸騰する音が消えて静かになった浴室に、かすかな音が響いている。トゥ——という一定の音で鳴るそれは、魔石から聞こえてくる音に似ていた。

 

 浴槽から……鳴ってる?

 

 私はヤカンを持ったまま浴槽の中に耳を近付ける。エルフの耳がスカーフの中でピクピクと動いてその音を捉えていた。私はそっと手を伸ばし、浴槽に溜まった水の中に入れる。

 

「!」

 

 水の中に手を入れた瞬間、トゥ——という音が大きくなった。

 

「これ……ミの音だ……」

 

 魔石から聞こえてくる音よりかなり小さいが、確かに赤の魔石の音が聞こえる。

 

 なんで名前を呼んでないのに音が鳴ってるの? それに普通の水からこんな音は聞こえたことがない。水流筒を使ったから?

 

「……魔石の音が聞こえるってことは、この水にはマギアがたくさん含まれてるってことなのかな?」

 

 生物学の授業でオリム先生が言っていた、魔石は土の中にあるマギアが固まってできたものだと。ということはマギアの量が多いものから音は聞こえてくるということだ。

 

「でも水流筒から出た水にマギアが含まれるなんて、テクナ先生だったら気付いてるはずだけど……」

 

 そこまで考えてハッとした。さっきの音はエルフの耳でないと聞こえないほどのかすかな音だ。手を突っ込んでる今でもかなり小さい音量なのだ。エルフであり特級である私でさえ、かすかにしか聞こえない音を、それ以下の階級の人が聞けるわけがない。

 

「もしかして誰も気付いてないのかな……。まぁでも、気付いたからってなにかができるわけじゃないよね」

 

 マギアが含まれる水があったとしても、この音の大きさだったら魔石術を使うことはできないだろうし、他になにか使い道があるわけじゃない。

 私はヤカンを床に置き、手で水をジャブジャブかき混ぜながらむーんと口を尖らせた。

 

 赤の魔石の音が聞こえてるんだったら「お湯になれ!」って命じたらお湯になってくれないかな。だったらお湯張りもできるのに……。

 

「って……ん?」

 

 私は手に違和感を感じて水から手を抜いた。そして再び水にそっと手を入れる。

 

「……! 温かくなってる……」

 

 お風呂の温度には程遠いが、さっきより明らかに水温が上がっていた。

 

「え? なんで? 私口に出してもないよ?」

 

 心の中で思っただけなのに、水が温かくなった。

 

「口に出してないのに魔石術を使えた?」

 

 普通の魔石術に比べて威力は弱いけど、反応はしている。

 

 ……じゃあこれに魔石を浸けたらどうなるんだろう

 

 私は服の下のネックレスをずるっと引き出し、首から外して手に持つ。ヴァレーリアの指輪の緑の魔石を指で挟みながら浴槽の水に浸けた。

 その途端、緑の魔石から音が聞こえた。

 

「名前を呼んでないのに魔石の音が聞こえる……」

 

 そして私は心の中で「癒しを」と命じた。すると緑の光が出てきてないのに体がふわっと軽くなった気がした。今度はちゃんと普通の魔石術の威力だ。

 

「光が出なくても、癒しができた……」

 

 ということは、この水に魔石を浸けて心の中で命じれば、魔石術が使えるということだ。

 

「……っ」

 

 私はそこで重要なことに気付き、床に転がっていた水流筒を掴み上げる。ノズルの先端を上に向けたまま水流筒を起動して水を溢れさせる。そこで水流筒を止めてノズルの先端に指を当てた。目を閉じて集中するとかすかにミの音が聞こえる。

 

 水を熱湯に。

 

 そう心の中で命じると、指に触れていた水が温かくなった。

 赤の魔石を持ってないから温いけど、これで赤の魔石があれば声を出さずにこの中の水を熱湯にすることはできるはずだ。私に気付かれず物陰に隠れて熱湯入りの水流筒を用意することがこの方法ならできる。

 

「待って……ということは犯人は……」

 

 頭の中で今までのことがぐるぐると回っていく。

 

「じゃあ動機は……あ、もしかして……」

 

 私は浴室に座り込んで思考の海に落ちていった。バラバラにあったピースが突然一つにまとまっていく感触がした。

 

 

 

 翌日の明け方、アラディナに起こされて寝ぼけまなこでフラフラと部屋を出た。昨夜は辿り着いた真相に興奮してしまい全然眠れなかったのだ。

 

「ディアナ、おはよう。……大丈夫?」

「うん……だいじょぶ……」

 

 ほとんど開いてない目をごしごししながらファリシュタとともに階段を降りる。寮の玄関は既に開かれていて、そこから光が射しこんでいた。

 同じ様に外に出ようとする学生たちと一緒に玄関の外へ出て、あまりの眩しさに「うわっ」と目を閉じた。

 

「ディアナ、ちゃんと前を見ろ。危ないぞ」

 

 アラディナに背中を支えてもらいながらなんとか目を開ける。

 そこに飛び込んできたのは、辺り一面に広がる黄色の光だった。

 

「え? え? なにこれ!」

 

 驚く私に先に外に出ていたらしいハンカルとラクスが声をかけてきた。

 

「ディアナ、ファリシュタ遅いぞ!」

「もう始まってたんだね」

 

 ファリシュタが二人に話しかけながら空を見上げる。一面に広がる黄色い光が地面に積もった大量の砂を空へと引き上げていた。目の前にある前庭に視線を移すと、砂がかかって白っぽくなっていた木々が徐々に緑を取り戻していっている。

 それはまるで枯れた大地に生命が宿っていくような神々しい光景で、この世のものではない美しさの中にいるようで、私の全身は感動で震えた。

 

「ねぇファリシュタ……これってもしかして……」

「うん。これもアルスラン様の魔石術だよ。こうして王都中の砂を空中へ引き上げて、砂漠へ移動させるの」

「嘘でしょ……」

 

 私は信じられないと目を見開く。

 

 これも、王様の魔石術?

 王様の力ってどうなってんの⁉

 

 私は思わず王宮があるという方角を見つめる。もちろんここから王宮は見えないが、よく見ると黄色の光の塊がその方向の上空に浮かんでいた。ヤンギ・イルの時のような光の球だ。

 

「あそこで本当に魔石術を使ってるんだ……」

 

 空に引き上げられた砂の塊は城の上空に集められたあと、北の方向に移動していった。

 私はその美しい光景に見惚れながら、

 

「こんな演出を、劇に取り入れたいな……」

 

 と呟く。それを聞いたみんなが苦笑して言った。

 

「ディアナはブレないな本当に」

「俺はもう慣れたぞ」

「私も」

「なんかみんな呆れてない?」

 

 私の言葉にみんなが笑い出す。それにつられて私も笑ってしまった。

 

 ああ、こういう感じがやっぱりいいよね。

 私は心置きなく演劇クラブのことを考えたいんだ。だから、その他の煩わしいことはさっさと終わらせよう。

 

 私はもう一度空を見上げてゆっくりと深呼吸をした。

 

 

 

 

大砂嵐の夜、新しい現象を発見したディアナ。

犯人と対決しようと決意しました。


次は魔石装具発表販売会、です。

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