クラブの勧誘
長い長い拍手が終わり、私は舞台前から拡声筒を持ってきて客席に向かって挨拶をする。
「今日は私たちの劇を観てくださり、ありがとうございました。こんなに温かい拍手をいただき、とても嬉しいです」
私がそう言うとイシークが「よかったぞ!」と声をかけてくれる。
「私はこのような新しい劇を行う演劇クラブを作りたいと思っています。学院側からは演劇が可能なクラブメンバーを集められたら来年度からクラブを立ち上げて良いという条件をもらいました。もし、今日のこの劇を観て『自分もやってみたい』と思った方がいれば、ぜひ演劇クラブに入会してください」
「演劇クラブですって?」
「来年度から新しいクラブができるってことか?」
私の言葉に学生たちがざわざわと喋り始める。
「演劇クラブでやる劇は、今日のような戦闘シーンの多いものばかりではありません。今後は恋愛物語や建国物語、それから喜劇もやりたいと思っています。平民の劇にはない技術を足して、貴族が楽しめる全く新しい劇を作り上げていくつもりです」
私は右手を開いて顔の横に上げ、
「演劇クラブのメンバーに必要なのは役者だけではありません。その他に音出しを担当する者、衣装を作る者、照明を操る者、小道具や大道具を作る者、そして一番大事な脚本を作る作家が必要です」
と指を一本一本折り曲げながら説明する。
「舞台に立って演技をする人だけでなく、裏でいろんな準備をする人も演劇クラブには要るのです。ですので表に出るのが苦手な人も大歓迎です。ぜひ演劇クラブへ入ってください」
そう言うと、後ろの方でこっそり観ていたどちらかというと大人しそうな学生たちがひそひそと喋ってるのが聞こえた。
「衣装を作るって……一から自分たちで服を作れるってことよね?」
「音出しってさっきのあれみたいなことだよな……俺やってみたいかも」
「人見知りの私にもできるかな……」
演劇クラブにはいろんな人が必要だってことがちゃんと伝わったかな。
すると、イバン王子が私の方を見て「ディアナ、俺からも言わせてくれ」と手を差し出す。私は王子の手に持っていた拡声筒を乗せた。
「みんな、今日は観にきてくれてありがとう。みんなが観た通り、ディアナが作ろうとしている劇は本当に新しく、面白いものだ。俺は今回特別にゲストとして出たが、初めて演技というものを体験してその素晴らしさに感銘を受けたよ」
イバン王子が喋り出すと、途端に学生(特に女性)の食いつき方が変わった。王子はそんな人たちに向かって茶目っ気たっぷりに話す。
「俺が敵役の魔獣をしていてもなんの違和感もなかっただろう? 最後の方はみんな俺が倒されることを望んでいたしね」
王子の言葉に学生たちが苦笑し、「いや、あれは」「確かに最後の方はそう思ってた」「私は最後まで魔獣の応援をしてましたわ」と様々な反応をする。
「自分以外の者になれる体験は面白いものだったよ。私はディアナの作ろうとしているこの演劇クラブを全面的に支持する。興味があるものはぜひ入ってみてくれ」
王子はそう言って私に拡声筒を返した。イバン王子がそう言ってくれたおかげで、さっきよりクラブに好印象を持った人が増えた気がする。
「ありがとうございます。イバン様」
「いや、俺はこういうことが得意だからね」
イバン王子と小声で言い合ったあと、私は再び拡声筒を持って話し出す。
「談話室の扉の横に、クラブの入会申請用紙を置いています。申請用紙に名前と学年と寮の色を書いてもらって、一階の階段裏に置いてある箱に入れてもらえれば大丈夫です。申請期間は四の月までたっぷりあるので、今はまだ迷っている方も用紙だけでももらっていってください」
扉の横にはガラーブが立っていて、その側の机の上に紙が置かれている。クラブの入会申請書は寮長が管理しているものなので今回用意してもらったのだ。
用紙を提出する箱を階段裏にしたのはどんな人でも入れやすいようにと考えた結果だ。ファリシュタのように引っ込み思案な人は、誰かの目がある場所にそれがあると提出しにくいのではないかと思ったのだ。
演劇クラブは裏方の仕事が多い。そして裏方の仕事を好んでする人は大人しいタイプの人が比較的多いからね。
「今日は本当に観ていただいてありがとうございました! 気をつけてお帰りください」
そう締めの挨拶をすると、談話室の扉が開かれ学生たちがゾロゾロと帰り出す。扉の前にある申請書を迷いながらも取っていく人がチラホラと見えた。
これで何人か入ってくれるといいな。
学生たちが帰っていくのを見つつ、私たちは片付けを始める。まずは胸当てを脱いで道具置き場になっている小上がりに乗せる。胸当ては今日中にシムディアクラブに返さないといけない。
ケヴィンもイバン王子のマントを外して自分も胸当てを脱いでいる。
衣装がないハンカルとファリシュタが先に舞台の小上がりを分離し出した。私もそれに参加する。
「ディアナは先に着替えてきたら?」
「ううん、これ着替えようと思ったら部屋に戻らないといけないし、このままでいいよ」
髪の毛が全部出てしまうので頭のターバンをここで外すことはできない。エルフの耳もあるし。
「でもその姿だと変な感じだな。ディアナが男になったみたいだ」
ラクスが笑いながら片付けに参加する。
「ラクスもそのターバンだと別人みたいだよ」
「クィルガー様みたいに強く見えるかな?」
「それはわかんない」
「なんでだよ!」
そんなことを言い合いながら片付けを進める。思った以上に好評だったからか、みんな笑顔だ。
ふと会場内に視線を移すと、イバン王子とレンファイ王女がなにか喋っているのが見えた。私はそこでハッとしてみんなに小声で問う。
「あ、レンファイ様にもお礼言った方がいいよね?」
「ああ、そうだな」
「ごめんちょっと行ってくる!」
私はそう言って二人の元に駆け寄る。私がやってくるのを見て二人のお付きの学生たちが道を開けてくれた。
「あの、レンファイ様」
「ディアナ」
「今日は来ていただいてありがとうございました」
「イバンから話を聞いて興味が湧いたの。予想以上に面白い劇だったわ」
「本当ですか?」
「ええ。イバンが魔獣役で出てきたのには驚いたけど、今まで見たことがない動きがあって楽しめたわ。今聞いたけど武術演技というのね」
「はい。みんなで一緒に考えたんです」
「あれを発案したのはディアナだろう?」
私の言葉にイバン王子が口を挟む。
「そうですけど、最終的にあんないい出来になったのはみんなやイバン様がたくさん意見を出してくれたおかげですよ」
「ふふ、ディアナは欲がないのね」
「いえ、私は欲まみれですよ? レンファイ様」
特にエンタメに関しては見境がない自信がある。
「そんな風には見えないけど……。今日は観にきてよかったわ。ディアナの演劇クラブがうまくいくことを願ってるわね」
「ありがとうございます」
そう言ってレンファイ王女とイバン王子は談話室から出ていった。それと入れ替わるようにガラーブが近付いてくる。
「無事に終わったようだな」
「はい、ありがとうございました寮長さん」
「私が睨みを効かしていたからか、なにか怪しい動きをするものはいなかった」
ガラーブは声をひそめてそう報告してくる。
「そうなんですね。無事に終わってホッとしました」
「油断はするなよ。今回のことでディアナと大国の王子が仲がいいと知られたんだ。アルタカシークの高位貴族がさらに嫉妬していてもおかしくない」
ああ、そうか。貴族から見ればそんな風に映るんだね。
「でも寮長さん、私に嫉妬してなにか実際にちょっかいかけてきたとしても、それを知ったクィルガーが怒り狂うと思いますけど……」
変なことを仕掛けてきたところでクィルガーに返り討ちにあう未来しか見えない。
「甘いぞディアナ。貴族社会というのは陰湿でしつこい。誰がやったかわからないように嫌がらせをするくらいは簡単にできる」
「うへぇ、そうなんですか」
「だから気をつけろと言ってるんだ。本当に君は警戒心が足りんな」
ガラーブは呆れたようにそう呟いて談話室から出ていった。
……確かに警戒心は足りないかもしれないけど、数ヶ月前まで貴族ではなかったし、そもそも貴族なんて身分がない国で生きていたんだから急に警戒しろと言われても無理だよ。
私はガラーブとの会話を終えて片付けの続きに戻った。結局ケヴィンも最後まで片付けを手伝ってくれた。
本当に世話好きでマメだね……イバン王子は無理だけどケヴィンは演劇クラブに入ってくれないかな。
劇のお披露目会から数日後、私たち四人は練習室にきていた。今日は入会申請書の提出箱を開封するのだ。
階段裏から持ってきた箱を最前列の机の上に置いて、三人の顔を順番に見る。
「じゃあ開けるよ?」
「うん」
「早く! ディアナ」
「落ち着けラクス」
箱は投票箱のように上部に穴が空いていて、側面のところがパカっと開けられるようになっている。私はそこの鍵を外して扉を開けた。
「わぁ!」
「たくさん入ってるぞ!」
「本当だ」
みんなが声をあげる。私は箱の中に手を突っ込んで入っている紙をかき出した。
本当だ、結構あるね!
「全部折られて入ってるからとりあえず分類していこう。こっちに女性、こっちに男性で」
「わかった」
四人で紙を広げて分類していくと、全部で二十四枚あることがわかった。
一気に二十四人のメンバーをゲットだよ! やった!
「結構女の人が多いね」
「武術演技を見てもっと男も入ってくるかと思ったのに」
ファリシュタの言葉にラクスが落胆した声を出す。
「演者というより裏方の仕事をしたい人が多いみたいだね。この子とか『ぜひ衣装を作らせてください!』って書いてあるよ」
志望動機なんて項目はないのだが、その他の欄にそう書いている学生がいた。やる気があってとてもいい。
「イバン様がいるわけじゃないってわかってるよな? この人たち……」
「多分ね」
ラクスの呟きに私はクスリと笑う。
「でももしイバン様がいないって来年度のクラブ開始時にわかったとしても、その時には演劇クラブはできてるんだし、やめてもらっても問題ないよ」
「ひでぇディアナ」
「イバン様目当てで入って来られても困るしねぇ」
「あ、こっちの人は『王子役なら頼んでくれたまえ』って書いてるよ」
ラクスと話しているとファリシュタが一枚の紙を指差した。とても綺麗な整った文字で『王子役なら頼んでくれたまえ。僕なら完璧に演じてみせるよ』と書いてある。
「すごい自信満々だねこの男の人……」
「あ、この人知ってるぞ。二個上の先輩で談話室でよく女の人と話してる人だ」
ハンカルがそう教えてくれた。
女性好きのナルシストさんかな。
「……ところでディアナ、その顔どうにかならないか?」
「ふへ?」
「ふふふ、仕方ないよハンカル。ディアナはこのために頑張って来たんだから」
ハンカルとファリシュタにそう言われて私は自分の頬を両手で覆う。口元がどうしようもなく緩んでるのがわかった。
どうしよう、ニヤニヤが止まらないよ!
「だって、これで演劇クラブができることが決まったんだよ! もう……もう嬉しくて!」
「よく頑張ったね、ディアナ」
ファリシュタがそう言って頭を撫でてくれる。私は思わずファリシュタに抱きついた。
「みんなのおかげだよ! ありがとう!」
「ディアナが頑張ったからだよ。よかったねぇ」
私たちはぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。
それを見たハンカルが呆れ気味に言った。
「いや、まだディアナの成績の条件が残ってるだろう」
「演劇クラブのためだったら死ぬ気で頑張れるから大丈夫!」
「はぁ……またテスト前には勉強会だな」
「え! また歴史教えてくれるの? ありがとうハンカル! 素敵!」
「……そんなに褒めてもなにも出ないからな」
私は上機嫌で入会申請書の紙をまとめてそれをギュッと胸に当てる。
今度ソヤリさんと面会するときにこれ持っていこう! 絶対びっくりするよ。
フンフーンと鼻歌を歌い出しそうになるのをこらえて、私はその紙を鞄の中に入れた。
念願の入会希望者が集まりました。
クラブ設立の条件を一つ達成してウキウキ。
次は小さな異変、です。




