本番
「お客さん、入ってきた?」
「うん。談話室の扉を開けても最初はみんな戸惑って入ってこようとしなかったんだけど……」
「イシーク先輩が『クィルガー様が題材の劇をするというのは本当か⁉』ってすごい勢いで迫ってきて『そうです。どうぞ』って中へ促したら一番前の席に向かって行ったんだ」
「そのイシーク先輩につられて他の人も入ってきてくれたんだよ」
お客さんの誘導をお願いしたファリシュタとハンカルの話を舞台横に設置した衝立の裏で聞く。衝立は舞台の左右に立ててあり、その裏で衣装を着替えたり待機したりするのだ。
私はこっそりその衝立から会場を覗き見る。
本当だ、イシーク先輩が一番前のど真ん中に座ってる……。さすがクィルガーのファンだね。他のお客さんは女生徒の方が多いなぁ。イバン様見たさかな……って、ん?
「え⁉」
「どうした? ディアナ」
「ハ、ハンカル……あそこ」
「……! レンファイ様」
なんと奥の座席の真ん中にレンファイ王女がお付きの人と座っていた。
な、なんで?
「ああ、レンファイにもこの劇の話をしておいたんだよ。今まで見たことのない珍しい劇だと言うと興味を惹いたみたいでね。約束通り来てくれたみたいだ」
とイバン王子が爽やかな笑顔で答える。レンファイ王女は違う寮なのだがわざわざ来てくれたらしい。
いや、嬉しいんだけど……めちゃくちゃびっくりしたよ。
レンファイ王女がいるのがわかってその周りの学生がざわついている。
そしてそろそろ開演、という時間になって談話室の扉から寮長のガラーブが入ってくるのが見えた。そのまま扉の横に立って会場を警戒するように見回している。
もし変な人がいたって私にはわからないから、お客さんのチェックは寮長さんに任せちゃおう。私は自分の演技に集中しなきゃね。
衝立の裏に全員が集まり、劇のスタートを待つだけになった。
「ディアナ、あれをみんなでやったらどうだ?」
「あれ?」
「ディアナの緊張ほぐしの体操だね」
「ああ、あれか」
ハンカルの提案に頷いて、私たちは円陣を組む。イバン王子にも参加してもらう。
「まずは首を左右にゆっくり傾けます。首の筋を伸ばす感じで」
首を傾けて、肩を上下に動かす。それから深呼吸をして本番前のルーティンは完了だ。ふぅ、と息を吐いてイバン王子が私の方を見る。
「ディアナ、最後になにか掛け声をやったらどうだい?」
「掛け声ですか?」
スポーツでよくやる「行くぞー! おー!」みたいなヤツか。
うーん……そうだなぁ。
「ではみなさん手のひらを下にして前に出してください」
円陣の中心に向かってみんなが手をビシッと差し出す。
「初めての本番で緊張すると思いますが、この劇は絶対に面白いものになっています。自信を持って、前を向いて、あとは……」
私はそこでみんなの顔を見回す。
「全力で、楽しみましょう!」
「おおー‼」
全員でそう叫びながら手を上にあげた。
「それでは、新劇『砂漠の騎士クィルガー物語』を始めます」
私のアナウンスでざわついていた会場が徐々に静かになる。
劇の始まりは私のナレーションからだ。イバン王子に披露した時と同じように、物語の冒頭からクィルガーが兵士の溜まり場である酒場に行くところまでを抑揚をつけて語る。まずここでちゃんとお客さんを劇に引き込ませなくてはならない。
舞台前の拡声筒の前で喋りながらチラリとお客さんの様子を見る。元々育ちのいい貴族だからかみんなちゃんと話を聞いてくれている。平民の子どもみたいに立ったり騒いだりしない。
題材のクィルガー物語を読んだことがある人が多いからか、みんなその物語を思い出すような顔で聞いていた。
そして場面は酒場のシーンになった。舞台の上手、客席から見て右側からラクスが出てくる。ラクスは真紅の上着に鉄の胸当てと籠手をつけていてその上に学院のマントを羽織っている。頭にはいつもの帽子ではなく、私が伝えたクィルガーのバンダナによく似た形のものをつけていた。
ラクスは普段とは違う真剣な顔つきで、胸を張り、堂々とした歩き方で舞台の真ん中へ進んでいく。
「ここが兵士たちが集まる酒場か」
クィルガーの台詞をラクスが喋ったところで私は舞台へ上がり、酔った兵士の芝居をしながらラクスに絡む。
女の私が平民の兵士の役をしていることに見てる学生が戸惑った表情を浮かべるが、私が演技をし始めるとその顔が戸惑いから驚きに変わった。
演技というもの自体初めて見る人が多いからね。驚いているうちに、次のシーンへ移るよ。
「ではおまえに勝ったら俺と一緒に村の魔獣を倒しにいってもらうぞ」
「フン。やれるものならやってみな!」
私とラクスは舞台上で対峙する。二人が剣を構えると、ハンカルの大太鼓の低い音がドン、ドンと会場に響き出す。突然の音出しの音に最前列にいるイシークが「うおっ」という声を上げた。
さぁ、いくよラクス。
私がニッと笑ってラクスを見ると、ラクスも楽しげな顔でコクリと頷く。
二人の武術演技が始まった。まずは私が踏み込んでラクスに攻撃を仕掛ける。ラクスがその剣を受け止める、と同時にファリシュタのカスタネットがカン! と響く。
イバン王子に披露した時よりも速い速度で私とラクスは次々と打ち合う。その速い打ち込みにファリシュタが完璧なタイミングで音出しを合わせてくる。何度も何度も練習した成果が確実に出ていた。
ぶわり、ぶわりと二人のマントが舞う。兵士の私が細かく何度も攻撃を仕掛け、ラクスがそれを防御していく展開から、ラクスの一撃に私がぶっ飛ばされ、形勢逆転して追い詰められていく流れになる。
私が派手に倒れたところで客席から「ひゃっ」「大丈夫か?」という声が聞こえた。どうやらみんな真剣に見入ってくれているらしい。
最後に大きなカスタネットの音とともに私の剣がラクスの剣に弾き飛ばされて、
「これでおまえは俺の仲間だ」
と剣を突きつけられて武術演技は終わった。ラクスが続けて台詞を言っている間に、私は舞台を降りて拡声筒の前にしゃがむ。
「よし、では魔獣の出た村へ向かうぞ!」
そう言ってラクスも舞台を降りて衝立の裏にひっこむ。ここから再び私のナレーションで、クィルガーが兵士たちとともに魔獣が出た村に到着し、村で暴れていた魔獣を見つけるところまでを喋る。
再び私とラクスが揃って下手から舞台に上がり、反対側の舞台の隅に向かって指をさし、
「いたぞ!」
と叫ぶ。それを合図に、舞台の上手に黒いマントをはためかせながらイバン王子が登場した。イバン王子の足が舞台についたタイミングで大太鼓のドンドン! という音が響く。
「え? あれが……イバン様?」
「まさか」
「お顔が見えないわ」
イバン王子は黒いフードを目深に被り、少し猫背になってゆらゆらと動き魔獣感を出している。王子目当てで観に来てくれた人には申し訳ないが、王子のセリフはほとんどない。
「魔獣! こっちだ! 俺が相手になる!」
ラクスがそう叫ぶと、イバン王子は「ヴヴヴ……」と不気味な声をあげて黒いマントから二本の剣をにょきっと突き出す。
私とラクスが剣を構えると、再び大太鼓のリズムが鳴り始めた。
ドン、ドン、ドン、ドン……低くお腹にズンズンと響く大太鼓の音が一定のリズムを刻み始める。察しのいい人はここからまた戦闘シーンが始まると気付いたらしい。少し身を乗り出して舞台を観ようとしている。
私とラクスと魔獣はそれぞれの間合いを保ちながら円を描くようにジリジリと移動する。
「おらぁぁぁ!」
というラクスの叫び声と同時に私たち二人が魔獣に攻撃を仕掛ける。カァン! という音とともに二本の剣で私たちの攻撃を受け止めた魔獣はそのまま力任せに剣を振り下ろし、ドドン! と私たちは床に叩きつけられた。
倒れたラクスに魔獣が襲いかかり、その攻撃を避けたラクスが後ろへバク転する。
「わ!」
「なんだあれは」
バク転を初めてみた学生が驚いている。
実はラクスにせがまれてバク転のやり方を教えたのだ。元々運動神経のよかったラクスはあっという間にマスターした。
二刀流の魔獣に二人の攻撃が炸裂する。ファリシュタのカスタネットがさっきのシーンの倍以上の数叩かれ、観ている人たちが徐々に興奮していく。
最前列のイシークが拳を握って前のめりになっている姿がチラリと見えた。
魔獣との戦いは終始こちらが優勢なように進んでいくが、追い詰められた魔獣が体の中から黒いブレスを吐く。ここは、黒い紐で組んだ大きな網を用意して、それを王子が服の中からブワッと広げて投げるという演出になった。
縄に絡まった私たちがもがいている間に、魔獣は舞台の下手へと逃げていく。
「くそ! 逃したかっ」
私たちが縄から出て悔しがっていると、舞台の下手からケヴィンが出てきて跪いた。ケヴィンはここでは兵士役だ。
「クィルガー様! 魔獣が村の娘を攫って逃げていったという報告がありました!」
「なんだと!」
「村長は娘一人くらいは仕方ないと言ってますが……」
「仕方ないわけないだろう! 娘を助けるためにすぐに魔獣を追うぞ!」
「は!」
そうして私たちは全員下手へはけていく。私はそのまま拡声筒の前まで戻り、再びナレーションを始める。次は魔獣を追って、森の中で数々の魔物たちと戦うシーンだ。ナレーションの間に舞台の裏側を通ってラクスが上手側に急いで移動している。
ナレーションをし終えた私も急いでそちら側へ向かった。
「この先に魔獣の住処があるのだな」
「気をつけてくださいクィルガー様、魔物の気配が濃くなってきました」
私たちがそう言いながら上手から登場すると、森の不気味な雰囲気を出すためにハンカルが小刻みに大太鼓を叩く。低く、小さなドッドッドッド……という音が会場に広がる。
そこへ灰色のマントを被ったイバン王子とケヴィンが突然舞台の下手に飛び出してきた。いきなり現れた魔物たちはそのまま私とラクスに襲いかかる。
「く! おい! 各自バラけて魔物の後ろへ回れ!」
「は!」
私とラクスは魔物からでている剣を受けながら左右へ散り、魔物と一対一で戦い始める。それぞれの魔物と剣を合わせるのでファリシュタは大変な場面だ。お客さんがどちらかを見ればいいのかわからなくなってはいけないので、私とラクスで交互に見せ場を作っていく。
魔物役の王子とケヴィンはなるべく低い体勢で魔物の小物感と、虫のような動きをして不気味さを演出していた。
私とラクスのそれぞれの見せ場が終わると、ラクスが剣を振りかぶって叫ぶ。
「右によけろ!」
そのセリフとともに剣を振り下ろし、それに当たって吹き飛んだ魔物がもう一匹の魔物にぶつかって共倒れになった。
倒れた魔物たちはそのまま舞台からはけていく。
「さすがですクィルガー様!」
「おまえたちがちゃんと動いてくれたおかげだ」
「俺、クィルガー様と一緒に戦えて本当に嬉しいです!」
今まで組織的な戦いをしたことがなかった兵士たちが、クィルガーの的確な指示とその強さにどんどん惹かれていく場面だ。
正直、ここは本当にクィルガーがやりそうなことが多いから、台詞もめちゃくちゃ書きやすかったんだよね。
次の野営のシーンで、焚き火を囲むラクスと兵士の格好をしたケヴィンと私が話をする。兵士が自分の家族の話をしたり、クィルガーが王宮騎士団の騎士であることがわかったり。
「では魔獣を倒したら騎士団から報奨金が出るように俺から進言しておこう」
「本当ですかクィルガー様!」
「やった!」
そしていよいよ魔獣との最終決戦のシーンになる。ナレーションで村の娘を間一髪で救ったところまで進める。
ハンカルの大太鼓が今までにないくらい大きく、ゆっくりと鳴り響く。ドオン…ドオン……という音とともに上手から魔獣が出てくる。
「あれ……さっきより大きくなってない?」
「本当だ……」
魔獣がさっきより背が高くなったことにお客さんたちが気付く。実はイバン王子の靴を厚底ブーツにしたのだ。さらに猫背から背筋を伸ばす姿勢になったため、魔獣がさっきよりかなり大きくなったように見える。
その魔獣に向かって下手から出てきた私たちが剣を構える。
「覚悟しろ! 魔獣め!」
「もう村を襲わせたりしないからな!」
「ここでくたばれ!」
ラクスに続いて私とケヴィンが叫ぶ。魔獣はまた「ヴヴヴ……」と呻いたあと、
「ヴアァァァアァァ!」
と叫んだ。イバン王子の渾身の叫び声に見ている人たちが「ヒッ!」と言って固まる。
本当、イバン様ってこんな声出せるんだね。
王子の咆哮と同時に大太鼓がさらに音量と速度を上げる。黒のマントからザッと二本の剣が出てきて、今度は魔獣の方から攻撃が始まる。
ラクスがその攻撃を受けている間に、私とケヴィンが二手に分かれて魔獣を取り囲む。そこから三人同時に攻撃を仕掛けるが、魔獣は二本の剣でそれを次々と跳ね返す。
カンッカンッ、カカンッ、
カンッカンッ! カカカン!
と、独特のリズムを刻みながらカスタネットが鳴り響く。
なんとなく、このリズムが心地いいと見てる人が思ってくれたらいいな。
このリズムに乗ってラクスのキレが明らかに増した。ラクスはもしかしたらこういう速いリズムに乗って踊ったことがあるのかもしれない。
三人の攻撃は魔獣を追い詰めたように見えたが、魔獣は渾身の力で三人を同時に吹き飛ばす。吹き飛ばされたラクスに魔獣が襲いかかり、その攻撃を倒れながら受け止める。
「ああ! 危ない!」
「クィルガー様!」
客席からそんな悲鳴のような声が聞こえる。
「クィルガー様!」
私とケヴィンはラクスを助けるために魔獣の後ろから同時に攻撃を加える。
「グアァァァ!」
私たちの攻撃に叫び声を上げた魔獣は振り返りざまに私たちを薙ぎ払った。
「うあ!」
「ぐあぁ!」
魔獣の攻撃に私たちは上手の端の方まで飛ばされる。そして倒れている私たちに魔獣が襲いかかった。
「きゃぁぁっ」
「やられる!」
魔獣に何度も攻撃され、なす術もない私たちの状況にお客さんが叫ぶ。
「させるかぁ!」
そこにラクスが私たちと魔獣の間に入って攻撃から守ってくれる。
「俺の大事な部下になにしてんだおめぇは‼」
そうラクスが叫んだ瞬間、ドドン! という音がして魔獣が後ろに下がる。私たちはラクスを見上げてハッとする。
「クィルガー様の目が!」
「赤く光ってるぞ!」
「まさかこれが『覚醒』か⁉」
「覚醒だと⁉」
なぜか私たちの台詞にイシークが反応して叫ぶ。
ラクスは剣を構え直して魔獣の前に進むと、
「俺の本気の力を思い知れ!」
と言ってその剣を斜め上から振り下ろした。そしてその剣が魔獣に当たった瞬間、
カァァァァァァン‼
ドォォォォォォン‼
とカスタネットと大太鼓の大きな音が同時に鳴らされ、
「ギャァァァ————————‼」
と魔獣が地を這うような声で叫んでバタリ、と倒れた。
「おおおお!」
「やった!」
「魔獣を倒したぞ!」
という声が客席から次々と飛んでくる。
「クィルガー様!」
「やりましたね!」
私とケヴィンがラクスに駆け寄ると、跪いて呼吸を整えていたラクスが立ち上がる。
「ああ、やったな」
「はい!」
「娘を連れて、村へ戻るぞ!」
「は!」
そして私はすぐに舞台をおりて拡声筒の前に移動し、最後のナレーションをする。少し息が上がってる体を深呼吸して落ち着かせて、口を開いた。
「こうして、魔獣を倒し村の娘を助けたクィルガーと兵士たちは、村の英雄となりました。村の娘はクィルガーに求婚しましたが、彼はこう言ってそれを断ったそうです。『俺は王とこの国に命を捧げている。この国が、俺の恋人のようなものだ』と」
「さすがクィルガー様だ! 格好いい!」
私のナレーションにイシークが涙を流して感動している。
「こうして、クィルガーと兵士の活躍はその村の伝説として語り継がれることになりました。おしまい」
ナレーションが終わると、演者の四人は舞台に上がり、横一列に並んで礼をした。前に教えてもらったこの国の敬意を表す礼の仕方だ。左の手のひらを胸に当て、右手を握って背中に回し、男性はそのまま少しだけお辞儀をして女性は少し腰を落として戻す。
フードを取ったイバン王子もその礼をするのを見て、客席にいる人たちが慌て出す。大国の王子が下の位の者に礼をするなんて考えられないからだ。
だけどこれは王子が言い出したことだった。
「観てくれた人への感謝を伝えるものなのだろう? では私もするのが当たり前だ」
と言って。
客席に戸惑いの空気が流れる中、イシークが初めに手を叩いて拍手をし出した。
「素晴らしい! 最高の劇だった!」
そう言って大きな音を鳴らしてくれる。それに釣られたのか、周りの生徒たちも拍手をし始め、その音がどんどんと広がっていく。
ついには談話室いっぱいにその拍手が鳴り響いた。
「面白かったわ」
「手に汗握ったよ」
「こんなの初めて観た」
「イバン様素敵です!」
拍手に混ざっていろんな声が聞こえてくる。私はその声を聞きながらみんなを見回した。ラクスもイバン王子もケヴィンも、それから舞台前に座っているハンカルとファリシュタも、みんな笑っている。
よかった。初めての劇は、大成功だね。
初めての劇のお披露目は大成功に終わりました。
次はクラブの勧誘、です。




