お披露目会の宣伝
「この日か、その次の週の休みの日にやりたいと思ってるんですけど」
「早めにやった方がいいんじゃないか? イバンをあまり長く引き留めるとシムディアクラブがうるさそうだ」
「そうですね。じゃあこの日でいいですか?」
「ああ、いいだろう」
劇が完成したので、お披露目会の日にちを決めるために私は寮長室にきていた。劇のお披露目は次の週の休みの日に決まった。
「どうやって人を集めるつもりだ?」
「ええと、チラ……じゃなくて、劇のお披露目会の日時などを書いた宣伝紙を配ったり、大きな紙に劇のタイトルとアピールポイントを書いて寮の玄関ホールや食堂、談話室の壁に貼ったりしたいんですけど……いいですか?」
「宣伝紙か……少し安っぽいな。宣伝紙は平民がよく使うものだからな」
「ううん……でも多くの人に情報を知らせるには宣伝紙が手軽でいいんですけど……」
「手軽ではないだろう? 寮には印刷機もないし、全部手書きになるんだぞ?」
「は! そうでした」
この世界には手軽なコピー機なんてものはまだなく、学院内にある大きな印刷機は先生や職員専用のものなので生徒は使うことができない。
しまった……劇を完成させることに夢中で宣伝方法について詳しく考えてなかった。プロデューサーとしては致命的なミスだ。
他にはどんな宣伝方法があるかな?
「何度も披露するなら看板っていうのもいいけど……あ、サンドイッチマンとかどうかな……いや、貴族らしくないか……」
私が口の中でモゴモゴ言っていると、寮長が呆れたように言った。
「そんなに凝ったことを考えなくても、普通に食堂や談話室でお知らせしたらどうだ?」
「お知らせですか?」
「人が多いところで『今度こういう催しをするから見にきてくれ』って知らせるんだよ。それが一番わかりやすいんじゃないか? 拡声筒だってあるんだし」
「はっ! ほんとだ!」
それだったら他になにも作らなくていいし、自分の言葉で宣伝ができる。それなら学生の目に止まるようポスターだけ貼らせてもらおう。
「ありがとうございます寮長さん」
「まぁイバンが特別に参加するってだけである程度人は集まると思うから、そんなに派手にするなよ。収拾がつかなくなる」
「はい」
私は寮長室をあとにして、談話室に集まっていたいつもの三人にそれを告げる。
「来週の休みの日か……結構すぐだな」
「その大きな宣伝紙の方はどうやって作るんだ? ディアナが描くのか?」
「誰が描いてもいいよラクス。大きな紙と絵の具は家から持ってきたし、絶対入れて欲しい言葉とかは考えてあるから」
「三枚もあるなら分担したらどうだ?」
ハンカルの提案にみんなが頷く。
「そうだね。じゃあみんなで一緒に描こっか」
そして練習室でポスターを作った。「俺は絶望的に絵心がないからみんなの補助をするよ」とハンカルが言ったので、私とファリシュタとラクスがそれぞれ一枚のポスターを描く。
この世界では本と服飾は発展したが、絵画はそこまで発展しなかったらしく、絵の具の種類が少ないのでそんなに派手なポスターにはならなかった。
ポスターには「今までにない新しい劇」「砂漠の騎士クィルガー物語」「○○日、昼食後、黄の寮談話室にて開演」「特別ゲストにイバン様が参加」という言葉を入れた。ちなみに一番のアピールポイントである「今までにない新しい劇」という文字は一番大きく目立つように描いてある。
そして後日それらを寮の玄関ホール、談話室、食堂の壁に貼る。基本的に寮の壁には織物や刺繍布以外のもは飾られていないので、そこに大きな紙が貼られるだけで学生たちから注目された。
貼っている間に周りに人だかりができる。
「新しい劇?」
「クィルガー物語ってあれのことか?」
「え! イバン様が参加されるの⁉」
やはりイバン王子の知名度は抜群だ。誰かが発したその一言で周りが大きくざわついている。
……これだけ人が集まってるのなら、今やっちゃった方がいいんじゃない?
私はそう判断して、急遽その場で台の上に立って説明を始めた。予定を変更して喋り出した私に、他の三人がびっくりしている。
今は拡声筒を持ってないので私は持っていた紙をクルクルとメガホンのように巻いて、集まった人に声をかける。
「みなさんこんにちは! 私は演劇クラブを作ろうとしているディアナといいます! 今週の休みの日に談話室で劇を披露します。今までにない、全く新しい劇です! 題材はみんな大好き『砂漠の騎士クィルガー物語』! そして特別ゲストにイバン様が参加されます! 嘘じゃありません、本当です!」
私の言葉に集まった学生たちが「まぁ!」「本当なのか」と驚いた顔をする。
「平民の劇とは全く違います。そして劇を観たことがない人でも絶対に楽しめるものになっています! 今週の休みの日にぜひご覧ください! あ! 他寮のお友達もぜひ誘ってください!」
そう言って周りを見ると、学生たちは友達同士で顔を見合わせて「どうする?」「私劇って見たことないわ」「イバン様が出るなら……」とひそひそと話している。
戸惑いの方が大きい気もするが、興味は惹いているみたいだ。と、そこに甲高い声が響いた。
「まあ! 劇ですって? 平民がやるようなことをするなんて、貴族の恥さらしではないこと?」
おお、なんだか久しぶりに聞いた気がするよ、彼女の声。
ティエラルダ王女は人混みの向こう側でお付きの学生を引き連れてこちらを睨んでいる。あんなところまで私の声が聞こえたのだろうか。
周りの学生は声をひそめ、私とティエラルダ王女に注目している。
「ティエラルダ様は劇をご覧になったことはありますか?」
「そんな下らないもの観るわけないじゃない」
「まぁ、では観たことがないのに劇のことをご存知なのですね。さすがティエラルダ様」
「ふん! それくらいの知識知っていて当然よ」
ティエラルダ王女がそう言ってぐっと胸を張る。
「ではティエラルダ様は平民が決してできない、誰も観たことがない劇と聞いても観てはくださらないのですね、残念です」
私の言葉にティエラルダ王女の眉がピクリと動く。
「誰も観たことがない劇ですって?」
「はい。私が作っているのは貴族向けに特別に作った、ここでしか観られない劇なのです」
「ここでしか観られない?」
「この世界のどこにもない全く新しい劇なので、それをご覧になったみなさんは、この世界の歴史の一ページに立ち会うことになるのです」
それを聞いた周りの学生が「まだ誰も観たことがないのか」「私たちが最初の観客に?」とざわつき始める。
思った通り、貴族は「特別」とか「世界初」という言葉に弱い。自分たちだけが経験することができるという優位性を刺激されると、それを手に入れようとするのだ。
ティエラルダ王女も明らかに興味をそそられているが、私がやろうとしていることなのでかなり葛藤しているのがわかる。王女様なのに、なんて顔に出やすい人なんだ。
「ティエラルダ様がどうしてもご覧になりたくないのであれば、お付きの方にご覧になっていただいて、その感想をお伝えしていただきたいですね」
そう言ってお付きの人たちを見れば、明らかに「観に行きたい」という顔をしている。ティエラルダ王女はその人たちを見てフンと鼻を鳴らした。
「ま、まぁ私が直接観に行くものでもないでしょうし、あなたたちが観に行くくらいなら許してあげてもよくってよ」
王女からそう言われたお付きの人たちの顔が輝く。
「では当日お待ちしていますね」
「私の国の貴族たちを失望させないようにね」
と、ティエラルダ王女は一言吐いて歩いて行った。
よしよし、これでティエラルダ王女以外のお客さんをゲットだよ。
「みなさまも、ぜひ『世界初』の『特別な』劇を観にきてくださいね!」
私はそう言って台を降りた。予定外に玄関ホールでお知らせをすることになったが、このあとも談話室や食堂でお知らせをしなくてはいけない。
「私、部屋から拡声筒を持ってくるね」
そう三人に声をかけるが、なんだかみんなの顔がおかしい。
「どうしたの?」
「いや、ディアナって本当に……」
「信じられないことをするな」
「……うん……」
どうやら急にお知らせをし出したのと、ティエラルダ王女のお付きの人を誘ったことに驚いているらしい。
「正直、ティエラルダ様が観にくると色々言われそうだから来なくていいなとは思ったんだけど、その他の人には観てもらいたいでしょ? だからああ言えばお付きの人は観にきてくれるかなって……」
と私は小声で三人に説明する。
「すげぇな……そんなことまで考えてあんなこと言ったのか」
「ディアナは本当に頭の回転が早いね」
ラクスとファリシュタがそう感心する。その横でハンカルがなにかに気付いた顔になった。
「しかしディアナ、それだと結局ティエラルダ様よりお付きの人の方が早く『世界初』の『特別な』劇を観ることにならないか?」
「さすがハンカル、その通りだよ」
ハンカルの言葉に私はニンマリと笑う。
「え……じゃあ」
「ティエラルダ様は私たちの劇が失敗したら喜ぶけど、成功したらかなり悔しい思いをしちゃうってこと……かな」
「ディアナ……」
ラクスが唖然とした顔になり、ハンカルは頭を抱えた。
「君は……恐ろしいことをするな」
「ディアナすごい……」
「そこは感心するところじゃないぞファリシュタ」
ハンカルが顔を引き攣らせながらファリシュタにつっこむ。
「まぁ、いつもなにかと突っかかってくるんだし、これくらいの些細な仕返しはいいと思うんだけど……」
「全然些細じゃないぞ!」
「絶対に敵に回したくないタイプだな、ディアナは」
なんか若干引かれている気がするけど……まあいいか。
その後は拡声筒を使って食堂と談話室で同じようにお知らせをした。拡声筒のおかげでかなり多くの人に広げることができたと思う。
やはりどこでも「世界初」「特別な」「誰も観たことがない」というフレーズに反応している学生が多かった。
この感じだとまぁまぁなお客さんが来てくれそう。談話室がガラガラってことはなさそうだね。
談話室でのお知らせを終えて部屋に戻ろうとしたところで、ふと視線を感じた。
ん?
スカーフの中でエルフの耳がピクリと動く。
なにも聞こえてはないのに、なんだろう?
視線を感じた方向を振り返る。談話室にはたくさんの学生がいて、特に変わった動きをしている人はいない、と思う。
「どうした? ディアナ」
「んーなんか妙な視線を感じただけ」
「あれか? 練習室の……」
「ううん、あの時とは違う感じかな。ちょっとゾワっとした」
私の言葉にハンカルが眉をひそめる。
「変なやつじゃなかったらいいが……」
「うん、そうだね」
そして劇のお披露目会の日がやってきた。
私たちは朝からその準備に追われる。談話室を午前から貸切にしてもらって、小上がりの台を観劇用に並べ替えたり、舞台を作ったり忙しく動き回る。
ちなみに舞台は小上がりを何台か繋げて作った。この四角い小上がりは手すりの着脱ができて、複数個繋げることができるのだ。
舞台の前は少し空間を開けて、最前列の小上がりの前にハンカルとファリシュタの場所を作る。当初ハンカルは舞台の横に立って大太鼓を叩く予定だったが、お客さんから見たときにハンカルの姿が目立ちすぎて舞台に集中できないかもとメンバーから言われて、結局お客さんが座る小上がりの前で座って叩くことになったのだ。
拡声筒は音出し係の二人と舞台の間の空間の左右に間隔をあけて設置する。
本当は照明も工夫したかったのだが、舞台以外を薄暗くすると変な動きをする学生を捉えられない、と寮長さんから言われて断念したのだ。
イバン王子に準備をさせるわけにはいかないので四人で舞台を作っていたら、なんと途中でケヴィンが手伝いに来てくれた。他寮なのに。
「イバン様が出られる舞台を整えるのは僕の仕事だ」
とか言ってたが、舞台だけでなくその他のことも細々とやってくれている。ケヴィンは思ってた以上に世話好きのようだ。本人に言うと怒りそうだから言わないけれど。
昼ごろになってイバン王子がやってくると、私たちは役の衣装を身につけた。私は兵士役なので髪も一つにまとめて白いターバンで頭をグルグル巻きにして、深い青色の服を着ている。一応少しは男らしく見えるように。
その上から胸当てをつけ、学院のマントを羽織る。
さぁ準備は整った。
あとは談話室を開けてお客さんを入れるだけだ。
一番大事な宣伝を忘れていたディアナ。
最も古典的なやり方で人集めをしました。
お披露目会へ向けての準備が整って、いよいよ本番です。
次は 本番、です。




