劇の完成
年明けから数日後、私は寮に戻りみんなと新年の挨拶を交わした。新年の話題はヤンギ・イルの儀式についてがほとんどだ。初めてあの黄色い光を見た他国の新入生たちが興奮気味にあの日見た光景を語っている。
「いや本当にすごかったなー俺腰抜かすかと思った」
「あんな魔石術は初めて見たな……俺もしばらく動けなかったぞ」
談話室でラクスとハンカルが口々に感想を言う。私もそれには激しく同意だ。
「そういやファリシュタ、ディアナの家はどうだったんだ?」
「少しは高位貴族に慣れることができたか?」
ファリシュタが冬休みの間うちで過ごすことは二人にも伝えていた。ラクスは羨ましがっていたがハンカルは「いきなりアリム家に行くなんて……ファリシュタは大丈夫か?」と心配していた。
二人に聞かれたファリシュタは少し照れ臭そうな顔をする。
「それがね……自分でも意外だったんだけど……」
私の家で過ごしている間は緊張もしてたし、自分が知っている貴族の規模と全然違うものばかりで驚きの連続だったらしいが、年が明けて自分の館に戻ると、そこがとてつもなくこじんまりした可愛い家に見えて笑ってしまったんだそうだ。
「私、自分の館でさえ慣れてなくて住んでからずっと緊張してたんだけど、ディアナの家から帰ってきたらなんだか妙にうちの館に親近感を抱いちゃって……」
ファリシュタはふふふ、と笑う。
「自分の家であんなにリラックスできたのって初めてかもしれない」
「へぇー! 意外な効果があったんだな」
「うん」
ファリシュタとラクスが二人で和やかな顔でやり取りしているけれど、私とハンカルは、うん? と腕を組む。
「でもそれって結局高位貴族には慣れることはできなかったってこと?」
「そうなるな」
二人でそう言うとファリシュタが慌てた声を出す。
「あ、あのね、全然慣れなかったわけじゃないんだよ。今回体験することができたのは私の中ではすごくいい経験になったから……ありがとう、ディアナ」
「むーん……それならいいんだけど、なんか目的が達成できなくて悔しいな」
「そういうのは人それぞれだからな。人見知りのファリシュタにとっては大きな一歩だったんじゃないか?」
ハンカルの言葉にファリシュタが頷く。
「俺でも緊張するくらいの家に行ったんだ。ファリシュタはよくやったと思うよ」
「ディアナのご家族の方がね、みんな優しい人だったんだよ」
話はそこからファリシュタが体験したうちの家の暮らしに移っていった。
「やぁ、みんな。この一年に祝福を」
劇の練習室にイバン王子の爽やかな声が響く。今日は年明け初めての練習日だ。王子やケヴィン、アードルフと新年の挨拶を交わして練習を始める。
「今日はどこをやるんだい?」
「今日からは最後の戦いのシーンを作っていきます」
「いよいよ魔獣との最終決戦だな」
私の言葉にラクスが楽しそうに答える。イバン王子はふむ、と答えてケヴィンを見る。
「ケヴィンはどうする?」
「ケヴィン先輩には兵士Bの役をやってもらって、三人対魔獣という感じにしようかと思ってます」
「僕がイバン様に剣を向けるなど……!」
「ケヴィン、これ劇だから」
「呼び捨てにするなラクス!」
「三人で戦ってもなかなか倒れないという演出にすれば、魔獣の強さもより強調できるんじゃないかと」
「そうだな」
ラクスとケヴィンが言い合ってるうちに私と王子でサクサクと決めていく。
その時、教室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をすると教室の扉が開いて、もじゃもじゃ頭の副学院長が顔を出した。
「あれ、オリム先生?」
「ああ、ディアナ、今いいですか?」
ん? 先生なんで私の名前を?
「は、はい」
「お届けものですよ」
副学院長はそう言って教室の中へ入り、紐でぐるぐる巻きにされた革袋を私の前に差し出した。
「これは?」
「開けてみてください」
副学院長はニコニコと私を見つめる。私は革袋を受け取って紐を解く。中には細長い棒状の魔石装具が二本入っていた。
「これ、拡声筒ですよね⁉」
「そうです」
「オリム先生がわざわざ届けにきてくれたんですか?」
「これは貴重な魔石装具ですからね。職員には任せられないものなのですよ」
だからって副学院長自ら持って来なくても……。
「それに、演劇クラブというものがどんなものか興味があったものですから」
副学院長はそう言って片目をパチンとつぶる。
多分オリム先生はソヤリから話を聞いているんだろうな……。実質学院の管理をしているのはこの人なんだろうし。
「へぇ、本当に拡声筒を借りられるとは……ディアナはどんな手を使ってこれを手に入れたんだい?」
拡声筒を覗き込んでいたイバン王子が腰に手を当てて私を見る。
王様に直接交渉しました、なんて言えない。
「彼女が私に交渉してきたのですよ。今までにない演劇クラブというものを作るために、これがどうしても必要なんだと言ってね」
「ディアナはオリム先生に話をしてたのか⁉」
ハンカルが驚いた声を出す。私がチラリと見ると、副学院長は穏やかな笑顔でわずかに頷く。
そういうことにしておけってことだよね。
「うん、そう」
「ははは、アルスラン様の次に偉い副学院長と話をつけるとは、ディアナは行動力があるな」
「ディアナの熱意に動かされましてね、王に相談して二本だけ使用許可が出たんです」
「ありがとうございます、オリム先生」
「今日は練習風景を少しだけ見せてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです」
そうしてその日は副学院長に見守られながら練習をした。途中先生に説明してもらいながら拡声筒も使ってみる。一本でかなりの範囲に声が響くので、談話室では二本で十分いけそうだ。
「この拡声筒の効果を確認するには大教室くらい大きなところで試さないといけないんじゃないか?」
ハンカルの言葉にイバン王子がすかさず先生に声をかける。
「オリム先生、後日大教室を使っても?」
「ちゃっかりしてますねぇ」
先生は笑いながら許可をくれた。
それから数日かけて最終決戦のシーンを作り上げていく。最後のシーンなのでできるだけ舞台の端から端まで使って、今までで一番派手になるように考える。
「上からの攻撃をもっと増やした方が魔獣の恐ろしさが出るかもしれないな」
「魔獣の一回の攻撃に三人が全員吹っ飛んでもいいんじゃないか?」
「あとはクィルガーが兵士を庇うシーンですね」
「魔獣の会心の一撃をどう表現するか、だな」
武術演技が大体固まるとハンカルとファリシュタにも入ってもらい、音の演出を追加する。
音出しを使うってアイデアは我ながらナイスだったね。演出の幅が全然違うよ。
そして最後のシーンが出来上がった。
今日はいよいよ大教室での通し稽古だ。
この劇の最初から最後までをぶっ通しでやってみるのだ。談話室では本番しかできそうにないので、ここでリハーサルまで練習することになる。
大教室に着いて、持っていた荷物を下ろす。今回は当日の衣装を着てやってみるので荷物も多い。
「このようなマントいつの間に作ったんだい?」
「ふっふっふん。冬休みにファリシュタと一緒に作ったんです。まぁ私は裁縫は苦手なので、ほとんどファリシュタが作ったんですけど」
「はははは。ディアナ、あまり裁縫が苦手だとは言わない方がいいぞ? 特に男性には」
「いいんですよイバン様。そこに関しては諦めてますから」
「高位貴族の女性とは思えない言葉だな」
王子との会話を横で聞いていたケヴィンが呆れた声で言った。
裁縫は本当に苦手だから仕方ないんだよ……。
私たちが作ったのはイバン王子がまとう魔獣の黒のマントと、魔物たちを表現する灰色のマントだ。マントのフードにはそれぞれ耳や角っぽい突起、それから恐ろしい赤い目なんかが縫われている。マントの端はわざとビリビリに切っておどろおどろしい雰囲気に仕上げた。
兵士である私とラクスとケヴィンはそれぞれ胸当てをつける。これはシムディアクラブのものを特別に貸してもらった。私とケヴィンが革のプレートで、ラクスが鉄のプレートだ。
「じゃあ一回通しでやってみましょう」
準備が整って、練習を始める。ハンカルやファリシュタも自分の音出しの音がどれくらい響くのか確認しながら進む。
「思ったより拡声筒が拾ってくれるから、そこまで力を入れなくても良さそうだな」
「ここだっていう時だけ強くした方が良さそうだね」
私が指示を出さなくても、ハンカルとファリシュタが二人で話し合って調整してくれる。この数ヶ月私と演劇をするうちに、私がやりたい劇のイメージを掴んでくれたらしい。とても頼もしい。
初めての通し稽古を終えると、その大変さにみんな驚いていた。
「こ、こんなに疲れるものなのか……」
「ちゃんと力の配分を考えておかないと後半がキツイな」
ラクスとケヴィンが肩で息をしながらしゃがみこんでいる。
「ディアナは平気そうだな」
イバン王子にそう言われて私は肩をすくめる。
「私は力を抜けるところは抜いてますし、みなさんと違って本物の剣術を知りませんから、そんなに力まずにできるんですよ」
「なるほど。確かに騎士の訓練だと思ってやると大変なことになるな」
そう言うイバン王子は涼しい顔をしているけどね……。
その後休憩を挟みつつ、何度か通しで稽古した。各シーン別で練習していた時にはわからなかった問題が出てきたりして、その修正をしつつ最後まで通していく。
「今日はここまでにしよっか」
私がそう声をかけるとラクスとケヴィンは「だぁ————!」と声を出しながら床に転がった。
「こら……ラクス……ハァハァ、貴族とあろう者が、床に、転がるものでは、ないっ」
「ハァハァ……ケヴィンだって、転がってる、じゃないか……っ」
「僕は、背中を……冷やしてる、だけだ」
「どういう言い訳⁉」
二人のやり取りを聞きながら、私は教室の中段の席に座ってアードルフが用意してくれていたお茶を飲む。ふぅ、と一息ついていると、イバン王子がお茶を持って私の横に座った。
「なんとかできそうだねディアナ」
「そうですね。あと一回くらい練習したら、お披露目できそうです」
私がそう答えると、イバン王子はなにかを考えるような表情をしてフッと笑う。
「他のことをなにも考えずにこんなに夢中になれたのは初めてかもしれないな……」
「イバン王子?」
王子は私のことをチラッと見るとお茶を一口飲んで、前にいる他のメンバーを見つめる。
「俺は生まれたころから頭も体もフル回転で生きてきたんだ。そうしないと、大国の王子として認めてもらえないと思っていたからね」
「フル回転……ですか?」
「ああ。よく人からは天才だ、どんなこともすぐに習得すると言われてきたけど、そんなことはない。俺は常に必死だよ。余裕なんか全くない」
「そうだったんですか……」
なんでもできる超人だと思ってたけど、どうやら違ったらしい。
「もしかして、めちゃくちゃ努力家なんですか? イバン様って」
「もしかしなくても確実にそうだよ。俺も、レンファイもね」
意外な人の名前が出てきて驚く。
「レイファイ様も……?」
「……ディアナ、君が一級の授業の時にレンファイに癒しをかけたことがあっただろう?」
「ああ、ありましたね」
「あれ、本当はレンファイの体調に気付いて、それを治してくれたんだろ?」
「……イバン様も気付いてたんですか?」
「レンファイとは長い付き合いだからね。彼女が痛みを隠す姿は何度も見てるから」
王子はそう言って視線を落とす。
「我々は大国の長子として生まれて、お互い同じように育てられた。大国の名に恥じないように、跡取りとして他より優秀であるように、その全てを国に捧げるように、ってね。だけど二人とも天才なんかじゃない、ただの普通の人間なんだ」
……そんな話、私にしていいのかな。
「だからレンファイがなにか我慢しているとわかるんだ。あの時もわかっていたけど、他の一級の生徒やストルティーナ様がいたからね、俺から動くことはできなかった」
「そうだったんですね」
「そんな中、ディアナが癒しをかけたから驚いたよ。しかも俺には考えつかない方法でね」
「……もしかしたら、他人には知られたくないのかなと思ったんです。立場的に。でも痛みを我慢している姿をあのまま見ていることもできなくて……」
「そうか……。いや、本当に助かったと思う。彼女は俺より我慢が上手だから……」
そう言うイバン王子の顔はレンファイ王女を気遣う優しい顔だった。
「イバン様とレンファイ様は実は仲がいいんですね」
「え?」
「だってお互いのこと黙っていてもよくわかってるじゃないですか」
私がそう言うと王子は「ははは」と笑う。
「確かにそういう意味では仲がいいのかな。そんなこと言ったら彼女に怒られそうだけど」
「なぜこんな話を私にしてくださったんですか?」
「……なぜだろうな。君が今まで俺の周りにはいなかったタイプの、かなり変わった人物だから、かな」
「え、私って変わってます?」
「……ディアナ、一級として強い力を持ち、生い立ちの特殊さで周りからかなり注目を集めているのに、それを全く気にせずに新しい演劇クラブを作ろうと突っ走っている君が、変わってないはずないだろう?
自分が変な人だということは自覚していた方がいいぞ」
と、とても真剣な顔で指摘される。
う……そう言われると周りから見れば私かなり変わってるかも。
「話を戻すが、俺はそうやって常に周りを見て考えて生きてきたから、こうやって役を演じるということだけに集中できるのが新鮮だった」
「没頭できたってことですか?」
「……そうだな。これが没頭するということか、と初めてわかったよ」
「ふふ、イバン様が楽しんでくださって嬉しいです。でも私こそすごく助かりました。最初に思ってたものよりかなりいいものができましたし」
「そうか。ではお披露目を必ず成功させて、ディアナの野望を叶えるとしよう」
「はい!」
私は笑顔で返事をして、拳を握った。
お披露目の日はもうすぐだ。
拡声筒も届き、劇が完成しました。
意外な王子の本音を聞いてびっくりです。
次はお披露目会の宣伝、です。




