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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
一年生の章 武術劇

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ヤンギ・イルの儀式


「クィルガーと一緒に年越しできないなんて聞いてないですよ」

「年越しの時間は王宮でヤンギ・イルの儀式があるからな。アルスラン様の警護をしなくちゃいけないから俺は今から出勤だ」

 

 一年の最後の日をクィルガーと過ごせないのは悲しい。しょんぼりと眉を下げるとクィルガーは私の頭をぽんぽんと叩いた。

 

「新年の挨拶はまた明日な。あまり夜更かしせずに寝ろよ」

「わかってますよぅ」

「いってらっしゃいクィルガー」

「ああ、いってくる」

 

 そう言ってクィルガーはヴァレーリアの頬をするりと撫でて玄関から出ていった。

 

 くぅ……ラブラブさんめ。

 

「さて、クィルガーの代わりにトグリとチャプがもうすぐ来るだろうし、出迎えと宴の準備をするわ。ディアナは時間になったらファリシュタと食堂へいらっしゃい」

「はぁい」

 

 私はファリシュタがいる客用の館へイシュラルと護衛の人たちを引き連れて戻る。今日は二人で編み物をしていたのだ。平民はみんな知ってる一般的な編み物で、刺繍が苦手な私でもできる簡単なものだ。

 客用の館の談話室に入ると、編み物をしているファリシュタの横でパンムーが一生懸命毛糸の束を解いていた。ここ数日間ですっかり彼女に懐いたらしい。ファリシュタも「こんなに人懐っこい動物は初めて見たよ」とパンムーを可愛がっている。

 

「年越しに儀式なんてものがあるとはね……」

「ディアナはそれも知らなかったんだね」

「うん」

「他の国では花火だけらしいけどね。ハンカルが言ってた」

「そうなんだ」

 

 この世界の年越しは、だいたい最終日から年明けの数日間お祝いの宴が開催されて、年が明けるその瞬間にたくさんの花火が上がるらしい。

 

 恵麻時代のテレビで見たニューヨークの年越しみたいな感じかな。

 

 ただ、ここアルタカシークではその花火の前に、王様が今年の国の発展を祈って魔石術で王都に黄色のキラキラを飛ばすヤンギ・イルという儀式をするらしい。それが終わったあと花火が上がるんだそうだ。

 

「魔石信仰の儀式って初めて見るかも」

「他に儀式ってないからねぇ」

 

 魔石信仰は宗教といっても信仰の対象である魔石自体が商売で取引されていたり、儀式や決まりが多かった魔女信仰とは違うことを表すために特定のしきたりのようなものがない。

 毎日お祈りを捧げたりだとか、お盆のような習慣もないので、いまいち宗教という感じがしないのだ。

 

「はい、できたよ」

 

 ファリシュタがかぎ針で毛糸の最後を止めて、できた編み物を広げる。それは小さな黄色の細長いもので端っこにボタンがついていた。ファリシュタはそれを横にいるパンムーの首にぐるぐるっとかけてボタンを穴に通す。

 

「編み物手伝ってくれてありがとう、パンムー。これはお礼のマフラーだよ」

「パムゥ!」

 

 マフラーをつけてもらったパンムーはマフラーの端っこを持って目を輝かせている。

 

 くぅ、可愛い。

 

「よかったねパンムー」

「パムパム!」

 

 

 宴の時間になって食堂へ行くと、今まで見たことがないくらい豪華な飾り付けがされていた。その様子に驚いていると、イシュラルがこっそり教えてくれる。

 

「毎年この日はクィルガー様が不在で、宴も新年から小規模でしかしていなかったらしいので、クィルガー様の筆頭トレルのカリムクがかなり張り切ったみたいです」

 

 そっか、今までこの館にはクィルガーとその使用人しかいなかったもんね。今年になって私やヴァレーリアやその使用人が増えて一気に賑やかになったんだ。

 

 部屋で使用人たちに指示を出しているカリムクを見る。グレイヘアに茶色の目をした中年の男性で、クィルガーがアリム家へ養子にきた時から仕えているらしい。その顔が生き生きとしている。

 

「こんばんは! 来たよディアナ」

「また会ったねファリシュタ!」

 

 用意された席に座っていると、食堂の入り口からヴァレーリアと一緒に賑やかな双子が入ってきた。館に女性しかいないのは物騒だからとクィルガーが二人を寄越したのだ。

 

「いやぁこっちに招いてくれてよかったよ」

「あっちの家はお客さんが多くて疲れるんだよね」

「おじい様とおばあ様はお元気ですか?」

「あの二人が元気がないわけないじゃない」

「今日もここに来るのに『ヴァレーリアやディアナに迷惑かけないように』って母上に何度も言われたんだから」

 

 二人はげんなりした顔でそう答える。おばあ様からガミガミ言われている姿を想像して思わず笑ってしまう。

 

「笑い事じゃないよディアナ」

「そうそう、この前なんかさ——」

 

 止まらない双子のマシンガントークを聞きつつご馳走を食べる。どれもこれも絶品で美味しかったが、途中で出てきたシャリクの新しい味に驚いた。喋り続けていた双子もそのシャリクを食べた途端「なにこれ!」「今なんか美味しい物食べたよ⁉」と話を止めて感動している。

 

「料理人たちがお互いに知恵を持ち寄って作った新作のシャリクでございます」

 

 とカリムクが説明してくれる。

 

「これ、きっとコモラの意見も入ってるわね」

「そうなんですか?」

「ザガルディでよく使うスパイスが使われているから」

 

 ヴァレーリアの言葉になるほど、と納得する。するとファリシュタがクスクスと笑いながら私に言う。

 

「前に言ってた願いが叶ったね、ディアナ」

「ほんとだ」

 

 ファリシュタと二人でクッキーを食べながら「コモラの作るシャリクが食べたい」という話をしていたのだ。今回は合作だったけど、思った通り美味しいシャリクだった。

 

「……これも学院にこっそり持っていけないかな」

「匂いがすごいことになりそうだよディアナ」

「もう、ディアナは本当に食いしん坊なんだから」

「ディアナは肉が好きなのか!」

「肉はいいよね!」

 

 そうしてその後も賑やかな食事は続いた。

 

 夜も更けて、いよいよ年越しの時間が近付いてきた。ヤンギ・イルの儀式と花火を見るために、防寒具に身を包んで私たちは館の屋上に移動する。屋上にはフカフカの絨毯とヤパン、暖をとるための火鉢のようなものが用意されていた。

 こっちもカリムクたちが張り切って準備してくれたらしい。

 

 ファリシュタとくっついてフカフカの毛布を膝にかける。気温は確実に氷点下になってる。

 私は白い息を吐きながら空を見上げた。屋上や周りの館の灯りがあるので砂漠で見た夜空には負けるが、それでもすごい星空だ。

 

 空気が澄んでいるからかな。星がキラキラだよ。

 

 しばらく見上げていると、左側の城の上に黄色い光が見えた。

 

「始まるよ」

 

 トグリが珍しく真剣な顔でそう言った。チャプも黙って見上げている。

 城の上の黄色い光はどんどんと大きくなっていき、やがて城の姿を明るく照らすほどになった。

 光の中心に土星の輪っかのようなものが現れ、それがブンッという音を出して空いっぱいに広がっていく。

 

「あの輪は王都の外壁まで広がるんだよ」

 

 ファリシュタがそう説明してくれる。

 私は思わず立ち上がって屋上の端までいき、その輪の広がる先を見つめた。はるか向こうの方で光の輪が止まっているのが見える。

 すると、城の上の光の玉から黄色い光の線が何本もその輪に向かってフォンッと走っていき、黄色い輪と繋がるとそこから大量のキラキラが降ってきた。

 

 わ……あ……。

 

 その黄色いキラキラが王都全域に舞い落ちてくる光景は、息ができないくらい美しくて、夢みたいな光景だった。

 

「これが黄の魔石術……」

 

 よく見るとキラキラはある程度固まって降っているようだ。私たちの館の庭の方にもひと塊りのキラキラが降りてきていた。それを覗く私たちの顔はみんな黄色の光に照らされている。

 

「昔の黄光の奇跡の時もこんな感じだったのかな……」

 

 いつの間にか隣に並んで光を眺めていたファリシュタがそう呟く。

 

「あの時は確かもっとすごかったよね?」

「うん、王都全部が真っ黄色に染まったんだよ」

「トグリとチャプは見たんだね」

「うん、あの時僕たち館の自分の部屋から出るなって言われて、チャプと一緒に怖がってたからよく覚えてる」

「地面が全部黄色く光ってたんだよ。あれは本当にすごかったよね」

 

 そうなんだ……。

 

 いつもと違って真剣な表情で双子が話しているのを見て、黄光の奇跡の凄さが伝わってくる。

 

 やっぱりアルスラン様ってとんでもない人なんだな……。

 

 やがて黄色い光は夜空に溶け込むように消えていった。そして次に花火が城から上がり始める。

 

 ドーン! バーン! バチバチバチ……。

 

 恵麻時代のものに比べると小さいものだが、たくさんの花火が上がる。すると、街のあちこちでも花火が上がり始めた。

 大きな音と火薬の匂いがそこら中から漂ってくる。

 

「派手だねぇー」

「よし! 僕らもやろう!」

「はい、二人ともこれ持って! ヴァレーリアも!」

 

 双子ははしゃいだ声をあげると私たちに手持ちの花火を渡してくる。

 

 こっちにもこういう花火あるんだ。

 

 私はカリムクが用意した松明に花火を突っ込んで火をつけた。バチバチバチ! という音を立てて光の束がシャワーのように飛び出す。

 

「わぁ! 綺麗!」

「こんな大きな手持ち花火初めてです!」

「二人とも見て見て! 二本持ち!」

「僕はこんなこともできるよ!」

 

 とチャプが屋上の柵に登って片手逆立ちをして花火を振り回す。

 

「チャプ様! 危ないのでおやめください!」

「僕もやるー!」

「トグリ様!」

 

 カリムクや他の使用人たちが双子を降ろそうと必死になっている。それを見ながら笑い合って、私とファリシュタとヴァレーリアは花火を楽しんだ。

 

 

 翌朝、帰ってきたクィルガーと新年の挨拶を交わす。こちらの新年の挨拶は「この一年に祝福を」だ。あなたの一年がいいものになりますように、という意味が込められているらしい。

 

 まぁハッピーニューイヤーと似た意味合いだよね。

 

 その挨拶を交わして朝食の席につく。

 

「ファリシュタは本当に今日帰るのか?」

「は、はい。館にも一度戻らないといけないので」

「残念ねぇ」

 

 クィルガーとヴァレーリアが本気で残念がる。こちらではお客さんを呼ぶのは喜ばしいこととされていて、泊まる日数が多ければ多いほど良しとされている。しかしファリシュタは特殊貴族なので、一度は館に戻って報告をしなければいけないらしい。

 

「本当はもっと土産も渡したかったんだがな」

「あ、あれ以上はいただけません!」

 

 クィルガーの言葉にファリシュタが慌てる。こっちでは高位の貴族であればあるほど、お客さんに渡すお土産の量が増える。たくさんのお土産はお客さんの家族に「あなたの家族を十分にもてなしましたよ!」と伝える意味があるらしい。

 

 金持ちの見栄とかではないのか……。

 

 でもファリシュタは特殊貴族なので、いきなり高位貴族からの大量のお土産を持って帰ると悪目立ちしてしまい、「特殊貴族のくせにどうやって取り入ったのか」と要らぬ恨みを買うらしいので、最小限に抑えてもらったのだ。

 

 と言っても馬車一台分パンパンに詰まってるけど。

 

 送る馬車もアリム家の紋章が入ってると目立ちすぎるので、紋章なしの普通の馬車を使うことになった。

 

「ファリシュタが変に目をつけられたらダメなんですから、我慢してくださいクィルガー」

「わかっている」

 

 今は高位貴族の面子よりファリシュタの安全が優先だ。

 朝食が終わって正面玄関でファリシュタを見送る。「じゃあまた学院でね」と挨拶を交わしていると、一緒に見送りに来ていたヴァレーリアが私たちに一つの箱を差し出した。

 中には二つのお揃いの刺繍のブレスレットが入っている。

 

「ヴァレーリア、これは?」

「お守りよ。二人がお揃いでつけられるように作ったの」

「わ、私にもですか?」

「ええ、ディアナと仲良くしてくれているお礼と……」

 

 ヴァレーリアはそう言ってファリシュタの左手をとり、

 

「あなたに会えないお母様に代わって、あなたに贈り物をしたかったから」

 

 と言った。それを聞いたファリシュタの目に、みるみる涙が溜まっていく。

 

「ヴァレーリア様……」

「お母様と会えない辛い気持ちはわかるわ。でもきっとお母様は毎日あなたの無事を祈っていると思う。それを忘れないで」

 

 ヴァレーリアはそう言ってブレスレットをファリシュタの左腕にとめる。それから私の腕にも同じブレスレットをとめてくれた。刺繍の布の先端に留め具が付いていて、それがキラキラと輝いている。

 

「ありがとう、ヴァレーリア」

「う……ひっく……ありがとうございます……」

 

 ヴァレーリアはふふ、と微笑んで私たちをまとめてギュッと抱きしめてくれた。

 玄関前のロータリーでファリシュタの乗った馬車を見送ったあと、私は横にいるヴァレーリアをじっと見つめる。それに気付いた彼女が首を傾げた。

 

「どうしたの? ディアナ」

「ヴァレーリアは強くて優しくて最高のお母様だなって思って」

「ディアナ……」

「ヴァレーリアのお母様もそんな方だったんですか?」

「ふふ、そうね……。とても明るくて厳しい人だったわ」

 

 ヴァレーリアがなにかを思い出すように目を細める。

 

「ディアナ、これは私のお母様が言っていたことだけど、女は優しいだけじゃダメよ。まずは一人で生きられるくらい強くなるの。最終的には度胸がある女が幸せを掴むのよ」

「女は度胸、ですか」

「そうよ」

 

 私とヴァレーリアはそう言って二人で笑い合った。そして手を繋いで玄関へ続く階段を上っていく。

 

 私もヴァレーリアみたいな強くて優しい人になりたいな。

 

 

 

 

アルタカシークでの年越しでした。

幻想的な光景に感動したディアナ。


次は劇の完成、です。

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