最悪の転生
いきなり泣き出した私にクィルガーが気まずそうな顔をして言葉を探る。
「あー、まあその、おまえの存在がダメだとか、そういうことを言いたかったわけじゃなくて……その、おまえがここで生きていくにはその状況がわかった上で慎重に行動しなくちゃいけない。そうじゃなきゃ危険なんだってことを伝えたかったんだ」
そう言われ、ヴァレーリアの胸から顔だけ出したまま私は考える。
それはそうなんだろうな。今の話を聞かずにのほほんと街に出ていたら、すぐに大騒ぎになっていただろう。エルフは今ここにいてはいけない存在だから、きっと国の偉い人たちに捕まって監禁とかされてたんじゃないかな。
そんなことを思っているとサモルとコモラが二人揃って首を傾げた。
「んーそんなに危険ですかねぇ。平民の俺らからすると、魔女時代の話は大昔の出来事すぎてあんまりピンとこないけど」
「そうだねぇ。あまりにも遠い話すぎて、逆に僕は感動しちゃったけどな。本当にエルフっていたんだぁって」
確かにこの二人に会った時の反応はこんな感じだった。それを聞いてクィルガーとヴァレーリアが目を丸くしている。
「そ、そうなの?」
「姐さんとクィルガーさんは魔石使いだから、俺らとは認識が違うんじゃないですか?」
「魔石使いは直接国政にかかわってるからねぇ、魔女に対する忌避感が強いのかもね」
「……平民とはこんなに認識が違うのか……」
二人の言葉に愕然としてクィルガーが呟く。
「え、二人は魔石使いなんですか? 魔石使いって偉いんですか?」
話がわからなくてそう質問すると、今の社会は魔石使いである貴族と魔石を使えない平民という二層構造で、なんとクィルガーとヴァレーリアは立派な貴族という身分なのだという。
貴族は幼い頃からの教育でエルフのことを学ぶので、エルフに対して苦手意識のようなものがあるらしい。
「二人は貴族なんですか⁉ ただの冒険者じゃなくて?」
そう私が驚いて尋ねるとヴァレーリアは肩を竦める。
「まあ一応貴族だけど私は十五で家出したから、今はあまり貴族の自覚はないけどね」
「い、家出⁉」
次から次に意外な言葉が出てきて目を丸くしているとクィルガーが話を戻した。
「あーまぁ、俺らと平民でエルフに対する捉え方が違うのはわかった。ならエルフということを隠すことが出来れば平民の中でならディアナも暮らしていけるかもしれないな」
「え? 本当ですか」
クィルガーのその言葉にパッと顔を上げるが、彼は手を顎に当てて眉を寄せる。
「ただ、警戒しなければいけない奴らがいるんだ」
「警戒しなければいけない……奴ら?」
その言葉に目を瞬いているとヴァレーリアが嫌そうな顔をして呟く。
「……テルヴァ族ね」
「テルヴァ族ってなんですか? 姐さん」
「テルヴァ族っていうのは、……‼」
そう説明しようとしたヴァレーリアをクィルガーが手を上げて止め、バッと森の方を睨んで剣を抜いた。同時にヴァレーリアも私をコモラに押し付けて弓に手を伸ばす。次の瞬間、何かがピュンッと飛んでくる音がして、ボフッと周囲に煙が舞い上がった。
え、なに⁉
「チッ、『マビー』! 毒を払え!」
煙に驚いているとクィルガーが剣を持ってない方の手を突き出して叫ぶ。すると籠手の先に埋め込まれた四つの石のうち青い石がカッと光り、周りに青い光が広がってシャンッと周囲の煙を打ち消した。
うわぁなにこれ! ていうか今、毒って言った⁉
その間にヴァレーリアが矢を放ち、森の中へ飛んでいった矢がそこでボンっと爆発する。
その爆発から逃れるように黒い影がいくつか現れた。目以外が布で覆われていて全身黒ずくめの怪しい忍者みたいな人たちだ。
今姿を現したのは三人で、じっとこちらの様子を窺っている。
「いつの間に……相変わらず気配を消すのが上手いな」
「全身黒ずくめ……まさかあれが?」
ヴァレーリアの問いにクィルガーが頷く。
「痺れ毒を使ったってことはディアナに気付いてるのか。クソッ。ヴァレーリア、ディアナを連れて動けるか?」
「コモラに任せたら大丈夫よ」
「よし、俺が指示を出す。あいつらは逃げるより正面から突破した方がいいんだ。このまま突っ込むぞ」
「わかったわ。コモラはディアナを、サモルは一番後ろを守って!」
「任せてぇ」
「はい!」
そう返事するや否やコモラは私を大きな布でぐるぐるに包み、背負子のようなものに乗せてひょいと担いだ。
ほわぁ! なんですかこれ。
状況に全くついていけずコモラの背中で目を白黒させてると、みんなが一斉に黒ずくめに向かって走り出した。と、思う。私だけ後ろを向いてるので、こちらからはサモルと森の木々しか見えない。
コモラは私以外にも調理道具や他の荷物も下げてるのだが、そんなことを感じさせない足取りで進んでいく。
「一人一人の戦力は大したことないが気配を感じにくいのと、毒の攻撃に注意が必要だ」
「わかったわ」
「あ! 散りましたよ!」
サモルの指摘にクィルガーが何かを唱える。
「『サリク』……留めよ」
「ぐっ⁉」
「ヴァレーリア」
クィルガーの指示にビュンッと音がした後、ドサリと倒れる音がした。
う、うわわ……。
その生々しい音に血の気が引く。と、キィンッと何かを弾く音がして後方にナイフのようなものが飛んでいった。
「上だ、ヴァレーリア」
「そこね」
続けて矢を放つ音とそれがどこかに刺さる音、そしてそこから誰かが飛び降りるような音がする。
「逃がすか。『キジル』衝撃を」
その声と赤い光が目の端に映ったかと思うと、ドゴォォォンと木に何かぶつかる音と悲鳴が響いた。それに驚いて私は思わず両手で耳を塞ぐ。
うひぃ! 聞こえすぎだよこの耳!
その後も戦いながら前に進んでいき、その度に金属と金属がぶつかる音や何かが吹っ飛んでいく音が聞こえた。
うわぁぁ、耳を塞いでも聞こえちゃうよぅ。怖いよぅ。
と涙目になりながら後方の森を見ていると、黒ずくめが一人迫って来るのが見えた。
「う、後ろ! 後ろから来てます!」
私がそう言って指を差すと、サモルが振り返って持っていたナイフを投げた。黒ずくめはそれを避けて一気にサモルと距離を縮め、サモルは剣を構える。と、そこで近くまで迫ってきたその黒ずくめが私を見た。目が合うと、その人はニヤリと笑う。
それにゾワっと全身が粟立つ。その目には敵意ではなく、気持ちが悪い好意が現れていた。
なに、この人……怖い。
「よそ見してちゃダメですよ!」
その時サモルが素早く丸いものを黒ずくめに投げた。黒ずくめに当たるとそれが弾け、赤い粉がバッと舞い散って顔にかかる。
「ぐあああっ」
その攻撃に黒ずくめが呻き声をあげてその場にうずくまると、その隙にコモラが走るスピードを上げた。
黒ずくめの姿が小さくなるのを見ながら私は側を走るサモルに尋ねる。
「サモルさん、あれは?」
「へへ、サモル特製地獄唐辛子爆弾です!」
わぁ、それは痛そう。
そうこうしているうちに、前方の敵はクィルガーとヴァレーリアによって片付いたらしい。
クィルガーが目眩しの指示を出すと、サモルが腰に下げてある布袋からさっきとは違う丸い玉を取り出して後方に次々と投げた。
ボンボンッと音がして森に黒い煙が広がる。普通の煙より密度が濃いようで後ろの視界は完全に塞がれた。
それから黒ずくめが追ってこないか警戒しつつ、私たちは森を急いで走り抜けた。
しばらく走り、追手がいないと確認出来てから私はようやく背負子から降ろされる。運んでくれたコモラにお礼を言うと「ディアナちゃんは軽いから全然平気だよぉ」と笑顔で言われた。
「さっきの黒ずくめは一体なんだったんですか?」
私は後ろを気にしつつクィルガーに尋ねるが、この先の村に寄ってから説明すると言われた。もう少し歩いた場所に小さな村があり、そこに馬や荷物を預けているらしい。ヴァレーリアたちも同じだそうだ。さっき言ってた「古い祠の情報」を持ってた村なのだろう。
そちらに向かって歩き出す前にヴァレーリアが私のスカーフをもう一度結び直して整えてくれる。この先は人の目が増えるからエルフの耳が出ないように気をつけなくちゃいけないんだなと緊張していると、ヴァレーリアが私を安心させるように微笑んで頭をぽんぽんしてくれた。
街道を歩くのは目立つのでしばらく街道沿いの森の中を歩く。街道の向こう側には農地が広がっていて、さらに奥には雪が残る高そうな山々が連なっていた。
ここは一年の半分は雪に埋まる地域らしい。今は夏前でちょうど雪が溶けてる時期だそうだ。そんな説明を聞きながら歩いていると、割とすぐに小さな村に着いた。
村に着くとすぐに宿屋らしい建物に向かう。私はあまり人目に触れないように、サモルとコモラの間に挟まって荷物の受け渡しのやりとりを眺めた。それから馬小屋に行くとクィルガーが自分の馬を連れてきて紹介してくれる。
「俺の愛馬だ。名前はジャスル。厳つい顔をしてるが弱いものを必ず守る、勇敢な馬だ」
ジャスルは大きくて立派な赤い馬で、確かに顔は厳しい。私は少し緊張しながらジャスルに挨拶する。
するとスカーフからパンムーが出てきてジャスルに飛び乗り、頭の上にあるタテガミの上に乗りペタリとくっついた。
「さっきの襲撃のショックでスカーフから出てこれなくなってたのに、ジャスルが気に入ったんですかね」
「そうかもしれんな」
ヴァレーリアの方は白い馬が一頭に、顔はラクダで体はダチョウという変な生き物が二頭(二羽?)だった。
「馬は高いからね。このトヤマクは安くて荷物を乗せれて、いざとなったら速く走れるいいやつなんだ」
とサモルが教えてくれる。
荷物を載せ終え村の店で備品を調達すると、クィルガーは辺りの様子を気にしつつ村を出た。この村にもさっきの黒ずくめの仲間がいるかもしれないと警戒しているらしい。
私はジャスルに乗せてもらったが、初めての乗馬なので戸惑う。後ろからクィルガーががっしり支えてくれてるから安心ではあるが馬の上が予想以上に高くて怖いのだ。ちなみにパンムーはあれからずっとジャスルの頭の上で寝ている。
大丈夫かな、落ちなかったらいいけど……。
とりあえず今からこの先にある少し大きめの街を目指すらしい。人が多い場所の方がさっきの黒ずくめに見つかる心配が少ないそうだ。
それから街道をしばらく進んだあと、クィルガーがさっきの黒ずくめについて話し始めた。
「もう見つかっちまうとは思わなかったが……さっきの黒ずくめたちがテルヴァ族だ。あいつらは昔エルフの世話をしていた人間たちの子孫なんだ」
「エルフの?」
「ああ、エルフの身の回りの世話をする一族はあいつらだけじゃなかったらしいが、ほとんどはエルフの絶滅とともに歴史上からも姿を消した。テルヴァ族は魔女信仰にかなり傾倒していた一族で、エルフがいなくなったあとも世界のどこかに潜伏し、魔女の復活を待っているんだそうだ」
「エルフの使用人だった一族が今も生き残っていて、エルフの信じていたものをひっそりと守ってるってことですか?」
「そんな大人しい奴らだったらよかったんだけどな」
「……確かにさっきの襲撃を見ると、ただ魔女の復活を待ってるだけの集団って感じではなかったですね」
私の言葉にフンッとクィルガーが鼻を鳴らす。
「奴らの望みは魔女の復活と、魔石信仰の終焉だ。魔女時代を蔑みエルフを滅ぼした人間の魔石使いを、奴らは死ぬほど憎んでいる。だから国を動かしてる高位の魔石使いの命を常に狙っているんだ」
どうやら同じ人間同士であるのに、魔石使いとテルヴァ族は完全に敵対してるらしい。
「彼らは平民なんですよね? 魔石使いを相手に戦えるんですか?」
「ああ。奴らは魔女信仰ゆえに魔石術は使えないが、その代わりに毒と策謀を武器に世界中で暗躍しているんだ」
「私は詳しくは知らないけど、先の大戦も裏で彼らが動いていたって噂は聞いたことがあるわ」
そう言ってヴァレーリアが私たちの横に馬をつけ、こちらの会話に加わる。
「……俺の個人的な見解だが、その噂は正しいと思う。奴らは味方のフリをして近付いて安心させてから、標的の寝首をかくようなやり方を好む。今まで知られてないだけでかなりの国が翻弄されてきたはずだ」
なにその一族……怖すぎるんですけど。
サモルとコモラに聞いてみると、平民には全く知られていない存在らしく、二人とも私と同じ感想を口にしていた。
「ハァ……しかしマズいことになったな。奴らにさえ見つからなければ、ディアナを平民の中で生活させることもできたが……」
「え? そんなにマズいんですか?」
「なんでわかってねぇんだよオイ。奴らは魔女信仰の狂信者だぞ? かつて先祖が仕えていたエルフが再び現れたと知ったら、奴らはどうすると思う?」
「あ……」
さっきの黒ずくめの気持ち悪い好意の目を思い出して私は眉を寄せる。
「奴らはおまえをテルヴァ族の主に据えようと動くだろう。テルヴァのやり方は陰湿でしつこい。平民の中にいたらあっという間に攫われる」
「え……」
「ちなみにさっきの襲撃も、おまえを攫うのが目的だ」
「ひええ? ウソでしょ」
「さっき投げ込まれた煙は少し黄色がかっていた。あれは痺れ毒だ。ディアナを殺さずに攫うためにそれを使ったんだよ」
なにそれ! 怖すぎる!
クィルガーの説明を聞いて今さらながら冷や汗が出てきた。
ちょっと待ってよ。
この世界では厄介者で、歌も歌えなくて、エルフであることも隠さなきゃいけなくて、しかも子どもの体で一人では生きていけない。その上怪しい狂信者から狙われるとか……。
「この転生……ハードモードすぎない……?」
「あ? なに言ってんだ?」
「なんでもないです……」
私はガクッと項垂れて、転生してから一番深くて重いため息を吐いた。
世界で唯一自分を求める人が毒使いの狂信者でした。
絶望オブ絶望です。
次は 想定外の発見 クィルガー視点、です。
クィルガーから見たディアナ。
ディアナが徐々に浮上します。