歓迎の夕食
ヴァレーリアと本館の談話室に移動して、着替えたファリシュタと三人でお茶をする。そこに出てきたお菓子に見覚えのあるクッキーがあった。
「これ、コモラの作ったクッキーですか?」
「そうよ」
それを聞いて私とファリシュタのテンションが上がる。
「コモラの腕が徐々に認められるようになってきて、他のお菓子も任せてもらえるようになったみたい」
「え、じゃあこっちのパクヴァもコモラが作ったんですか?」
「そうよ」
「わぁ! コモラすごい!」
パクヴァはアルタカシーク特有のお菓子で、何層にも重ねられたパイ生地にナッツなどが挟まったとても甘いお菓子だ。
こっちのお菓子を作らせてもらえるって、コモラの腕がこっちの料理人に認められたってことだよね。さすがコモラだ。
私はパクヴァを手に取って一口かじる。サクサクとした甘い生地と香ばしいナッツの風味が口に広がった。
「んー! 美味しい!」
こっちのパクヴァは砂糖が大量に使われていて「甘い!」という感じだが、コモラのパクヴァは甘さが控えめで、いろんなスパイスの香りがする。
「ディアナは甘すぎるものはあまり食べないからってコモラが工夫したって言ってたわ」
「うー! さすがコモラ。わかってるぅ」
「本当に美味しいです。こんなパクヴァ今まで食べたことない……。ディアナが言ってた通りコモラさんってすごい料理人さんなんだね」
「そうなんだよ! コモラは天才なの!」
「あら、ファリシュタもコモラを知ってるのね?」
私はファリシュタが落ち込んでいた時に、一緒にコモラのクッキーを食べたことをヴァレーリアに話した。それからファリシュタがコモラのクッキーのファンになったことも。
「それを聞いたらコモラも喜ぶわ」
「あ、そうだヴァレーリア。コモラのクッキーってまた持って行ってもいいですか?」
「もちろんよ。コモラに話しておくわね」
やった。コモラのクッキーの補充ミッション完了だ。
私たちはそれから学院の生活のこと、授業のこと、演劇クラブのことをヴァレーリアに話した。私が学院生活を楽しんでいるとわかった彼女は笑顔でそれを聞いてくれた。
ファリシュタも優しいヴァレーリアに緊張が和らいだみたいで、私と一緒に学院の話をしてくれる。というか、いかに私がすごいか、ということを力説してくれるので私はかなりいたたまれなかった。
「ファリシュタ、恥ずかしいからもういいよ」
「え? だってディアナのすごいところまだまだあるよ?」
「もういいってば!」
「あら、私はもっと聞きたいわよ」
「ヴァレーリア!」
お茶をしたあとは館の中を案内する。寒いので長時間は歩き回れなかったけれど、ファリシュタは特に温室の中を見て感動していた。そこではたくさんの種類のアティルの花が育てられている。
「アティルは年中温暖な地域でしか育たないんだよ。アルタカシークでも温室があれば育てられるんだね、すごい」
「今は冬だから枝しかないけど、春になったらたくさん咲くんだって」
アティルの香りはバラに似ているので私も好きな花だ。クィルガー邸に来た時はすでに開花のピークを過ぎていたので私もまだ一面に咲いているのは見たことがない。
ちょうど学院が終わって夏休みに入るころに咲くんだよね。楽しみだなぁ。
夜になって本館の食堂で夕食をとる。今日はファリシュタの歓迎の宴なので料理もいつもよりかなり豪華だ。その様子を見てファリシュタは完全に固まっている。
そこにちょうどクィルガーが帰ってきた。食堂に入ってきた彼に私は駆け寄る。
「クィルガー! お帰りなさい」
「あ、ああ……ただいま。おまえも戻ったか」
「はい。ただいまです」
「おかえり」
クィルガーはそう言ってフッと笑うと私の頭をぽんぽんと叩いた。そして笑顔を深めていった。
「おまえの報告を聞いて俺が毎日どんな気持ちだったか、あとでじっくり聞かせてやる」
「ええっ」
早速頭をぐわしされそうな雰囲気に、私は慌ててクィルガーの手から逃れる。
「きょ、今日はお友達も来てるのでそういうのはまた今度」
「フン、仕方ないな」
そう言って食事の席に着く。私も自分の席に戻るとファリシュタが唖然とした顔をしていた。
「ファリシュタ?」
「あ、ううん、その……ディアナとクィルガー様っていつもあんな感じなの?」
と小声でファリシュタが聞いてきた。
「あんな……感じ、だね」
その会話が聞こえていたらしいヴァレーリアがふふふふっと笑っている。
食事が始まって私は改めてファリシュタにクィルガーとヴァレーリアを紹介した。
「ああ、ファリシュタのことはディアナから聞いている。仲良くしてくれて礼を言う」
その言葉に恐縮するファリシュタにクィルガーはおどけた口調で言う。
「ていうか、本当にディアナと一緒にいて大丈夫か? 疲れないか?」
「どういう意味ですかクィルガー」
「おまえの言動に振り回されてないか心配なだけだ」
「失礼な! 無理矢理手伝ってもらってるわけじゃないですよ」
「おまえは劇のことになると前しか見ないからな」
「うぐっ」
それは当たっている。
「だ、大丈夫だよね? ファリシュタ。私振り回したりしてないよね?」
心配になった私は焦ってファリシュタに同意を求める。そんな私を見て彼女はクスクスと笑い出した。
「うん、大丈夫だよディアナ。ディアナはいつも私のこと気にかけてくれてるから」
それを聞いてほっと胸を撫で下ろし、私は口を尖らせてクィルガーを睨む。するとクィルガーは肩をすくめて言う。
「ならいいんだ。ディアナは貴族の常識やアルタカシークのことを学ぶ時間がなかったからな、色々と突飛なことを言うんじゃないかと心配してたんだ」
「まぁ、確かに知らないことが多かったので色々学びましたよ」
王様の魔石術で学院が作られたとか、特殊貴族のこととか……。そう思っていると、クィルガーがファリシュタにその話をし始めた。ファリシュタは自分が特殊貴族であることをクィルガーたちが知っているとわかって、少し不安な顔をする。
「それについては気にしなくていい。俺は王宮騎士団所属だがずっと世界中を巡っていたから平民の暮らしも知っているし、アリム家も身分については柔軟な方だからな」
「確かにアリム家は変わってるわよね」
クィルガーの言葉にヴァレーリアが頷く。
「そうなんですか?」
「普通は高位貴族に私みたいな下位貴族のものが嫁ぐなんて考えられないわよ。しかも跡取りである子に」
「父上がそういう考えの持ち主だからな」
アリム家は完全な実力主義だ。実力さえあれば自分の結婚相手も本人が選んだ人であればオーケーを出す。だから他の高位貴族から見れば少し浮いた存在であるらしい。
「ファリシュタ、俺はアルタカシークの平民の暮らしをもっと知りたいんだが、質問してもいいか?」
「え! は、はい!」
クィルガーの思わぬ問いにファリシュタが目をパチパチさせて頷く。アルタカシークの平民の話は全然知らないので私も興味がある。
「実家は農家だと聞いたがなにを作ってるんだ?」
「あ、主に葡萄を作ってます」
「葡萄、ということは東の農業地域か」
「はい。そこのバチカリク家の所有畑で作っています」
「バチカリクの葡萄畑か。あそこの葡萄酒は高級酒として有名だが……」
そこでクィルガーが少し考え込むように腕を組む。
「失礼だがファリシュタの実家は貧しいと聞いたが……」
「は、はい……その、とても貧しい家です」
「バチカリク家の葡萄を作っているのにか?」
「……」
ファリシュタは困ったような顔になる。言いたくても言えないことがあるという様子だ。
「……なるほどな。そういうことか」
クィルガーがそう言って一人で納得している。
それから葡萄農家の暮らしを聞いたり、採れた葡萄からどうやって葡萄酒が作られるのかその過程を聞いたりして夕食の時間は進んだ。
緊張していたファリシュタも実家の話ができて嬉しかったのか、最後の方はかなり打ち解けていた。
そして就寝前の時間、私は内密部屋で久しぶりにクィルガーのぐわしをくらっていた。
「いだだだだだっ」
「お、ま、え、はぁぁぁぁ。演劇クラブにイバン様まで巻き込むとはどういうことだ⁉」
「む、向こうから巻き込まれにきたんですよぅ! 私から誘ったわけじゃありません!」
「クィルガー、そのくらいにしてあげて。ディアナ、詳しく教えてちょうだい」
私は頭をさすりながらイバン王子が演劇クラブに入る過程を詳しく話した。武術演技という言葉に二人が少し興味を示す。ちなみに劇の題材がクィルガー物語だとは言ってない。
「確かにその武術演技っていうものがどんなものか気になるわね」
「ヴァレーリアも観たら絶対気に入りますよ。観せる武術ですから」
「そんなことをして怪我とかしないのか?」
クィルガーが心配そうにそう聞いてくる。
「大丈夫ですよ、使う模造刀はバンブクでできてますし、間違えて当たらないように何度も練習してますから」
「ならいいが……役者は男ばかりなんだろ? 十分気をつけろよ」
「それは怪我に対してですか? それとも性別に対してですか?」
「どっちもだ」
クィルガーがむすっとした顔でそう言い切る。直接本人からそういうことを言われると、ちょっと照れてしまう。
「クィルガーは心配性ですねぇ」
「うるせえ」
あとは王様に対して交渉して拡声筒を勝ち取ったことをくどくどと説教された。拡声筒は本当にまだ貴重なものらしく、集めるのに苦労しているらしい。
交渉していいって言ったのは王様なんだからそこは許して欲しいよね。こっちからはもっと貴重な音階の情報を出したんだし。
「で? その劇の発表はいつするんだ?」
「拡声筒が届いてからですけど、まだ最後のシーンのところが固まってないので、早くても一の月の半ばくらいですかね」
ちなみに当初の予定だった何回も劇を披露する、というのはイバン王子が入ったことで一回に変更になった。イバン王子がいる一回で、入部希望者をまとめてゲットするのだ。
「ハァ……頼むからあまり大きな騒ぎを起こすなよ」
「劇を観て大暴れするようなことにはならないですよ」
「馬鹿、その隙を狙っておまえになにかする奴がいるかもしれないってことだ」
「あ、同じことを寮長さんにも言われましたね」
私は寮長から言われたことをクィルガーにも話す。
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。護身術か……学院の夏休みに入ったら訓練するか」
「あんまり厳しいのは嫌ですよ?」
「大丈夫だ。俺が直々に優しく教えてやる」
そう言ってクィルガーはニヤッと笑った。
嘘だ。絶対厳しいに決まっている。
「まぁ、今のところ陰口を言われるくらいで直接なにかされたりとかはないので大丈夫ですよ」
「だったらいいんだが……やはり来年からトグリとチャプを学院騎士団に入れるか」
双子の名前が出てきて、あ、と思い出す。
「そういえばクィルガーは副団長になったんですね。二人から聞きました」
「あ? ああ、そうだ。ソヤリから聞いてなかったのか」
「聞いてませんよ。逆に今までは役職についてなかったんですね」
「俺は王の指示で国内や他の国々を巡っていたからな。国に不在の期間が長かったから役職につかない方が都合が良かったんだ」
「なるほど。……ん? てことはもう外には出ないってことですか?」
「そうだな。おまえとヴァレーリアという家族ができたし、今までのように外に出ることはないさ。だから王から副団長の打診があったんだ」
「そうなんですね」
家族、という言葉に今さら面映い気持ちになってチラッとヴァレーリアの方を見ると、彼女も少し照れたように笑って頷いた。
「なんだ?」
「えへへ、なんでもないです」
それから年末までファリシュタと一緒に過ごす。高位貴族との付き合い方をヴァレーリアに教わったり、三人で刺繍をしたり、パンムーを紹介したり、サモルとコモラに会ったりもした。
サモルに旅芸人ギルドについて調べてもらうように頼むと、「ディアナ様が夏休みに入る前までに調べておきます」と貴族に仕える商人らしく答える。
旅をしていたころよりなんとなく距離を感じてしまうけれど、これが普通の貴族と平民の会話なのだ。
慣れるしかないよね……。
そして年越しの宴が行われる日になった。日本でいう大晦日だ。
コモラは着実に評価を得てきているようです。
久しぶりの三人での会話でした。
次はヤンギ・イルの儀式、です。




