ソヤリとの面会 二回目
寮長室から戻って夕飯を食べたあと、私はファリシュタを自分の部屋に招いた。王子たちが突然参加することになってファリシュタのことが心配になったからだ。
「じゃあ談話室の使用許可はもらえたんだね」
「うん。ばっちり」
ファリシュタに寮長との話をしてお茶を飲む。そして私は彼女に今の心境を尋ねた。
「急にイバン様が加わることになって男子の数も増えたけど大丈夫?」
「ディアナ……」
ファリシュタはそう言って眉を下げる。
「ごめんね、心配してここに誘ってくれたんだね」
「私ファリシュタがしんどい思いをするのは嫌なの」
私たちと劇の練習をする時間をファリシュタが楽しみにしているのを知っている。その時間がつらいものになっていないか気になっていた。
ファリシュタはテーブルの上のカップを見つめる。
「うん。あのね……正直言うとちょっと戸惑ってる。同級生とかならまだいいけど、上級生で、男性で……」
「大国の王子様だもんね」
「ふふ……そう。自分の人生に絶対関わらないと思ってた方と同じ空間にいるなんて信じられないよ」
「それは私もそうだよ」
そう言うとファリシュタは不思議そうに顔を傾げる。
「そうなの? ディアナは一級の授業でイバン様と同じグループなんでしょう?」
「授業で会うのと、日常的に一緒になにかをするのとでは全然違うよぅ。しかも私が王子様に指示を出すんだよ?」
少しおどけた感じで肩をすくめて言うと、ファリシュタがクスクスと笑った。
「そうだね。ディアナの方が大変だよね」
「でもまぁ私は演劇クラブを作るためには手段を選ぶ気はないし、自分がやりたいことだから平気だけど、そのせいでファリシュタが居づらくなるのは嫌なんだよ」
「……ディアナ」
「ファリシュタが今心配してることがあったら言ってほしい」
そう言って見つめると、ファリシュタは少し考えるようにして視線を落とした。
「心配してること……は、一番はあれかな。武術演技に音を合わせる時に、失敗したらどうしようって……イバン様がいらっしゃるのに私のせいで練習が止まってしまったらどうしようって思って……それが怖いの」
なるほど。それはそうだよね。
「あの音出しを使うのはファリシュタだけだもんね。プレッシャーだよねぇ」
「そ、それに練習でもこんなに緊張するのに、これが本番になったらどうなるんだろうって。お披露目にはたくさんの学生が来るんだよね? これ以上の緊張感の中でやったら絶対失敗しちゃうって思って……」
……うん。これはあれだね、一つずつ解決していった方がいいね。
「ファリシュタ、まず本番の話だけど」
「うん」
「初めて見たお客さんは多少音出しの音がずれたり飛んだりしても、絶対気付かないから大丈夫」
「そ、そうかな?」
「考えてみて。今までほとんど劇を観たことのない人が、しかも平民の劇とは違う、音出しを使う劇を観てそんな細かいところに気がつくと思う?」
「あ……確かに……」
むしろそんな細かいところに気付く人なら演劇クラブに勧誘したい。絶対いい音出しの使い手になれると思う。
「それから音出しをするファリシュタはお客さんと同じように舞台に向かって座るからお客さんは見えないし、お客さんも舞台上しか見ないからそんなに視線は気にならないと思う」
「…………そっか、そうだね」
ファリシュタが上を向いてその場面を思い浮かべながら頷く。
「どちらかというと大太鼓を叩くハンカルの方が目立つんじゃないかな」
大太鼓は舞台の隅で立ちながら叩くので多分そっちに視線が向くはずだ。
「そっか。ハンカルもいるもんね」
ファリシュタが少し安心した顔になる。
「本番に関する心配はちょっと解消された?」
「うん。いけそうな気がしてきた」
よかった。そりゃ未知の体験をしようとしてるんだから怖いよね。
あとは練習の時の緊張か……。
「やっぱり大国の王子が相手ってのがすごいプレッシャーなんだよね?」
「そうだね……。私元々平民だし、高位の貴族の人とさえあまり交流したことないから」
確かにそれを考えたらすごいよね。平民の家に生まれて十数年後に貴族の学校で王子様と同じ空間にいるんだから。
……まぁ私も似たようなものなんだけど。恵麻時代には考えられない環境の変化だよ。
でも私の場合、その間に転生というとんでもない事案が発生してるので、そういうことは全部吹っ飛んでしまった。
「うーん……なんかこう、高位貴族に慣れることができる練習とかあればいいんだけど」
「練習……」
「ああ、でもファリシュタはハンカルはもう平気なんだよね?」
「そうだね、ハンカルは物腰が柔らかいし、言葉遣いも丁寧だからもう大丈夫。それにこれまで一緒にいる時間が長かったし」
「じゃあとりあえず音出し組としてハンカルとなるべく一緒に練習できるようにしよう」
「ディアナ……ありがとう」
あとは練習の時に王子とケヴィンからファリシュタに集中して意見を言う状況を作らないように気を配ろう。
それから練習が続いたある日、私の姿は説教部屋にあった。久しぶりにソヤリから手紙が届いたのだ。
「月に一回くらいはって言ってたのに全然来てくれませんでしたね」
「予想外に忙しくなってしまったのでね」
ソヤリは相変わらず感情の読めない声でそう言う。
「今日も王に繋ぎますか?」
「あ、いえ、今日は交渉したいことはないので大丈夫です」
「そうですか」
あ、そういえばあれはいいのかな、王様の声の健康診断。
「……アルスラン様の声を聞いた方がいいですか? そうであれば音楽の話とかできますけど」
「いえ、ここのところ多忙なので具合が良くないことはわかっていますから大丈夫です」
大丈夫っていうの? それ。
「私が言っていいことなのかわかりませんけど、アルスラン様ってちゃんと食べて寝てるんですか?」
「貴女は……王に向かって不躾なことを言いますね」
「だってあんな声聞いたら心配になりますよ」
私がこうやって学院に通えるのも、この国が豊かな国になっていってるのも全て王様のおかげなのだ。その王様の体が健康じゃないと知ったら心配になるのは当たり前だ。
「なるべく体調が安定するように気を配ってますが、できることに限りがあるのでね」
そりゃまあ、いくら側近だからって一日中べったりってわけじゃないだろうし、食事や自室の世話は使用人さんがやってるんだろうし。
あ、そういえば王様って王の部屋から出られなくなったって言ってたよね? やっぱり運動不足が原因なのかな。
「ところでこちらからは聞きたいことがいくつかあるのでいいですか?」
「はい、どうぞ」
ソヤリはまず社交パーティ事件のことを聞いてきた。学生側から見たあの事件の詳細を聞きたかったらしい。あの事件は二ヶ月以上前のことなので正直思い出すのに苦労した。
「では学生たちはあまり話題に出さないようにしていたのですね?」
「そうですね。下手に口に出すとサマリー国の人からなんか言われそうだったので……。そういえばあの事件って結局どうなったんですか?」
「テクナが調べても魔石装具の不具合はなかったそうですし、なんらかの偶発的な事故として処理されましたね」
「あ、解決したんですか」
「サマリーの王女にもこれ以上騒がないようにと通達がいったはずです」
「ああ、だから代わりにレンファイ様にぐちぐち言ってたんですね」
「どういうことですか?」
あれは先生が来る前に起こってたことなので学院側に報告はいってなかったらしい。私は一級授業の時のことをソヤリに話した。
「なるほど。まぁ想像はできますね」
「そうなんですか」
「ストルティーナ王女は入学当初から大国の王子や王女相手に敵意をむき出しにしていましたから」
うへぇ。筋金入りの大国嫌いなのか。
「サマリーは昔自国に大規模な魔石採掘場を持っていて大国に次ぐ力があったのです。いまだに自国は大国と同じだと思っている貴族が多いのですよ」
「今は魔石が採れなくなっちゃったんですか?」
「ええ。かなり前に枯渇したようです。さっさとその現実を受け入れて変化すればいいものを、王族がアレですからね。困ったものです」
ソヤリの言い方からサマリー国が他国からよく思われていないのがわかる。
その他にも学院生活について答えていると、演劇クラブの話になった。
「音出しを使った武術演技……というもので構成された劇、ですか」
「はい。結構いい出来になってますよ。そのおかげでイバン様が協力してくれることになりました」
「イバン様が?」
ソヤリの声が少しだけ揺らぐ。
「はい。あと寮長さんの許可ももらったので年明けに拡声筒が届けば談話室で披露することができそうです」
「ガラーブと話をしたのですか」
「しましたよ。寮長さんって元々うちのおじい様の部下だったんですね」
「そうですね」
「あ、そうそう、寮長さんに言われました。もっと周りを警戒した方がいいって。私が隙だらけだから心配だって」
「……確かにその心配はわかりますね。貴女はなにか気がついたことはありませんか? 怪しい人物を見たとか」
「……ああ、そういえば練習室にいるとたまに廊下で物音が聞こえたりしました」
そう言うとあからさまにソヤリは眉を寄せた。
「……そういうことは早く報告してもらいたいですね」
「報告しようにもこっちから連絡取れないじゃないですか」
「……ハァ。あれをディアナにも持たせるべきか……いや、他になにか方法が……」
となにやらブツブツ言って腕を組んでいる。そうして懐から数枚の小さな紙を取り出した。
「ディアナ、なにか気になることがあったらこれにその内容を書いてガラーブに渡しなさい」
「これっていつも私の部屋に届くのと同じ紙ですか?」
「そうです。書き終わったあと半分に折るとそのままくっつくのでその状態で渡せば問題ありません」
へぇ……不思議な紙だな。
私は折らないように気をつけながら紙をポケットにしまった。
「それにしても交渉したいことがないとは意外でした」
「一番欲しかった太鼓は手に入りましたし、その他の演出までは手が回らなさそうなんですよね。本当は携帯灯や送風筒を使ってみたかったんですけど」
「……そういったアイデアはどこから出てくるのですか?」
ソヤリが無表情で聞いてくる。
……なんとなく探りを入れられている気がするね。
「面白い劇にしたい、と思って考えていたら自然と出てくるんです。私がエルフだからなのかもしれませんけど」
「……そうですか」
正直、エルフだからという言い訳は使いやすい。ソヤリや王様も詳しくは知らないし、私も記憶はないけれど身についているものはある、という状態なのでふんわりしてても怪しまれない。
まぁソヤリさんみたいなタイプはそれでも疑ってるだろうけど。
今回の面会は王様との交渉もないので早めに終わった。私が立ち上がって帰ろうとすると、ソヤリに呼び止められる。
「忘れていました。クィルガーから伝言です」
「クィルガーから? なんでしょう」
「冬休みに家に帰ってくるのか? 帰ってくるなら一緒に演劇をしているメンバーも連れてこい、だそうです」
「うちのメンバーを、ですか?」
「ディアナを手伝ってくれている人を歓迎したいそうですよ」
「イバン様にそんなこと言えませんよ」
「当たり前です。それ以外で考えてください」
うーん、いやちょっと待って。他の子はいいとしてファリシュタを家に連れて帰ったら逆に緊張で落ち着かないんじゃないかな……。
あ、でも待てよ。これ、いい機会かも。
「わかりました。クィルガーにファリシュタって友達を連れて帰りますって伝えてください」
「一人だけですか?」
「他の演劇のメンバーは男性なのでやめておきます」
「なるほど。わかりました」
ソヤリは「しかし私を伝言係にしないでほしいですね」と最後に文句を言って帰っていった。
その後、ファリシュタと二人きりになった時にそれを伝える。
「えええ! 私がディアナのお家に⁉」
目を大きく見開いてアワアワと慌てるファリシュタの肩を押さえる。
「大丈夫、落ち着いてファリシュタ。これはいい機会だと思うんだよ」
「え?」
「ファリシュタが高位貴族に慣れてないのは、そういう人たちと触れてこなかったからっていうのもあるんでしょ?」
「う……うん」
「うちに来れば高位貴族の生活が体験できるし、ヴァレーリアは下位貴族出身だからファリシュタの立場もわかってくれると思う」
「ディアナの養母様って下位貴族の方なの」
「うん。だからしばらくうちで過ごせば少しは慣れるんじゃないかなって思うんだよね。もちろんファリシュタがどうしても緊張してダメって言うならそれでもいいよ」
「ディアナ……」
ファリシュタはそれから少し考えて、うん、と一つ頷いたあと顔を上げた。
「とてもドキドキするけど、行ってみようかな」
「本当?」
「うん」
「無理してない?」
「全くしてないって言ったら嘘になるけど、それ以上にディアナと一緒にいられるのが嬉しいよ」
なにそれ! 可愛い!
私は嬉しくなってファリシュタをぐりぐりと抱きしめた。
こうしてファリシュタは冬休みに入ってから一の月の元日までうちで過ごすことになった。
ファリシュタの気持ちを確かめました。
久しぶりのソヤリとの面会。
他国の事情を少し知りました。
次は 冬休みの一時帰宅、です。
久しぶりの家族と年越しをして、いよいよ劇の完成です。




