王子の提案と寮長との面会
中間テストと成績発表を終えて、あとは冬休みまでみっちり練習するだけになった。年明けにはマイクの魔石装具が届くし、そうなればいよいよ談話室での劇のお披露目だ。
練習室に入って暖房灯を灯してるとハンカルが尋ねてきた。
「そういやディアナ、談話室の使用許可は取ったのか?」
「あ、そういやまだ取ってなかった。使用許可って寮長さんに言えばいいのかな?」
「そうじゃないか?」
あの強烈な寮長さんに言わないといけないのか……。
「お、怒られないよね?」
「別に問題を起こすわけじゃないから大丈夫だと思うぞ。劇の披露をすることは学院側には言ってるんだろう?」
「うん」
学院長である王様には説明済みだし大丈夫なはず。
「今日の練習後に話をしてくるよ」
「俺も一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとうハンカル」
寮長のガラーブはクィルガーから私の話を聞いているし、ソヤリさんとも知り合いっぽいから私だけで会った方がいい気がするんだよね。ちょっと怖いけど。
そしてみんなでストレッチをしたあと、練習を始める。今日は物語の三つ目の戦闘シーンであるクィルガーたちと複数の魔物たちとの戦いの場面を作っていく。
「ここ、俺たち二人でやるのって無理がないか?」
「でもここってクィルガーと兵士たちの絆が深まるところだから入れたいんだよね」
「それはわかるけど」
「敵の魔物の人形を作ってハンカルに動かしてもらうとかできないかな」
「今から人形作るのか?」
とラクスとそんな話をしていると、練習室の扉がコンコンッとノックされた。
「ん?」
と、私たちが返事をする前に扉が開く。そこにいたのはイバン王子とお付きの学生だった。
「イバン様⁉」
「やぁ、突然すまないね。ちょっといいかな?」
「は、はい」
そう返事をすると王子は後ろの二人に合図をする。二人は廊下から大きな丸いものを運び入れた。
「え! これってもしかして太鼓ですか⁉」
それは円柱型の大きな太鼓だった。
「この前低い音の鳴る太鼓が必要だと言っていただろう? シムディアクラブに予備の太鼓があったから持ってこさせたんだ」
「……もしかして貸していただけるんですか?」
「ああ、この前面白い劇を観せてもらった礼だ。使うといい」
なんと、意外なところから太鼓をゲットすることができた。めちゃめちゃラッキーだ!
「ありがとうございます!」
「それともう一つ、提案があるんだが……」
王子はそう言ってお付きの二人をチラリと見る。なぜか二人は苦虫を噛み潰したような顔をして王子を見つめた。
「これは命令だとかお願いだとかそういったものではないから、気楽に聞いて欲しいんだが」
なんだろう?
「はい」
「俺もこの劇に参加したいんだが、いいかい?」
「……は?」
「え?」
「ええ⁉」
「……‼」
王子の言葉に私たちは四人とも目を見開いて固まる。
え? 今なんと?
「イ、イバン様がこの劇に……ですか?」
訳がわからなくて後ろに控えるお付きの人を見ると、二人は天を仰いで「ああ、言っちゃった……」という顔をした。
「ダメかな?」
「ダ、ダメだなんてそんなことは……! でもなぜ急に?」
「この前の劇を観たあとにね、なぜかわからないがずっとこの劇のことを思い出している自分がいたんだ。しかも『あそこはああした方がもっと迫力が出るのでは? それにあの場面ではもっとこうした方が……』とアイデアがどんどん出てきてね」
なんと、そこまで気に入ってくれていたとは思わなかった。
「決め手は二つ目の戦闘の場面だ。ディアナ、あそこは村を襲った魔獣とクィルガー率いる兵士との戦いの場面だろう?」
「はい、そうです」
「ディアナは工夫して大きく見せようとしていたが、魔獣にしてはやはり迫力に欠けるなと思ったのだ」
「ああ、そこはそうなりますよねやっぱり……」
「それにせっかく仲間になった兵士が登場してないのも勿体無い」
「二人しかいませんからねぇ」
「それだよ。だから魔獣の役を俺がやったらいいんじゃないかと気付いたんだ」
「ええ! 魔獣をイバン様が⁉」
「俺は君たちより背が高いし、大きな動きもできる。いいと思わないか?」
王子の言葉に驚かされるが、それはとても魅力的な提案だった。王子は上級生なので私とラクスより背がかなり高いし、舞台で対峙すれば大きな敵に立ち向かっている様子が伝わるだろう。
私が考え込んでいると、ラクスが焦った声で口を開いた。
「ま、待ってください! イバン様を敵役にするなんてできませんよ! イバン様ならクィルガー様の役の方がいいと思います」
「俺がクィルガー役をやったら魔獣の方が弱く見えるじゃないか。それに、今までクィルガー役を練習してきたラクスの努力が無駄になってしまうだろう?」
「でも……っ」
「あ、そうそう、この話をしたらこっちのケヴィンも興味を持ったみたいだから、よかったら彼も使ってくれ」
「イバン様⁉ 僕は別に……!」
「ケヴィンは俺より劇を観て興奮してたじゃないか」
そう言われたケヴィンと呼ばれた少年は顔を赤くしてなにやらモゴモゴ呟いている。マッシュルームカットの緑の髪に大きなつり目をしている。背がラクスと同じくらいなので私たちと同じ一年生だろうか。
「どうする? ディアナ」
ハンカルが私に聞いてくる。正直、人数が増えるのは大歓迎だ。しかもイバン王子が手伝ってくれるとなると劇の宣伝にも抜群の効果がある。
「私が断る理由なんてありませんよ。こちらから全力でお願いしたいくらいです。でもシムディアクラブの方はいいんですか?」
「劇のお披露目は年明けにするんだろう? それまで手伝うくらいなら問題ないさ」
「……問題ないことはないと思いますが」
ケヴィンとは違う方のお付きの学生が眉間に皺を寄せて唸っている。
「二の月にシムディアクラブの大会が控えているんですよ?」
「そちらも手を抜くつもりはないよアードルフ」
そう言って王子は爽やかな笑みを浮かべた。
この人……本当に超人だよ。
「では、お願いしてもいいですか? イバン様」
「もちろんだよ。提案を受けてくれて礼を言うよ、ディアナ」
そうして、劇のお披露目までイバン王子とケヴィンが特別に参加することになった。早速魔獣とクィルガーの戦闘シーンやそのあとの魔物との戦いのシーンを作り替えていく。
役としては私が兵士、ラクスがクィルガーの役をして、イバン王子が魔獣と魔物Aの二役を、ケヴィンが魔物Bの役をすることになった。
ケヴィンが兵士をした方がいいという意見も出たのだが、短時間でラクスと武術演技を合わせるのが難しかったため、私がそのまますることになった。
私たちが武術演技の打ち合わせをしている間、ハンカルはアードルフに大太鼓の叩き方を習う。太鼓を叩くのはめん棒のような太いバチだ。どこをどう叩けば低い音が鳴るのか真剣に教わっている。
ファリシュタはカスタネットの改良を進めていた。王子たちが増えて顔には戸惑いが見える。
大丈夫かな? ファリシュタ。
「え? ケヴィンって俺たちと同じ一年じゃないのか?」
「僕は三年生だ!」
「ラクス、同じシムディアクラブだったのに知らなかったの?」
「うん、全然。ちっこいから勝手に一年だと思ってた」
「おい! 先輩に向かって失礼だぞ!」
「ケヴィン、それくらいにして練習を始めるぞ。ディアナ、指示してくれ」
「イバン様が一年から指示を⁉ そんな無礼な」
「このクラブではディアナが代表なんだ。当然だろう」
「では始めましょうか」
私はそう言って四人での武術演技の指導を始めた。
人数が増えて、今まで以上に派手でインパクトのあるものができそうな気配がする。
これは、面白くなってきたよ!
その日の練習を終えて寮に戻り、夕飯の前に私は寮長の部屋の前に来ていた。寮長の部屋は寮の一階の奥の方にある。
私は緊張しながらその扉をノックする。すると中から「はい」と返事があった。
「一年のディアナといいます。ガラーブさんにお話があってきました」
「少々お待ちください」
どうやら寮長の使用人が控えていたようだ。扉の前でしばらく待っていると、「どうぞ」と扉が開いた。
中は私の部屋より木の家具が多く、落ち着いた雰囲気になっていた。扉から伸びた廊下を進んで一つの部屋に通される。
そこは小さな談話室になっていて、絨毯の上にヤパンとローテーブルが置かれてあった。壁にはド派手な織物と魔物の角のようなものが飾られている。
廊下と違って主張の激しい部屋だね……。
使用人に案内された場所に座って待っていると、私が入ってきた扉とは違う奥の扉から寮長が入ってきた。寮長はまた私を上から下まで眺めたあと「待たせたね」と言って向かいのヤパンに座った。
「それで? 話っていうのはなんだ?」
私は演劇クラブを作る予定であること、学院側から条件を出されていること、それをクリアするために年明けに談話室で劇の発表をしたいということを告げる。
「ふぅん。劇ねぇ……。危険がないなら談話室を使っても構わないけど、それって人は集まるのか?」
「集まると思いますよ。イバン様も参加してくださいますし」
「なんだと?」
イバン王子の名前を聞いて寮長が私を睨む。怖い。
「私たちの劇を観たイバン様が興味を持ってくださったんです。イバン様が劇をすることは事前に宣伝しますし、たくさんの人が見にきてくれると思います」
「ディアナ、君はアリム家の養子ということで噂になってるのに、さらに目立つようなことをするのか?」
「演劇クラブは私が一番やりたいことなので、そのために目立つのは仕方のないことだと思っています」
私がそう言い切ると、寮長はハァッとため息をついた。
「クィルガーが心配するのもわかるな……」
「寮長さんはクィルガーと知り合いなんですか?」
「私は元々カラバッリ様の部下だからな。クィルガーのことは小さい時から知っている」
なんとおじい様の部下だったのか!
「ていうことは寮長さんは騎士なんですか? 王宮騎士団の?」
「もう騎士は引退しているが、そうだ」
目の前のガラーブの騎士姿を想像する。この容姿にこの口調、なにもかも似合っている。
元騎士って言われるとめちゃくちゃ納得だね。
「しかし貴族向けの劇ねぇ……人が集まるんなら金でも取ればいいのに」
と寮長は貴族らしからぬ台詞をさらりと言う。
「学生のうちは無料ですけど、将来的には劇団を作ってがっぽり儲けようと思ってますよ?」
「なに? 商売にするつもりなのか?」
そう言って寮長は目を輝かせる。どうやらお金の話が好きらしい。
「はい」
「儲かるのか?」
「計画通りいけば儲かります」
私はニンマリとした笑顔で答える。
「どれくらいの確率で成功する?」
「それは今の段階でははっきりとは言えません。私は百パーセント成功させるつもりですけど」
「なんだ、それじゃ賭けにならんな」
賭けをするつもりだったの⁉
「誰となにを賭けるんですか?」
「ディアナの演劇クラブが成功するかしないかを、そうだな……クィルガーと賭けるか」
「……寮長さんは失敗する方に賭けるんですか?」
「いや、その時に不利な方にかける。大穴狙いが好きなんだ、私は」
本当に、なんという寮長だ。
とりあえず賭けの話は置いておいて、年明けに談話室を使う許可はもらえた。
「ただし、人が集まりすぎて混乱する状況は作らないこと」
「わかりました」
「一応私も様子は見に行く。余計なことをする学生がいないとは限らないからな」
「あの……余計なことっていうのは……」
「ディアナ、君はもう少し周りを警戒した方がいい。騎士の私から見たら君は隙だらけだ」
「そんなこと言われましても……私そういう訓練を受けてませんし」
「はぁ……クィルガーに家で護身術を教えておくように言っておくか」
そう言って寮長はさらに眉間に皺を寄せた。
怖いけど、思ったよりいい人そうでよかった。ソヤリさんの言う通り、困ったことがあったら頼ってもよさそうだね。
でもまぁそれ以上に変わった人だけど……。
私は少々面食らいながらお礼を言って寮長室をあとにした。
王子からの驚きの提案でした。
予想外の仲間入りです。
そして強烈な寮長と少し仲良くなりました。
次はソヤリとの面会 二回目、です。




