練習と王女の不調
バンブクの木を削った模造剣が完成した。よくしなるので私が木の棒で作ったものより少し長めにしてある。次の練習日にそれをもらったラクスは「カッコいい!」と言って早速振り回していた。
最初の戦いのシーンはある程度固まったので、それを繰り返し練習する。ラクスが踊れるとわかったので速度も少し速めた。
「いち、に、いち、に、はい、はい」
「おっとと、と、ほ、ほ、ほい」
私とラクスが動くたびにビュンビュンッと剣がしなる音がする。それを見ながら横でファリシュタが拍子木を叩いているのだが、速度が上がったので少し辛そうだ。
「小さくて連続する音を叩くのが難しくて」
「んーそもそもこれが速く叩くためのものじゃないからねぇ」
両手に持った状態で叩く拍子木はそういう動きに向いてないのだ。
うーん、こういう時にカスタネットがあればなぁ。
「作るしかないか……」
「またなにか作るの?」
「図書館で見た音出しの本に小さくて速く叩ける音出しが載ってたんだよ。木でできてるものだし、作れないことはないと思うんだよね」
「ディアナはなんでも作っちゃうんだね」
「新しいことをしようと思ったらそうするしかないんだもん」
カスタネットに似た音出しがあってよかった。とりあえず「昔の音出しを元に作りました」という言い訳ができる。すると後ろで聞いていたハンカルが話に乗ってきた。
「また材料がいるんだったら採ってこようか?」
この前のバンブクの木の件から材料の調達はハンカルがするような流れになっている。彼もそういう仕事が好きらしくいつも自分から動いてくれていた。
ハンカルは本当に優秀な右腕タイプだよね。
「確か固い木で作られてるって書いてたと思う」
「固い木か……いくつか思い当たるものはあるが」
「ハンカルって木に詳しいんだね」
「俺の国は山に囲まれてるからな。貴族でも山にはよく行くんだ」
国を治める貴族は平民以上に自国のことを知っていなくてはいけない、というウヤトの教えなんだそうだ。
私は図書館で見た昔の音出しと記憶の中にある柄付きのカスタネットを組み合わせたような絵を紙に描いてハンカルに渡した。
「こんな簡単な構造で大きな音が鳴るのか?」
「本には初心者にも叩きやすい形って書いてあったから大丈夫じゃないかな」
柄付きのカスタネットは柄を握って先についている貝の合わせみたいな部分を膝に打ちつけて音を鳴らす楽器だ。両手に一つずつ持って鳴らすことができるので速いテンポのリズムでも問題なく使える。
「あと低い音の鳴る太鼓が欲しいんだけど……」
「低い音?」
「戦闘シーンの切迫した空気を演出したいから、タンタンっていう軽い音じゃなくてドンドンっていうお腹に響くような音がいいの。ハンカルが叩いてる音をそれでやりたいんだよ」
「うーん……太鼓は流石に作れないな」
私とハンカルが喋ってるとラクスが口を開いた。
「シムディアクラブにそういうタイプの太鼓があるぞ」
「そうなの?」
「おう。武器の型を練習するときにドーンドーンって叩いてそれに合わせて動いていくんだ」
「いいねそれ。一つ貸してもらえたりしないかな」
「顧問に聞いてみようか?」
ラクスがそう提案してくれるが「先生! この太鼓貸してくれませんか?」とかド直球で言いそうなのでそこは遠慮した。
「細かく説明したいから私から聞いてみるよ」
それにシムディアクラブの顧問の先生よりソヤリさんに聞く方が早いよね、きっと。
とりあえずファリシュタにはバチでタイミングを合わせる練習をしてもらって、私とラクスは武術演技の練習に励んだ。
剣舞をしてみてわかったが、この世界の服はとにかく裾が長いしマントもあって動きにくい。でもくるりと回ると服がふわっと舞ってとても華やかな見た目になる。なので武術演技は自然と回転の多い舞になった。
そして武術演技の練習だけでなく、台詞のかけ合いの演技の練習も始める。ラクスは腹式呼吸をマスターしてお腹から大きな声を出せるようになっていた。
「ラクス、今のところもう少し威厳のある感じで」
「威厳かぁ……難しいな。なぁディアナ、クィルガー様って実際はどんな喋り方するんだ?」
「え? うーんと、基本的に低くてドスの効いた声で喋るよ。怒ると怖いし」
「怒られたことがあるのか? ディアナ」
ハンカルがそう聞いてくる。
「怒られたことは何度もあるよ」
「何度もあるのか⁉」
ラクスが目を丸くして仰け反った。
「いやぁ私、結構迂闊なこと言っちゃうから。でも本気で怒られたことはないよ、多分」
あの頭ぐわしの刑はクィルガーなりの愛情表現だと思ってるし……え? そうだよね?
私は頭をさすりながらクィルガーを思い出す。そんな私を三人がなんとも言えない顔で見ている。
「ディアナってさ……やっぱかなり変わってるよな」
「え、そう?」
「そうだな……最強の騎士に怒られて平気なのはディアナだけだと思うぞ」
「私……一度怒られただけで気を失う自信があるよ……」
ファリシュタが青い顔でそう言う。
あれ? なんかクィルガーってめちゃくちゃ怖いイメージになってる?
「そ、そんなに怖い人じゃないよ。顔は厳ついけどイケメンだし、実は結構優しいし……!」
と、慌ててクィルガーのフォローをする。
「困った人がいたら放っておけないタイプというか……」
「ああ、そこは本に書いている通りなんだな」
「そうそう。本当にああいうことを自然にしちゃう人だよ」
「そうなのか。やっぱり格好いいな! クィルガー様は」
私の説明にハンカルとラクスが頷いた。
な、なんとかイメージ向上はできたかな?
本人に聞かれたら「どういう説明をしてんだ!」って頭を握られる気がするけど、まあいいや。
私たちはそうやって演劇の練習を日々繰り返した。
朝晩が急に冷えるようになって季節は秋から冬に変わっていく。
今日は久しぶりの一級魔石学の授業だ。
ハンカルと一緒に大講堂の中で先生が来るのを待つ間、私は「先生早くきてー」と心の中で念じる。なぜならここにいる一級の生徒たちの空気がめちゃくちゃ悪いからだ。
元凶はもちろんストルティーナ王女だ。社交パーティ事件のことを根に持って、授業が始まる前からレンファイ王女にぐちぐちと文句を言っていたのだ。
レンファイ王女は特に反論することもなく、ただじっとそれを聞いていた。同じリンシャーク国の生徒がストルティーナ王女の言い分になにか言いたそうにしているが、レンファイ王女が目線だけでそれを抑えている。
なんかやだなぁ……こういうの。
かといって私がでしゃばっても余計にストルティーナ王女を怒らせるだけだ。ハンカルの言う通り、この件に関してはそっとしておいた方がいいのだろう。
本鈴が鳴ってバイヌス先生が靴音を鳴らしてやってきた。生徒たちの空気がいつもと違うことを察したのか、険しい顔がさらに険しさを増した。壇上に上がり生徒たちを見下ろす。
「今日は各グループに分かれて自分の最小の力を調整する練習をする。ああ、つまらぬ思考でつまらぬ失敗をしないように。この練習はいつもと比べて集中力が必要だからな」
そう言って先生がひと睨みすると、さっきまでの変な空気が、違う意味で一気にピリッとしたものに変わった。ストルティーナ王女も先生と目があって気圧された顔になる。
怖いけど、こういう時は頼りになるね、バイヌス先生。
私たちはいつものグループに分かれ、手順を確認する。
「あの、最小の力を調整ってどうするんですか?」
「ディアナは先生から一番低い数値はどれくらいって言われたの?」
私の質問にグルチェ王女がさらに質問で返してくる
私の十がこのグループの百なので、メモリを一まで下げられてもこのグループの中では十の力、ということになる。今のところメモリは一までしか下げたことはない。
「ええと……十、だったような」
「じゃあ十の力を半分の五くらいに下げられるように練習しようか」
「半分……」
このグループで五ということは、私のメモリでいうと〇・五になる。
できるかなぁ。
「どうやるんですか?」
「いつものアクハク石に私が五の力で強化の魔石術をかけるから、ディアナはそれに衝撃の魔石術をかけて。同じ五の力だと石はそのままで、それ以上に大きければ石は砕けるから失敗ってこと」
「ディアナの力はグルチェより少しだけ強いだろう? 俺がやろうか」
グルチェ王女と話しているとイバン王子がそう言って私に微笑む。
「イバンは最小の力に加減するのが苦手じゃない。だったらレンファイにやってもらった方が正確よ」
そう言われて私たちはレンファイ王女を見る。
「……そうね。私がディアナの相手をするわ」
あれ?
ほんのわずかな違和感を感じて私はレンファイ王女をじっと見る。
「ディアナ? どうかしたの?」
スカーフの中でエルフの耳がピクリと動く。
気のせいじゃない……レンファイ王女の声が少し変だ。
「あの……あ、いえ。よろしくお願いします」
私とレンファイ王女はアクハク石を挟んで対峙する。
「まずは十の力から始めましょうか」
「はい」
……やっぱりなんか変だ。いつもの凛とした声から少しだけ力が抜けてる。
抜けてるっていうか、力が入らないって感じ?
もしかしてレンファイ王女……あまり体調が良くない?
仕草や表情はいつも通りだしイバン王子もグルチェ王女も誰も気付いていないが、声だけがわずかに違うのだ。
そんなことを考えている間にレンファイ王女が石に強化の魔石術をかける。私はブレスレットの赤の魔石に触れて名を呼ぶ。音合わせをして頭の中に浮かぶメモリを一くらいの位置に合わせる。
「石に衝撃を」
そう言って放たれた赤い光はアクハク石にぶつかってカタリ、と揺れた。
「十の力は大丈夫そうね。じゃあ次は五の力でいきましょう」
レンファイ王女はそう言ってフッ、と息を吐いた。少しだけ王女の眼が揺れる。
……もしかしてみんながいる場所だから調子が悪いって言えないのかな。大国の王女様だから変なところ見せないように我慢しているのかもしれない。
いや、でもまずは私の勘が当たってるか確かめた方がいいよね。
私はととと、と小走りなってレンファイ王女に近付く。
「あの、少し質問があるんですけど」
「なにかしら?」
私は誰にも聞こえないようにレンファイ王女の耳元でコソッと囁く。
「もしかして、体に痛みがありますか?」
「…………」
私の言葉にレンファイ王女は動揺することなくチラリと私に視線を向けニコリと笑う。肯定も否定もしない。
否定しないってことはやっぱりそうなんだね。
私は「ありがとうございます」とお礼を言って元の位置に戻る。
「大丈夫か? ディアナ」
「はい。ちょっと難しそうですけどやってみます」
心配するイバン王子にそう答えてレンファイ王女と対峙する。それを見てレンファイ王女が五の力で強化の魔石術をかけた。
私は赤の魔石で音合わせをして、メモリをさっきと同じ一のところにキープする。そして狙いをレンファイ王女がいる方の石の角に合わせた。
「石に衝撃を」
赤の魔石から放たれた赤い光が石にぶつかり、バァン! という音とともに角が砕け散った。小さな力といっても一級の力だ。その石の欠片が思った以上に派手に飛び散る。
レンファイ王女にいくつかの欠片がかかるのを見て、私は慌てて王女の方へ駆け寄った。
「すみません! 大丈夫ですか? レンファイ様」
「大丈夫よ。小さな欠片が飛んできただけだから」
「ああ、ここ少し切れてしまってます。すぐに癒しをかけますね!」
私はそう早口で捲し立てて緑の魔石に触れ、レンファイ王女に癒しの魔石術をかけた。フワッと緑の光が王女を包む。「ディアナ……」という王女の小さな呟きとともに緑の光が収まる。
「大丈夫かい?」
私が癒しを使ったのを見てイバン王子とグルチェ王女が近付いてくる。他のグループの生徒たちも何事かとこちらを見ていた。
「大丈夫。ディアナが大袈裟なのよ」
二人にそう答えるレンファイ王女の声がいつもの凛としたものに戻っている。
癒し、効いたかな?
私は頬をポリポリと掻いて二人に言う。
「すみません、私動揺してしまって」
「確かにレンファイに石が飛んだらビビるよねぇ」
とグルチェ王女が笑いながら私の肩をぽんぽんと叩く。イバン王子もフッと笑いながら私に言う。
「ディアナ、そんなに怖がらなくてもレンファイは怒らないぞ?」
「もぅ、二人ともそのくらいにして。私は大丈夫よディアナ」
レンファイ王女はそう言って私にふわりと微笑んだ。
その後もう一度魔石術の練習をして、私はなんとか〇・五の力で魔石術を使うことに成功した。
今日はなんか神経を使うことばっかでめちゃくちゃ疲れたな……。
本格的に練習の日々が始まりました。
ラクスと武術演技を作り上げていきます。
次は意外な来訪者、です。




