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魔女とエルフ


 歌ったことを言った途端クィルガーが怖い顔になり、周りの空気が凍った。するとヴァレーリアがこちらに前のめりになって「記憶がないのに歌えたの?」と聞いてくる。

 

 あ、歌ったのは以前の私の記憶があったからだ。どうしよう、それも説明した方がいい? でも転生なんて突拍子もない話ちゃんと説明できる? ……こう、映像にして見せられればわかりやすいと思うけど……まず信じられないよね、普通は。


 そう思った私は「なんとなく、歌いたくなって……」としどろもどろに答えた。

 

「……まあ言葉も文字もわかったのだから、歌も体が覚えてたのかもしれないわね。……それにしても歌だなんて。さすがエルフというかなんというか……」

 

 そう言ってハアっと厳しい表情でヴァレーリアがため息をつく。すると反対側からクィルガーが真剣な顔をして私の名前を呼んだ。

 

「ディアナ」

「はい」

「もう二度と歌は歌うな」

「え……な、なんでですか?」

 

 突然そう言われて驚いていると、クィルガーが眉を寄せて口を開く。

 

「これはお前が一番知っていなければいけないことだから、はっきりと言う。今の時代では、エルフの存在と音楽……特に歌は最大のタブーなんだ」

「え……」


 ……タブー?

 エルフと音楽、特に歌がタブー。つまり禁止、やっちゃいけないものってこと?


 その意味がわかって私の体からサッと血の気が引く。

 

「どうしてですか……?」

「……歌は、かつてこの世を支配していた魔女に奉納していたものだからだ」

「魔女?」

「この大陸を何万年もの間支配していた恐ろしい力を持つ存在だ」


 私を見ていたクィルガーがゆっくりと目を伏せ「長い話になるが」と前置きをして、この大陸の歴史を語り出した。

 


 

 広い広いこの大陸の名はシャヤリアシアという。

 今から何万年も前この大陸に君臨していたのは、圧倒的な魔法の力を持つ魔女たちだった。男女ともに魔女と呼ばれた彼らの力は神に近く、魔法の使えない人間たちを力で押さえつけ支配していた。

 やがて彼らは頭の悪い人間と同じ場所に住むのを嫌がり、魔法の力で作った空中都市に移り住んだ。

 

「空中都市……」

 

 魔女が生きるには魔石が必要だったのだが魔石は大地の中に眠っている。

 魔女は人間に命じてそれを採掘させ、採れた魔石をエルフを使って空中都市にいる魔女の元に奉納させた。

 魔石の採掘は重労働で魔女の定めた量を採って来れない集落もあったが、そんな集落を魔女は無尽蔵の雷によって焼き尽くした。

 

「うわぁ……怖い」

「恐怖政治ってやつだな」

 

 人間はその力に恐れ慄き、魔女に殺されないために必死に魔石を掘った。

 その後、魔女に言われるまま魔石さえ納めていればその他は干渉されないことを知った人間たちは互いに協力し合い、大きなコミュニティを築くようになった。

 魔石を効率良く掘る技術を開発し、道具を作り、人間同士の繋がりを広げる。集落は大きな街となり国となり、やがて国を治めるための法律と宗教が生まれた。

 

「宗教、ですか?」

「圧倒的な支配者だった魔女を神格化して崇めるようになったんだ」

 

 宗教は魔女信仰と呼ばれ、魔女を神格化し、魔石を聖なる奉納品と呼んだ。

 それから年に一度の魔石の奉納祭で魔女に敬意を表すために人間が歌や踊りを奉納するようになると、エルフたちもそれに興味を示し彼らにも音楽が広まっていった。

 エルフの歌や踊りは素晴らしく人間たちはそれに魅了され、互いに支え合う関係になる。それ以降、魔女信仰の祭祀に歌と踊りが正式に加わり、それをエルフが取り仕切るようになった。

 

 ところが何万年もの間変わらず受け継がれてきたその生活は、二千年前に突然終わりを告げる。ある時を境に、奉納した魔石が魔女の元に移動せずそのまま残されるようになったのだ。

 

「え、マズくないですか」

「マズいんだよ。突然奉納できなくなったもんだから、人間もエルフも大騒ぎだ」

 

 なぜ奉納されないのか。

 この魔石ではダメになったのか。

 このままでは魔女様の怒りが落ちてくるのではないか。

 

 魔女の鉄槌を恐れて人々は大混乱に陥った。

 だが何十年経っても何百年経っても特に何も起こらない。

 初めは戦々恐々としていた人間たちだが徐々に気も緩み、もしや魔女は絶滅したのではと口にするようになった。

 そしてある時、大きな国の王が魔女信仰の終わりを宣言した。

 

「魔女はいなくなったのだ。魔石の奉納はもう必要ない。これからは我ら人間の時代だ」

 

 魔女の支配から解放された人間たちは喜んだ。もう魔女のために必死で魔石を掘らなくていい、そして魔女の脅威に怯える必要もない。

 長い間魔女によって抑圧されてきた人間は初めて自由を知り、今まで魔女のためにあった文化を捨てて新しい価値観に飛びついていった。

 

 それに反発したのはエルフだ。彼らは魔女の生存を信じ、またいつか魔石の奉納は復活すると主張した。さっさと魔女信仰を捨てようとする人間たちが信じられなくなり、対立するようになった。エルフは魔女時代の文化——特に奉納祭の歌や踊りを人間たちから守ろうとした。

 

 そうして人間とエルフの対立が深まって数百年経ったころ、とある人間が奉納品だったため今まで触れることのできなかった魔石に、不思議な力があることを発見した。

 

「その力は『魔石術』という」

「『魔石術』?」

「そうだ。『魔石術』は魔女の魔法のような威力はなかったが、それでも武力としてはかなりのものだった。『魔石術』が使える人間は『魔石使い』と呼ばれるようになり、国を支配するようになった。そして……魔石使いたちは当時対立していたエルフたちを、その魔石術を使って次々と狩っていった」

「え……」

 

 その結果、今から一千年前、彼らが守っていた歌や踊りの文化とともにエルフは滅びた。

 それと同時に本格的な魔石時代が訪れ、魔石信仰が広がった。

 神は魔石を扱う者として、魔女ではなく人間を選んだ。今度は人間が魔石を正しく使い、世界を発展させていくのだ——と。

 

 

「それから一千年近くたった今も魔石信仰は続いている。何百年か前に大きな国同士の長い戦争があって強い魔石使いたちがごっそり減ったが、魔石信仰は変わらず生活の中心にある」

 

 長い長い話を終えて、クィルガーがふぅっと息をつく。

 

「え……ちょ、ちょっと待ってください。最後のところでどえらい展開になってませんか⁉」

 

 私は今聞いた話を頭の中で改めて整理する。

 古代、この世界は魔女が支配していた。しかも圧倒的な力で。だが何故か魔女の圧政が突然終わって、人間は自由を得た。そして魔石術という強い武力を手に入れて、その頃対立していたエルフたちを一方的に殺した……ということらしい。


「魔石術という力を手に入れたからってなぜエルフを攻撃したんですか?」

「それは……推測だが当時の人間にしてみれば今まで自分たちを抑えつけていた魔女がいなくなって新しい価値観に飛びつきたい時に、魔女はまだいるとか魔石の奉納は復活するんだとかいう存在がいたのが気に食わなかったんだろ。エルフがなぜ魔女の肩を持つのかはわからないが新しい時代に行こうとしてる時にそんなこと言われたから面白くなかったんじゃないか?」

「主張が違ったから……だからエルフを滅ぼしたんですか?」


 自分の感覚ではそんなことで? と思ってそう言うと、クィルガーは「俺も当時の人間たちの行動については心の底から同意は出来ん」と苦しそうな顔をする。

 

「……あの、じゃあ今の人たちにとってエルフってどんな存在なんですか?」

「……対立していたとはいえ、一方的に殺した相手だからな。大昔のこととはいえ正直あまり触れたくない存在だし、エルフという単語自体、表立って口にしないことになっている」 

「禁句ってことですか……」


 確かに初めて会った時のクィルガーやヴァレーリアもエルフという言葉をなんとも言いにくそうに口にしていた。

 

 あの時の反応はそういうことだったのか……。

 うわぁ……エルフと歌の存在がタブーである理由が想像以上の規模の話だった……。

 

 そしてそこでようやく、私は今自分がどう言う立場なのか理解した。

 

 私、この世界では完全に厄介者ではないか。

 

 それに気づいてズン、と心が重たくなった。

 エルフの体になったのはついさっきだが、なんだか自分の存在が全否定されたようで絶望的な気持ちになる。

 

 せっかく恵麻の時にはなかった声と耳が手に入ったのに、エルフと歌と踊りが禁忌だなんて、ショックすぎるよ……。

 

 エンタメ命の私にとってあまりの仕打ちではないか。歌も踊りもできなくて、仲間はみんな滅んで一人ぼっちで、完全なるアウェーの中で一体どうやって生きていけばいいというのか。

 

「私は、この世界に望まれていない存在なんですね……」

 

 そう言葉にすると、目から大粒の涙がダーッとこぼれ落ちた。なぜエルフなんかに転生したのか、どうしてこんなことになったのかと悲しい気持ちがどんどんと溢れてくる。

 

「ディアナ……っ」

 

 私がそうして泣いているとヴァレーリアが腕を伸ばして私をぎゅっと抱き締めた。

 禁忌の私に触れたくないと思ってるわけではないとわかって、その腕の中でほっと息をつこうとしたが、彼女はさらにぎゅうぎゅうと腕に力を入れ、私の顔は彼女の大きな胸に完全に埋まる。

 

「……⁉」

 

 いやちょっと待って、大きな胸の感触には大いに慰められるけど、息、息ができない!

 ひょっとしてヴァレーリアってこういうのに慣れてない?

 

「むぐううう……っ」 

「姐さん! ディアナちゃんが窒息しちゃう!」

 

 そのサモルの焦った声を聞いてヴァレーリアが力を緩める。

 

「ぶはぁ! はふっはふっ」

「ご、ごめんなさい。大丈夫?」

「はひ……」

 

 そう答えながら私は大きく息を吸って吐いて肺に酸素を急いで入れた。

 

 あ、危なかった……転生先で絶望したあとに美女の胸の中で死ぬところだった。

 

 酸欠の頭でそんなことを考える。

 とりあえず命の危機を乗り越えて涙は止まった。

 

 



序盤で重い歴史の話になってしまいましたが

ここで入れないと入れるとこがありません。

エルフが全否定されました。

美女の胸で死にかけて次に続きます。


次は 最悪の転生 です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、昔、「マクロス」というエンタメで異星人と戦うという作品がありまして、ある意味声優さんが歌手として活躍するのの走りだったのですが、、そんな事を思い出させてくれる作品ですね。語り口も軽妙かつ…
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