ディアナについて ハンカル視点
俺はハンカル。標高の高い険しい山々に囲まれた小国ウヤトで生まれた。砂漠の国アルタカシークの南東に隣接するウヤトは昔から大量ではないが質の良い魔石が採れることで有名で、高位の魔石使いがよく生まれる土地だ。
広い農地が確保できず山の斜面に段々畑や棚田を作り、必要最低限の食料で暮らせるような生活をしてきたため、ウヤトの国民は大人しくて真面目な者が多い。
ウヤトの王都は山に囲まれた盆地に魔女時代に造られた。俺はその王都で高位貴族の次男として生まれ、他のウヤト人と同じく真面目な人間に育った。
特に物事を俯瞰して見るのが好きで、一つのものを深くというより広く浅くたくさんの知識を学んで、その全体像を把握するのが好きなのだ。
アルタカシークの学院はウヤトでは手に入らない知識や情報を学べるから、入学するのをとても楽しみにしていた。
入学初日に同室になったラクスになぜか気に入られて、その性格に振り回されることには少しうんざりするものの、彼のおかげでとても興味深い学生と知り合えた。
ディアナは不思議な人間だ。
とても整った見た目をしているが、喋ると貴族とは思えないほど表情が豊かになるし、周りの空気をパッと明るくする。
出会ってすぐに自分の事情について俺たちに話したのには驚いたが、きっとその方が変な誤解を与えずに済むと考えてのことなのだろう。
ディアナは高位貴族らしくは見えなかったし、アルタカシークのこともあまり知らないようだったからその判断は間違ってなかったと思う。
しかし、あんな壮絶な人生を歩んでいるのに、なぜあのようなカラッとした明るさがあるのだろう?
ディアナの事情がもし自分に降りかかってきたら、とてもじゃないが明るく振る舞うなんてできない。きっと何日も考え込んで「なぜ自分がこのようなことになったのか」と一人で悶々としているに違いない。
ましてやそんな個人的な事情を、その日出会った人に話すなど絶対に無理だ。
だから逆にそれができるディアナに興味が湧いた。
学院生活が始まって、ディアナはすぐに話題の学生になった。特に基礎魔石術の授業でその優秀さが目立つようになる。
本人に言うと、キョトンとした顔で「ええ? なにそれ」と答えていたがファリシュタがその優秀さを教えてくれた。それを聞いてもディアナはあまりその凄さにピンときてないのか「ハンカルだって一級だから音は良く聞こえるでしょ?」と言ってきた。
確かに俺だけじゃなく、ウヤトの魔石使いは音合わせが速い。それは学院に入る前に基礎魔石術の予習をきっちりやるからだ。
先生や他の国の学生は身近にある物を叩く音などで魔石の音と似てる物を探すが、ウヤトでは音合わせに角笛を使う。
放牧などで使う角笛で魔石の音と似た音を出し、子どもたちはそれを聞いて四種類の音を覚えるのだ。
そういう予習をして入学するのでウヤトの魔石使いは優秀と言われる。きっとディアナもそういう訓練を学院に入る前にやったのだろう、とその時はそう思っていた。
ディアナの異質さに気付いたのは一級魔石術の授業の時だった。
先生流の魔力の測定で最後に残されたディアナを不思議に思い、上級生のグループに分かれてからも俺はこっそりディアナと先生が話しているところを見ていた。
先生はディアナと少し話したあと、俺たちに石が見えない位置にスッと体を移動した。ディアナの姿も先生の大きな体に隠れて見えなくなる。そのあと緑の光と赤の光が見えて、測定が終了した。
なぜ先生は俺たちから見えないようにしたんだ?
バイヌス先生は厳しくて見るからに優秀な先生だ。偶然あそこに移動したとは考えにくい。
そして測定が終わったディアナは小走りでイバン王子の方へ向かい、そのままそのグループに入った。
ディアナは一番のグループなのか!
一番のグループにはグルチェと大国の王族二人しかいない。もちろん高位貴族の中にもそれくらいの力を持つ一級魔石使いが生まれることもあるが、ディアナは元々没落した貴族なのだ。そんな貴族の家から王族と同等の力を持つ子が生まれたなんて今まで聞いたことがない。
ディアナは一体何者なんだ?
授業の帰り際に測定のことについてディアナに質問したが、その答えとは裏腹にディアナはなんとも言えない表情をしていた。いつものカラッとした明るい顔じゃない。
ディアナはなにか重要なことを隠してるのかもしれない……。
そして次はもっと違う異質さに驚かされた。
ある日、俺とラクスはお昼休みにディアナに呼び出された。そこで「演劇クラブ」に入らないかと誘われたのだ。
どうやらディアナのやりたいこととはこの演劇クラブの設立らしい。俺は演劇というものに縁遠かったのでいまいちピンと来なかったが、ラクスの話やディアナの説明を聞いて、ディアナが一味違った演劇を作りたいと思っていることはわかった。
ただ、実際に観たことがない俺にとっては特別興味を惹くものでもなかった。
だがそのあとに観たディアナの演技に、俺はまたもや驚かされた。
俺に劇を観せてあげると言ってラクスと向かい合ったディアナは、目を閉じて深呼吸をしたあと、ゆっくりと目を開けた。
ディアナの空気が変わった?
次の瞬間、ディアナは顔を歪め、台本の台詞を言いながら駆け寄り、ラクスにすがった。ラクスは素で驚いているがディアナに言われ台詞を読む。それに合わせてディアナが身振り手振りで状況を説明し、涙ながらにラクスに懇願する。
目が離せなかった。
見ているのはディアナなのに、ディアナじゃない人物に見えてくる。不思議な現象だ。
これが演技……これが劇なのか?
次の場面に移り、今度はラクスと対決する兵士の役に変わった。ディアナは急に荒くたい口調になり、ラクスに喧嘩をふっかける。
そしてディアナは大きく右手を振りかぶり、それを避けられてラクスの拳を腹にくらう。そこで突然カァン! という音が響いた。どうやらファリシュタが持っている木で音を鳴らしたらしい。
驚いて固まっていると、腹を殴られたディアナがぐらりと地面に崩れ落ちた。
戸惑いの声をあげるラクスにディアナは笑いかけながら立ち上がる。
びっくりした……。本当に殴られたのかと思ったぞ。
劇はそこで終わったが、正直もっと観ていたかった。それくらいディアナの演技が見事だったのだ。
ディアナはなぜこんな演技が出来るんだ? 涙を浮かべることもコツがわかればできるようになると言っていた。そのコツはどこで学んだんだ?
本人はクィルガー様と一緒に行動していた時に、たまたま旅芸人の劇を観たと言っていたが、それだけで新しい演劇クラブを立ち上げたいとまで思えるのだろうか?
ディアナについての疑問がいくつも湧き上がってきた。
俺は目の前に「これはどうなってるんだ?」という疑問が湧くものがあれば、その仕組みがわかるまでとりあえず追求したくなる性分だ。
俺は演劇というものよりディアナ自身に興味が湧いた。
この先、ディアナがなにをしていくのか観察したい。一体ディアナは何者で、なにをしようとしているのか、見届けたくなった。
だから演劇クラブに入ることを決めた。
その後ディアナたちと別れ、ラクスと一緒に次の授業がある教室へ向かう時にラクスに言われた。
「ハンカルは演技はしないんだろ? なんか他にやることってあるのか?」
「……どうだろうな。ファリシュタのように音出しを使う役目をするか、劇の発表をするときに場所を確保したり各先生に報告したり、そういう事務的なものはできるかもしれない」
「ふーん、ま、詳しくはディアナじゃないとわかんないけど、ハンカルは頭脳派って感じだからそれが似合ってるかもな」
「そうだな」
俺が演劇クラブでできること……か。
「ディアナは貴族に受ける話を劇にしたいと言っていたな」
「ああ」
「では貴族の学生たちが今なにに興味があるのか、その情報を収集してこよう」
そして十の月に入り、社交クラブのパーティが開かれる日になった。会場はパーティ仕様に飾りつけられた大講堂だ。
俺は一人その会場に入ると、その飾りつけや来ている学生の顔を観察しながら食べ物の並べられた場所へ向かう。
会場の端に設置されたテーブルには寮の食堂から運ばれた軽食や飲み物がずらりと並べられていて、立食するスペースやゆっくり座ってお茶をするスペースが用意されていた。
会場にはたくさんの学生が溢れていて、みんな普段喋らない他寮の人との社交に勤しんでいる。
俺は立食のスペースにグルチェを見つけてそこへ近付く。どうやら他のウヤトの学生たちもいるらしい。
「きたよグルチェ」
「ああ、ハンカル! ようこそ社交クラブへ」
「久しぶりだなハンカル」
「学院生活はどうだ?」
グルチェだけでなく同郷の顔見知りも話かけてくる。
「ハンカルは一人で来たの?」
「ああ」
「社交クラブに一人で来るなんて……この前のディアナ、だっけ、あの子も連れてきたらよかったのに」
「ディアナも他の友達も忙しくてね」
そんな会話をグルチェとしていると、そこに集まっていた他の学生が食いついてきた。
「ディアナってうちの寮の一年の子だよな? 優秀だって噂を聞いたけど」
「一級でイバン様と同じくらいの力の持ち主って本当なの?」
あっという間に知らない上級生たちに囲まれる。
相変わらず貴族というのは噂話が好きだな……。まぁ、だからこそのこの社交クラブなんだろうけど。
「もうディアナのことがそんなに広まってるんですか? すごいですね」
「社交クラブではいつも王族の方々のお話が中心だから、少し違った話題が出てきて注目されてるのよ」
どこかの国の上位貴族の学生に言われ、なるほどと納得する。変わった話題であるほど噂の回るスピードが速いのか。
「最近はどんな話題が多いんですか?」
「そうねぇ、その優秀な一年生の子の話と、やはりレンファイ様のお相手の話が多いわね」
一人の女学生がそう言うと周りにいる女性たちも「やっぱりそうよねぇ」と華やいだ声をあげる。
「レンファイ様のお相手はまだ決まってないんですよね?」
「ええ、でもレンファイ様はすでに婚約できる年齢ですし、卒業すればすぐに王座に就かれる予定だから、いつお相手が決まったという知らせが来てもおかしくないでしょう?」
「ですからどの国の王子が婿入りするのかみんなで予想しているのよ」
それを聞いたグルチェが呆れた声を出す。
「本当にみんなそういう話が好きねぇ」
「あら、仕方ありませんわグルチェ様。レンファイ様に婿入りとなると相手はそこそこ大きな国の第二王子や第三王子ですもの。年齢や国の大きさで釣り合いが取れる方はどなたなのか、考えるだけで楽しいではないですか」
「私も一応王女なんだけど、誰も結婚相手の噂をしてくれないわよね」
「あら、グルチェ様も話題に上がってますわよ」
「え、そうなの?」
「ふふふ、私たちの予想ではグルチェ様のお相手はイバン様ではないかと」
「ええ⁉ イバン?」
意外な名前が出てきたのかグルチェが目を見開いて驚く。
「ウヤトは小国ですけど優秀な者が多いですし、グルチェ様の力はイバン様に続いて強いんですもの。ザガルディに嫁ぐことになってもおかしくないでしょう?」
「ええー……」
その予想を聞いてあからさまに嫌な顔をするグルチェに後ろから声がかかった。
「俺の相手になるのはそんなに嫌かい? グルチェ」
そこにはサラサラの金髪をなびかせて爽やかな笑顔を浮かべるイバン王子がいた。周りにいた女生徒から「イバン様!」と黄色い声があがる。
グルチェは特に動じることもなくそれに応えた。
「嫌よぅ。大国なんかに嫁いだらあとが大変じゃない。私はもっとのんびりできる国に嫁ぎたいの」
「ははは、はっきり言うね」
そこそこ失礼なグルチェの台詞をイバン王子は軽快に受け止める。
本当に嫌味のない人だなこの人は……。
「それで他にはなんの話を?」
「レンファイ様のお相手のお話ですわ」
「……ああ、やはりその話はどこに行ってもあるのだな」
「イバン様にはその辺のお噂はなにか耳に届いてまして?」
「レンファイの相手についてか? それはまぁ、それなりにはね」
「まぁ!」
イバン王子の言葉に周りにいる学生が期待を込めた目になる。
「はは、残念ながらそれを喋ることはできないよ。俺が噂を大きくしたらレンファイに叱られるからね」
そう言っておどけるイバン王子に「まぁイバン様」と笑いが起きる。イバン王子は「ではその噂のレンファイにも挨拶してこよう」と言ってレンファイ王女がいる場所へ去っていく。
その姿を見送っているとグルチェが話しかけてきた。
「見事でしょ? イバンって」
「ああ、本当に王子になるべくして生まれてきたような人だな」
「私も初めて会った時『こんな見本みたいな王子っているんだ!』って驚いたよ」
「見本っていうのはちょっと……」
「顔立ちが整ってるのはもちろん、騎士を率いる力もあるし、社交だってこの通り難なくこなせる。ザガルディはしばらく安泰ね」
「安泰な国に嫁いだ方がいいんじゃないか?」
「それは絶対いや。ザガルディに嫁いだら昼間に野山を駆け回るなんてできないでしょ?」
「それはどこの国に嫁いでもできないと思うけど……」
ウヤトは自然に囲まれた国だから、グルチェのような王女でも平気で外を駆け回ったりする。それを許してくれる国はウヤトより南国にあるジャヌビ国かカリム国くらいだ。
「でもやっぱり社交の話題といえば婚姻関係が多いんだな」
「そりゃねぇ。みんなお年頃だし」
婚姻関係か……となるとそういう物語を劇にした方が学生の興味を惹くのかもしれないな。
ふーむ、と考えながら俺は他の席も回ってみることにした。
今までなんの目的もなく社交をするのが好きではなかったが、こうしてなにかを探ろうと思って話をするのは案外楽しいものだな。
そんな自分に驚きながら俺はその後も社交に勤しんだ。
ハンカルから見たディアナは摩訶不思議すぎました。
真面目にディアナを観察していくことになります。
次は 談話室にて、です。




