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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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初めての読み合わせ


 次の日のお昼休み、私は中庭にラクスとハンカルを呼び出した。テーブルを挟んで片方の石のベンチにファリシュタと私、向かいのベンチに二人が座って昼食を食べたあと、ラクスがお茶を飲みながら口を開く。

 

「んで? 俺たちに話ってなんなんだ?」

 

 私はニンマリと笑ってそれに答える。

 

「前にね、私のやりたいことを話せる時が来たら話すって言ったでしょ?」

「ああ、あの時の」

「ファリシュタにはもう話したんだけど、ぜひ二人にも聞いてほしいと思って」

 

 私はそう言って荷物の中から一枚の紙を取り出して二人の前に出した。ハンカルがその紙に書かれている文字を読む。

 

「『演劇クラブを一緒に作ろう!』?」

「演劇クラブ?」

 

 二人に見せるために用意したその紙には演劇クラブの魅力がずらーっと書いてある。

 

「二人は劇って観たことある?」

「俺はあるぞ。ジャヌビ国はよく祭を開催するからその時に旅芸人がやってきて、街のそこら中で劇とか手品とかやるから」

「俺はないな……。ウヤトは高い山々に囲まれた自然の厳しい土地にあるから、旅芸人がやって来ることもあまりないんだ」

 

 ハンカルは観たことないのか。これはハードルが高いかな。

 

「劇っていうのがどういうのかは知ってる?」

「ああ、実際に観たことはないが知識としては知っている。物語になっているものを人が実際に演じていくものだろう?」

「そうそう」

 

 ハンカルに頷いていると、ラクスが腕を組んで不思議そうな顔で聞いてくる。

 

「ディアナは劇をやるクラブを作りたいのか? あれって平民がやるものだろ?」

「別に平民しかやっちゃいけないってことはないでしょ?」

「そうだけど、貴族がやるってイメージはないからなぁ」

 

 貴族にしては柔軟な考え方のラクスでも、平民がやっていることを貴族がするなんて、という感じらしい。

 ファリシュタは元々平民なのであまり気にならなかったのかもしれない。

 

「平民と全く同じ劇をするつもりはないよ。私なりにもっとこうしたら面白くなるのに、っていう要素を足して、さらに貴族向けの劇にするつもり」

「貴族向けの劇?」

「ふっふっふん。私が劇でやりたいと思ってる話はこれなんだよね」

 

 私はそう言って、図書館から借りてきたクィルガーの本をテーブルの上に置いた。

 

「あ! これってクィルガー様がモデルになった本?」

「俺も読んだことがある。これってディアナの養父になったクィルガー様のことだろう?」

「そうだよハンカル。ていうか私がこの本を知ったのは最近なんだけど」

「え、こんな有名な本知らなかったのか? ディアナ」

「ラクス、私は記憶を失くしてクィルガーの養子になって、そこから学院に入るまでずっと勉強してたから、こういう本は読んだことなかったんだよ」

「あ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 私の設定忘れないでよ、ラクス……。


「この騎士物語を劇にしたら面白いと思わない?」

「この本を劇に……か」

 

 ハンカルは腕を組んでうーんと唸っている。劇を観たことがないのであまり想像ができないようだ。それとは反対にラクスは少し興味を持った顔になる。

 

「ディアナ、この本って騎士たちの戦いのシーンが多いけど、そこも劇にするのか?」

「するよ、もちろん。本物の戦闘みたいに激しくはできないけど、音出しのラッパや太鼓の音なんかも足して派手にするつもり」

「音出しを?」


 音出しは騎士の訓練などでも使うらしく、二人ともその存在は知っていた。

 

「旅芸人の劇はね、役者が舞台の上で台詞を喋って身振り手振りで演技をするだけなんだよ。シンプルなんだけど、ちょっと迫力に欠けるっていうか」

「……確かに役者が喋ってるだけだったな」

 

 ラクスがなにかを思い出しながら呟く。

 

「そういう普通の劇をここでしたって面白くないでしょ? 私の劇はもっと面白く、もっと派手にしたい。だから台詞だけじゃなくて効果音や照明も足して、今までにない新しい劇を作りたい」


 そう言うとラクスが目をキラキラさせて言った。

 

「新しい劇か……! なんか楽しそうだな!」

「絶対楽しいよラクス!」

 

 いいよいいよ、ラクスが食いついてきた。

 

「ううーん、俺は劇を観たことないから、いまいちピンと来ないな……」

 

 盛り上がってる私とラクスにハンカルがそう言って首を傾げる。

 

「だったら今ここで劇を観せてあげるよ、ハンカル」

「ディアナ?」

 

 私はごそごそと荷物の中から自分で書いた台本を取り出して二人に渡す。

 

「ここはね、クィルガーの物語の序盤のシーンなんだけど、私が村長の芝居をするから、ラクスはこれ見ながらクィルガーの台詞を読んでいってくれる?」

 

 と、あるページを開いてそう言うと、ラクスが驚いた声をあげる。

 

「え? 台詞? お、俺がクィルガー様をやるのか⁉」

「クィルガーの台詞は大人しめなものが多いから普通に読んでくれるだけでいいよ。はい、台本持ってこっちに立って」

 

 私はテーブルの横に立って、その前にラクスを移動させる。

 

「ファリシュタ、いい?」

「うん」

 

 石のベンチに座ったファリシュタの手には細長い棒状の四角い木が握られている。とりあえず即席の音出しとして拍子木を作ったのだ。

 

 実はこれ、家から送られてきてた荷物の箱をちょっと解体して作ったんだよね……。ごめんクィルガー。

 

 向かい合って立つ私とラクスを、ハンカルとファリシュタが座って見つめる。

 私は目を瞑って深呼吸をした。

 

 スゥ——ハァ——。

 

 私は貧しい村の村長。村が見たことのない魔獣に襲われて助けを呼ぶためにここにきた。そこで屈強な戦士に出会った。

 

 スッと目を開けてラクスを見る。私の頭の中ではラクスはクィルガーにしか見えなくなっている。

 私はその姿を見て目を見開き、ラクスに駆け寄る。

 

「貴方様はもしや騎士様ではないですか⁉」

「うぇえ?」

 

 私の演技に驚いたラクスが変な声をあげた。

 

「ラクス、台詞」

「あ、ああ、ゴホン。ああ、そうだが、おまえは?

 

 私はラクスの前で跪き、左手を胸の前に持ってきて拳を握り、右手を背中に回して頭を下げる。このポーズは下位の者が上位の者に会った時にする恭順のポーズだ。

 

「私は隣の村の村長です。騎士様、お願いです。私の村をお救いください!」

「なにかあったのか?」

「私の村が見たことのない魔獣に襲われているのです! 私は命からがら村を飛び出して助けを求めにここへやってきたのですが、この街の騎士団が不在で……!」

「見たことのない魔獣だと?」

「はい、村はその魔獣にやられて大変なことになってます……騎士様、どうかどうか私の村を助けてください!」

 

 私は目に涙を浮かべてラクスを見上げる。ラクスはそれを見て驚きながら台本に視線を戻す。

 

「わかった、この街には自警団の兵士がいるだろう、そいつらを連れて村へ向かおう」

「しかし騎士様、兵士には相手にされなかったのですが……」

「フン、あいつらを味方をするのは簡単だ。見ていろ」

 

 そこでファリシュタがナレーション部分を語り出す。

 

「そうしてクィルガーと村長は兵士の溜まり場になっている酒場へ向かった。そしてそこにいる兵士たちに村を助けにいこうと声をかけるが誰も返事をしない。クィルガーはその中で一番強そうな兵士に喋りかけた」

 

 ナレーションが終わりラクスの台詞になる。

 

「おい、おまえはこの街の兵士だろう、なぜ村へ助けに行かない?」

 

 私は村長から兵士の役に替わり、ビールを飲む仕草をしながらラクスを睨む。

 

「騎士でもねぇのになぜ俺が危険を冒してあんなチンケな村へ助けに行かなくちゃいけねぇんだ」

「そうか、おまえは村を助ける力がないからそう言うんだな」

「あ? なんだと? 俺は強えぞ!」

「じゃあ俺と勝負してみるか?」

 

 ビールを乱暴に置く動きをして、私は睨みながらラクスと対峙する。台本にはここで兵士がクィルガーに襲いかかって返り討ちにあう、と書いている。

 

「ラクス、私が右手でパンチするからそれを避けてお腹を殴るフリをして」

「わ、わかった」

 

 ラクスと小声でそうやり取りすると、私は「このぉ!」と言いながらラクスに殴りかかる。ラクスは顔を背けてそれを避け、私のお腹に拳を当てる。その瞬間、ファリシュタがカァン! と拍子木を打った。

 私は殴られたポーズのまま少し固まり、その後ドサっと地面に崩れ落ちた。

 

「わあっ大丈夫か? ディアナ!」

 

 ラクスが慌てて私を起こそうとする。

 

「大丈夫だよラクス、演技だから」

 

 私が笑いながら立ち上がると、ラクスと同じように驚いた顔でフリーズしていたハンカルが、それを見てホッと息を吐いた。

 

「ビックリした。本当にラクスが殴ったのかと思ったぞ」

「そんなことするわけないだろ!」

「フフフ、ラクスの動きとファリシュタの音がピッタリ合ったんだね。すごいよファリシュタ」

「わ、私もあんなに上手くいくとは思わなくてビックリしちゃった……」

 

 私はラクスから台本を受け取って二人に笑いかける。

 

「ありがとうラクス、初めてにしてはすごく上手だったよ。ハンカルはどうだった?」

「いや、正直驚いたよ……特にディアナの演技に」

「だよな⁉ ディアナの演技うますぎないか⁉」

「そう?」

「ああ、初めて劇を観る俺でもわかるくらい、うまかったぞ」

「えへへ、前からコソっと練習してた甲斐があったかな」

 

 私はそう言いながら席に戻る。前からコソっとどころか、前世の小さなころからやってきたことなので、これくらいできて当たり前なのだが、もちろんここでは秘密だ。

 

「あのいきなり涙を浮かべるところなんかどうやったんだ? 俺が泣かせたのかと思って焦ったぞ」

「あれはコツがあってね。そのコツを掴めばラクスでもできるようになるよ」

「ええ? で、できるかなぁ……」

 

 ラクスが困惑した顔でそう呟き、その隣でハンカルが首を傾げる。

 

「ディアナとファリシュタは台本を見ていなかったが、二人とも台詞を暗記していたのか?」

「うん、そうだよ」

「よく覚えられたな」

「さっきやった部分をファリシュタと何度も読み合わせしたからね」

「読み合わせ?」

「この台本を役者同士で読み合っていくことだよ。ファリシュタは演技はしないけど練習に付き合ってくれたの」

「それくらいしか私にはできないから……」

「ううん、さっきの音出しもタイミングバッチリだったし、ファリシュタには息を合わす才能があるよ」

 

 私の言葉にファリシュタが目をパチパチと瞬く。

 

「息を合わす?」

「セリフの掛け合いの間だったり、さっきみたいに音を入れる瞬間だったり、そういう他人となにかのタイミングを合わせるのが上手いってこと」

「そ、そんなことないよ……」

「そんなことあるの。ああーファリシュタも演技やってくれたら嬉しいんだけどなぁ」

「それは絶対に無理!」

 

 ファリシュタは顔を真っ赤にして両手で大きなバツを作る。

 

「あはは、わかってる。無理矢理舞台に立たそうなんて思ってないから」

 

 そして私はラクスとハンカルに向き直る。

 

「ね、どうだった? 今のはほんの一部分だけだったけど、私はああいうのをもっと大人数で、もっと派手な演出にした劇をやりたいと思ってる。よかったら私と一緒にやってみない?」

 

 二人は同時に腕を組んでううーん、と考え込む。と、ラクスがすぐに口を開いた。

 

「俺は……やってみたいかも」

「本当?」

「平民と同じものをやるのは嫌だけど、貴族向けの派手な劇っていうんだったらやってみたい。俺は新しくて楽しいことには目がないからな!」


 そう言ってあははははと豪快に笑う。それを見ていたハンカルもフッと笑って言った。

 

「俺も興味は出てきたよ。実際に演技するのは難しいと思うが、俺になにか手伝えることがあればメンバーに入れてくれ」

「ありがとう! やった!」

 

 演劇クラブの仮メンバーを二人ゲットしたよ!

 ああでも、ハンカルは演技はしてくれないのか。

 

「ハンカル、初めてのラクスでもできたんだから、ちょっと読み合わせやってみない?」

「……まぁ構わないが。俺は上手くできないと思うぞ?」

「いいからいいから」

 

 実際にやってみたら意外と上手いとかよくあるのだ。ファリシュタみたいにね。

 

 と、思ってハンカルと読み合わせをしてみたのだが、悲しいことに彼の演技は絶望的にダメだった。超真面目な性格のハンカルは台詞を読むことと感情を乗せることが同時にできなかったのだ。

 ハンカルが台詞を読む度にラクスが爆笑してしまい、ものすごい空気になった。


「ふむ、やはり俺には向いてないみたいだな」

 

 と特に落ち込む様子もなく淡々とハンカルが言う。

 

 そうだね……ハンカルは完全に裏方向きだね。

 

 ハンカルとラクスのやり取りの面白さをそのまま劇に活かせたらと思ったのだが、それは無理そうだ。

 

 ああーじゃあラクスと私でやるしかないかぁ。

 

 私は頭の中のメモ帳に「私とラクス用に台本は練り直し」とメモした。

 

 

 

 

ファリシュタに続き、ハンカルとラクスも仲間になりました。

ハンカルに演技が不可能とわかってガックリ。

計画の見直しが必要になりました。


次は ディアナについて ハンカル視点、です。


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