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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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ソヤリとの面会


 次の日、苦手な歴史の授業を超集中モードで終わらせ「ちょっと用事があるから」とファリシュタに話して速攻で教室を飛び出した。

 

 ソヤリさんと面会だ、めんかーい。

 

 と心を躍らせながら校舎の階段を下りて地下へ向かう。説教部屋のある階には大講堂もあるので、放課後に練習で使うシムディアクラブの人たちが来る前にささっと入らなければいけない。

 

 「あの子、説教部屋に入ったわよ、一体なにをしでかしたのかしら」とか言われて噂になったら嫌だもんね。

 

 周りを気にしながら地下二階に降りると、説教部屋の前に男性が立っていた。

 

 あ、あの人測定の時とか面接の時に案内してくれた人だ。

 

 スッと壁に溶け込むように立っていて、紺色のターバンから黒髪がのぞいている。その男性は私に気付くと薄い緑の目を細めて微笑み「お待ちしていました。周囲の人払いは済んでいますので、中へ」と言って扉を開けてくれる。

 

 ど、どうやって人払いしてるんだろう……。

 

 心配していた人目につくという懸念がなくなっていたことはありがたいが、手際が良すぎてちょっとビビる。

 部屋の中に入るとソヤリが机の向こうに座っていた。相変わらず表情の読めない不思議な雰囲気の人だ。

 

「お久しぶりですね、元気そうでなによりです」

 

 私が向かいの椅子に座るといつもの丁寧な口調で話しかけてくる。

 

「お久しぶりです、ソヤリさん。あの、扉の前にいる男性ってソヤリさんの部下の人ですか?」

「ええ、そうです」

「あの人いつもいますよね。私を案内してくれるってことは信用されてる方なんですね」

「……私の部署は秘密を扱うことが多いところですし、彼は貴女のような人物と接触するには適した人材なのですよ」

「そうなんですか]

「これからも貴女と会う時には彼に協力してもらうことになるでしょう」

「あの人の名前はなんていうんですか?」

「今のところはヤガですが、次会う時になんという名前になってるかはわかりませんね」

 

 名前変わるんだ……ソヤリさんの部署ってどういうところなんだろ? なんかとっても怪しい部署っぽい。

 

「……これ以上は聞かないことにします」

「賢明ですね」

 

 そんな会話をしながら私がチラチラとソヤリの手首の方を見てると、

 

「この会話はまだ聞かれていませんよ」

 

 と言われた。前みたいにコソッと王様が聞いているのかと思ったけれど今日は違うようだ。

 

「王と話したいことが?」

「はい! あります!」

「……では後で繋げましょう」

 

 ソヤリはそう言って入学してから今日までの学院生活について質問を始めた。私はその質問に自分が感じたことを率直に話していく。

 

 面会というか、事件の聞き取り調査みたいだねこれ……。

 

「全く、寮長のガラーブは相変わらずですね」

「新入生全員びっくりしましたよ」

「彼女は変わってますし口調もあんなですけど、生徒を平等に見るという点では信用できる人物です。寮のことで困ったことがあったら相談してみてください」

「相談……ですか。なんか怒られそうですけど」

「それが通常ですから気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 怒ってるのが通常状態の人に相談なんてしにくいよ。

 

「基礎魔石術の授業については問題なさそうですね。一級の授業はどうでしたか?」

「バイヌス先生が配慮してくれたおかげで、なんとか一級の魔石使いとしてやっていけそうです」

「貴女の力はバイヌス様の六、七倍らしいですね」

「昨日のこと、もう知ってるんですか?」

「貴女のことはその日のうちに報告が上がるようにしていますから」

 

 むぅ……なんだか見張られてるみたいで嫌だな。

 

「そんな不服そうな顔をしてもダメですよ。この報告は一緒にクィルガーも聞いてますから」

「え、クィルガーも?」

「ええ、貴女の報告を聞く時間になるとどんなに忙しくてもやってきますから、今さら報告をやめるなんてできませんよ。よっぽど貴女のことが心配のようですね」

「……クィルガー、なんか言ってましたか?」

「……授業のことや成績のことより交友関係を気にしてましたね。どんな友達ができたのかとか、変な男に絡まれてないかとか」

 

 ぶはっ!

 

「そっち⁉」 

「あの男がそんな心配をするとは意外でした」

 

 まるで思春期の娘を持つ父親のような台詞に思わず笑ってしまった。へへへへとだらしなく笑う私のことをソヤリが不思議そうに見つめる。

 

「貴女とクィルガーはまだ出会って数ヶ月なのに、そこまで深い関係を築けているのがどうにも解せませんね」

「そうですねぇ」

 

 確かに私とクィルガーは出会ってからそんなに経ってない。でもその間かなり濃密な時間を過ごしたと思う。急に出会った赤の他人のエルフの私を助けて、守ってくれたのだ。

 

「こんな厄介な存在をここまで守ってくれる人なんてそうそういませんよ」

「……それはそうですね。困った人がいたら何も考えず助けに行く癖をどうにかしてもらいたいと思っていたのですが、貴女にとってはいい結果になったようです」

「あ、それで思い出しました。ソヤリさんはクィルガーがモデルのベストセラーになった本を知ってますか?」

「本人が頑なに『読まなくていい』と言っていましたからもちろん読みましたよ」

 

 読んだんだ。

 

「あの物語を劇の脚本に使いたいんですけど、そういう時って書いた作家さんに許可とか必要ですか?」

「許可ですか? どうでしょう? 劇をするのに本を使うものなのかどうか……」

「旅芸人さんたちは劇を作る時の参考に本を使ってると思いますよ」

「平民のことは各ギルドに聞かないとわかりませんね」

「ギルドですか……」

「旅芸人には旅芸人ギルドがあるはずですから」

 

 なるほど……じゃあその辺に詳しそうなサモルに聞いた方が早いかな。

 

 私は椅子の背にもたれて顎に手を当ててうーん、と考える。

 

「まぁ今年は練習として一部分だけ使いたいだけだからいいかなぁ」

「作家の許可よりもクィルガーの許可が必要になりそうですが」

「クィルガーには秘密! 秘密ですよソヤリさん!」

 

 私は口に指を当ててシー! と言う。ソヤリは片眉をあげて僅かに笑った。

 

「……それを含めて演劇クラブについての話は王と直接した方がいいかもしれませんね」

 

 そう言ってソヤリは袖を少しめくって手首にはまった腕輪を見せる。「王はお忙しいので話は手短に」と言ってその腕輪の赤い魔石に触れると、その横にはまっている小さなとんがりがある石がピカッピカッと光りだした。

 信号を送るように数回光ったあと、ソヤリは指を退けた。そしてしばらく待っているととんがり石が再びピカーっと光る。

 

「王です。いいですか?」

「は、はい」

 

 私は少し緊張しながら返事をする。ソヤリがもう一度赤い魔石に触れると、あの低くて掠れた声が聞こえた。

 

『どちらだ?』

「ソヤリです。今よろしいですか?」

『ああ』

 

 ん? なんかこの前より声に元気がないね。

 

 ソヤリは私といること、演劇クラブについて私が話したいことがあることを告げる。

 

『わかった。そこにいるのか? ディアナ』

 

 王様に名前を呼ばれて一瞬ビクッとなる。

 

「は、はい。お久しぶりです、アルスラン様」

 

 私も名前を呼んでいいかわからなかったが、相手の顔が見えない通話状態なのでわかりやすいように言ってみた。チラッとソヤリを見ると小さく頷いたのでどうやら問題はないらしい。

 

 うはぁー、やっぱり王様と話すのは緊張するなぁ。

 

 私は汗ばむ手を膝の上でもじもじと握りしめる。

 

『演劇クラブについて、なにか進展があったのか?』


 そう問う声には相変わらずなんの期待も含まれていない。冷静というより冷淡な感じさえする声にちょっとムッとする。

 

「むぅ……ありました。手伝ってくれる子ができました」

『ほぅ』

 

 こんな感情のこもってない「ほぅ」ってある? もう、全然興味持ってくれてない!

 

 緊張しながらも私が心の中でムキ! と怒っていると、ソヤリがクィルガーの物語を使うことについて王様に説明してくれた。

 

『あの本か……練習に使うくらいなら良いのではないか? クィルガーがどう思うかは知らないが』

「あのっクィルガーには言わないでください! 絶対怒るので」

『怒られるリスクがあるのにその本を使うのか?』

「あんなに面白くて盛り上がる物語はそうないんです! みんなが読んでいる格好いい騎士の物語だったら学生たちの興味を惹けると思うんです」

『確かに貴族の受けはいいだろうな。それで? 私に話したいこととはなんだ?』

 

 私は昨日まとめた要望を頭に思い浮かべる。

 

「私、これから劇を演じてくれる子を集めて、この物語のワンシーンを練習しようと思います。それである程度形になったら寮の談話室でその短い劇を学生に披露して、演劇クラブの勧誘をしたいんです」

『それで?』

「そのためにまず演劇の練習ができる場所が欲しいんです。どこか小さな教室でいいので使わせてください」

『ふむ、練習する場所か。ソヤリ、オリムに話してどこか用意してやれ』

「はっ」

 

 やった。練習場はあっさりゲット!

 

「それからもう一つ、広い場所で劇をするにはマイ……声を大きくするあの魔石装具が必要なんです。それを貸してもらうことはできませんか?」

「あれは貴重な魔石装具ですよ、ディアナ」


 私の要望を聞いたソヤリが表情を動かさずにそう言う。

 

『そうだな。あの拡声筒は比較的新しい魔石装具であるためそんなに数がない。一時的に貸し出すならいいが』

「クラブが発足したら、できればこの先もずっと使いたいんです」

『ならば簡単に許可はできぬな』

 

 やっぱりあれはすんなりとは貸してくれないか。私は姿勢を正してフッと息を一つ吐いた。

 

「……アルスラン様、私『情報』を持ってきました」

『ほう?』

 

 初めて王様の声に感情が乗った。ソヤリも片眉をあげて私を見る。

 

「この情報は貴重な拡声筒と取引できるくらい魔石使いにとって重要な情報だと思います」

『魔石使いにとって?』

「はい」

『いいだろう、話してみよ』

 

 さあさあ、交渉開始だ。

 

「私、基礎魔石術の授業で気付いたんです、自分より速く音合わせができる人っていないなと」

「音合わせは学生が基礎の中で一番に躓くところですからね」

「ソヤリさん、私はそれが不思議でした。私は初めて魔石術を教えてもらった時から音合わせを失敗したことがなかったので」

「貴女の音合わせが正確で速いことは報告にも上がってますよ」

「はい、私かなり速いみたいです。でも全然難しいと思ったことないんですよ」

『其方の音合わせのやり方が他と違うということだな?』

 

 そこで王様の声が響く。相変わらず私の言いたいことを察するのが速い。

 

「そうです、アルスラン様。私の音合わせのやり方はここの学生どころか、多分世界中の魔石使いの誰も知らないやり方なんだってことに気付いたんです」

『なぜそんなことが言える?』

「私は、音合わせをするのに『音楽の知識』を使っているからです」

『!』

 

 私の言葉に王様とソヤリが沈黙する。

 

「そのやり方を知っている私からすると、音合わせなんて簡単なものですし、速くできて当たり前なんです。新入生があんなに苦労して会得するものでもないんですよ」

『その音合わせのやり方と、拡声筒を取引するということか』

「はい」

 

 さすが王様だ、話が早い。するとソヤリが私をじっと見ながら質問する。

 

「貴女は以前の記憶をなくしていると言っていましたが、その音楽の知識は元々持っていたのですか?」

「歌を歌うことは覚えてましたから持っていたみたいです。自分にとっては当たり前のものだったので、これが情報になるとは思いませんでしたけど……」

 

 これは嘘だ。音楽の知識はエルフだからではなく、前世の記憶があるからだ。そもそもエルフが音楽の知識をどれだけ知っていたのかなんてわからない。

 しばらく沈黙が続いたあと、王様が言った。

 

『よかろう、その情報が有益なものならば拡声筒を貸し出そう』

 

 やった! 食いついてくれたよ!

 

 私はソヤリとその腕輪に向かって満面の笑みを浮かべる。

 

 ふっふっふん。

 さてさて、ここからは楽しい音楽のおはなしの時間だ。

 

 

 

 

久しぶりのソヤリとの会話。

クィルガーの父性が強まってました。

そして王様との交渉が始まります。


次は音楽のおはなし、です。

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