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お昼ご飯と自己紹介

 お昼ご飯と自己紹介

 

 

 祠の外は想像していたより静かな森だった。風に揺らめく木々は針葉樹が多く、空気は澄んでいて神秘的な空気に満ちている。上の方でホーウホーウと鳴く鳥の声がその空気に触れ、静かにこだまする。

 小川近くの少し開けたところに焚き火場があり、そこで休憩することになった。昼食を提案したコモラという男性が火を起こすところを、近くで座りながら見学する。

 

「お嬢ちゃん、そんなに近付くとスカーフが燃えちゃうよぉ」

 

 そうコモラに笑いながら言われて慌ててスカーフを抑える。

 私は今、頭から足首まで布で覆われている。あの祠から外へ出る時にヴァレーリアと呼ばれた女性から「その格好で外に出るのはダメ」と言われ、頭は耳ごとスカーフで巻かれ、体は彼女の予備の白いショートマントをズボっと被せられた。私の身長だとマントは足首まである。

 どうやらこの世界では男性も女性も髪や肌をあまり表に出してはいけないらしい。クィルガーもヴァレーリアもコモラももう一人サモルという細身の男性もみんなターバンかスカーフを巻いているし、体も手以外は布で覆われている。

 ヴァレーリアのスカーフはラベンダーで大人っぽくていい匂いがした。スカーフにもマントにも細かな刺繍がされていて、生地もよくみると絹っぽい光沢がある。

 

 この世界は布製品が豊かなのかな……。

 

 そういえばスカーフの中にあのサルもいる。群れに帰った方が良いよと言ったのだが、目に涙を溜めて首を左右に振り、ヒシっと肩にしがみつかれたので連れてくることにしたのだ。

 

 あんな可愛いしぐさでお願いされたら断れないよ……。

 

 そんなことを思い出していると焚き木にあっという間に火がついて、どこからか出してきた鍋にコモラが切った野菜を次々と入れる。ある程度炒めたら水を入れてグツグツ煮だし、丁寧にアクを取り、途中で豆のようなものを追加して味付けをしていく。鍋に入れられた香辛料の香りが空腹を刺激して涎が出そうになった。

 

「はい! コモラ特製『北の根菜たっぷりスープ』の出来上がりぃ」

 

 料理が出来ると焚き火の周りに円座になって全員にスープとチーズとパンが配られる。

 

「あの、私お金とか持ってないんですけど……」

「記憶のない子どもからお金を取ろうなんて思わないから、安心して食べなさい。クィルガーからはもらうけどね」

「え? そうなんですか?」

「当たり前でしょ。クィルガーは別に私たちの旅の仲間じゃないし、自分の携帯食持ってるんだから」

 

 そう言われてちらっと横のクィルガーを見ると、彼はスープを飲みながら片眉を上げる。

 

「いつもなら携帯食で済ますが、コモラの飯は別だ。食える機会があれば金払ってでも食う」

 

 そう言って満足そうに飲む姿に促され、私もスープに口をつけた。

 

「ほわぁ美味しいぃぃ」

 

 野菜の出汁がよく効いていて、よく見るとカリカリのベーコンのようなものも入っている。香辛料のいい香りが鼻に抜けて思わずはふぅと息を吐いた。

 食欲が出てきた私は木のスプーンで野菜を掬ってもぐもぐと食べる。牛蒡と蓮根の間のようなものや緑のにんじんみたいな野菜があってこちらも美味しい。

 分けてもらったパンもチーズも美味しくて私は夢中で食べた。ご飯が合わなかったらどうしようと思っていたのでこれは嬉しい情報だ。この世界で生きていけそうな気がする。

 それから食後、落ち着いたところでクィルガーが口を開いた。

 

「じゃあ簡単に自己紹介しとくか。俺はクィルガー、一人で旅をしている。古い遺跡や祠に興味があっていろんな国を巡って調べているんだ。戦闘力はそれなりにあるから危険な敵が出てきたら任せてくれたらいい」

「それなり……ねぇ。カタルーゴ人がそれなりの戦闘力だったらその辺の戦士はゴミみたいなもんね」

 

 クィルガーの自己紹介にヴァレーリアがじとっとした目つきでツッコむ。

 

「カタルーゴ人ってなんですか?」

「この大陸の南西にある小国カタルーゴを治める銀髪に赤い目をした民族のことよ。カタルーゴ人はこの世界で最強と言われた戦闘民族でね、彼らが本気で暴れたら大国も一夜で滅びるとまで言われてるの。ただ集団で行動するのが苦手でね、結束力がないから小国に留まってるってわけ。周辺の国はそのおかげで助かってるけど」

 

 なるほど、ということはクィルガーはめちゃくちゃ強いんだね。助けてくれた人がこの人でよかった。口が悪くてちょっと怖いけど。

 

「まあ、カタルーゴ人だからってそこ出身とは限らないけどね」

「あ? どういう意味だ?」

「別に」

 

 そう言って話を切り上げたヴァレーリアがこちらに向き直る。

 

「私はヴァレーリア。主に遺跡やダンジョンに眠る宝を探して旅をしてる冒険者よ。私たちはクィルガーと違って目的地は古い遺跡ばかりじゃないけど、こうしてたまに行き先が一緒になるからその度に競争になるのよ」

「俺は別に宝を探してるわけじゃないから競いたくもないんだが」

「そういうわけにはいかないわよ。あなたが遺跡や祠で何を調べてるのか知らないけど、宝を取られない保証なんてないんだから」

「そんなことするかよ、盗賊じゃあるまいし」

「誰が盗賊よ」

「おまえのこと言ったんじゃねぇ。ったく相変わらず気が強いな」

「うるさいわね」

 

 そう言って二人は睨み合う。

 顔立ちのはっきりした美男美女が睨み合ってると映画の世界かなと思ってしまう。絵になりすぎて。

 子分の方は、細身で緑の髪に蜂蜜色の目をした人懐っこそうなのがサモル。二十代前半で職業は商人。手に入れた宝をかなり高値で売ってくる特技を持っていて情報担当でもあるのでいろんなことをよく知っている。

 オレンジの髪に茶色の目をしたぽっちゃりさんがコモラ。こちらも二十代前半で、さっき見た通り美味しいご飯を作ってくれる料理人だ。いつもニコニコしておっとりさんに見えるが戦闘になると意外と素早いらしい。

 サモルはいかにも商人っぽい白いターバンを巻いていて、コモラは高さ十センチほどの円柱形の黄色い帽子を被っていた。

 

「で、最後はおまえだな。とりあえず呼ぶのに困るから名前くらいわかって欲しいが……」

「全然思い出さないですねぇ……」

「とりあえずの仮の名前でも決めるか?」

「それなら可愛い名前がいいわよね」

 

 ヴァレーリアが楽しそうに私を見てそう言うが、私は前世の名前を頭に浮かべる。エマという名前の方が短くて覚えやすいだろうと思ったのだが、そこにサモルが手を挙げた。

 

「あのー、今思い出したんですけど、確か大昔の服って裏に持ち主の名前が刺繍されてたような……」

「そうなのか?」

「はい、クィルガーさん。前に取り引きをした服飾関係の商人から聞いた覚えがあります。個人の服を持つことが贅沢だった大昔に、個人所有の証として裏生地に名前を刺繍するのが流行ったとか。お嬢ちゃんは大昔のエルフだろうし、服がその頃のものなら名前がわかるかもしれないですよ」

「……? あの、私がそんな大昔のエルフってなんでわかるんですか?」

 

 そう質問すると全員が一斉にこっちを見た。みんな何言ってるんだ? って顔をしている。

 

「あぁそうか……記憶がない上に氷漬けになってたから知らないのか……」

「?」

 

 その言葉に私が目を瞬くとクィルガーは一瞬言い淀んで視線を彷徨わせたあと、ガシガシと頭をかいてこちらを見た。

 

「あー、落ち着いて聞いてくれ。エルフはな、その……今から一千年前に……滅びてるんだ」

 

 へ……?

 

「え……ほ、滅びて……る?」

 

 その言葉にポカンと口を開ける。

 

 滅びてる……って、え? 

 絶滅してるってこと?

 え? え? ええええ⁉

 

「待ってください、じゃあ今現在この世界に、エルフはいないんですか? 一人も?」

「そうだ。正しくは今までいなかった。今はおまえ一人だけ存在が確認された」

「うええ……なんということでしょう。じゃあ私、この世界で唯一のエルフってことですか? え、それじゃあこの体は一千年以上前に氷漬けにされて、それからずっとさっきの祠に放って置かれてたってこと?」

「落ち着け、まだお前がそのころのエルフだと決まったわけじゃない。その手がかりを探さないとどうしようもないってことだ」

「とにかく服を見てみないと。こっちにいらっしゃい」

 

 そう言われ、私はヴァレーリアとともに男性陣から少し離れた場所で服の裏生地を調べてもらう。すると案外すぐに刺繍が見つかった。

 

「あ、これじゃない? 古い文字だから私は読めないけど」

 

 そう言ってヴァレーリアが上着の左側の裏を示すので自分でも確かめようと覗く。私が読めるわけないよね、と思いながらその刺繍模様を眺めると、読めた。元から知っていたかのように自然と頭に読み方が浮かぶ。

 

「……『ディアナ』」

「え、読めるの?」

「みたいです……」

 

 自分でも驚いた。本当にこのエルフの知っていた言葉や文字の記憶だけ残っているようだ。

 

 ディアナ。

 

 その名前を見るだけで不思議と懐かしい気持ちになる。しっくりくるというか、この体に馴染んでいる気がしてくる。

 

 ディアナ。私の名前。うん、これだ。


 自分の名前がわかって、なぜかほっとした。自分がこの世界に確かにいるという実感がする。地に足がついた感覚がして、ここで生きていくぞという前向きな気持ちが湧き上がってきた。

 

「本当に名前があったのか……ディアナ、か。いい名前だな」

「よろしくね、ディアナちゃん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 男性陣の元に戻りみんなから名前を呼ばれて挨拶していると、スカーフからサルが出てきてペシペシと私の頬を叩く。見ると自分のことを指差して「パム」と鳴いた。

 

「こいつも名前が欲しいんじゃないか?」

「ああ、名前かぁ。んんー、どうしよう……あ! パムパム鳴くから、パンムーでどう?」

 

 サルにそう提案すると嬉しそうに手を叩く。気に入ってくれたようだ。サルはパンムーになった。

 

「しかし名前があったということはディアナはやっぱり一千年前のエルフなんだな」

「そうみたいですね……なんで氷に閉じ込められていたんでしょうか」

「おまえにわからんことが俺たちにわかるわけないだろ。……あ、そういえばディアナはなんで大蛇に襲われてたんだ? あいつは夜行性で餌を探すのは深夜になってからだ。昼は寝てるはずだが……」

「え? さあ、わかりません……あ、もしかして大声で歌ってたから起きちゃったのかな?」

「歌だと⁉」

 

 そう答えた途端クィルガーがクワッと目を見開いて私に迫ってきた。周りの空気が一気に冷えた気がして私はギョッとする。


 え、なに? なんか私まずいこと言った⁉️

 

 

 

 

衝撃的な事実が次々と投下されます。

初めて自分の名前を知りました。

そして歌を歌ったと言ったら場が凍り付きました。


次は 魔女とエルフ、です。

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