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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
五年生の章 推理アクション劇

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透明の炎と聖火との対話


 高炉の中で私は聖火と向かい合う。あまりに急な展開に周りにいる火守りたちも跪いたまま動けないでいた。

 私はラギナに言われた通り手を聖火の方へ掲げ、彼女が後ろで言う言葉を復唱する。

 

「聖なる火よ。この地に生きる我らに、その力を与えたまえ。捧げるは我がマギアの炎。願わくばこの炎に神火の力を与えたまえ」

 

 私がそう言の葉を紡ぐと、聖火は空中に浮いたまま円を描くように回り出す。それを見てラギナが後ろから「いいよ、聖火が許しを出したから炎の魔石術を出して」と呟いた。私は頷いて赤の魔石の名を呼ぶ。

 

「『キジル』」

 

 さっきラギナが出していた炎は私の力で言うとかなり小さい力だ。多分目盛りの一か二くらいだろう。前に炎爆の魔石術で力の調整を失敗したので少し怖かったのだが、今回は集中しているからかすぐに目盛りを合わせることができた。

 

「炎を」

 

 手を聖火の真上に向かってかざしながらそう命じると、そこに小さな炎が出現する。私はそれがすぐに消えてしまわないようにマギアを細々と流し続けた。

 安定した炎が出来上がると聖火から小さな火玉が飛び出して、私の炎に突っ込んでいく。

 

「……!」

 

 その瞬間、自分の中になにかの衝撃が流れてきた。自分のものではない力が身体中を駆け巡る感覚がする。


「なに……これ」

「ディアナ、どうしたの?」

 

 妙な感覚に顔を顰めていると、炎の色が変わり出した。赤からオレンジ、白、青……そして透明へと色が移っていく。

 

「おお、なんと美しい……」

「すごいディアナ……私の炎より透明度が高いよ」


 そうなんですか、と答えようとした私の息が突然ヒュッという音とともに炎に吸い込まれた。

 

「……⁉」

 

 次の瞬間、私の意識は透明の炎の中へ引っ張られた。あ、と驚く暇もなく私の視界一杯に透明の炎が広がる。

 

 え、なに? どういうこと⁉

 

 わけがわからなくて焦っていると、目の前の炎からシャンシャンという音が聞こえた。

 

 また音だ……この音って多分、マギアの音なんだよね?

 

 紫の魔石に名前を聞いた時もこの音だったので間違いないだろう。ということは、この透明の炎、もしくは聖火にはマギアが含まれているということだ。

 透明の炎の音は何度も私に音を聞かせる。まるで話をしようと言っているみたいに。

 

 パンムーがいればなんて言ってるのかわかっただろうけど、今日は部屋に置いてきたんだよね。

 

 そんなことを思っていると、不意に胸の上辺りがぽわっと温かくなった。どうやら透明の魔石が反応しているようだ。

 

 あ、そっか……もしかして繋がりの魔石術をかけたら炎の言ってることがわかる? でも透明の魔石術は他の魔石術と同時に使うことはできるけど後出しでも使えるのかな……ていうか、そもそもみんながいる場所で透明の魔石術を使うことはできないよね。

 

 シャンシャン……!

 

「え?」

 

 シャンシャン……!

 

 もしかして、使えって言ってる? 繋がりの魔石術を。

 

 シャンシャン……!

 

「……」

 

 当たりらしい。

 私は自分の胸元に視線を落として、心の中で魔石術を唱えてみた。今まで試したことはなかったが、透明の特性がある私だったら口に出さなくても魔石術を使うことはできるはずだ。

 

 ……「シャファフ」透明の炎と繋げて。

 

 音合わせのシャンッという音が鳴り、続いて白い光が目の前の炎にぶつかる。その瞬間、私の目の前に聖火と同じ炎がボワっと現れた。

 

『やった、繋がれた。んもう遅いよ、かわい子ちゃん』

「……へ?」

『僕のこと、わかる?』

 

 目の前でくるくる自転する小さな炎から聞こえてくる可愛らしい男の子のような声に、私は目を見開きながら答える。

 

「……聖火、様ですか?」

『そう。本体から飛ばした火玉と君の出した炎と一体化してるから君と話すことができるんだよ』

「そうなんですか……」

 

 火が喋るというものすごくファンタジーな出来事に私の理解が全く追いつかない。今ラギナや他のみんなにはどんな風に映っているんだろうと考えたところで、意識をグイッと火玉に戻される。

 

『余計なこと考えちゃ駄目。僕への集中が切れると繋がりが切れちゃう。君は僕に話したいことがあるんでしょ?』

「私が……聖火様にですか? 私は聖火様が伝えたいことがあるって聞いて……」

『それは君が悲しい顔をしてたから放って置けなくなったんだよ。かわい子ちゃんは笑ってる方がいいからって僕の記憶が言ってるんだ』

「聖火様の記憶……ですか? 私、聖火様と会うのは初めてだと思いますが」

『僕にもよくわかんない。僕は記憶は残さない。今という時間しか生きていないからね。でも君は笑っていた方がいいって気持ちが湧いてくるから、昔どこかで会ったことがあるのかもしれない』

「え……」

 

 昔会ったことがあると言われて私は混乱する。こんな喋る火と会ったことはない。だがもしかしたらこのエルフが氷に閉ざされる前に会った可能性はあるかもしれない。

 

「その人は……私ではないかもしれません」

『そうなの? まぁ考えてもわかんないからそれはいいや。それで、君はなんでそんな悲しい顔をしているの?』

「それは……」

 

 いきなり出会った聖なる火に自分のことを喋るのは抵抗があったが、なんせ相手は人間でも獣でもない、古代から生きているという火だ。それに口調が可愛らしい少年のような感じなので、警戒心もほとんど湧いてこなかった。

 

 こんなところで黙ってるのもおかしいよね。もういいや、どうにでもなれ。

 

 私は半分投げやりな気持ちで今自分が悩んでいることを全部聖火に話した。聖火は私の話をふんふんと相槌を打ちながら聞いてくれる。

 

『なるほどね。そっか、今エルフってかわい子ちゃんだけしかいないんだ。昔はたくさんいたのにね』

「エルフがいた時のこと、覚えてるんですか?」

『ううん、全然。でもたくさんのエルフと一緒にいたような気はする。別に仲は悪くなかったと思う、多分』

 

 言葉を足していくうちにどんどん内容が怪しくなってくるが、どうやら聖火は昔エルフと一緒にいたらしい。

 

「聖火様は大昔からずっと生きてるんですか?」

『そうだよ。大昔っていうのがどれくらい前なのかはよくわかんないけど、ずっと生きてるよ』

「えっと……じゃあもしかして魔女……とも会ったことがあるのですか?」

 

 魔女は空中に移り住む前に地上で人間と暮らしていた時代がある。その時にも聖火はいたのだろうか。

 

『魔女って……なんだっけ?』

「ええと、この大陸をずっと支配していた存在です。ものすごい大きな力を持っていて、人間を支配していました」

『ん、ああーなんか、そんなのがいた気がする。あの人たち火を荒く使いすぎなんだよねぇ……って記憶だけが残ってるよ』

「あの人たち……ってことは魔女って人間と同じ形をしてるんですか?」

『さあ? 詳しくは覚えてないよ。君たちとよく似た形だった気がするけど。そういえば最近は見ないね。死んだの?』

「わかりませんが……多分生きてはいると思います」

 

 王の間の魔法陣を思い浮かべながらそう答えると、聖火は「ふうん……」と言ったままくるくると自転する。

 

「……聖火様は、ずっと一人で生きているんですか?」

『そうみたいだね。でも僕みたいなのは一人だけど、周りにはいつも誰かいるよ。今だったら彼らだね』

「火守りのみなさんですか?」

『そう。彼らは話し相手にはならないけど、僕の居心地のいい場所を作ってくれる。いい人たちだよ』

「……その人たちと一緒にいて寂しくなることはないのですか?」

 

 火守りたちは何代にも渡って聖火を守ってきたと言っていた。知った顔がどんどんいなくなるのが寂しかったりしないのだろうか。それともその記憶も残さないのだろうか。

 

『うーん……寂しくはならないかな。彼らはいつかは死ぬのだし、僕とは違う理の中で生きているからね。それにしばらくすれば死んだ人については忘れちゃうし……ああそっか、君はそれができないんだね』

「そうですね……私はずっと覚えてると思います」

『それが辛いの?』

「……」

 

 そう、なのかもしれない。

 

 私が今一番寂しいと思うのは、このまま大事な人と過ごした先に、私一人だけが残る未来が見えるからだ。もちろん、今いる人たちだけでなく将来に渡って大事な人との出会いもあるだろうが、その人たちとも別れは来るのだろうし、そしてそういう出会いと別れが繰り返される日々はとても辛く思える。

 大事な人たちの記憶が残り続けることで、その辛さが増すことになるのかもしれない。

 

「覚えて……いない方がいいのかもしれませんね……これからも長い時間を生きていくのなら」

『じゃあさ、そうしてあげようか?』

「え?」

『君も僕と同じように今だけ生きるようにしたらいいんだよ』

「今だけ……生きる」

『そうしたら辛いことなんて忘れるし、今の楽しいことにだけ集中できる。悩むことなんかなくなるよ』

 

 聖火の言葉に頭がぼうっとする。古から生きているという火はくるくると楽しそうに回っている。私のように悩んだり悲しんだりしていない。

 

 私も彼のように生きれたら楽になれるのだろうか。

 徐々に記憶を無くして今を楽しめばいいのだろうか。

 

「そんな生き方が……私にもできるのですか?」

『んーそうだなぁ、定期的に僕に会いにきてくれたら、昔の記憶を焼いてあげる。あ、僕が君を忘れる前にちゃんと来てね。この約束もいつかは忘れちゃうから』

 

 聖火はあくまで軽くそう言ってその場でぴょんぴょんと跳ねる。

 私はその様子をぼんやりと眺めて、「いいなぁ」と思う。私も彼のようになにも考えずにただ楽しいことをしていたい。演劇を成功させて、エンタメを広めて、それだけを考えて生きていたい。

 

「聖火様は何年くらいの出来事を覚えていられるのですか? 例えば……八十年とか、百年とかは覚えてますか?」

『それくらいがギリギリかなぁ。あまりはっきり言えないけど。そもそも一年とかって人間が決めた単位だしね。僕にはない時間感覚だから、それ』

 

 それはなんとも微妙な答えだった。できれば今のみんながいなくなる頃合いを見て記憶を消してほしいが、その時に私のことを忘れられていたら記憶を燃やしてもらえなくなる。

 

『で、どうする? 燃やす? 燃やさない?』

「ちょ、ちょっと待ってください。その、これからも聖火様にちょこちょこ会いにきて私のことを覚えてもらうこともできますか? 聖火様に忘れられると困るんです」

『別にいいよ。かわい子ちゃんと話すの楽しいし』

 

 よし、彼の許可は貰った。

 

 それにホッとして、彼の提案を受け入れようと口を開いたところで、突然頭がズキリと傷む。

 

「……んぐ⁉」

 

 あまりの痛さに頭を抱え込むと、聖火は『どうしたの?』と動きを止めた。

 

 痛い痛い痛い痛い……! なにこれ!

 

 ズキンズキンの波打つような痛みが頭の中を駆け巡って顔を大きく顰める。歯を食いしばってその痛みに耐えていると、今度は頭の先から足先に向かって一気に血の気が引く。突然の寒さに体が震え出し、私は自分の体を掻き抱いた。


「はぁ……はぁ……はっ……」

 

 体の異常に耐えていると勝手に涙がポロポロと出てきた。それを見て、聖火がくるりと回る。

 

『駄目だね。嫌がってるよ、体が』

「え?」

『記憶を燃やされるのが嫌みたい。拒否反応だよ、それ。一度心の中で記憶は燃やさないって言ってごらん』

「……」

 

 聖火が言うように声に出さずに「記憶は燃やさない」と言うと、スッと体の異常が治った。肩から力が抜けて、私はゆっくりと深呼吸を繰り返す。そんな私の様子を見て聖火がコテっと体を傾けた。

 

『君の体が嫌がってるのならしない方がいいね。ちぇっ、せっかく仲間が増えると思ったのに』

「はぁ……はぁ……」

 

 なぜ自分の体が拒否反応を起こすのかわからない。ただ、今の痛みのおかげでさっきまでぼうっとしていた意識がクリアになった。

 

 そうだよ……ダメだよ。なに考えてるの、私。

 

 どれだけ辛いことだろうと、大事な人の記憶を無くすなんてしちゃダメだ。記憶を無くすということはそれまであった楽しいことも幸せな時間も忘れるということなのだから。

 この世界に来たのはほんの数年前だが、その間にも大事な思い出は積み重なっているのだ。それを無くすなんてしたくない。

 

 それに、もしかしたら私の前世の記憶までなくなるかもしれない。そんなの嫌だ。

 

 そのことに思い当たって私はゾッとした。今自分がやろうとしたことがとても恐ろしいことに今さら気づいた。

 

 前世の記憶がなくなれば、私はきっとエンタメが好きだったことも忘れちゃう……! そんなのダメに決まってるじゃん! バカバカバカ!

 

「聖火様、ごめんなさい……私、やっぱり記憶を無くしたくないです」

『そうみたいだね。でもそのままだとずっと辛いんじゃないの?』

「……」

 

 確かに今のままだと辛い。この聖火のように楽しく生きることなんてできないだろう。なにか、他に方法はないのだろうか……。

 

「聖火様は、今を生きてるのですよね?」

『うん、そうだよ』

「楽しいですか?」

『楽しいかどうかはわかんない。でも退屈はしないよ。今日も君みたいなかわい子ちゃんに会えたし。お喋りしたいなって思って気を引こうとして思わず踊っちゃったんだよ』

「踊り……。え? 踊りって言いましたか? 今」

『うん? 踊り……って言ったね。僕』

「踊りを知ってるんですか? あの、今の世の中では踊りは禁忌で、周りの人たちは口にしないはずですが……っ」

『そういえばなんで知ってるんだろ? でもこうやって飛び跳ねるのって踊りって言うよね? 昔よく言われた気がする』

 

 聖火は目の前で飛んだり跳ねたりしてコロコロと動く。

 

「そうです! 踊りですそれ! 聖火様も踊っていたんですね……!」

 

 火が踊るなんて考えたこともなかったが、実際に見てるととても楽しそうで私までワクワクしてきて、思わず体が揺れる。

 

『……こうしてると楽しいの? 君』

「楽しいですよ! 踊ってるとこう、気持ちよくなりませんか?」

『気持ちいい……のかな。面白いなって思うけど。もしかしてこれが楽しいってこと?』

「そうです! それが楽しいです!」

『君は楽しいが好きなの?』

「好きですよ! 私の全ての源です!」

 

 楽しいから踊る。楽しいから歌う。それをみんなと共有したいと思う。だから私はミュージカル俳優を目指したのだ。

 私が顔を綻ばせてそう言うと、私の感情が移ったのか聖火まで楽しそうに踊り出した。

 

『これが楽しい、か……初めて知った。ん? いや、忘れてただけなのかな。えへへ、君、やっぱり面白いね』

「聖火様が楽しいと私も楽しいんです。こういうのって伝わるんですよ」

『そうなんだ。へへへ、そっか。ねぇ君、やっぱりこれからも僕のとこに来てこうしてお話ししない?』

「え?」

『君と喋ってると楽しいもん。こういう時間はたくさんあった方がいいもんね』

「……」

 

 その言葉に、私は口をポカンと開ける。

 

 こういう時間はたくさんあった方がいい。うん。そうだよね、楽しいことは毎日だってあった方がいい。

 

 そんな当たり前のことを私はずっと忘れていた気がする。

 それを思い出すと、さっきから聖火が言っている「今だけ生きる」という言葉が私なりにストンと落ちてきた。

 

 迷わなくていい、悩まなくていい。私なりに、今を、生きるんだ。

 

 将来、いつか来る未来、悲しい別れは来るかもしれない。それでも、それまでは一生懸命今を大事に生きよう。そんな毎日を積み重ねていくうちに、きっと前を向けるから。

 さっきの聖火の踊りを見て温かくなった体を顧みて、そう確信する。体が教えてくれているのだ、「こっちが正解」だと。楽しいことを感じて、それを大事にするんだと。

 今まで霞んでいた頭の中が急にすっきりと開けた気がした。その瞬間一筋の涙が頬を流れ落ちる。

 

『どうしたの? また悲しいの?』

「……違います……ホッとしてるんです。答えが見つかった気がして」

『ふうん……』

 

 自分はこのままでいいんだ。今まで通り楽しいことを感じていけばいいんだとわかって、胸の中に温かな安心感がじんわりと広がる。

 

「聖火様、これからも会いにきていいですか? 私ももっとお喋りしたいです」

『いいよ! やったぁ、これでしばらくは退屈しないね』

 

 彼の言うしばらくが何百年のことを指すのかはわからないが、その無邪気さに私はくすりと笑った。

 

 

 

 

聖火と話して、自分なりの答えを見つけました。

ディアナはあまり気にしていませんが

聖火は結構怖い存在です。


次は 私の変化、です。

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