初めての図書館
授業が午前中で終わったある日の午後、私は一人図書館へ向かった。
図書館にある物語の本の中から貴族の子どもにウケそうなものを探すんだ。
フンフンフーンと鼻歌を歌い出しそうになって慌てて止める。危ない危ない、物語を探すのが楽しみすぎてうっかりやってしまうところだった。
先日王様と取引できそうな情報を見つけたが、こちらから連絡は取れないのでソヤリとの面会はいつになるかわからない。
だからその前にできることをやっておくんだ。ちゃんと進捗を報告して「私はここまでやってますよ。本気ですよ」とアピールするのだ。
ちなみに王様と取引する内容は決まっている。
ふっふっふん、取引するのが今から楽しみだ。
図書館の大きな外階段を上って建物の二階に着くと、アーチ状の大きな扉がどーんとそびえ立っていて、私はその入り口の扉をうんしょと開けて中に入った。
「うわぁ! すごい」
入ってすぐにエントランスがあり、その奥に見たことがないくらい荘厳で美しい図書館が広がっていた。天井には宮殿で見るような天井画が描かれており、そこから立派な柱がいくつも下に伸びている。ホールの中央は広い通路になっていて、並ぶ柱と柱の側には閲覧用の机が並んでいた。
外から見た時は三階建てかと思ったけど、二階の天井が三階の高さまであるってことなんだね。
広い通路を進みながら左右を見ると、大きくて立派な本棚が等間隔に並んでいて、壁際には天井近くまでみっしりと本が詰まった本棚がはまっていた。壁際の本棚と本棚の間にはアーチ状の背の高い窓がついており、そこから射し込む光が図書館の中をとても明るく照らしている。
その光景に感動しながら奥に歩いていくと、ちょうどホールの中心部にカウンターがあり、その中で司書らしき人が働いているのが見えた。
私はそのうちの一人の女性に話しかける。
「あの、初めて図書館を使うんですけど……」
「ああ、新入生ね。こっちの新規登録用紙に名前と学年と寮の色を書いて」
私は渡された紙にそれらを記入して再び司書の人に渡す。司書の人はそれを見ながら小さなカードに何か書いてそれを渡してきた。
「これが図書館カードね。図書館の本を借りる時や、一階の貴重本が収められている部屋に行くときに必要だから失くさないで」
「はい」
「借りられる本は一度に二冊まで。返却期間は一週間、それを過ぎると寮長に報告がいって督促状を送られるから気をつけてね。そういうのが続くと成績にも影響するわよ」
「結構厳しいんですね」
「この図書館にある本はほとんど学院長である王の私物なので」
「ええ! 私物?」
「そう。王が幼少のころから読まれていた本の中から、学生の役に立ちそうなものが集められているの」
「本があるのってこの階だけじゃないですよね……」
「一階にもここと同じくらいの本があるわ」
うへぇ……あの王様、どんだけ本読んでんの……。
以前クィルガーから「王子は虚弱で力がふるえなかった代わりに、膨大な本を読んで魔石術の知識を蓄えた」と教えてもらったが……。
確かに「運動できない分勉強を頑張った」っていう規模じゃないね……。
あまりの衝撃に口を開けてポカンとしていると、司書の人が苦笑しながら聞いてくる。
「それで、今日はどんな本を探しているの?」
「あ、ええと、史実でも創作でもいいんですけど面白おかしく物語になっているものを広く浅く知りたいんです」
「物語……か。うーん」
司書の人はそう言って一枚の紙をカウンターの上に広げた。どうやら図書館の見取り図のようだ。図には本棚ごとに番号がふってある。
「一階の奥のこの辺りが伝記や物語がある本棚よ」
その場所は他のジャンルと違って明らかに範囲が狭い。
「少ないですね……」
「魔石術やその他の学問の本が多いからねぇ」
私はその見取り図の紙をもらって、それを見ながら図書館の奥へ進む。伝記や物語がある本棚は「十八」の番号だった。
あっちの世界の図書館は確か十進分類法とかだったから十番までだよね。こっちの本の分類は結構多いんだなぁ。
そんなことを思いながら目当ての本棚の前まできた。伝記と物語があるのは本棚二つ分で、天井まである本棚の半分も埋まってなかった。
「ええと、まずは伝記の本で目ぼしいものを探そうか……それとも概要本かな……て、ん?」
本棚に詰まった本を端から眺めていて気付いた。伝記と物語で本が分けられてない……フィクションとノンフィクションがごちゃ混ぜになっているのだ。
しかも本の背表紙には「十八」の番号が貼ってあるだけで、その他の数字がない。
「ということはつまり、伝記と物語という分類はされてるけど、それ以上の細かな分類はされてないってこと⁉」
本棚をザーッと流して見てみると、本は名称順に並んでもいなければ、作者名順でもない。シリーズものも間が抜けているのがあったりして全然整理されてない。
なんて乱雑な本棚!
「あ、だから分類の数が多いんだ! 最初だけ細かく分類しておいて、本棚に収める時はドサっとまとめて入れるだけなんだ」
うわぉ、これは困った。多分空いてる場所に返却された本を適当に置いていっているだけだよねこれ。違う日に見たら本の位置が変わってるってことだから、どの本を読んでどの本を読んでいないか本棚の場所で覚えとくことができないよ。
読んだ本のタイトルを自分でメモしておく必要がありそうだ。
「うーん……とりあえず物語の概要本みたいなのがないか探そ……」
この世界にどんな物語があるのか知らないうちから本を選ぶなどできない。そんな時はまず「おすすめの物語百選」とかそういう系統の本を探すのだ。
本棚二つ分の本の中からそれっぽいものをいくつか抜き出して、私はホールの中央にある閲覧用の机に持っていく。
机は一人用に区切られたこじんまりした机と複数人で座る大きな一枚板の机とどちらもあった。いくつかの本を同時に開いて置いておきたかったので私は複数人用の机に座る。
「まずはこの『物語ベストセラー』ってやつからいこ」
この本にはここ十年ほどの間にめちゃくちゃ売れた本が紹介されている。
こういう情報ってどうやって集めてるんだろね。本屋のネットワークみたいなのがあるんだろうか。
「えーっと、総合ランキング……ふんふん。冒険物語が多いね、ドラゴンを倒した話とか珍しいお宝を見つけに伝説のダンジョンに挑む話……」
異世界の中でもそういう冒険物語がウケるのは意外だ。ここの人たちにとってはよくある話だと思うのだけど。
上位にはアルタカシークの王子が奇跡の魔石術を使って王都を復活させた話をフィクションとして書いた「黄光の奇跡」という本が入っていた。
あ、これって本のタイトルだったんだ。
そりゃ僅か十歳の王子が国を救う話が本にならないわけないよね。
「お、三位に恋愛物語が入ってる! おお、ここでも恋愛ものは強いんだねぇ」
内容は敵国同士の王子と王女が恋仲になるが、戦う運命に翻弄され結局別れの道を選ぶという悲恋ものだった。
おー……この世界でもロミオとジュリエット系はいけるんだね。メモメモ。
二位は魔石術の父フィヤトの伝記を元にした、王を追放したあと、その国を研究都市として作り替えるフィヤト王の建国物語だ。そして栄えある一位に輝いたのは……、
「『砂漠の騎士クィルガー物語』」
…………。
「…………ん?」
砂漠の騎士クィルガー?
「『この物語はアルタカシークにいる実際の騎士クィルガーの活躍を元に書いた、砂漠の村を巨大な魔獣から守った戦いの物語である』って……」
え、嘘でしょ?
クィルガーってあのクィルガー?
同姓同名とかでなく?
待って、ちょっと待って、え、どういうこと?
発行日を調べると、初版の発行は三年前とあった。
私は思わず立ち上がって本を抱えてカウンターへと向かう。気持ち小走りになりながらさっき受付してくれた司書の人に声をかけた。
「あ、あの……っ」
「図書館では走らな……」
「こここここに書いてある本の主人公ってこの国の、その、アリム家のクィルガーのことですか⁉」
焦りすぎて声が上擦ってしまう。そんな私を不思議そうに見て司書さんが答えてくれる。
「ええ、そうですよ。五年前に実際にあったクィルガー様率いる兵士と魔獣との戦いの話を、作家がフィクションを交えて書いたものです。文章が柔らかくて子どもでも読める作品だったため、世界中でとても売れたのです。私も読みましたよ」
な、なんということでしょう……。
「クィルガーの話がベストセラーの一位……」
「比較的すぐに読める長さなので読んでみては? おすすめですよ」
私は呆然としながらよろよろと十八番の本棚に向かい、その本を探した。
「『砂漠の騎士クィルガー物語』あった、これだ」
その本を抜き出して手に取ると、確かにそんなに分厚くはない。読むのが遅い私でも数時間で読めそうだ。
私は席に戻り他の本と筆記具を片隅に寄せて、クィルガーの本を読み始めた。
数時間後、日が傾き図書館に柔らかなオレンジの光が射してきた。少し薄暗くなった図書館に魔石装具を使った照明が灯されていく。
そんな館内に視線を移しながら、私は読んでいた本をパタリと閉じた。
「お……面白かったぁ」
物語はアクション映画を観てるみたいにスピードに溢れた展開で、緩急もあって派手でとても面白かった。
これはベストセラーになるわ。
実際にあった戦いが元になってるとはいえ、一つの物語として完成度の高い、まさにエンターテイメントな作品になっていた。
私は作家名を確かめる。
「『ラティシ』か……この作家さんの他の作品もあったら読んでみたいな」
私はその名前をメモしながら今読んだこの本の内容を要約していった。
『砂漠の騎士クィルガー物語』
物語は砂漠の辺境の村の近くに、見たことのない魔獣が現れたところから始まる。その村は特産もなく貧しい村で、村長は魔獣から助けてほしいと周りの街に頼みにいくが、あいにく王国騎士団は不在で、平民の兵士は小さな村を助けに行く義務はない、と誰も相手にしてくれなかった。
そこでたまたま出張中だったクィルガーと出会う。話を聞いたクィルガーはその街にいた平民の兵士を仲間に引き込み、彼らを連れて村へ向かった。
村は魔獣に襲われ半壊していたが、クィルガーが兵士と連携し攻撃したおかげで魔獣は退散する。だが村の娘を一人攫っていってしまった。
娘一人は仕方がないと諦める村長に、クィルガーは必ず助けると言って兵士を連れて魔獣の住処へと向かう。
その途中、他の魔獣の妨害に遭いながらそれを退けていくクィルガーたち。戦闘の連続で兵士との絆も深まっていく。そして魔獣の住処へ到着し最終決戦。そこで殺される寸前だった娘を助け、魔獣を追い詰めていく。
もう少しで倒せる、というところで魔獣の最後の攻撃が炸裂、仲間の兵士を庇ってクィルガーは負傷するが、そこで覚醒を発動し見事に魔獣をやっつけた。
村中から感謝され、助けた娘から求愛を受けるが、クィルガーはそれを断って一人村をあとにした。のちに一緒に戦った兵士からクィルガーが王宮騎士団の騎士であることを知らされ、村人たちはその恩を忘れないために今回の話をいろんな街に広めていった。
ざっとまとめるとこんな感じかな。
「ふふふ……クィルガー、格好良いね」
フィクションがどれくらい入ってるかわからないが、この魔獣を倒したあとにさっさと去っていくところなんかは、とてもクィルガーらしい。
村の娘ちゃんも惚れちゃうよね、そりゃ。
国境の関所や王都でも有名で、イシーク先輩が言ってたみたいにカタルーゴでも英雄扱いになってる理由がわかった。この本が世界中で読まれているからだ。
「この本、ヴァレーリアは知ってるのかな? あ、でも読んでたらクィルガーの正体知ってたよね。ふふふ、教えたいな」
クィルガーにバレたら絶対怒られるだろうから、いつかこっそり買ってヴァレーリアにプレゼントしよう、そうしよう。
私は一人ニヤニヤしながらクィルガー物語の要約を書いたノートに「これを劇にする」とメモした。世界中のみんなが知ってるこんな面白い物語を劇にしない手はない。
いやぁ、いい物語見つけちゃった!
初めての図書館でまさかの本に出会いました。
ちなみにクィルガー本人に献本されましたが
恥ずかしいので読んでいません。
次はファリシュタの悩み、です。




