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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
一年生の章 武術劇

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基礎魔石術学、緑の章


 いよいよ魔石術学の授業が始まる。基礎魔石術学も全員が履修する科目なのだが、実際に魔石術を使ったりもするので、安全の確保のため小教室で行われる。

 

 先生の目の届くところでやらないと危ないってことだよね。

 

 校舎の二階の廊下をファリシュタと歩く。小教室は校舎の二、三階にある。地下と違って大きなアーチ窓から太陽の光が降り注いでとても明るい。

 小教室は横長、つまり長方形の部屋になっていて、前に白板と教壇があり、そこから少し距離を空けて階段状の席が三段あった。この学院の教室の席は基本的に階段状になっているらしい。

 

 確かに全員が地べたに座って授業受けたらなんか埃っぽいもんね。寺子屋みたいに座敷でやるわけじゃないし。

 

 三十人くらいの生徒が教室に入ったところで本鈴がなった。しかし先生がやってこない。

 

「あれ? 先生来ないね」

「教室間違えてないよね?」

 

 周りの生徒とも顔を見合わせながら不思議に思っていると、しばらくして教室の扉がゆっくりと開いた。

 

「あーすまんすまん、ちょっと遅れてしまったかの」

 

 入ってきたのはサンタクロースみたいな長い白髭をたくわえた仙人みたいなおじいちゃんだった。おじいちゃんはヨボヨボと歩いてきて教卓に本を置くと、小さいこげ茶色の目をしぱしぱと瞬かせて生徒たちを見つめた。

 河童のお皿みたいな丸い帽子から長い白髪が背中までふわふわっと伸びていて、足首まである黒っぽいローブを着ているので、どこぞの魔法学校の校長先生に見える。

 

 カリスマな雰囲気は全くないけど。

 

「えー、私は基礎魔石術学の緑と青を担当している、ヘルミトといいます。まぁ見ての通りの年寄りなので時折ボケたことも言うと思うが、そんなもんだと思って早く慣れてください」

 

 ヘルミト先生はそう言って、教室の端っこに置いてあるシンプルな椅子を教卓の側に持ってきて「よ……こら、せ」と言ってゆっくり座った。先生の体が教卓にほとんど隠れてしまって、こちらからは先生の頭しか見えない。

 

「では教科書の三ページ目を開いて……」

「先生、教科書をまだ貰っていません」

「ああ、そうでしたそうでした。そこの君、廊下に教科書が乗ったワゴンが置いてあるから持ってきてくれませんか」

 

 そう指示された前の席の生徒が戸惑いながら席を立ち、教室の扉に向かう。

 

「……なんかマイペースな先生だね」

「だ、大丈夫かな?」

 

 ワゴンを運んできた生徒が教科書を三等分して席の端の子に渡していく。ふと先生を見ると、なんと目を閉じてうつらうつら船を漕いでいる。

 

「先生、寝てない⁉」

「ほんとだ……」

 

 教科書が行き渡り、生徒が先生に声をかけると「は! いかんいかん、歳をとるとすぐに眠る体になってしまうな」と言ってううーん、と伸びをしたあと、教科書を配った生徒にお礼を言った。

 

「では今度こそ始めようかの」

 

 教科書を開くと、まず魔石の種類が書いてあった。

 

「現在魔石術を使える魔石は四つある。赤、黄、青、緑の魔石だね。採れる魔石は他に透明の魔石があるが、これは魔石術が使えない魔石なのでここでは取り扱わない」

 

 使えるんだけどね、透明の魔石……。

 

「簡単に説明すると、赤は衝撃や熱を発生させる活力の魔石。黄は吸引や物を留める引力の魔石。青は洗浄や鎮静、解除などの還元の魔石。緑は癒しや強化ができる守りの魔石です」

 

 ふんふん、なるほど、と私はノートにつけペンでカリカリと書いていく。

 

「詳しい使い方は各授業で説明されるが、魔石術は特に基礎が大事な学問なのできちんと聞いて理解するように。今日は比較的安全な緑の魔石を使って基礎をやっていきましょう。では緑の魔石を出して」

「先生、魔石も貰ってません」

「ああ、そうでしたそうでした。そこの君、ワゴンの下の段に魔石が入ってるからみんなに配ってくれませんか」

 

 さっき教科書を配った生徒がまた前に出てきてワゴンから箱を取り出し、中の魔石をみんなに配り始めた。

 

 あの子……貧乏くじ引いたね。

 

 配られた緑の魔石は三級の大きさの小さな魔石だった。

 

「君たちはまだ魔石術の基礎を学んでませんから、一年生の授業で使う魔石はこうして毎回配られます。授業が終わったら箱に戻してください。勝手に持ち出すと、罰として恐ろしい説教部屋に入れらるので気をつけるのですよ」

 

 先生がそう言うと生徒がざわつく。

 

 あの説教部屋ってそんな風にして使われるんだ。

 

「どんなことされるんだろ?」

「そこに興味あるの? ディアナ」

「いやなんとなく気になっただけ」

 

 貴族の子どもが受ける罰ってどんなものなのかと思っただけで、自分が受ける気は全くない。

 自分用の魔石は、一年の終わりの学年末テストをクリアしたあとに貰えるらしい。

 

 自分用の魔石ってなんか格好いいね。早く欲しいな。

 

「緑の魔石を使いますが、今日はまず基礎中の基礎である音合わせをやりましょう。音を合わせられたら、今日の授業はおしまいです。うまくできなかった人は居残りですよ。特に三級の人は難しいでしょうから」

 

 先生の言葉に私は目を瞬く。

 

 え……音合わせだけで終わり? 

 

「緑の魔石の名前を呼んでください。名前は教科書に書いてありますし、みなさんこれくらいは知っているでしょう」

 

 先生がそう言うと、生徒たちが「ヤシル」と緑の魔石を持って名を呼ぶ。私も同じように「ヤシル」と唱えると、魔石からラの音が聞こえる。

 

「魔石から音がしましたか? では自分の中からも音がしているのはわかりますか? 生物学で習ったでしょう、胸の中にあるマギアコアから発している音ですよ」

 

 私は自分の音に意識を向ける。胸の奥からトゥ——というドの音が聞こえた。

 

 あ……マギアコアの場所を意識しながら聞くと、いつもより安定して音が聞こえるね。音の居場所がわかるって感じかな。

 

 横を見ると、ファリシュタが眉を寄せて目を瞑り、うんうん唸っている。

 

「大丈夫? ファリシュタ」

「魔石の音はなんとか聞こえるんだけど、自分の中の音がはっきり聞こえなくて」

 

 そんな会話をしていると、先生が顎髭を撫でながらほほほと笑う。

 

「魔石使いの階級は魔石の音の捉えやすさと比例します。一級の人には魔石の音は大きくはっきり聞こえますが、三級の人には小さく不安定に聞こえるのです。焦らなくていいのでじっくり自分の中の音を認識してください」

 

 へぇ……階級によって音の聞こえ方が違うんだ。あ、だから測定の時に音の聞こえ方を確認されたのか。大きくはっきり聞こえてるってことは、それだけで高位の魔石使いであるという証拠なんだね。

 

「自分の音が聞こえた人はその音と、緑の魔石の音が一緒になるように調整してみてください。自分の音は変えることができるのです」

 

 私はいつも通り自分のドの音を緑の魔石のラの音に合わせていく。

 ドーレーミーファーソーラー……。

 すると二つの音が合わさって、シャンッという音が鳴って魔石が光った。それを見たファリシュタや周りの生徒が驚いた顔で私を見る。

 

「先生、できました」

「なんと! もうできたのですか」

 

 驚きのあまり急に椅子から立ち上がった先生が、教卓の角に足をゴンっとぶつけた。

 

「あたたっ」

「だ、大丈夫ですか? 先生」

 

 私は席を立って膝を抱えて痛がっている先生の元に駆け寄る。先生は「歳をとると骨と皮だけになるのでなぁ、直接痛みがきていけない」と膝をさすりながらぐちぐち言っている。

 

「ちょうど緑の魔石を持ってますし、癒しをかけましょうか?」

「なんと? できるのですか?」

「何回か使ったことがあるので」

 

 私はそう言って緑の魔石を先生に向けて「『ヤシル』ヘルミト先生に癒しを」と命令した。すると魔石から緑色のキラキラが出てきて先生の足にかかる。緑の光が消えると先生は足をピコピコと動かした。

 

「おお、素晴らしいです。あなたは緑の魔石を使い慣れているのですか?」

「使い慣れてる、とまではいかないと思います」

「しかしあれほど早く音合わせができるとは……」

「え? だって音合わせって音階を……」

 

 そこでハッと気付いた。

 

 そうだ、この世界に音楽はないんだ。音楽がないということは音階の存在もみんな知らないってことだ。

 え? じゃあここの人たちってどうやって音合わせしてるの?

 

「あの、先生は音合わせをどんな風に行ってるんですか? 参考に聞かせてください」

「私ですか? 私はまず魔石の音がなんの音に近いのか調べましたね。棒で机を叩く音とかペンでインク壺を叩く音とか。その中で近い音を覚えておいて、音合わせをする時に頭の中でそれを叩く動作をイメージするんです」

 

 そう言って先生は教卓の上にあった白板用のペンでその辺をコンコンと叩く。

 

「あ、ここの音が緑の魔石の音と似てますね。そしたら自分の中の音でここを叩くんです。この音になるように」

 

 先生は机をコンコンしながら「ヤシル」と魔石の名を呼び左腕の腕輪を前にかざす。間をおかずにその腕輪に嵌っていた緑の魔石がシャンっと音を出して光った。

 

「初めは音合わせまで時間がかかりますが、慣れてくればこれくらいでできるようになります」

「なるほど」

 

 みんなそれぞれのやり方で音を合わす方法を見つけて、速くできるように訓練していくらしい。確かにクィルガーやヴァレーリアも音合わせは速かった。

 

「君のやり方はどうなのですか?」

「え……えーと、あの……」

「できましたわ!」

 

 どう答えたものかと目を彷徨わせていると、教室の上の方から甲高い声が聞こえた。そちらを見ると例の嫌味王女様(妹)が立ち上がって緑の魔石を掲げている。

 

「ほぅ、君もできましたか」

「当然ですわ、私は王女ですもの」

「ほっほっほ、今年の一年生は優秀ですね」

「まぁ! 優秀なのは私だけですわよ」

 

 おお……私の存在が完全に無視されている。だけど助かった!

 

 先生と王女様が話しているうちに、私はささっと自分の席に戻った。

 

「ディアナって本当にすごいね……」

 

 ファリシュタが呆然とした顔で独り言のように呟く。

 

「私は音がはっきり聞こえる方みたいだから、他の一級の人も早いんじゃないかな」

「そうなのかな」

「ファリシュタはどんな風に音が聞こえてるの?」

「魔石の音は小さいけど安定して聞こえていて、自分の中の音は小さくて途中で途切れたりしちゃうの」

 

 それを聞いて、私の中でワイヤレスイヤホンがぶつぶつ途切れる映像が浮かぶ。

 

「音との接続が安定してないってことかな」

「接続?」

「ファリシュタ、自分の頭の中と胸にあるマギアコアを一本の線で結ぶイメージってできる?」

「頭の中と胸のマギアコアを繋げる?」

「そう、ちょっとやってみて」

 

 私がそういうとファリシュタは目を閉じて緑の魔石の名を呼ぶ。

 

「緑の魔石の音が聞こえたら、それは一旦意識の外に置いて、自分の中に集中してみて」

 

 そういうとファリシュタはうんうん頷く。

 

「頭の中に意識の塊があると思って、その塊から一本の線を真っ直ぐ下ろして、胸にあるマギアコアと繋げるの」

 

 真剣な顔でファリシュタが自分の意識に集中する。その様子を見守っていると、あ、とファリシュタが声を上げた。

 

「音が聞こえてきた……!」

「繋げた線はそのままで、途切らせないで」

「うん」

 

 しばらくそのままでいるとファリシュタの口元が緩んだ。

 

「すごい……こんなに安定して聞こえてるの初めて……」

「じゃあ次はその線を少し太くしてみよう。太い縄で繋いでるって感じで」

「うん」

 

 再び口を結んでファリシュタが集中する。

 

「あ! すごい……音が大きくなったよ」

「安定して聞こえてる?」

「うん!」

 

 そう言ってファリシュタは魔石を離して目を開け、ふぅっと一息ついた。

 

「ありがとうディアナ。こんなに自分の音を認識できたの初めてだよ」

 

 そう言って綺麗なピンク色の目をキラキラさせている。

 可愛いなあファリシュタ。

 

「先生の音合わせのやり方もそうだったけど、結構頭の中のイメージでやりやすくなるみたいだから、困った時は新しいイメージを加えてみるといいかも」

「うん。この調子で音合わせもやってみる……!」

 

 やる気が出てきたファリシュタはそれから終了時間まで音合わせを頑張っていたが、結局できずに居残りになった。というか、生徒の半分くらいは居残りだ。

 

 音階を知らない人にとって音合わせはかなり難しいよね。私だってドレミを知らなかったらかなり苦戦していたと思う。

 魔石術って基礎が一番難しいんじゃないかな……。

 

 帰り際に先生が私の音合わせのやり方について聞きたそうにしていたのだが、音階の話なんてできないので全力で目を逸らして教室をあとにした。

 

 

 

 

魔石術学の授業が始まりました。

まずは基礎からですが、ここが一番難しいです。

ディアナは楽々クリア。


次は基礎魔石術学、赤の章 です。

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