入学式と入寮
大講堂は地下にあった。
試験の時の大教室とは違う場所に、ここは本当に地下? これどうやって作ったの? と驚愕するほどの巨大な講堂が存在していた。
私とファリシュタはあまりの大きさに、大講堂の入り口で口をあんぐりと開けて佇む。
「一年生は入り口で固まらないで、中に入ってそれぞれの寮の色の場所まで移動してください」
と係の人に促されて、二人でキョロキョロしながら黄色の目印がある方へ歩いていく。
高校の体育館よりもはるかに大きいよここ……。まるでサッカーのスタジアムみたい。
サッカー選手が入場してくるスタジアムの中央部分にあたるところから入ってきて、フィールド部分に進んでいく。前後左右の少し高い部分に階段状の観客席のようなものがあって、そこにたくさん学生が座っている。あれは上級生だろうか。
そりゃ世界各国から生徒が集まるんだから、これくらいの大きさがなかったら入らないよね。でも本当どうやって作ったんだろう……。
「すごいね……地下にこんな大きい講堂があるなんて思わなかった」
「学院の建物のほとんどはアルスラン様が魔石術を使って作ったって聞きまし……聞いたけど、本当にすごいね」
「ええええ⁉」
あの王様がこれ作ったの⁉ しかも魔石術で? すごすぎない⁉
「ま、街では結構有名な話だけど……知らなかったの?」
「あ……その、私ちょっと事情があって知らないこと、ちょこちょこあるんだ」
ちょこちょこどころではなく、知らないことだらけだけど。
それを聞いたファリシュタは不思議そうに首を傾けていたが、今ここで説明するには長すぎるので、私は曖昧に笑って新入生が固まっている方へ歩いた。
指定された場所には幅二メートル、長さ二十メートルくらいの絨毯が横にひかれていて、その上に等間隔に白くて丸い座布団(これはヤパンと言うらしい)が置かれている。
そういう絨毯の列が前から後ろまで等間隔にずらっと並べられていた。
来た順に座っていっているようなので、私とファリシュタも隣同士に座った。持っていた冬用のマントを脇に置いて前を見ると、正面の観客席の中央の方にまだ誰も座ってない空間があることに気付く。
しばらくするとフィールドの先の扉から黒っぽいマントを着た集団がゾロゾロと講堂に入ってきて、その正面の観客席の方へ階段を使って上っていく。若い人から仙人みたいなおじいさんまで、様々な年代の人がその空いている席に座っていった。
「あれって先生たち、かな?」
「多分……」
観客席の中央の一番前に壇があって、そこに一人の男性がゆっくりと上がる。中肉中背で灰色がかった茶色のもじゃもじゃの髪に、丸っこい目をした五十代くらいのおじさんだ。
「それでは、入学式を始めます」
おじさんの横に控えていた女性がそう言うと、講堂内が少し静かになる。
え、ちょっと待って、あれってマイク⁉
女性の声が講堂内に響き渡ったことに私は驚いた。よく見ると、女性が何か棒のようなものを持っていて、それを壇上の男性に渡している。
「新入生のみなさん、入学おめでとう。私は副学院長のオリムです。ここは学院長でありアルタカシーク王でもあるアルスラン様によって作られた、誰もが平等に魔石術を学べる学校です。みなさんはこれから寮に入り、各国の学生と交流しながら——」
副学院長というおじさんのスピーチより、その手に持っているマイクに私は釘付けになった。
あれって多分魔石装具だよね? わぁもうすでにマイクの魔石装具はあるんだ。演劇に使えそうなもの、いきなり見つけちゃったよ!
あれって高いのかな? 学院の中で使うんだったら無料で使わせてくれないかな?
一人ソワソワして興奮している間に副学院長のスピーチが終わり、次に出てきた人がカリキュラムのことや寮についての話をしている。その話が終わると、最後に各クラブが紹介された。
「学院には三つのクラブがあります。学生の交流を深める社交クラブ、騎士の力を高めるシムディアクラブ、そして魔石装具の研究と開発をする魔石装具クラブです。ぜひどこかのクラブに入って学生生活を有意義なものにしてください」
社交と魔石装具っていうのはわかるんだけど、シムディアってのがよくわからないんだよね。ここでも詳しく説明はしないみたいだけど、まあ騎士のためのクラブなんだから私には関係ないか。
それよりも来年はここに演劇クラブも加わるようにしなくちゃ。
入学式が終わると順番に各寮へ移動が始まった。一番最初に黄色が呼ばれたので、冬のマントを持ってゾロゾロと歩いていく。
あれ? そういえば入学式には必須の学院長の挨拶ってなかったよね? ていうか王様は入学式に来ないんだね。
「ディアナ、どうかしたの?」
「んー、挨拶って副学院長だけだったなって思って」
「学院長であるアルスラン様は表に出ることができないから、毎年副学院長がするって先輩方が言ってまし……言ってたよ」
「え?」
「え?」
「表に出られないって……」
「えっそれも知らないの?」
ファリシュタが大きく目を開けて私を見る。
「だ、だって王様の虚弱は治ったって聞いてたから……」
「体は丈夫になられたそうだけど、その代わり王の部屋から外に出ることはできなくなったらしいの。詳しくは知らないけど、でも街では有名な話だよ?」
なんとそうだったのか、全然知らなかった。クィルガー、そういう大事なことは教えておいてよ側近なんだから!
いや、試験までは勉強漬けだったし、合格してからは旅芸人について調べていたからこの国の常識を教えてもらう時間がなかったもんね……仕方ないか。
でもなんで王の部屋から出れなくなったのかな……もしかしてずっと部屋にいて運動できないからあんな不健康そうな声なんだろうか。
そんなことを考えながら地下にある大講堂から出て階段を上り、校舎の一階にやってくると、一年生の列はそのまま中庭に続く扉を潜る。私はこの学院のパンフレットに載っていた見取り図を思い出した。
確か校舎は地上四階、地下二階のコの字型になってて、真ん中に中庭があって、その先に図書館があるんたよね。寮はその図書館のさらに奥のはず。
「砂漠の国なのに意外と緑が多いのね」
「日陰に入るととても涼しいわ」
「ここで食事もできるみたいだ」
中庭を歩きながら周りの学生がそんなことを話している。中庭には背の高い木がたくさん植えられていて、その日陰の中をてくてくと歩いた。
この中庭……ちょっとしたテーマパーク並みの大きさがあるね。
思いの外長い距離を歩いて、ようやく図書館に辿り着く。図書館は四角くて大きな三階建ての建物だった。その白い壁を見上げながら図書館の脇を回り込むように歩いていく。
図書館を抜けると、その先に緑の塊を取り囲むようにして岩山がドーンとそびえ立ってるのが見えた。
「え? あれ、なに? 岩?」
「わぁ……っあれが『神の館』と言われる学生寮……」
「『神の館』?」
「あまりの造形の美しさからそう呼ばれてるんだって」
ファリシュタのその言葉の意味が寮の近くまできてわかった。
寮も校舎と同じくコの字型になっているが、外壁が岩山そのままで、出入りする一面だけに美しい装飾がされた柱や壁が立っているのだ。
「これ……もしかして岩山をくり抜いて作られてるの?」
「そう聞いたよ」
建物は四階建てで、装飾の見事な柱が等間隔に立っていて、壁や窓にも凝った模様が所狭しと入っている。街のアクハク石とは違う少しベージュがかった色で日の光が当たるとキラキラと輝いていた。
神秘的で荘厳な神殿みたい……。
あれ、でもこんなふうに岩をくり抜いて作られた遺跡のような建物、どこかで見たことがある。どこだっけ、なんかの映画に出てたような……。
「あ! わかったインディ……」
と声を出しそうになって慌てて口を押さえる。危ない危ない。
そうだ、あの有名なアドベンチャー映画で、主人公が辿り着いた遺跡が確かこんな感じだった。あれも砂漠とか荒野にあった遺跡だった気がする。
「まさかこれも、王様が?」
「本当に、すごすぎるよね……」
私の疑問にファリシュタがほぅ、と感嘆の声をあげる。
これも王様が作ったんだ。うはぁ……一体どんな魔石術を使えばこんなことができるんだろう。
私、ひょっとしてとんでもない人に立ち向かっていこうとしてる?
私が神殿のような寮を見て固まっていると、ここまで案内してきた最上級生が各階の監督生を紹介しだした。
「寮は一階が食堂と談話室、二階が一、二年生で三階が三、四年生、そして四階が五、六年生の部屋となってます。各階には監督生が男女一名ずつ任命されているので、その人の言うことを聞くように。これから自分の部屋に行って荷物を置いたら談話室に集まってください」
そういって新一年生を男と女の列に分けた。入り口で名前を言って部屋の番号が記された鍵をもらい、靴に洗浄の魔石術をかけてもらって建物の中に入る。
配置は中央の階段を挟んで左が男性、右が女性と割り振られているので、玄関ホールのど真ん中にある大きな階段を上って右側に向かう。
「ファリシュタは何番の部屋?」
「二番だよ。ディアナは?」
「二十二番。結構奥の方かな」
「え……二十番代って確かこ、個室?」
「二十番代って個室なんだ。うん、そのー私の親が心配性で……」
寮の部屋は通常四人部屋なのだが、希望する人には個室も用意されている。もちろん使用代はめちゃ高い。
演劇クラブの勧誘のことを思うと相部屋の方が知り合いの輪が広がっていいのだが、エルフであることがバレないようにクィルガーが個室を取ってくれたのだ。
一年生のエリアに入ると割とすぐに二番の部屋に着いた。
「個室を使うってことは、やっぱりディアナって……かなり高位の貴族なんだね」
そう言ってファリシュタが顔を伏せた。初めて会った時みたいに目が泳いでいる。
「ファリシュタ、そこは気にしないで。私本当に高位とか下位とか全然気にしないから」
「あの……でも私……」
「じゃあ荷物置いたらすぐに戻ってくるね。ちょっと待ってて」
私はファリシュタにそう言って二階の廊下をズンズン奥に進んでいく。
「十、十一、十二……あ、途中から二十番代に飛んでる。二十一、二十二、ここだ」
部屋番号を確かめて、私は自分の部屋の鍵を開けて中に入った。
部屋はまあまあ広めのワンルームになっていて、上等そうな雰囲気がある。貴族基準でいうと狭いのかもしれないが、天井も高いし装飾も豪華なのでそんなに狭いとは感じない。
よく見ると天井全体がふわっと光っていた。
なんだろう? これも魔石装具なのかな。
入ってすぐの廊下の右手にトイレがあって、反対側にお風呂がある。この二つが部屋にあるのは個室だけだ。
そう思うと、生粋の貴族の子どもがここでいきなり集団生活で相部屋って結構厳しい環境だよね。トイレもお風呂も共同だもん。
私はむしろそっちの方が楽しそうだなと思うけど、エルフであることを隠さないといけないから仕方ないね。
短い廊下を抜けて部屋の奥に入ると右側にベッドがあって、左側がリビングみたいになっている。
リビングの床には絨毯がひいてあって大きなヤパンやクッションが置いてあり、その前にローテーブルがあった。ぐるりと見回すと、お風呂がある方の壁のところに本棚があって小物なんかを置いておくスペースがある。
それからベッドの方を見ると、ベッドとトイレの壁の間に扉付きの大きな木の家具があって、扉を開くと中はクローゼットになっていた。
日本の押し入れより大きい……。
この世界は服飾が豊富なので貴族はとにかく服が多い。洗浄の魔石術が使えるのでそんなに着替えはいらないんじゃないかと思うのだが、貴族のプライドなのかなんなのか、私もかなりの量を用意してもらった。
クローゼットにはクィルガー邸から運ばれた荷物が置いてある。
コモラのお菓子が気になるけど、それは後にしよう。
私は冬のマントをそこにかけて、もう一度部屋を確かめた。
「窓がないってところだけが不満だね。ずっと部屋にいたら息が詰まりそう」
そして部屋を出て鍵を閉め、来た廊下を戻っていった。次は新入生に向けての説明会だ。
入学式と入寮は驚きの連続です。
未知の世界の学校をドキドキしながら
観察するディアナ。
次は寮長のあいさつ、です。




