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【書籍化&コミカライズ決定】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 九雨里(くうり)
序章

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アルタカシーク王


 面接をしていたらいきなり王様が現れた。正しくは声だけ参加してきた。

 

 なにこれ? どういうこと?

 

「あー、おまえの面接は面接というか、これまでの経緯の説明をするためのものだから、王が話だけでも聞きたいと仰ってな」

「…………」

「その魔石装具を使ってここの会話をずっとお聞きになっていた、ということだ」

「ということだ、と言われても……」

 

 え? じゃあ初めからここの会話を王様に聞かれてたってこと?

 私なんかまずいこと言ってないよね?

 大丈夫だよね⁉

 

 まさか王様にこっそり聞かれてたなんて思ってなかった私は、顔を強張らせながら心の中でこれまでの会話を振り返る。

 するとソヤリが腕輪に向かって問いかけた。

 

「アルスラン様は先ほどディアナが言ったことを理解なさったのですか?」

「おそらく先のことを考えての要望だと思うが、なぜそれが演劇クラブなのかはわからぬ」

「おいディアナ、ちゃんと説明しろ」

 

 クィルガーに言われて私は姿勢を正した。気分的には椅子の上に正座したいくらいだ。

 

 だって王様だよ? 会社の社長より緊張する相手じゃない?

 

 最初から王様に向かって喋るのはハードルが高いので、私はまずクィルガーに向かって説明を始める。

 

「私は、王の保護下であるこの学院にいる間はテルヴァや大人の貴族から守られるんですよね? 少なくともクィルガーの館にずっといるより安全である、と」

「そうだな」

「ここに入学できれば私は六年間は安心して暮らすことができますが、では卒業したらどうなりますか?」

「王の保護下からは外れるな」

「そうなると私の身はまた危険に晒されることになります」

「その時は俺がちゃんと守る」

「クィルガー、その気持ちはすごく嬉しいです。でも私これから先もずっとクィルガーにそんな負担をかけるのは嫌なんです」

 

 護衛の数も増やさなくてはならないし、四六時中警戒しておかなくてはならないのは精神的にもかなりしんどいと思う。クィルガーのことだから私を守るためにもっと高位への昇進も望むかもしれない。

 私はこれ以上自分のために家族が無理をするのは嫌なのだ。

 

「ディアナ……」

「だから私は卒業後も王の保護下にいられる道はないか考えました」

「それが演劇クラブですか?」

「そうですソヤリさん」

 

 私はそこで旅の途中で出会った旅芸人の話、そこで上演していた劇がいまいちだったこと。脚本や演出に新しい方法を取り入れたらもっとお客さんを呼べて、一つの事業にまで成長させることが出来ることを説明した。

 

「一般的な旅芸人の劇より質の良いものが出来たら、この劇団は絶対成功します。アルタカシークは交易の街ですから、そこに話題の劇団があると噂になれば他国の商人たちもこぞって観にきてくれるはずです」

「確かに商人たちは新しい物好きだからな」

「旅芸人のように移動するわけではなく、定住型の劇団ということですか」

 

 クィルガーとソヤリが私の話にそれぞれ相槌を打つ。しかし王様は黙ったままだ。

 

「だが事業として成功させるなんて本当に出来るのか? たかが劇だぞ?」

「出来ますよ。そこについては自信があります。それに劇団の収入源は観劇代だけじゃありません」

「他にもなにかあるのか?」

「魔石装具ですよ。演劇の中で演出装置としての魔石装具をたくさん作りたいんです。私はまだ作り方を知らないのでぼんやりとした想像しかできないですけど、光をいろんな方向に飛ばすものであったり、音を広範囲に響かせるものであったり……そういう演劇用に作った魔石装具たちを家庭用に応用したら貴族に売れるものも作れると思うんですよね」

 

 こればっかりはまだ作り方がわからないからかなりぼんやりしてるけど。

 

「そして私はそうやって劇団で稼いだお金で自分の安全を買いたいんです」

「安全を買う?」

「その劇団を国の事業にしたい、ということか」

 

 クィルガーの疑問に腕輪から王様が答えた。

 

 本当に私の言いたいことをすぐに理解するんだなこの王様……。

 

 私はそこでようやく腕輪の魔石装具に向かって話をする。

 

「そうです。この劇団を王立劇団にしてもらって王の保護下に置いてもらいたいんです。その代わり劇団の利益の何割かを国にお渡しします」

「安全とお金の取引か」

「はい。もちろん透明の魔石の研究が卒業後も必要であれば継続しますし、その貢献度で劇団から納める額を決めてもいいと思ってます。国には研究とお金、私には身の安全と劇団の後押し、どちらにも利があるいい取引だと思うのですが」

「そうだな。全てうまくいけば、いい取引にはなる」

 

 うぐ……。

 

 王様のその一言に私は思わず言葉を詰まらせる。

 そうなのだ。全部がうまくいけば理想的な取引になるが、私がまだこの国や魔石装具の情報を把握してないので事業計画としてはゆるゆるである。

 

 だってまさか王様に説明することになるとは思ってなかったし、そこまでしっかり準備出来なかったんだよ……!

 

 この王様は私の計画の甘さをわかっているんだろう。だが私の話を子どもの戯言だと一蹴することはなかった。

 

「その準備段階として、学院で演劇クラブを作りたいと?」

「はい。いきなり大人の劇団員を集めるのは大変ですし、学生なら数も集めやすい上にアイデアも新しいものが出てくると思うんです。そこでいい人材が見つかれば劇団にスカウ……誘いたいですし。なにより学生は無料ですから」

 

 人件費がゼロという学生はとても使い勝手がいいのだ。熱意があれば動いてくれる。

 私が熱意を込めてそう説明すると少し間を開けて王様の声が静かに響いた。

 

「……ふむ、そうだな。まだ計画としては甘すぎるが、条件を満たすことが出来れば演劇クラブの許可を出そう」

「本当ですか⁉」

「な……っいいのですか? アルスラン様!」

 

 王様の言葉に思わず私とクィルガーが腕輪に身を乗り出して叫ぶと、ソヤリが「声が大きい」と言って離れるようにしっしと手を振る。

 

「条件があると言ったであろう? 一つは、一年生の全ての教科で最大評価点の五点をもらうこと。そしてもう一つは、演劇クラブに入ってくれる学生を集めその者たちのサインをもらうこと。もちろん演劇が十分に可能な人数を集めることが前提だ。条件はこの二つだ」

「全ての教科での五点と入部希望者の獲得ということですか」

「そうだ」


 うーん、部への勧誘は高校の時に経験があるから問題ないけど、成績は授業のレベルがわからないからなんとも言えないな……とにかく頑張らないと!

 

「わかりました。やります」

「一年生の間にこれらを達成できれば、二年生からクラブを作ることを許可しよう」

「頑張ります!」

「……一つだけ忠告しておくが」

「?」

「其方は貴族がどれくらい劇に興味を持つのか、わかってからことに当たった方がよいと思うぞ」

 

 ……貴族が劇に興味を持つ割合?

 

 そこで私はハッとした。


「……クィルガー、もしかして旅芸人の劇って基本的には平民しか観ない……です?」

「そうだな。たまに街で旅芸人に出くわした貴族がチラッと見ることはあるが」

「貴族の子どもで劇を観たことある人の数は?」

「……子どもとなるとほとんどいないんじゃないか?」

 

 ……マジですか。

 

「俺は世界中を旅していたからたまに観ていたが」

「クィルガーのような貴族は珍種です」

「珍種って言うな」

 

 ソヤリの一言にツッコむクィルガーを見ながら私は頭を抱えた。

 

 ああー! そこを完全に失念していた!

 劇を観たことない貴族の学生を演劇クラブに誘うって、めちゃくちゃハードル高いじゃないの! どうしよう!

 

 私はオール五点を取るより難しい課題を提示されていたことに今さら気付く。

 

 ぐぬぬ……王様め……それがわかっててこの条件を出したんだね。

 

 そんな私に王様が念を押してくる。

 

「それでもやるのか?」

「……」


 ここまで来たらもう引き返せないし、エンタメに関わらないという選択肢は私にはない。

 やるしかない、自分の野望のために。

 

「…………やります。やってみせます」

「では一年後を楽しみにしておこう」

 

 そう言う王様の声は全然楽しみにしてる感じではなかった。絶対無理だと思ってるのだろう。

 この王様は頭がいい、頭がよくて意地悪だ。なんとなく手のひらの上で転がされてるような気分になる。

 

 条件を満たせば演劇クラブは作れるんだから、簡単に却下されるよりマシなんだけど……帰ったらもっとこの計画を詰め直さなきゃ。

 

 私の演劇クラブの話が終わったのを察して、ソヤリが王様に話を振った。

 

「それで、アルスラン様からディアナに聞きたいこととは?」

 

 あ、そういえば最初にそんなこと言ってたね。忘れてたよ。なんだろう?

 

「……テルヴァに捕まっていた時のことを詳しく聞きたいのだが」

 

 王様のその言葉に、考えていた演劇クラブのことが頭から飛んでいった。

 

「……はい」

 

 王様にそう答えるとクィルガーが心配そうな顔を向けてくる。テルヴァに捕まっていた時のことを思い出すと実は少し気持ち悪くなるのだ。あの黒ずくめたちの怪しく光る目や無理矢理飲まされそうになった薬のことを考えると気分が沈む。

 その話題になるのかと身構えていたが、王様が聞いてきたのはそこではなかった。

 

「テルヴァが魔法陣について話してきた、と報告の中で聞いたのだが」

「……魔法陣……ああ、あれですね。はい、言ってました」

「魔法陣についてなんと言っていたのだ?」

「……ええと、確か祠の台座の上にはかつて魔法陣が浮かんでいた、とか。魔法陣は魔女の力の証で、魔石使いが使う力は魔法陣が浮かばないから偽物だ、とか言ってました」

 

 あの祠のことを思い出しながら答えると、王様は「そうか」と一言だけ言って黙ってしまった。なにか気分を害してしまったのだろうかと心配になってクィルガーを見ると「大丈夫だ」と軽く頷く。

 しばらくして腕輪から王様が問う。

 

「其方の記憶は戻っていないのだな?」

「はい。目覚める前の記憶はまだなにも」

「わかった。……其方は自分の要望を通すために相手と交渉する術を心得ているようだが」

 

 う……鋭い。

 

「これからも私と交渉したいのならば覚えておくとよい、私が欲しいものは『情報』だ。この国のためになることでも他のことでもなんでもよい。例えば其方の以前の記憶、とかな」

「私の記憶も『情報』に……」

「そうだ。私と取引できる『情報』を得たのならすぐに言いなさい。交渉の席に着こう」

「……はい、わかりました。ありがとうございます」

 

 王様が自ら欲しいものを言ってくれるなんて……意地悪だと思ったけど優しいのかな?

 欲しいものは『情報』か……このエルフの記憶を取り戻すのはちょっと難しいかもしれないけど、よく考えて学院生活を過ごせば王様に渡せる情報を掴むことはできるかもしれない。

 うん、なんかやる気でてきた。

 

 王様との話が終わるとソヤリの腕輪の変な石の方の光が消えた。これで王様との通話が切れたらしい。


 というかこの魔石装具って電話みたいなものなのかな?


 そう思って腕輪のことを聞こうと口を開こうとしたところで、隣にいたクィルガーが椅子にもたれてハァ————とそれはそれは大きなため息を吐いた。


「お疲れですね、クィルガー」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

「え、私王様に対してなにか失礼なこと言ってしまいましたか?」

「王と交渉しようとすること自体とんでもないことだろうが!」

「だってあそこで王様が出てくるとは思いませんでしたし……ソヤリさんなら話せるかなって思って」

「……はぁ。なにを言い出すかわからない子どもを持つ親の気持ちがよくわかった……俺は父上と母上を心から尊敬する」


 それって私とあの双子が同じくらい問題児という意味だろうか。それは心外だ。

 そこでムッとしてクィルガーを睨んでいるとソヤリが私たちを眺めながら口を開いた。

 

「私も驚きましたよ。アルスラン様は話を聞くだけだとおっしゃってましたから」

「全然驚いてたようには見えませんでしたよソヤリさん……私は急に聞いたことのない声がしたので心臓が止ま……あ、そういえば」

 

 私は腕輪から聞こえてきた王様の声で気になっていたことを話す。

 

「王様って今は健康なんですよね?」

「……なにか気になることでも?」

「いえ、その……聞こえてきた声が健康な人の声とは少し違うというか……あまり元気がなさそうに聞こえたので」

「そんなことわかるのか? ディアナ」

「わかりますよこの耳ですから。スカーフから耳を出して聞いていればもう少し詳しくわかったかもしれないですけど」

「貴女は王の体調を声だけで判断できる、と?」

 

 その時ソヤリが一瞬表情を動かした。珍しい。彼はしばらくなにか考えたあと、ニコッと胡散臭そうな笑顔になって私に言う。

 

「貴女には学院に入ってからも時々様子を見がてら会うことにしましょう」

「おい、勝手に決めるな。会うのは俺の方がいいだろ」

「学院に親がしょっちゅう顔を出したら学生の噂になりますよ。それに王宮騎士団の有名人が来たら学院騎士団が緊張してしまいます」

「おまえだってある意味目立つだろうが」

「私は気配が騒がしい貴方と違って人知れず動くことができますから」

 

 そう言われたクィルガーはへの字口になって黙ってしまった。なぜソヤリがそう言い出したのかわからないが、ソヤリがたまに来てくれるのだったら王様と交渉する機会も増えるかもしれない。

 

「わかりました。よろしくお願いします、ソヤリさん」

 

 こうして面接という名の説明会を終え、私は正式に学院に入学することが決まった。

 それから学院の正面玄関を出て私たちは馬車を待つ。

 そこで疲れたと言いながら首を鳴らすクィルガーに苦笑しながら私は後ろを振り返った。大きな四階建ての校舎とその上に高い青空が広がっている。来月から私はこの学院に通うのだ。

 

 よし、この世界で自分の力で生きていくため、そしてエンタメのプロデュースという野望をこっちで叶えるために、頑張るぞ!

 

 私は校舎を見上げ拳をギュッと握って、フンス! と気合を入れた。

 

 

 

 

序章が終わりました。次から本編、一年生の章へ入ります。


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