面接
面接の日、先日と同じように馬車に乗って学院に向かうのだが、今日はクィルガーも一緒だ。
「あ、パンムーはどうしましょうか? 馬車の中で待たせておきます?」
「いや今日はそいつも連れて行く。透明の魔石の使い方を知ってるマイヤンのことも紹介する予定だからな」
「パンムーってマイヤンって名前だったんですか……」
サルウサギじゃなかった。当たり前か。
学院のロータリーに着いて馬車を降りると、先日案内してくれた男性が立っていた。その男性に連れられて校内に入っていくと天井の高い廊下に私たち三人の足音だけがカツンカツンと響く。
私たちの他に誰もいない……?
案内されたのは測定の時と同じ部屋だった。声をかけて中に入ると、例の栗色の髪の男性が座って待っていた。どうやらこの人が面接もするらしい。
その人の向かいの席に座るとクィルガーが口を開く。
「ディアナ、こいつはソヤリ。測定の時も会ったと思うが王の側近だ。今日はおまえについて込み入った話をするから特別にこいつが面接官として対応することになった」
「クィルガーの養子になったエルフの子がどういう人物なのか見たかったのでね。何も言わずに会ったのは許してください。今日はよろしく、ディアナ」
「……よろしくお願いします」
私は改めて挨拶しながらソヤリを見る。やはり不思議な人だ。静かというか、感情の揺れのようなものが目にも声にも全く表れない。
一体どういう人なんだろう……あの双子の真逆だね。
「ところでソヤリ、この部屋は?」
「普段は問題を起こした生徒を叱るための説教部屋らしいです。学院内で内密な話をする場所が他になかったので」
「……説教部屋なんですか、ここ」
「私やクィルガーがここにいるのも目立ちますから、面接の時間も他の受験者たちとはずらしてもらいました」
あ、だから校内に誰もいなかったのか。
「相変わらず用意周到だな」
「貴方が考えなさすぎなんですよ」
「あ? なんだと?」
なぜか少し会話しただけで二人の間にピリピリした空気が流れる。仲悪いのだろうか、この二人は。
キョトンとして私が二人を交互に見ていると、ソヤリが懐から小箱を取り出して机に置いた。
「今日は面接を始める前に測定の追加をしたいと思っています」
「測定の追加?」
ソヤリが箱の蓋を外すと、中には大きな青い魔石が一つ入っていた。
「測定の時のものより大きい魔石ですね」
「これは……もしかしてアルスラン様が?」
そう言ってクィルガーが驚いてソヤリを見る。
「ええ、これでディアナの階級を測れと。ディアナ、これを持って名を呼んでみなさい」
「いいんですか?」
クィルガーを見ると真剣な顔でコクリと頷いたので、私はその大きな魔石を持って名前を呼んだ。「マビー」と呼ぶといつものように魔石からトゥーというソの音が聞こえる。
「聞こえますね」
「聞こえるのか……!」
「音はどうです?」
「今までと同じです。大きくてはっきりしてます」
そう答えると二人とも黙ってしまった。私はなんとなく気まずくなってサッと魔石を箱に戻した。一体なんなのだろうか。
それからソヤリが箱に蓋をして静かに私を見る。
「ディアナは特級の魔石使いなんですね」
「特級……ですか?」
「一級のさらに上の階級です。特級があることを知っている者はほとんどいません。ですから貴方が特級であることは誰にも言ってはいけませんよ」
「誰にも言っちゃいけないんですか? ヴァレーリアにも?」
「今のところは。わかりましたね? クィルガー」
「……わかっている」
クィルガーはそう言ってハァっと息を吐き「おまえはどこまで自分の立場を危うくするんだ……」と力の抜けた声を出した。やはりあまり喜ばしいことではなさそうだ。
「私……普通にやりたいことをして生きていきたいだけなんですけど」
「では貴女が学院の生徒として普通に生きていけるのかを判断するために、面接を始めましょうか」
ソヤリが小箱を懐に戻しメモのようなものを取り出すのを見て、私もピッと姿勢を正した。
彼は私が氷漬けにされていたこと、目覚める前の記憶がないことが本当か確かめる。私は祠で目覚めた時の状況を細かく説明し、そこでパンムーの紹介をした。
「このマイヤンは人の言葉がわかるのですか?」
「私の言うことはわかってるみたいです」
「ではディアナが本当に氷漬けになっていたのか聞いてみてください」
「えっパンムーの言うことを信じるんですか?」
「完全に信じるわけではありませんが、どんな情報でも持っているに越したことはありませんから」
私はその言葉に驚きながらもパンムーに私が目覚める前に氷漬けになっていたのかを聞く。するとパンムーはうんうん頷きながら机の上に乗ってジェスチャーを始めた。
私の周りになにか覆っているような動きをして、パンムーがその前でしゃがんで両頬に手を当ててじーっと私を見ている。
「もしかして、氷漬けになってた私をパンムーはずっと眺めてたの?」
そう言うとパンムーは「パムー」と嬉しそうに頷いた。
くっ可愛い!
「なるほど。では氷漬けになっていたという可能性は高いということにしておきましょう。それが崩れて目が覚めたと」
「あ、いえ目が覚めた途端氷が崩れ始めたんです」
「目覚めてから? では貴女がそこでなにか氷に細工を?」
「私はなにもしていません。目が覚めたら勝手に氷が……あ、そういえばなんで氷が突然崩れたんでしょうか?」
私がそう言って首を傾げると、ソヤリが少し間を置いてから口を開く。
「……これはまだ推測ですが、その氷は『千年氷』かもしれないと王が仰っていました」
「『千年氷』?」
「貴女のいた祠があった場所はかつては一年中氷と雪に覆われた極寒の地であったそうです。そこに溶けるのに千年かかる氷というものが存在していたそうですよ」
「そうなんですか……じゃあ私は一千年前にその氷に閉じ込められたってことなんでしょうか?」
「その可能性はありますね。ただ肝心の本人が覚えていないのですから、答えはわかりませんが」
そんな不思議な氷があるなんてさすがファンタジーの世界だなぁ……それにしてもここの王様はよくそんなこと知ってたね。
ソヤリは次に自分がエルフであることをどう感じているのか聞いてきた。
「私は、正直自分がエルフであることはなんとも思っていません。耳と声がいいのは気に入ってますけど、テルヴァに狙われたり禁忌として扱われたりするくらいなら人間になりたいと思ってますよ」
「エルフになんの思い入れもない、と?」
「ありませんね」
「歌については? 貴女は歌うのが好きなのでしょう?」
「歌は好きですし気分が乗ってきた時は思わず歌いたくなりますけど、それがここではタブーだって言われたら我慢します。内密部屋で少し歌うくらいは許して欲しいですけど」
少し小声になってそう言うと、隣のクィルガーにすかさず睨まれる。
「私には我慢しすぎると寝言で歌ってしまう前科があるので、たまに発散しないと体が勝手に歌い出してしまいそうなんですよ」
「まあそれは……確かにそうだが」
「ふむ……まぁ歌に関しては少し対策をしなければいけませんね。学院内でいきなり歌われても困りますし。それから透明の魔石についてですが……」
透明の魔石についてはクィルガーから報告がいっているらしく、ソヤリも試してみたがうまくいかなかったようだ。そこで実際に私が使ってるところを見たいと言われた。
「いいですけど、ここでやるんですか?」
「クィルガーに対して使ってみてください」
「俺が実験台かよ」
「その方が客観的に判断できますから」
「クィルガー、なんの魔石術をかけたらいいですか?」
「この面接で疲れたから癒やしでもかけてくれ」
そう言われたので私はネックレスを引っ張り出して透明の魔石を掴んだ。透明の魔石の魔石術は使い方によってはかなり危険なことになるからと言われて、あれから一度も使っていなかったのだ。
久しぶりにその名を呼ぶ。
「『シャファフ』」
それから自分の中で鳴る音を透明の魔石にググッと流していくと、シャンッと音がして魔石が光った。
「クィルガーに繋げて」
そう命じると透明の魔石から白い線が出て隣のクィルガーにぶつかり、彼の体が白く光った。私は透明の魔石を掴んだまま、もう一方の手で指輪の緑の魔石を摘んで名を呼ぶ。
「『ヤシル』……癒しを」
そう命じると緑の指輪から放たれたキラキラした光が白い光に乗ってクィルガーに届き、彼の体が緑の光に包まれる。実際はそんなに疲れていないだろうからすぐに魔石から手を離すと、フッと光が消えた。
「……なるほど。今の白い光は複数人と繋げることができるのですね?」
「はい。テルヴァに襲われた時は四人と繋ぐことができました」
「癒しの力も一人分のものでいけたと」
その問いに私はコクリと頷く。透明の魔石のこの「繋ぐ」魔石術はとても省エネなのだ。
「王が貴女に望むのは、その透明の魔石の研究です。貴女はまだ魔石術の勉強をしていませんから、この学院で学んでその基礎力がつき次第、透明の魔石の研究を我々と進めて欲しいと思っています。実際に何人まで繋げられるのか、なぜ貴女はすんなりとその魔石術を使えるのか、調べたいことはたくさんありますから」
「わかりました。私に出来ることがあればなんでも言ってください」
「なんでも、ですか」
「おいディアナ、軽々しくなんでもなんて言うな」
「いいんですよクィルガー。私はどのみちこの学院に入って王に守ってもらわないといけないんですから、その対価として差し出せるものがあるのならなんでも出します。これは守ってもらうことに対してのお礼みたいなもんです」
この考え方はいろんなことをプロデュースする時に学んだことだ。自分の要求を通したかったら、まず相手の望むことを知り、それにどこまで協力できるのか見極めること。自分の要求と向こうの要求の妥協点はどこか探ることが交渉の第一歩だ。
そうだ、ソヤリさんが相手ならここで提案してしまおう。
私はそこで勉強の合間に秘かに考えていたとある計画を頭の中に思い浮かべる。
今ならばその話が出来ると感じて、私はプロデュース脳に切り替えてソヤリさんを見た。
「学院に入るための面接はこれで終わりですか?」
「そうですね、聞きたいことは大体終わりました」
「では少しだけ私のお話を聞いていただいていいですか?」
「ん? なにか聞きたいことがあるのか? ディアナ」
私の言葉にクィルガーが怪訝な顔をしてこちらを見る。
「学院に入って、やらせて欲しいことが一つだけあるんです」
「やらせて欲しいこと?」
「……話だけなら聞きましょう」
ソヤリが表情のない顔でこちらを向く。
私が要求したいことは学院に入って保護してもらうことと、そしてもう一つあるのだ。
「学院には学生が交流するためのクラブがあるんですよね? 私、演劇クラブを作りたいんです。それの許可をください」
「は⁉ クラブだと⁉」
「はい。演劇クラブです!」
「なんだそれは! 聞いてないぞ!」
「今初めて言いました」
「そんなことは前もって言え!」
「言ったら怒るじゃないですか!」
「当たり前だ馬鹿!」
眉を吊り上げたクィルガーにぐわしと頭を掴まれる。いつもより痛い。それからクィルガーとギャーギャー言い合っていると、ソヤリがそれを止めた。
「二人とも静かに。ディアナ、演劇クラブとは一体なにをするクラブですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
私はシュタッと姿勢を正してソヤリに向かって前のめりになる。
「演劇クラブとは学生だけで話も演出も衣装も作って年に何回か劇を披露するクラブのことです!」
「なぜそのクラブを作りたいのです?」
自分がエンタメのプロデュースがしたいから、という本音は隠して私は考えていた建前を話す。
「学生という身分の間に自分が生きていく手段を手に入れたいからです」
「生きていく手段?」
「私は学生の間に劇団を作って新しい演劇の基礎を確立し、卒業後はその劇団を事業にしてできれば王の保護下のもとでそれを運営していきたいと思っています」
「王の保護下……?」
「はい」
「話が全く見えませんね……」
私の話を聞いてソヤリが呆れたようにため息を吐く。
ああ、しまった。ちょっと端的に言いすぎた。
「あああの、ちゃんと今から細かく説明をするのでそれを聞いてもらうとわかると思うんですけど……!」
ソヤリが話を切り上げてしまうと困ると私は慌てる。するとどこからか声が聞こえた。
「学院の卒業後も保護を継続して欲しいので、そのために劇団を作って事業化したい、ということだな」
「……! はいそうです! ……え?」
思わず返事をして、私は固まる。
え? 誰?
どこから声がした?
クィルガーを見ると一瞬驚いた顔をしたあと、眉を寄せ「いいのですか?」とソヤリの手元を見て言い、ソヤリも自分の手首あたりを見つめていた。手首には小さな赤い魔石と変な形の光る石がついた腕輪がはまっている。
「よい。クラブの設立については私の許可がいる話だ。それに、そのエルフに私も聞きたいことがある」
低くて少し掠れたような声がその腕輪から聞こえてきて、私はわけが分からない顔になってクィルガーとソヤリを交互に見た。
するとクィルガーがふうっと息を吐いて私に告げる。
「ディアナ、アルタカシークの王、アルスラン様だ」
…………へ?
今なんて?
王?
って王様のことだよね?
…………。
「えええええええ‼」
「馬鹿、変な声出すな」
「そんなこと言ったって……!」
王様ってなに?
一体どういうこと⁉
面接という名の説明会でした。
ディアナが密かに立てていた
計画を伝えたところ、
意外な人物が出てきました。
次は アルタカシーク王、です。
序章は次話で完結。




