試験と測定
試験勉強を始めて数ヶ月経ち、いよいよ試験の日がやってきた。
各国の試験はそれぞれの国で行われる。試験に合格してからアルタカシークに向かう日数がそれぞれ違うので試験日はバラバラだ。
アルタカシークは移動に時間がかからないため試験日は一番遅く、試験は城の中にある学院の教室で行われる。
私は家の前が城だからいいけど、地方の街の子とかは大変だろうなぁ。
私はヴァレーリアに見送られ、館の正面玄関前に用意された馬車に乗って城の上に向かう。王宮に出勤するクィルガーもジャスルに乗って馬車の横についてきていた。
「過保護な父親みたいですね、クィルガー」
「馬鹿。学院に入るまでは油断はできないんだぞ。館の護衛は城には上がれないからな」
私には通常、護衛がつけられている。ただこちらは魔石使いではなく平民の兵士なので、魔石使いだけが上がれる城には連れて行けない。
「城には魔石使いしか上がれないんだから、テルヴァがいる心配はないんじゃないんですか?」
「いや、その辺の平民は城には上がれないが、執務館や学院で働く使用人は大体平民だ」
「あ、そっか」
執務館や学院の雑用や料理人は平民だもんね。ちゃんと調査されて雇われてるとは思うけど、テルヴァがいる可能性はないとは言い切れないんだ。
馬車に揺られていると城の頂上へ向かう坂道に入った。道は舗装されているので全く揺れないが、登っていく馬たちは大変そうだ。
ようやく上の方まで登ってくるととても見晴らしがいいことに気付いた。馬車の窓から王都を眺めると白くて四角い建物が遠くの方までずらっと並んでいるのがわかる。すると街の所々に背の高い塔のようなものがいくつも建っているのが見えた。
あれは見張り台なのかな?
城の頂上につくと馬車は右側に進んでいく。窓から身を乗り出して見ると、前方に大きな門とその奥に高い建物が立っていた。
「俺がついていけるのはこの門までだ。緊張するだろうが、いつも通りの力が出せたら問題ない」
「はい、大丈夫ですよ。あれだけ勉強したんですから」
私が笑ってそう答えると、クィルガーはフッと口の端を上げて「試験と測定が終わる時間にまた来る」と言って馬車から離れていった。
学院の門を潜るとロータリーに馬車がたくさん停まっていて、中から子どもたちが降りてくるのが見えた。私も馬車を降りて正面玄関らしき方へ歩いていく。
ロータリーには大きな乗合馬車もあって、そこから複数人の子どもたちが降りてくる。自分とその子たちの身なりを見比べて、彼らは中位や下位の貴族だろうかと見当を付けた。
個人の家の馬車を使えるのは高位の貴族だけっぽいね……。
ちなみに通常は高位の貴族から順番に馬車を停めて中に入るのだが、学院は学院長である王の命令で、身分差はなく学生は全員平等であると決められている。そのため学院内では馬車の順番も来たもの順で、高位の貴族の馬車も乗合馬車も一緒くたになっていた。
正面玄関に入るとそこに試験会場への案内板が出ていたのでそれに従って進んでいく。
周りの子はみんな同じ方向へ向かうから間違えようがないけどね。
あー、でも試験会場に行くこの感じ……久しぶりだなぁ。
高校受験や大学受験に加え、たくさん受けたオーディションの会場の緊張感を思い出す。ドキドキして不安になって、でも順番になったら行くしかなくて。
最後は結局、今まで練習してきたことを信じてやるしかない、って自分に言い聞かせるしかないんだよね。
受験生たちが案内されたのは地下にある大教室だった。一番前に先生用の壇があり、席が階段状に並んでいる。雰囲気は大学の大教室に似ているが館と同じく椅子と机ではなく、絨毯に並べられた座布団に座ってローテーブルで読み書きをするようだ。
私たちは教室に入っていった順番に席に着くよう言われる。筆記試験は小さなころから勉強してきた基礎の確認のためなので、落第者は滅多に出ない。むしろ落ちたら貴族の恥である。そのため受験番号などはなく、回答用紙に名前を書くだけでいいのだ。
それから席に着いて筆記具を並べていると、私の座布団の方にコロコロとつけペンの軸が転がってきた。私はそれを拾って隣の子へ渡す。
「はい、落ちましたよ」
「あっすみません、ありがとうございます……!」
隣の女の子がそのペンを受け取り、私に向かって申し訳なさそうにか細い声で謝る。その子は顔以外をすっぽりスカーフで覆っていて、綺麗なピンク色の目がおろおろと泳いでいた。かなり緊張しているようだ。
それを見て私は顔を寄せて小声で彼女に話しかけた。
「緊張してますか?」
「ふぇ? ははは、はい……っ」
「緊張を解くおまじない、教えてあげますよ」
「え?」
目を見開いて戸惑う女の子に私は笑顔で首を指差す。
「まず首を左右にゆっくりと傾けます」
私は見本を見せるように左右にゆっくりと首を傾けた。女の子もそれを見て遠慮がちに首を動かす。それを三回。
「ゆっくり首の筋を伸ばしたら、次は両肩をググッと上げて、ストンと下ろします」
周りの目を気にしつつこれも三回。そして最後に深呼吸をする。緊張を解くおまじないというより、体をほぐす運動なのだが、これが私の試験前のルーティーンなのだ。
「さっきより体が温かくなってませんか?」
「あ、本当だ。温かいです」
「体温が上がると、頭も冴えてきますから、きっと大丈夫ですよ」
私が微笑むと、女の子も少し緊張のとれた顔で笑ってくれた。
その後テスト用紙が配られて試験が始まる。私はこの三ヶ月詰め込んだものを吐き出すように問題を解いていった。
うん、大丈夫。解けていけてる。
出てくる問題にホッとしつつ、私はペンを走らせた。
その後試験は午前中で終わり、お昼休憩を挟んで午後は測定である。
自分が魔石使いの何級なのかを知る測定は通常の貴族は小さいころに家で済ましているものなので、ここでの測定は確認作業の意味合いが強い。学院に入るとその階級ごとに分かれて受ける授業があるのでこれは必須なのだ。
私は自分の階級を知らないがクィルガーは見当がついているようだった。前もって調べられるらしいが、どうせ受験の時に正確に調べられるんだからその時に測ってもらえと言われていたのだ。
私何級なんだろう? ちょっと楽しみ。
測定は個別で行われるらしく、大教室に集まった受験生たちが順番に名前を呼ばれて違う教室に向かっていく。測定にはそんなに時間がかからないからか、次々と教室から人がいなくなる。そのうち隣の女の子も呼ばれていってしまった。
部屋にいる子どもが三分の一くらいになったころ、ようやく私の名前が呼ばれた。教室を出て廊下に出ると、一人の男性が「貴女がディアナさんですか?」と確認してきた。頷いて「はい」と返事をすると、他の受験生たちが入っていく教室とは別の方向に連れていかれる。
あれ? なんで私だけこっち?
人がいない廊下を進んで、端っこの部屋の扉の前にやってきた。案内してきた人が声をかけると、中から「どうぞ」と声がかかる。男性は扉を開けて私を中に入れた。
部屋の中は狭かった。珍しく机と椅子があるがそれ以外なにもない。机の向こう側には一人の男性が座っている。
「こちらへ」
私がその人に促されて机の前の椅子に座ると、案内してきた男性は部屋には入らずそのまま扉を閉めた。
「貴女がディアナ・アリムで間違いはないですか?」
「はい。私です」
男性はかなり痩せ型で頬が痩けており、切れ長の目を薄く開いて私を見つめている。頭に被ったターバンから栗色の髪が伸びていて、それが顎ラインでおかっぱのように切り揃えられていた。その灰色の目にはなんの感情も映っていない。
なんか不思議な人だなぁ。
「測定は初めてと聞きましたが?」
「はい、初めてです」
そう言うと、男性は机の上に長方形の薄い箱を置いて蓋を開けた。箱の中には、大、中、小の大きさの青の魔石が一つずつ置いてある。
「青の魔石の名を呼んだことは?」
「あります」
「この魔石の大きさは各階級を表しています。大きい魔石は一級、中くらいの魔石は二級、小さい魔石は三級です。自分の階級はそれぞれの魔石を持ち、名前を呼んだ時に魔石の音が聞こえるかどうかで知ることができます」
「では自分が二級だった場合、この一級の魔石を持って名前を呼んでも音は聞こえないということですか?」
「そうです」
なるほど、そんな仕組みなのか。
「貴女のご家族から三級の魔石は使えると聞いてますので、二級の魔石から試していきましょう」
「わかりました」
私は真ん中の青い魔石を手にとって「マビー」と名を呼ぶ。すると魔石からソの音が聞こえてきた。
「音が聞こえます」
「音の大きさはどうですか?」
「大きくはっきり聞こえます」
「わかりました、では次はこちらを」
男性に促され、私は二級の魔石を置いて隣の一級の魔石を持ち、同じように名前を呼ぶ。
「これも聞こえます」
「音の大きさは?」
「さっきと同じですね」
「……ほぅ。そうですか、わかりました」
「私は一級ってことですか?」
「そういうことですね」
ほほぅ、一級かぁ。前に階級の話になった時に確かクィルガーは二級でヴァレーリアは三級って言ってたんだよね。
父親に勝っちゃった。あとで自慢しちゃおうかな……いや、絶対頭ぐわしの刑になるからやめとこ。
測定が終わって部屋を出ると、さっき案内してくれた男性が待ってくれていた。その人に正面玄関前まで連れていってもらう。
私はロータリー前でアリム家の馬車が来るのを待ってる間、さっきの測定を思い返した。
なんで私だけ違う部屋だったんだろう……?
通された部屋も教室ではなく狭くて静かな部屋で、なんとなく館の内密部屋に似ていた。
あそこももしかしてそういう部屋なのかな?
すぐに馬車がやってきたので乗り込んで学院の門を出ると、クィルガーとジャスル、それからパンムーが待っていた。馬車の窓を開けるとパンムーが私の肩に飛び乗ってくる。
「試験はどうだった?」
「問題はちゃんと解けましたよ。あとは書き損じがないことを祈ります」
詳しい話は家に帰ってからということで、館に戻り、お茶の用意をして内密部屋に入った。中にいるのはクィルガーとヴァレーリアと私だけだ。
私は試験のこと、そのあとにあった測定のことを報告する。私だけ違う部屋に連れていかれたと聞いてクィルガーが眉を寄せた。
「内密部屋に似てる部屋? ……ディアナ、測定を担当した執務官はどんな奴だった?」
「なんか不思議な人でした。栗色の髪に灰色の目をしていて、ずっと無表情なんですけど怖くはなくて……口調は丁寧な人でしたよ」
「……あいつ。俺になんも言わずにディアナに会ったのか」
それを聞いてクィルガーがへの字口になって呟く。
「知ってる人ですか?」
「ああ。まぁ、合格したらまた会うことになるからそっちはいい。部屋の方はあれだ、おまえが特殊だからな、結果を外から聞かれないように用心して用意された部屋だろう」
ああ、エルフが何級の魔石使いであるか漏れないようにしたってことか。
「あれ? じゃああの人も私の正体を知ってるってことですか?」
「……ああ、知ってる。王宮の中でおまえのことを知っているのは王とそいつと俺だけだ。俺は測定の時にそこまで警戒しなくていいと思っていたが、あいつは違ったみたいだな」
王様と一緒に私の情報を共有しているなんて、あの人かなりすごい人だったのかな。
私が一級だったということについては二人とも予想はしていたらしい。
「あの大きさの透明の魔石を使えたのだから、一級だとは思っていたわ」
「あ、そっか。この透明の魔石ってかなり大きいですもんね」
「おまえ、ヴァレーリアの指輪で魔石術を使う時に威力の調整に苦戦していただろ? それもおまえの力が大きいのが原因だ」
「そうだったんですか」
ヴァレーリアとクィルガーの言葉に納得するが、そこで新たに疑問が浮かんだ。
「ん? そういえば透明の魔石は名前を呼んでも音が聞こえませんけど、これってどういう経緯でハズレ魔石になっちゃったんですか? 自分に音が聞こえなかったら普通もっと高位の魔石使いしか使えないんだ、とかって思いませんか?」
「あのな、魔石術が発見された当時は一級の魔石使いがゴロゴロいたんだ。そいつらがみんな透明の魔石の音が聞こえないって言ったから、ハズレ魔石になったんだよ」
「ああ、なるほど……」
高位の魔石使いでも音が聞こえないってなると、使えない魔石ってことになるよね。
そうそう、透明の魔石の魔石術については少し困ったことになっていた。透明の魔石はあまり流通していないため、アルタカシークに来てからいくつか買い、クィルガーとヴァレーリアが使えるか実験してみたのだがうまく使えなかったのだ。
二人とも自分の中の音を透明の魔石に移す、というのが難しいらしく音合わせが出来ず魔石術が発動しなかった。私が発見したからといって他の魔石使いがすぐに使えるというわけではなさそうだ。
透明の魔石については、まだまだ研究が必要かも。
そして翌日、筆記の合格の通知がきた。
次は面接だ。
試験と測定が終わりました。
ディアナは一級の魔石使いでした。
次は 面接、です。
序章は残り二話。




