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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
序章

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勉強と準備


 クィルガーの館に来た翌日、私はクィルガーとの養子縁組の書類にサインした。これを王宮の執務館にある貴族の管理をしている部署に提出して受理されると、私とクィルガーは正式に親子となる。

 その提出と私のことを王へ報告をするためにクィルガーは朝早くから城に上がっていった。

 

 そして私は目下、猛勉強中である。

 クィルガー邸の本館の右奥に女性専用の館があり、そこの三階の一室が私の部屋として用意された。

 女性館は男子禁制で家の主の女の子どもが住むのが通常だが、今回はヴァレーリアもこちらに住んでいる。婚約者が結婚前に相手の館に住むことは基本的にはないらしいので今回は特別だ。ヴァレーリアは結婚すると本館のクィルガーの私室の隣に移動するらしい。

 

 アルタカシークの家で驚いたのは、ソファや椅子があまり置かれてないということだ。ご飯を食べるのも、お茶を飲んで寛ぐのも、勉強するのも床に座ってする。テーブルもローテーブルが基本だ。

 なんとなく日本の座敷っぽい。畳の代わりに上等そうな絨毯が敷かれていて、その上に靴のまま乗る。こういう生活習慣があるからここでは館に帰ってきたときに靴に洗浄の魔石術を使うのだと知った。

 

 でも夏に靴は暑いから本当は裸足になりたいけどね。

 

 なんて靴を脱ぐ文化で育った私は思ってしまうけど、これも慣れるしかない。

 私の部屋には脚の短い長椅子が置かれているので、床に座るのに疲れるとそこで休憩したりする。

 

「そろそろお茶にいたしませんか?」

 

 勉強している私に声をかけてきたのは、私のトカルのイシュラルだ。トカルというのは女性の使用人さんのことで、私の身の回りのお世話をしてくれるメイドさんのような人だ。ちなみに男性使用人さんのことはトレルという。

 イシュラルはオレンジの髪に緑の目をしていて、二十歳とまだ若いけど経験も豊富で優秀なトカルらしい。まだ会ったばかりだけど、穏やかで優しい感じの女性だ。

 

「ではここまでできたら休憩にしましょうか」

 

 と横で様子を見ていた家庭教師のジーディが教科書を指差して答える。ジーディは四十歳くらいの女性で、真面目で神経質そうな顔をしている。顔以外をスカーフでぴっちり覆っているので髪の色はわからないけど、薄茶色の目をしていた。

 彼女は魔石使い、つまり貴族だ。子育てがひと段落したので十年くらい前から家庭教師の仕事をしてるらしい。クィルガーの弟の双子たちもお世話になったそうだ。

 私はジーディの指定したところまでやり切って、長椅子に座って休憩する。

 

「ディアナ様は本当に優秀ですわね。少ししか見ていませんが、とても集中力があって素晴らしいです」

「ありがとうございます。読むのは結構できるようになったんですが、書くのがまだまだで」

「いいえ、これほど集中できるのでしたら、書くこともすぐにできるようになりますよ。トグリ様やチャプ様に比べたら……」

 

 そこでジーディはハッとして口を噤む。トグリとチャプはクィルガーの弟の双子のことだ。私はふふっと笑って言った。

 

「なんとなく、騒がしかったのは想像できますね」

「……ええ本当に。まずテーブルの前でじっとさせるのに苦労しましたわ」

 

 そう言ってため息をつくジーディとお茶を飲みながらお菓子をつまむ。ナッツの入ったクッキーだ。口の中でナッツの香りが広がる。

 

 これも美味しいけどコモラのジャムクッキーの方が美味しかったな……。でも流石にコモラはまだ作らせてもらえないよね。

 

 サモルとコモラはクィルガー邸でそれぞれ仕事についている。コモラはこの館の料理人として一番下の雑用からスタートだ。大変そうだけど本人は「見たことない材料をたくさん見れるから楽しいよぉ」と言っていた。

 

 あのマイペースな性格なら大丈夫かな。

 

 サモルはなんと今までにない新しい役職が与えられた。クィルガー家の対商人用の商人だ。主な仕事はクィルガー家にくる各商人たちの対応とその商品の精査。そして家の物を売るときの手続きである。

 この辺の貴族は家に商人がやってきて、直接布や装飾品などを商人から買っていく。だが彼らが持ってくる商品の価値を見抜くのはなかなか困難で、大体商人にいいようにやられている貴族が多数らしい。

 そこで審美眼があるサモルにその商人たちの相手をさせようとクィルガーが提案した。家にやってきた商人の品物が本物がどうか、買う価値があるか主人の横に控えて判断するらしい。

 サモルも喜んでその仕事についている。世にも珍しい貴族の雇われ商人だ。

 

 クィルガーとヴァレーリアに付いてその仕事が軌道に乗ったら、カラバッリ邸の方にも出張するんだって。

 

 休憩が終わると、苦手な歴史の授業になった。前にクィルガーに面白物語になってる歴史本はないかと聞いたけど、

 

「あることはあるが……大体が長編だしそれを読んでる間に三ヶ月過ぎるぞ」

 

 と言われて断念した。大人しく教科書を読んで勉強するしかない。

 

 その日の勉強が終わり夕食の時間になった。今日はクィルガーとヴァレーリアと一緒に本館の食堂で食べる。旅をしてる間は四六時中一緒だったので、なんだか久しぶりに会う気がした。いや朝ぶりなんだけど。

 

「ディアナ、書類が無事に受理された。今日からおまえは俺の娘でありアルタカシークの貴族だ」

「ありがとうございます。ついに親子になったんですね、おと……」

「それで呼ぶな」

 

 どうやらお父様は断固拒否らしい。

 

 自分はカラバッリのことを父上と呼んでいるくせに……。

 

 むぅ、と不満げな目をクィルガーに向けていると、私たちを見ていたヴァレーリアが羨ましそうに呟く。


「私も早くディアナと親子になりたいわ」

「ふふ、私もです。でも一年後までお預けですね」

「ヴァレーリア、布の方はどうだ? 問題なさそうか?」

「自分が刺繍を刺す分はそんなに多くないから大丈夫よ。購入で済ます分はサモルに任せてるわ」

 

 二人の会話がよくわからなくて質問すると、ヴァレーリアが説明してくれた。

 

「結婚が決まった女性は嫁入り道具として自分が刺繍した布をたくさん用意するの。昔刺繍の入った布が高価だった時代に、女性側の財産として持っていった風習が今も残ってるのよ」

「どれくらいの布を用意するんですか?」

「その人の家柄にもよるけど、日常的に使うものから寝具や壁掛け、絨毯なんかも持っていく人もいるわね」

「えっそれってすごい量になりませんか?」

「だから最近はお祝いの日に着る服やマントだけ自分で刺して、他の布は商人から購入して揃える人が多いの。嫁入り布専門の商人もいるのよ」

 

 へぇーそんな風習があるんだ。自分で刺繍しなくちゃいけないなんてこの世界のお嫁さんは大変だね。

 

「ディアナも今年は勉強でいっぱいだろうけど、来年からは刺繍の練習もしなくちゃね」

「ええっ私もするんですか⁉」

「当たり前でしょ。刺繍は全ての女性の嗜みよ。みんな小さなころから仕込まれるものなんだから」

「ヴァレーリアも刺繍できるんですか?」

「まぁ人並みにはね」

 

 なんということでしょう、この世界で生きるハードルが一気に上がってしまった。なんせ私は裁縫が大の苦手なのだ。あの細かい作業を長時間やることができない。家庭科の授業で縫った雑巾でさえ酷い出来だったのだ。

 

「ディアナ、すごい顔になってるぞ」

「今まで生きてきた中で一番絶望しています……」

 

 雑巾でさえアレだったのに……刺繍だなんてどうすれば……。

 

「まぁ、おまえの場合結婚できる歳になるまでまだ時間があるし、それまでにできるようになればいいんじゃないか?」


 クィルガーにそう言われてハッとする。そうだ、私はエルフなんだから大人の体になるまでにかなり時間がかかりそうだし、そもそも結婚できるかどうかもわからないのだ。今から心配していても仕方ない。とりあえず嗜み程度には刺せるようにゆっくり頑張ればいい。

 

 

 それから数日後、カラバッリ邸の本館でヴァレーリアと私のお披露目会が開催された。私とヴァレーリアは豪華な服を着せてもらって、大広間の奥でクィルガーと並んで座る。

 そこへ招待されたお客さんが次々と挨拶にくる。私たちに挨拶した人たちは次にカラバッリとターナの方へ向かい談笑している。

 

 クィルガーの弟や妹たちとも初対面した。妹さんたちは二人とも明るくて賑やかな人たちだった。性格的には下の双子とよく似ている。クィルガーと本当の兄弟のように育ったという二つ下の弟さんは穏やかで優しそうな人だった。

 

「サキムです。よろしく、ディアナ」

「はい、よろしくお願いします」

「私は王宮の執務館に勤めていてたまに学院にも書類を届けるから、ディアナが学院に入ったらどこかで会うかもしれないね」

 

 ターナ似の緑の目で微笑むサキムに癒されていると、横から双子が勢いよく喋りかけてきた。


「僕たちも王宮騎士団にいるから、見回りの時とか会えるかも!」

「見かけたら声かけてね! ディアナ!」

「おまえたちは真面目に警備の仕事しろ」

 

 クィルガーに注意されても双子は全然気にしていない。

 

「僕たち去年学院を卒業したばっかだから、なにかわかんないところがあったら言ってね!」

「うたた寝しても怒らない先生の名前とか教えてあげるよ!」

「「ね!」」

 

 はぁーっと隣で兄二人が大きなため息を吐いた。明らかに勉強は二の次って感じだけど、この双子も一年足らずで王国騎士団から王宮騎士団に入ったのだ。きっと騎士としては優秀なのだろう。

 

 でも城でこの二人に会ったら絶対悪目立ちそうだな……なるべく会わないように祈っておこう。

 

 クィルガーだけじゃなくカラバッリの知り合いも来るので挨拶しているだけでお披露目会は終わってしまった。今日はお披露目だけだったので一日で終わったけど、来年の結婚式は最低三日間は宴が続くらしい。

 

 高位の貴族ハンパない……。

 

 

 それからまた勉強の日々だ。

 歴史に加えて、社会や法律の勉強も始まった。覚える単語がドーンと増えて頭がパンクしそうだ。まだ話し言葉がわかるから楽な方だけど、聞いたことのない仕組みを覚えたり、それを書いたりするのが大変だった。

 勉強の難易度は上がるし、季節は本格的に夏になって殺人的な暑さになるしでさすがにバテてしまった。

 見かねたジーディが休息日を提案してくれて、今日は久々にお休みを貰った。

 

 砂漠の街の夏は確かに暑いけど、乾燥しているからか日陰に入るとサァッと涼しくなる。なので天井の高い家の中は比較的過ごしやすい。

 女性館の中で一番涼しい二階の居間で、刺繍をするヴァレーリアを見ながらゴロゴロしていると、イシュラルが冷たい飲み物と一緒にとある冊子を持ってきた。

 

「クィルガー様から暇つぶしに、と」

 

 冊子を受け取って表紙を見ると「王立シェフルタシュ学院」と印刷されていた。中を見ると学院の目的や入学資格という文字がある。この冊子は学院のパンフレットのようだ。

 

「なになに『我が学院の目的は、一、各国で差があった魔石使いの教育の質を統一し、魔石使いの水準を底上げすること……ふむふむ」

 

 二、は卒業後すぐに国の役に立つ人材に育てること、

 三、は二級三級の魔石使いの技術を重点的に上げること、だった。

 

 魔石使いには一級から三級まであるのは前にジーディに教えてもらった。先の大戦で一級の魔石使いが大量に減って、今は二級三級の魔石使いの数が多いってことも。

 

「あ、ここからは試験についてだ。一次試験は筆記試験と測定。あ、試験のあとに何級か測定するんだね。二次試験は面接か……」


 高校の入試を思い出すなぁ。

 

「面接は親同伴って書いてますけどクィルガーが一緒ってことですかね?」

「そうじゃないかしら? 私も付いて行きたいところだけど」

 

 クィルガーが一緒なら、なにかしでかすこともないだろう。安心安心。

 

「授業は九の月から翌四の月の終わりまで。五の月から八の月まではお休みなんですね」

「確かにこんな暑さじゃ勉強なんてできないものね」

「年明け前後に冬休みあり。全寮制……って、こんなに城と近いのに私も寮に入るんですかね?」

「全寮制だからそうじゃないの?」

 

 ヴァレーリアが周りのトカルに視線を向けると、イシュラルがスッと前に出て言った。


「クィルガー様より寮に入る時の準備もしておくようにと伺っております」

「そっかぁ。寮生活なんだ」

 

 合格したら九の月から城の中に移動なのか。ヴァレーリアたちと離れるのは寂しいなぁ。

 

 そう思いながらパラパラと冊子を捲ると、最後の方のページまでいったところで私の手がピタッと止まった。

 

「学生の交流のためのクラブ……?」

 

 そこには各国の学生たちが文化交流するためのクラブがいくつかあるので、ぜひ参加して自分の知見を広げよう、と書いてある。

 

 クラブってあのクラブ?

 踊り狂う方じゃない方のクラブだよね?

 こっちの学院にもあるんだ……!

 

 私の頭にとある光景が蘇る。

 

 全力で走り抜けたあの日々……。

 熱量だけで突っ走ったあの日々……。

 

 その時、私の中にとあるアイデアがひらめいた。

 

 

 

 

クィルガー邸での暮らし。

この街では夏の昼間はみんな

家の中で過ごします。

ディアナはなにか閃きました。


次は 試験と測定、です。

序章は残り三話。

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