元王宮騎士団長
本館の玄関ホールまで戻ると着替えたクィルガーが待っていた。
「クィルガーも格好いいです!」
「そうか? これがここでの普段の騎士の格好だ」
バンダナは同じだがそれ以外が全く違う。綺麗な白いマントを羽織っていて、黒の生地に銀色の刺繍が入った脛まである上着とその下に朱色のロングシャツを着ている。その上着とシャツの間に旅の時とは明らかに質が違う銀色の胸当てを着けていて、同じ材質の籠手と、灰色の革のロングブーツという出立ちだった。
黒と赤と銀と白という組み合わせがとても上品で都会的で、クィルガーが上位の貴族であるというのがその姿を見ているとよくわかる。
私の養父になる人、めっちゃ格好いいじゃないの!
「ああ、ヴァレーリアもよく似合ってるな」
「ふふ、ありがとう」
隣に立って微笑み合う二人はもうなんというか、絵になりすぎて住む世界が違う。
ここはハリウッドですか? 私の前にいるのはハリウッドスターなの?
前を歩く二人に見惚れてぽやっと付いていっている間に胃の痛みはどこかへ行って、気がつくととある部屋の前まで来ていた。扉の前に待機していた人が中へ声をかけてその扉を開く。
そこは四十畳くらいの正方形の部屋だった。天井が高く、壁と床には複雑な模様の織物が並べられていて、白い部屋に織物の彩り豊かな色が溢れている。窓は天井に近いところにしかないようで、そのせいか思ったよりこじんまりとした印象を受けた。
床の鮮やかな絨毯の上にはソファやテーブルはなく、代わりに白くて四角い座布団のようなものがいくつか置かれている。
あ、あれがクィルガーのご両親?
部屋の奥に壮年の男性とその左手側にふくよかな女性が座っているのが見えた。クィルガーはそのままズンズン部屋の真ん中まで歩いていき、二人が座っている前に用意されている三つの座布団の真ん中に座る。
私はクィルガーに言われるまま彼の左手側の座布団に座った。
ん? これどう座ればいいの? 正座……は変だよね。胡座?
クィルガーの右手側に座ったヴァレーリアを見ると横座りをしていたので、とりあえず私も横座りにしておく。
ようやく落ち着いて前を向くと、正面にいる男性といきなり目が合った。
ひょえぇぇぇぇぇぇこわぁぁぁぁぁぁぁ!
男性は隻眼だった。左目に黒い眼帯をしているのだ。クィルガーと同じ形のバンダナに、黒い髪をこちらもコーンロウに編んでいる。褐色の肌に鋭い空色の目をしていて、眉間に深いしわが寄っていた。
元王宮騎士団長とはいっても体から発するオーラは現役バリバリのものだ。
怖い、怖すぎる。
私が一人でビビり倒していると、クィルガーが帰ってきた挨拶をしてヴァレーリアと私の紹介をする。
「おかえり、クィルガー。そしてようこそヴァレーリア、ディアナ。私はクィルガーの母のターナです」
男性の隣にいるふくよかな女性がそれに答える。クィルガーのお母さんは薄紫の髪に優しそうな緑色の目をしていた。ヴァレーリアと同じようにスカーフを頭からすっぽり被っていて、ゆったりとした動作で私とヴァレーリアに微笑む。
よかった、お母さんは優しそう!
「ほらあなたも、名前くらい仰ってくださいな」
「……クィルガーの父、カラバッリだ」
ターナに言われ、男性は渋くて低い声で無表情のままそう名乗る。
「愛想がなくてごめんなさいね、いつもこうだから気にしないで」
ターナが慣れたように呆れてそう言う。どうやら無口で無愛想なのが通常らしい。それにしても怖すぎる。
「簡単な経緯はクィルガーからの手紙で知ったけれど、詳しくは知らないの。いくつか質問していいかしら?」
そう言ってターナがヴァレーリアに向かって首を傾げた。
ふぉぉ、いきなり嫁姑対決ですか⁉
と内心興奮しているとヴァレーリアは余裕のある笑みで「どうぞ」それに答える。
「あなたはザガルディの王都で育ったのね」
「はい」
「どうして家を出て冒険者になったの?」
そう聞かれヴァレーリアがその経緯を話し始めた。実の母親のこと、後妻のこと、その子どもが自分より階級が上だったこと、それが原因で仲がいっそう拗れたこと、父親が向こうについたことで家を出る決心がついたこと。
話してる内容は私が知らないことも多かった。それを彼女は淡々と話す。
「そう、それで冒険者に……。あなたは自分の信念を貫いたのね」
「はい。家を出たことは後悔していませんし、私は今の自分を誇りに思っています」
ヴァレーリアは真っ直ぐにターナを見つめてそう言い切る。
「ふふ、いいわね。あなたの目は好ましいわ。クィルガーが嫁にしたいだなんて初めて言ったからどんな女性かと思っていたのだけど、うちの嫁には相応しいんじゃないかしら。ねえ? あなた」
「……うむ」
そのカラバッリの答えにクィルガーが「ありがとうございます。父上、母上」と微笑む。どうやらヴァレーリアはクィルガーのお嫁さんとして認められたようだ。
「それで、その子を養子にするという話だけど」
「ああ、ディアナについては少し込み入った話になる」
クィルガーがそう言うと、ターナは部屋にいる使用人たちに下がるように指示を出す。そして部屋から私たち以外全員が出て行って扉が閉められると、クィルガーは姿勢を正した。
「ディアナにはかなり重要な秘密があります。こいつをここで保護するためには二人の力が必要です。今から見ることは決して誰にも言わないでください」
彼はそう言って私の方を向き、スカーフをずらして耳を出せというジェスチャーをする。
「いいんですか?」
「おまえを守るためにはこの二人の協力は必須だからな」
私は一度クィルガーの両親を見たあと、もぞもぞと手を動かしてスカーフから長い耳を出した。
「‼」
「まぁ!」
その途端カラバッリとターナが目を見開く。無表情だったカラバッリが驚く姿を見て、自分がいかに非常識な存在であるか思い知る。
クィルガーにもういいぞと言われてまた耳をスカーフの中に戻し、私は再び前を向いた。
二人がまだ動揺している間にクィルガーは私の記憶がないこと、魔石術が使えること、他にも重要な情報を持っていてテルヴァ以外に他の貴族にも狙われるであろうこと、学院に入って王の保護下に置く予定であることを説明する。
「俺はこいつを養子にして守ると決めました。ですから二人にもディアナを守って欲しいのです」
クィルガーが真剣な目をして二人にそう告げると、二人とも無言でなにかを考えるように目を伏せた。
や、やっぱりエルフを養子にってまずいんじゃないかな……二人ともめちゃくちゃ厳しい顔になっちゃったけど。
私が不安になってクィルガーを見ると、彼はなんでもないというように肩を竦める。
「あれは頭ん中で敷地内での警護の配置を考えてるんだ。心配ない」
「へ?」
嘘でしょ? と思っていると、ターナとカラバッリが顔を上げてクィルガーに言葉を掛けた。
「クィルガー、あなたの館の警護の数を増やさないといけないんじゃない?」
「本館との連携も考え直さなければならんぞ」
「わかってます。それについてはまた相談に来ますので」
クィルガーの言う通り、二人は当然のように今後について話を始めた。私の正体を知ってもそれには触れず、さっさと保護についての懸念と対策を挙げ出したのだ。
え? いいの? 私を迎え入れるってことでオッケーなの?
そのことに私が一人戸惑っていると、それに気付いたカラバッリがこちらを見て静かに言った。
「なにか気になることがあるのか?」
「……あの、本当にいいのですか? 私がクィルガーの養子になって……」
遠慮がちにそう尋ねると、カラバッリは少し考えてから私に問いかけた。
「ディアナ、其方は信念を持っているか?」
「信念……ですか?」
「自分のやりたいことはあるか?」
自分のやりたいこと。
突然の問いに驚くが、その答えはすぐに出る。私のやりたいことは前世から決まっている。エンタメのプロデュースだ。
「あります」
私がカラバッリの目をまっすぐ見つめて言うと、鋭い眼光が私の奥を探るように射抜く。
うう、怖いけど、ここで目を逸らしちゃダメだ。
喉をごくりと鳴らしながらその視線を受けていると、やがて顔の力を抜いてカラバッリが頷いた。
「ならば、よい。其方は今からこのアリム家の一員だ。其方のことは我々が守る」
その言葉は力強く、私の心の深いところに届く。なんて強くて重くて優しい声だろう。その約束は絶対に破られることはないとそう信じられる、不思議な声だった。カラバッリの人柄が、その声に表れているようだ。
私のことを全然知らないというのに、家族として迎え入れる決断をしてくれた。クィルガーのお父さんとお母さんもとても格好いい人たちだった。
「よろしくお願いします」
なにも言わず受け入れてもらえて嬉しい。そう思ってにへっと笑いながら言うと、ターナは微笑み返してくれて、カラバッリは一瞬目を瞠ったあと「うむ」とへの字口で答えてくれた。
「それにしてもあなたも養子をとるなんて……そんなところまで父親に似なくても良かったのに」
そう笑いながら言うターナにクィルガーが顔を顰めて反論する。
「……別に似たくてそうしてるわけじゃないですよ、母上」
「え、養子ですか?」
「俺はカタルーゴ人だって言ったろ? 小さいころにカタルーゴからこの家に養子にきたんだよ」
「あ!」
そこで初めて気付いた。そうだ、カタルーゴ人は銀髪に赤い目なのだ。ここにいる両親もさっき会った弟たちもそうではなかった。
「クィルガーも養子だったんですか」
「父上の親友がカタルーゴ人でな、その人が病で亡くなる前に一人息子の俺を託したらしい。生みの母親も亡くなっていたそうだ」
カラバッリはそれを聞いて頷きながら、
「あいつと約束したからな。お互いの大事なものを守る、と。私はそれを守っただけだ」
と言った。
クィルガーを引き取った時にはターナとの間に男の子が生まれたばかりだったそうだ。二つ違いのクィルガーとその子はそのあと本当の兄弟のように育ったのだという。
親友との約束をちゃんと守るカラバッリも、クィルガーを受け入れるターナもすごいな。
「あれ、じゃあさっきの弟さんたちは?」
「あの双子は一番末っ子だ。その間に妹が二人いる」
「え……てことは一、二、三……六人兄弟ってことですか⁉」
「そうだな」
クィルガーの家が思った以上の大家族だった。さっきの双子以外は結婚して家を出ているんだそうだ。ちなみに双子たちはうるさすぎるので子ども用の館に引っ込ませたらしい。
「後日にヴァレーリアとディアナのお披露目会を開くから、その時に挨拶させるわね」
ターナが仕方なさそうに頬に手を当ててため息を吐く。なんとなくあの双子の扱いに困ってるように見えた。
二人への挨拶を無事に終えて私たちは退席しようとする。しかし私は部屋を出る前にふとあることに気付いて、もう一度ぐるりと部屋を見回した。
「クィルガー、この部屋って……」
「ああ、ここは内密な話をする時用の部屋なんだ。特別な石が使われていて声が漏れないようになっている。だから普段の部屋より狭くて窓が上部にしかないんだ」
なるほど……どうりで声の響き方がいつもと違うと思った。貴族の館にはこういう部屋があるものなんだね。
内密部屋を出て廊下を戻りつつ、さて、これからクィルガーの館にどうやって行くんだろうと思っていたら、なんと正面玄関のロータリーに立派な馬車が用意されていた。これに乗って一度敷地外へ出て、外の通りをぐるっと回ってクィルガーの館の門から入り直すらしい。その方が敷地内を通るより早いからと言われて私はまた目を見開く。
離れへ行くのに馬車って……。
いや、もういちいち驚くのはやめよう。これからここで暮らすのだから、早く慣れることが先決だ。うん。
しかし私はその後、到着したクィルガーの館を見てまた目を見開いたまま固まった。なんとクィルガーの家も本館と同じくらいの大きさだったのだ。
これが離れ……? 離れとは?
こうしてクィルガーの家に最初から最後まで圧倒されて、私の貴族生活は始まった。
格好いいクィルガーの両親でした。
ディアナの貴族生活が始まります。
次は 勉強と準備、です。
序章は残り四話。




