王都
「うわぁ広ーい!」
ジャスルの上からその光景を見て私は感嘆の声をあげる。
一週間ちょっとの旅を終えようやくアルタカシークの王都に辿り着いた。王都は街全体が高い外壁でぐるりと囲まれていて、私たちが着いたのその王都の西門だった。
国境の関所でもらった通行書を提示してその巨大な門を潜ると、まず目に飛び込んできたのは広大な畑だ。背の低い青い草が辺り一面に広がっている。
「これは小麦畑だ。アルタカシークでは王都の中で小麦やとうもろこし、綿花なんかが栽培されている。王都の外にも農地はあるんだが、王都の中も土が豊かになったから十年前から栽培されるようになったんだ」
「これも『黄光の奇跡』のおかげってことね」
「ああ」
ヴァレーリアの言葉にクィルガーが頷いて王都の構造を話し始めた。
その話を聞きながらかなり大きい通りを進んでいく。この大通りは王宮のある城までまっすぐ伸びているらしく、王都にはこういう道が東西南北にそれぞれ一つづつあるんだそうだ。
最初にあった広い農地を抜けた先は小さくて四角い建物がたくさん並ぶ地区になっていた。この辺はみんな平民の家だそうで、白い石造りの二階建てのものが多く、たまにアパートのような集合住宅らしい三階建てもある。その辺りで子どもたちがはしゃぎ声をあげて走り回っているのが見えた。
どの家も四角く、三角屋根のようなものはない。扉や窓の上部にアーチがかかっているのも特徴的だ。
「家がみんな白いんですね」
「アクハク石っていう石で作られているからな」
「アクハク石?」
「これもアルタカシークの特産だ。丈夫な割に加工がしやすい。この国の建物はほとんどこの石で作られているんだ」
大通りを進みながらクィルガーの説明を聞いていると、サモルとコモラが大きな声をあげる。
「あそこ見てください! 屋台です!」
「わぁすごい賑やかですよ!」
サモルが指差す方を見ると、通りに人がごった返しているのが見えた。
平民区域が終わると次は商業区域らしい。大通り沿いは繁華街になっていて左右にたくさんのお店が並んでいる。衣服などの日用品や野菜などの食料品がたくさん売られていて、客を呼ぶためか食べ物の屋台がやたらと多く、店先で店員が通行人に声をかけている。
「ああー、なんですかこのいい匂い……!」
「シャリクだな。いろんな肉の串焼きだ。食べてみるか?」
「いいんですか!」
そう言うとクィルガーはジャスルを降りて一つの屋台に向かい、串焼きにされた肉をたくさん買ってきてくれた。通りの端っこに移動してそれをみんなで食べる。
「お貴族様が立ち食いとかしていいんですか?」
「家の者には黙っとけよ」
そんな会話をしながら私はクィルガーから受け取った大きな串焼きを一口頬張る。
「んんー! 美味しい!」
結構スパイシーな味付けで噛めば噛むほどジュワッと肉汁が溢れてくる。牛肉に近い味で私でも食べやすい。
あー! やっぱりお肉最高!
「これお肉をタレに漬け込んでから焼いてるんだね。最初に甘みのある濃い味が広がって、最後に爽やかなスパイスがフワッと鼻を抜けるのが面白いな。なんのスパイスだろうこれ」
いつもののんびりした口調とは違うコモラが興奮気味に味を分析している。知らない料理を目の当たりにして目がキラキラと輝いていた。料理人の血が騒いでいるようだ。
「うう……苦しい……」
一人前の串焼きでもかなりの肉の量なので、これだけでお腹がいっぱいになってしまった。
屋台には他にもピラフっぽいものや私の顔以上ある大きなパンが売られていて、そこかしこからいい香りが漂ってくるので屋台街を抜けるのに一苦労した。主に私とコモラが。
そして商業区域を過ぎると街の雰囲気が一変する。区切られた門を抜けると平民の家の何倍もある大きさの住宅が並ぶエリアに入った。ここからは貴族区域だ。
左右どっちを見ても似たような家の高い塀が続くから景色的には退屈だね……。
さっきの賑わいと比べてとても静かな通りをカッポカッポと進む。通り沿いや塀の向こう側に背の高い木々が植えられていて、木陰に入ると結構涼しい。
砂漠の街だけど意外と緑が多いんだなぁ。
「クィルガーのお家ってかなり奥の方ですか?」
「……そうだな。城に一番近い場所だ」
しばらく通りを進んでいくと、先の方に白っぽいベージュ色の山肌が見えた。
「……あれって山ですか?」
「あれが城だ」
「え? 城って山なんですか?」
「山の頂上に執務館を含む王宮と学院と魔石装具の工房が建っていて、その山全域が城と呼ばれているんだ」
「じゃあ、あの山全体を守るのが王宮騎士団ってことですか?」
「そういうことだ」
アルタカシークの王都は全体的に平地なのだが、街のど真ん中に山がぽこっとあるらしい。形はオーストラリアのエアーズロックによく似ている。
そこへ近づくにつれて山がよく見えるようになってきたのだが硬くて頑丈そうな山肌には木が一本も生えてない。
山には道が通っていて、箱根の山道のようにくの字に曲がっては上へ伸びている。
これは王宮に行くのも大変そう……馬が絶対必要だね。
大通りがその山とぶつかる場所まで来ると、それから山に沿ってぐるっと道が回っている。クィルガーはそこを左に曲がってさらに進んだ。
通りの左手に住宅の外塀があるのだがそれが先までずっと続いていて、正直この家の敷地がどれくらいなのかもわからない。とりあえずとんでもない豪邸がありそうな場所というのはわかる。
しばらく進んだところでクィルガーが「げっ」と嫌そうな声を出してジャスルの歩く速度を落とした。先を見ると、大きな門の前に数人の人が出てきて集まっている。
「……出迎えなくていいって書いたのに」
クィルガーがじとっとその人たちを見ていると、そのうち数人がこちらに気付いてダーっと駆け寄ってきた。
「兄上! お帰りなさい!」
「そろそろ着くんじゃないかと思って待ってたんですよ!」
え、クィルガーの弟⁉
しかも二人とも同じ顔で黒い髪に黄緑の目をしている。双子だろうか。
「クィルガー、弟がいるんですか?」
「ああ……ていうか迎えはいらないって書いただろうが。おまえら仕事は⁉」
「今日は二人とも休みだったんです! あ、その子が兄上の養子になる子ですか?」
「あ! 後ろにいるのは婚約者の方ですよね⁉ 兄上早く紹介してくださいよ」
「うるせぇ! まずは家に入らせろ!」
わぁわぁ騒いでた弟たちはクィルガーに一喝されると「父上と母上に知らせてきます!」と言って門の中へ走っていってしまった。弟たちのお付きの人っぽい人たちも慌ててそれを追っていく。
それを見てクィルガーは大きなため息をついた。
「賑やかな弟さんたちですね」
「いつになったら成人らしくなるんだあの馬鹿二人は……」
今の二人、子どもっぽく見えたけど成人してたのか……。
それから私たちは門番が立っているとてつもなく大きな門を抜けて中へ入っていく。道はまっすぐ伸びているが先が全く見えないので、私はポカンと口を開けた。
なんかこういうの、テレビの豪邸拝見の番組で見たことあるね……。
よくわからないほど長い道の先にようやく建物が見えてきた。もちろんとんでもない豪邸なのが遠目でもわかる。
どんっと正面に四角い大きな建造物があり、そこから左右に棟が伸びている。見える窓は全部背の高いアーチ窓だ。
宮殿並みの規模じゃないのこれ……本物の貴族ってすごい……。
正面玄関前には大きな階段があり、その手前がロータリーのようになっていて、クィルガーはそこまで来てジャスルを止めた。見ると階段前に数人の使用人らしき人たちがいて、そのうちの一人がこちらに近付いてくる。
「お帰りなさいませ。クィルガー様」
「ああ、今帰った。連れについては手紙に書いた通りだ」
「承ってございます」
「馬と荷物は俺の家の方に運んでおいてくれ」
「かしこまりました」
執事のようなその人が合図すると後ろの使用人さんたちが一斉に動く。クィルガーにジャスルから降ろしてもらって豪邸を見上げると、パンムーも私の肩に飛び乗って一緒に上を向いた。
大きな階段が十数段ほど続いた先に高さが五メートルはある玄関扉が見える。
うわぁ……想像以上に凄すぎて言葉が出ないね。
サモルとコモラも私と同じ顔をして建物を見上げている。ヴァレーリアは「知り合いの結婚式以来だわこういう家に来るの」と言っていた。さすがお貴族様だ。
そこでサモルとコモラとは別れることになった。平民の二人は使用人さんたちが過ごす館の方に案内されて、この家のことや二人の今後の仕事について説明を受けるらしい。
ちなみにこの館はクィルガーの両親が暮らす本館で、クィルガーはこの敷地内にある離れに自分の館を持っているんだそうだ。サモルとコモラはここで説明を受けたあと、一足先にそっちの離れに移動するのだという。
貴族社会ってこういうことか。二人と離れるのは寂しいな。
「またあとですぐ会える。ほら行くぞ」
そう言われて階段を上り、クィルガーとヴァレーリアに続いて玄関の扉を潜る。その時にクィルガーが三人の靴に洗浄の魔石術をかけた。
「わざわざ家に入る時に洗浄をかけるの?」
「ザガルディにはない習慣だが、アルタカシークではこうするんだ」
クィルガーの説明に驚きながら中に入ると、玄関ホールにたくさんの使用人たちが並んでいた。
「とりあえず今から俺の両親と顔合わせして、それが終わってから俺の家に移動する。この敷地内で暮らすための挨拶みたいなもんだから、そんなに硬くならなくていい」
「でもクィルガー、この服装でご挨拶するのはさすがに……」
「ああ、ちゃんと着替えは用意してある」
ヴァレーリアが懸念を示すとクィルガーが横に並んでいる出迎えの人に合図する。ススッと音もなく女性の使用人が私たちの傍に進み出て「こちらです」と玄関ホールの左側へ進んでいった。ヴァレーリアと私はそれについていく。
その女性の案内で廊下を歩いていくと、本館から一度出て渡り廊下のようなところを進み、また違う館に入った。こっちの館は客用らしい。
客用に館が一棟建ってるって……。
この家の規模に目を丸くしている間に私はそこの客間の一つに通された。ヴァレーリアは隣の部屋で、私が部屋に入る前に彼女が声をかける。
「ディアナ、着替える前に洗浄の魔石術で体を綺麗にするのよ」
「あ、そうですね。わかりました」
確かにずっと砂漠の中を移動してきたのでこのまま着替えるのは気持ちが悪い。私は着替えを手伝うために一緒に部屋に入ってきた使用人さんたちに一言断ってから、自分に洗浄の魔石術を使った。
「クィルガー様からスカーフ以外のお召し替えをするように言われております」
そう言って使用人さんたちが手際よく私の服を脱がし、新しい服に着替えさせていく。エルフの耳を見せるわけにはいかないのでクィルガーが前もってスカーフ以外という指定を出していたようだ。
うう、すごい……抜かりがない。
他の人に手伝ってもらいながら着替えをする経験が着物を着た時くらいしかなかったのでとても戸惑う。
なんか急にお姫様になったみたいだね……。
ちょっと気恥ずかしいが、この世界の服はいまだによくわかってないので言われるがままに動いて着せ替えが終わった。
うわぁ、いい布……!
衣服にそんなに詳しくない私でもわかる。光沢のある白い生地に金色の刺繍がびっしり入っている。膝まであるその上着は腰の位置で赤色の厚い帯できゅっと結ばれて、帯にも金色の刺繍がしてあった。下もその帯に合わせた赤色のスカートだ。靴は柔らかい青い革のショートブーツでとても軽い。
ちなみに今日のスカーフは白色に赤色の縁取りのものだったので服との相性も問題ない。
上着の下の方を摘んでくるりと回ると白い上着と赤いスカートがひらひらと舞う。生地の軽さと柔らかさが今まで着ていたものとは段違いだった。
うひゃー、これがお金持ちの服かあ。本当、着心地が全然違うんだね。
そしてこれで終わったのかと思いきや、さらに肩の上から薄いベールのようなものを被せられた。ベールはマントみたいになっていて、虫の羽みたいにひらひらと揺れている。これが貴族の館の主と会う時の正装なのだろうか。
しばらくしてヴァレーリアの着替えが終わったと連絡が来たので廊下に出ると、ちょうど隣の部屋から彼女が出てきた。
「うわぁ、ヴァレーリアすごく綺麗です!」
ヴァレーリアは鮮やかな青色の上着とスカートを着ていた。長い上着は下の方から上に向かって明るいグラデーションになっている。上着に施されている金色と銀色の刺繍は複雑な花の形になっていて、彼女の華やかさをさらに際立たせていた。
頭はいつものシンプルなバンダナではなく、上からすっぽり被るタイプの白いスカーフだ。そのスカーフの先はマントのように後ろに広がっており、顔周りにあるメダルのような銀色のアクセサリーがシャラシャラと音を立てていた。
もうすでに花嫁さんみたいなんだけど! 挨拶でこれだったら本番の結婚式は一体どんなことになるの⁉
「ふふ、ありがとう。ディアナもよく似合ってるわ」
ヴァレーリアはふわっと笑って私のベールのマントに触れる。その動きも美しくて見惚れてしまう。
さすがヴァレーリア、顔つきももうお貴族様になってる!
「ヴァレーリア、私緊張してきました……」
私は見た目はともかく中身はバリバリの日本人、つまり平民だ。これからこの国の元王宮騎士団長という貴族中の貴族に会うのだ。絶対なにか粗相しそうで怖い。
「大丈夫よ、クィルガーに任せておけば」
「そうでしょうか……」
本館に戻る廊下を歩きながら、私はキリキリしてきた胃を押さえ、クィルガーのお父さんとお母さんが優しい人でありますようにと祈った。
王都につきました。
かなり大きな街です。
次の更新は7/12。
元王宮騎士団長、です。
来週で序章は完結です。




